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『道浦TIME』

新・読書日記 2017_090

『定年後』(楠木新、中公新書:2017、4、25第1刷・2017、7、5第8刷)

4月から3か月で「8刷」というベストセラー。売れ続けていますね。

私も、もうすぐ「56歳」。「60歳定年」まで「あと4年」、カウントダウンです。「定年延長」で「65歳」まで働けるとはいえ、「一応の区切り」が近づいている。

当然そろそろ、いろいろと考えなくてはならない年齢です。そのための「予習」ということで買って読んでみました。

シンプルなタイトルですが、実はこれ、著者が実際に「定年」になってからどのような出来事があったのか、どんな思いも寄らぬ事態・意識が出現するのか?などについて書かれているほか、定年退職した友人や先輩にも、いろいろと話を聞き(取材をして)書かれたもの。中でも、

「定年退職後、イキイキとしている人は、2割ぐらいしかいない」

というのは、ちょっとショック。

昔は、定年(停年)後の人生はそんなに長くなかったが、今や20年ぐらいはあり、健康で過ごせる時間でも15年もある。いかに生きがいを持って生きられるか?ということが、やはり大切。若い人と触れ合える場があるとか、趣味の世界を持つとか。

よく言われていることですが、「やっぱり、そうか」という確認作業のような感じの一冊でしたね。


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(2017、7、21読了)

2017年7月31日 20:03 | コメント (0)

新・読書日記 2017_089

『泣いたの、バレた?』(酒井順子、講談社文庫:2016、10、14)

『週刊現代』で連載しているコラムをまとめたものの第9弾。2013年5月~2014年5月分。

これを読んだ目的は主に、「~だそう。」という形の文体を酒井順子さんが使っているのではないか?その実例を集めるため、です。

で、結局、見つかりました!

「東北に、来てくれました」で、伊藤若冲の蒐集家・プライス氏について、

*「五十歳で仕事を引退し、日本美術の勉強・蒐集の道に入ったのだそう。」(18ページ)

と出て来たほか、「ハワイとハワイアンズ」では、

*「観光地化のために埋め立てられたのだそう。」(47ページ)

さらに「民謡のインタラクティブ性」では、

*「『津軽海峡・冬景色』は、さゆりさんが十代の頃の歌なのだそう。」(54ページ)

「W浅野、フォーエバー?」では、

*「W浅野は五十四歳という設定だそう。」(110ページ)

「討ち入りの季節ですね」では、

*「芸能においては仇討ちものの人気が高かったため、演目の内容として取り入れられることが多かったのだそう。」(145ページ)

「中年紅白鑑賞法」では、まず、

☆「黒柳さんは過去、何度も紅白の司会をされたことがあるのだそうで、」(177ページ)

と「だそう」のあとに「で、」を付けて文章を繋いでいます。これなら「普通」ですよね。そして、そのすぐ後には、

*「『紅組の歌手はみんな、丸髷(まるまげ)を結った芸者さんみたいな人ばかりが出て来て、誰が誰やら見分けがつかないんですよ』といった状態だったそう。」(177ページ)

と「だそう。」を使っています。

「東北の書店にて」では、

*「問い合わせが多数、来たのだそう。」(206ページ)

ということで、私が見た限り(見落としがあるかも知れませんが)、「7回」使っていました。この本に収められたコラムの数は「48」ですから、「7回」というのは「多い」とまでは言えませんね。でも、個性的な文体として「たしかに使っている」とは言えるでしょう。

酒井さんの文体で言うと「少子っぷり」(165ページ)、「晩婚っぷり」(167ページ)「司会っぷり」(177ページ)のような「○○っぷり」が特徴的だと以前から思っていましたが、こういった「~だそう。」という「体言止め風」の語尾にも特徴がありますね。

この文体を読んでいて感じたのは、酒井さんは、

「『源氏物語』や『枕草子』の文体を意識しているのではないか?」

ということでした。

ということで、この「読書」は、大きな成果を上げることができたと言えるでしょう。


star4

(2017、7、29読了)

2017年7月31日 17:21 | コメント (0)

新・ことば事情

6410「半生」

<2013年11月13日に、メモを書きかけました。>

100歳の詩人「柴田トヨさん」の「半生」を描いた映画「くじけないで」の予告で、

「半生」

という言葉が出て来ました。「はんなま」ではありません、「はんせい」です。

しかしトヨさんは、今年(2013年)1月に、101歳で亡くなっています。この場合「半生」?「一生」?亡くなったら「人生」?生きてたら「半生」?

「一升」で「反省」ということはあるかもしれませんが。(冗談)

****************************************で、きょう(2017年7月27日)の「ミヤネ屋」で、30年前の1987年に、あのマイケル・ジャクソンと共に来日した、ペットのサルの

「バブルス君」

が、今はどうしているか?というのをパネルでご紹介しました。

実は今、バブルス君は、

「画家」

なのだそうで、彼の描いた絵は、

「8万円」

ぐらいで売れているというから、大したものです。そのバブルス君の「あれから今日まで」を示して、

「バブルス君 34年間の生涯」

というテロップが発注されていましたが、

「まだ、死んでいないので、『生涯』はおかしくないか?」

ということで、

「バブルス君 34年間の半生」

にしました。「人生」というのは、

「まだ死んでいないからダメ」

で、そもそも、バブルス君は、

「『サル』」だから『人』じゃないので『人生』じゃない」

ですよね。

「猿生」

なのかな?

「エンセイ観」

とか。それは、

「厭世観」

か・・・。

(2017、7、27)

2017年7月30日 13:44 | コメント (0)

新・ことば事情

6409「だそう2」

「平成ことば事情6394だそう」の続きです。

この問題を提起した、MBSのK委員こと柏木宏之アナウンサーからメールが来ました。

それによると、MBS放送用語委員会では、

(1)放送用語は学校文法を遵守する立場で判断をするべきである。

(2)伝聞の助動詞「そうだ」は「れる、られる」と同じ品詞である。

(3)「そう」を伝聞のジャンルで形式名詞とは考えることができない。

(つまり体言止めとは考えられない)

というような理由から、

「『~だそう』は伝聞の助動詞につくべき終助詞が欠落した、不十分なことばである」

と結論付けて、その扱いは、

「『ら抜きことば』と同等のものと考えることにした」

のだそうです。

それに対して、私は、先日の放送分科会で指摘した、

「だそう=酒井順子起源論」

を裏付けるべく、その後も酒井順子のエッセイを読んでいたら、ついに発見!

『泣いたの、バレた?』(講談社文庫)

という文庫本の中のコラム「東北に、来てくれました」で、伊藤若冲の蒐集家・プライス氏について、

「五十歳で仕事を引退し、日本美術の勉強・蒐集の道に入ったのだそう。」

(18ページ)

と出て来たほか、「ハワイとハワイアンズ」では、

「観光地化のために埋め立てられたのだそう。」(47ページ)

さらに「民謡のインタラクティブ性」では、

「『津軽海峡・冬景色』は、さゆりさんが十代の頃の歌なのだそう。」

(54ページ)

と、まだ途中までしか読んでないんですが、「3つ」出て来ました。

この文体を読んでいて感じたのは、酒井さんは、

「『源氏物語』や『枕草子』の文体を意識しているのではないか?」

ということでした。

更に読み進めます!

(2107、7、28)

2017年7月29日 13:43 | コメント (0)

新・ことば事情

6408「疑う、調べる」

ふと思いました。

「調べる」

のは、

「疑う」

から、「調べる」。

「調べる」のは「科学的」。

「信心してる人」は、「信じている」ので「調べない」。もし「調べる」と、

「信心していない」

と思われるからだ。アメリカで「進化論」を信じない人たちがいるが、それはそれだけ、

「信心している」

からで、

「疑うことを放棄している」

のだろう。

本当はどう思われようとも、自分が信心してると思えばしてるし、

「信教は、心の自由」

なのに。「現世利益」を考える宗教は「他人との比較」、つまり、

「他人からどう見られるか」

が入り込む。「現世利益」は、

「他人と比較して幸せか」

だから、他人のいないところでの

「内面の幸せ=絶対的な幸福」

ではなく、他人と比べて幸せかどうかの、

「外面の幸せ=相対的な幸福」

なのである。「現世利益」を求める時点で、本来の宗教ではなくなっている気がするのだが。

本当は、「絶対的な幸福」と「相対的な幸福」のバランスが大事だと思うのだが・・・。

と、いうようなことを考えていたら、文体が「のだ」「である」調になってしまいました。

と、ここまで書いたところで、先日、7月25日の「日経新聞」夕刊1面の「あすへの話題」で、社会学者の橋爪大三郎さんが書いていた、

「エヴァンジェリカルズ」

というコラムを読みました。

それによると、「エヴァンジェリカルズ」というのは、キリスト教・プロテスタントの、

「福音派」

のことで、アメリカには5000万人とも1億人とも言われる信者がいるそうです。

あのアニメの「エヴァンゲリオン」もここから来てるのですね。

同じ派が、ドイツでは、

「ルター派」

だそうで、まさに「プロテスタント」ですね。アメリカの「エヴァンジェリカルズ」は、

「聖書を神の言葉と信じる人々」

という意味になるそうで、橋爪さんによると、それはすなわち、

「人間の言葉を信じないぞ」

「聖書だけが神の言葉で、判断の基準は聖書だけ。進化論や天文学も本当か?という気分になる」

という態度のことだそうです。

そして福音派は、政治を宗教の観点で切っていくので、市場で貧富の差ができても当然。アメリカは神が選んだ国だから「アメリカ・ファースト」。

橋爪さんは、

「これでは政治にならない。やがて時代に追い越されていくはずだ。」

と文章を結んでいます。

(2017、7、26)

2017年7月28日 18:41 | コメント (0)

新・読書日記 2017_088

『NHK間違いやすい日本語ハンドブック』(NHKアナウンス室編、NHK出版:2013、5、25第1刷・2017、2、20第5刷)

これは勉強になるなあ!

先日、東京・愛宕山のホテルに泊まった際に寄った「NHK放送博物館」の受付の横で売っていたのを見つけて、さっそく購入。大変、勉強になります。各ページに10語ぐらい載っているのですが1ページに1つは、読めなかったものがあって、読めなかった言葉に付箋を貼り付けていったら「全ページに付箋が付く」という、何やってんだかわからない事態になりました。全部で350ページぐらいあります。これが全部読めるようになれば、無敵だな。いくつか紹介しましょう。例えば、

「県産品」×ケンサンピン ○ケンサンヒン

「保合」 ×タモチアイ ○モチアイ

「行在所」○アンザイショ

「白酒黒酒」×ハクシュコクシュ ○シロキクロキ

「宝物集」×ホーモツシュー ○ホーブツシュー

などなど。「仏教関係」の「呉音」の読み方が、難かしいですね。


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(2017、7、27読了)

2017年7月27日 18:29 | コメント (0)

新・ことば事情

6407「セミの初鳴きと梅雨明け」

近畿地方も梅雨が明けました!夏の到来です!

いつも気になるのが、

「『セミの初鳴き』と『梅雨明け』の関連」

です。大体、

「セミが鳴いたら、もう梅雨明けやろ」

と毎年思うのですね。何と言っても「セミ」は、

「夏を代表する、うるさい昆虫」

ですからね。

「夏やで夏やで梅雨もう明けたでぇ!」

と言ってるように聞えます。(聞こえないか。)

それでここ数年、会社がある大阪ビジネスパーク(OBP)で、

「セミの初鳴きの日にち」

を忘れない限り、メモしていたんです。ゆるい調査です。それと

「近畿の梅雨明けの日にち」

を並べて記します。以下に記録を残しておきます。

     【初鳴き確認日】【近畿の梅雨明け】

2011年=7月12日   7月 8日頃

2012年=?????   7月16日頃

2013年=7月 5日   7月 8日頃

2014年=7月 8日   7月20日頃

2015年=?????   7月24日頃

2016年=7月 4日   7月18日頃

2017年=7月 7日   7月19日頃

「2012年」と「2015年」は、メモするの忘れました。それでもこうやって見ると、大体、「セミの初鳴き」は、

「7月の第1週」

で、それに対して「梅雨明け」は、早い年もあるけど、大体、

「セミの初鳴きの2週間後ぐらい」

の感じかなあ。まあ、あてにはならないけど、来年も観察しようと思います・・・・って、もう来年の夏の話かい!!

(2017、7、24)

2017年7月25日 20:23 | コメント (0)

新・ことば事情

6406「縦断か?横断か?2」

「平成ことば事情5822縦断か?横断か?」の関連です。まあ、同じことですが。

「台風3号」と、梅雨前線が押し上げられた南側から湿って空気が流れ込み、積乱雲が帯状に集まって大雨をもたらす

「線状降水帯」

が発生。九州を始め各地に被害をもたらしています。(7月7日に書きました)

さて、その「台風の進路予想」で、

「日本列島を『縦断』か?『横断』か?」

の問題が出ました。原則は、その「進路の方向」によって、

「南→北」(北→南)=「縦断」

「西→東」(東→西)=「横断」

です。(「偏西風」の影響などで(つまり「地球の自転方向」と関連)、大体、気象現象は、

「南→北」「西→東」が多いです。「シベリア高気圧」は「北→南」ですが。

それに基づくと、今回の「台風3号の進路」は、

「西→東へ、ほぼ真横=緯度線と並行」

だったので、

「横断」

が妥当でしょう。7月3日(月)と4日(火)の「ミヤネ屋」では、

「横断」

で放送しましました。私が見た7月4日の日本テレビ「スッキリ!!」は、

「縦断」

フジテレビ「とくダネ!」は、

「横断」

でした。これに関しては「かんさい情報ネットten.」の校閲を6月から担当している漢字博士(漢字検定1級の合格者の中でも「1番」を獲ったことがある)下尾雅之さんが、7月5日に社内向けのメールで、

「台風3号が列島『●断』、近畿『直撃』へ」

と題して書いています。それを引用すると、

『台風3号は、日本列島を「縦断」しそうなのか、それとも「横断」しそうなのか。4日朝刊のラテ欄でも、各局まちまちでした。夏から秋にかけて発生する台風の多くは、南西から北東へと進むため、通常、列島を「縦断」します。しかし、台風3号の場合は、北緯34度付近を、ほぼ東進する進路予想だったので、「横断」の方が、より的確でしょう。』

とのことでした。

(2017、7、24)

2017年7月25日 16:03 | コメント (0)

新・ことば事情

6405「夜のお菓子」

以前から気になっていたことの一つに、静岡・浜松銘菓の、

「うなぎパイ」

のことを、

「夜のお菓子」

と呼ぶのはなぜか?ということがありました。メモだけして、いつものように、ほったらかしだったんでが、「土用の丑」で「ウナギ」に関係がある日なので、ちょっと調べてみました。「うなぎパイ」を製造・販売している「春華堂」のHPを見てみると、「よくある質問」で、

「うなぎパイの夜のお菓子ってどういう意味なの?」

という質問が!その答えを引き写します。

「『夜のお菓子』とは、家族団らんのひとときに召し上がってもらいたいという意味です。命名者は当社二代目社長の山崎幸一です。うなぎパイが誕生した昭和36年は高度経済成長の真っ只中。その成長期において女性も社会に働きに出るようになり、子供たちも学校・塾など・・・皆が家にいる時間が少なくなりはじめていたようです。そんな中、夜の夕食だけは家族の集まる団らんのひとときとして大切にされていた時間でした。そんなひとときに『うなぎパイ』を囲んで楽しいひとときをすごしてもらいたいと命名されたのが『夜のお菓子』です。ただ、実際には"違う解釈"をして買っていく方も多いようです。」

その「違う解釈」なんですが、これも「よくある質問」の、

「うなぎパイの隠し味って?」

というところに、

「実は少量のガーリックがはいってるんです。ガーリックですが、試作段階の『うなぎパイ』において、今ひとつおいしさに深みがないと職人たちが悩んでいたそうです。そこに幸一社長が当時ブームだった『餃子』をヒントにガーリックを少し使ってみたらどうか?と提案し、生臭さを消すための工夫をし、使用したところ、あのうなぎパイの深みのある癖になるおいしさになったそうです。」

とありました。そうか、つまり、メーカー側が「夜のお菓子」と名付けたことと、隠し味の「ガーリック」がつながって、

「『うなぎパイ=夜のお菓子』→『ニンニク使用=夜の成分』・・・そうか!」

という「大人の解釈」による意識が、都市伝説のように広がったということのようですね。もちろん、「うなぎパイ」は、朝食べても、昼食べても、「土用の丑の日」に食べても大丈夫です!

(2017、7、24)

2017年7月25日 10:59 | コメント (0)

新・ことば事情

6404「投稿か?公開か?」

ブログやツイッター・インスタグラムに記事や写真・動画をアップするのは、

「投稿」

なのでしょうか?それとも、

「公開」

なんでしょうか?

7月7日の「ミヤネ屋」の放送前にHディレクターから、こんな質問を受けました。

「松居一代の『ブログ』ですが、きのうは『7月1日投稿』のように『投稿』にしたんですが、きょう『7月1日付』になっているんですが、どうしましょうか?」

そこで私は、こう答えました。

「『付』は『新聞』。ブログは『投稿』でいいと思うよ」

と答えました。その後、テロップをチェックしていたら、「投稿」の他に、

「7月5日更新」

という「更新」も出て来ました。これは「最新のもの」に関しては、

「更新」

が妥当であろうと思います。しかし「過去に更新されたもの」は、その時点では「更新」でも、現在から見れば「投稿」であろうから、使い分けたら?ということになりました。

「公開」は、「投稿」や「更新」をした結果、ですね。

(2017、7、24)

2017年7月24日 23:57 | コメント (0)

新・ことば事情

6403「『間がもてない』か?『間がもたない』か?」

「道浦さん、『間がもたない』と『間がもてない』、どっちが正しいんですか?」

と「ミヤネ屋」のKディレクターが質問して来ました。

安倍首相夫人の昭恵さんが、先日ドイツで行われた「G20」の際、隣の席に座ったアメリカのトランプ大統領が、

「昭恵夫人は素晴らしい人だが、全然、英語を話せなかった」

と発言したとされる件です。その際に

「間がもてなかった」

と言っているという場面での「言葉の選択」です。

ちょっと考えました。そして『語感の辞典』を引くと、

「間がもたない」

しか載っていなかったので、そちらにしました。

そして、更にそのあたりについて、よく考えてみました。

チーン!(電子レンジではなく、「一休さん」がひらめいたときの効果音)

「間がもてない」は、おそらく、

「『間を持て余す』と『間がもたない』の『混交表現』で、間違い」

ではないか?と思いつきました。

きっとそうだな。どっかに載っているんだろうな。

(2017、7、21)

2017年7月24日 21:44 | コメント (0)

新・ことば事情

6402「ワースト4位」

6月30日に行われた「新聞用語懇談会 放送分科会」で、こういう質問をしました。

『先日(6月16日)のNHKお昼のニュース(関西ローカル)を見ていたら、奈良県の未婚率が、「全国ワースト4位」と表現していました。言うまでもなく「ワースト」の意味は「最も悪い」ですから、「ワースト記録」のように「最も悪いもの」に使うのが本来の使い方だと思いますが、一般的には「ワースト3」「ワースト1」「ワースト10」などとも使われています。放送では、こういう使い方は許容でしょうか? また「ベスト10」と「トップ10」は、どちらを使いますか?』

これに対する各社の回答は、

(NHK)「ワースト○位」という表現については、昔から問題になっている。1980年代から使用例がある。当時は「悪いほうから○番目」「全国で○番目に悪い」とすべきだという意見が強かったが、次第に「ワースト○位」が日本語として定着してしまった。しかし、使われる場面は「軽い話題・問題」に関してのみで、たとえば「死亡率」「死者数」などには使わない。それ以外に関しては「使っちゃいけない」とまでは・・・。そもそもこのニュース、「未婚率=結婚しない」ことを「ワースト=悪いこと」と捉えていることのほうが問題かも。また、「ベスト」と「トップ」については「ベスト=評価が入る」「トップー=上からの順位(評価は入らない)」という使い分けがある。

(MBS)MBSの東京制作の番組についてのチェックをしているが、「犯罪率」では「ワースト」は使っている。京都のお寺の人気ランキングで最初「ベスト」としていたのを「トップ」に直した。「ベスト」は例えば「居酒屋人気ベスト10」などではOK。「良いほう」という意味で、日本語として定着している。

(WOWOW)スポーツでは「ベスト8」「ベスト4」は定着していて、「ベスト=一番良い」とは限らない。英語では「ベスト4」とはもちろん言わないが(=semi-finalistセミ・ファイナリスト)。

(TVO)ランキング物で「ランキング1位」という言い方には「ベスト1」を使う。「ひったくりNo.1」は「悪いこと」だが、ある意味"名誉"に感じて「ワースト」とすることも。

といった感じでした。

「ワースト」=悪いほうからのランキング

「ベスト」=良いほうからのランキング

というような意味で、もう「日本語の外来語」として定着しているようでね。

(2017、7、24)

2017年7月24日 17:21 | コメント (0)

新・ことば事情

6401「『七段』の読み方」

6月30日に行われた「新聞用語懇談会 放送分科会」で、

「七段」

の読み方に対して質問しました。

「将棋・囲碁・武道の『七段』の読み方は、『シチダン』が本来だと思いますが(ピンクの表紙の『放送で気になる言葉2011』109ページ参照)、『ナナダン』という読み方は『不可』でしょうか?」

これに対する各社の回答は、

(テレビ東京)『放送で気になる言葉2011』に載っているとおり、「シチダン」で。「ナナダン」は不可。

(テレビ朝日)うちも「シチダン」のみ。「ナナダン」は不可。

(ABC)「囲碁・将棋」ではないが、「カルタ」全国連盟に聞いたところ、カルタは、「どちらでも、お好きなほうで」と言われた。

ということで、やはり各社、原則は、

「シチダン」

のようです。関西人は、

「ヒチダン」

と言ってしまいますけどね。

(2017、7、24)

2017年7月24日 12:21 | コメント (0)

新・ことば事情

6400「『頭取』の読み方」

在阪某局のベテランアナウンサーと話していたところ、

「実は先日うちの若いアナウンサーが、銀行の『頭取』を『トウシュ』と読んでしまって・・・」

という話を聞きました。へえー、最近の若者は(私もこういう言い方が似合う年齢になって来ました)、

「トウドリ」

と読めないんだ!というか「頭取」という存在を知らないのかな?でも新聞を読んだり、ドラマを見たり、映画を見たりしたら出て来るでしょ、銀行の「頭取」。『半沢直樹』でも出て来たはず。たしかに「トウドリ」という読み方は、

「重箱読み」

ではあります。でも、ねえ・・・。

数日後、「ちょっと待てよ」と。

「他局の若いアナウンサーに起きている出来事は、うちでも起きているのではないか?」

と思って、今年4月入社した男女2人の新人アナウンサー(まだデビューしていないので「アナウンサーの卵」ですが)に、「頭取」と書かれた紙を見せて、

「これ、何て読む?」

と聞いてみました。すると、

「トウドリ」「トウシュ」

という2つの言葉が、2人の口から別々に発せられたのです!思った通りだ!正解率は、50%。この様子を見守っていたアナウンス部の上司は、驚いた表情をしていました。今、世の中はこんな状況なんだよ。当然、

「ちゃんと、これぐらい読めるようにしとかなきゃダメだよ」

と指導。

「トウシュ」と読んだ新人アナいわく、

「もちろん、『トウドリ』という言葉は知ってるんですけど、文字で見たことが無くて・・・」

・・・新聞、読めよ。

しかし、私達の若い頃とちょっと違うのは、最近は「銀行」も、

「○○ホールディングス」

というような、

「持ち株会社」

の下にぶら下がる形になって、トップで世間に出て来るのは「頭取」ではなく、その「持ち株会社」の

「社長」

になっていたりするので、昔に比べれば「頭取」という言葉に接する、目にする機会は減っているのかもしれません。ま、言い訳にはなりませんけどね。

ついでに、

「重版出来」

と書いた紙を見せて、読み方を尋ねたところ、

「ジューハン・シュッタイ」

と、2人共ちゃんと読めたのです!普通「出来」は、

「デキ」

と読んじゃうよね。

「シュッタイ」

なんて、出版業界の人でもないと読めないはずなのに、もしかしたら・・・

「はい!ドラマ、毎週見てました!」

"他局"だけどね。

タイトルにすれば、読めるんだな。

「頭取」も、ドラマのタイトルにしたら、みんな読めるようになると思いました。

(2017、7、21)

2017年7月23日 13:53 | コメント (0)

新・ことば事情

6399「投手という人種」

<2009年9月16日に書き始めました。>

フジテレビアナウンサーの三宅正治氏著『言葉に魂(おもい)をこめて』という本を読んでいたら、こんな表現が出て来ました。

「『投手という人種』は基本的に頑固な人間が多いんです。そうでなければ、あのマウンドの上でたった一人、何人ものバッターを相手に戦う事などできないのかもしれません。」(220ページ)

この中の、

「投手という人種」

に引っかかりました。よく耳にする表現ではありますが、考えてみると、なかなか奥が深い。つまりこれは、

「『投手』か『打者』かで、考え方が変わる」

ということですよね。

****************************************と、ここまで書いてほったらかしで、8年経ちました。続きを書きます。

例えばサッカーでも、「攻撃」を担当する「フォワード」と、「守備」が中心の「ディフェンダー」、さらにはゴールを守る「ゴ-ルキーパー」では、当然立場が違いますから、考え方も違うでしょう。それを、

「人種が違う」

とまで言ってしまうかどうか。もちろん「比喩表現」であり、

「人種が違う」=「考え方や気質の基本が違う」

ということを言いたかったのでしょう。多くのプロ野球選手に接した取材体験などから醸成された「事実」なのだと思います。

ただ、私達が表現するときは、なかなか「人種」という比喩は使いにくいなと思って、8年前にメモを残しておいたということです。その後、あまりこの言葉には、お目にかからない気がします。

あ、忘れてた。

この言葉が気にかかってすぐの頃に、「ミヤネ屋」で「夕刊紹介コーナー」をやっていた、「当時入社5年目ぐらいの若手男性アナウンサー」

に対して、メーン司会の宮根誠司さんが、CMの間に

「それで君は、どんなアナウンサーになりたいん?」

と質問をしたのです。それに対して、そのアナウンサーは、

「僕は、ニュースが読めるアナウンサーになりたいんです!」

と言ったのです。たぶん「報道志望・キャスター志望」ということだったんですかね。

それに対して宮根さんは、少し厳しい表情で、こう言いました。

「君な、今のままやと、『敗戦処理投手』やで」

若手アナウンサーは返す言葉もなく、

「はあ・・・」

と言っただけでした。これらは「CM中だったので、もちろん放送では流れていませんが、スタジオにいた私を含めた出演者やスタッフの耳には届いていたと思います。結構きつい言葉でしたが、それよりもそれを聞いて私が思ったのは、

「宮根さんは、アナウンサーを『ピッチャー』だと考えているんだ!」

ということです。だから、たぶん「局アナ」も、

「先発ローテーション」「中継ぎ」「抑え」

というように考えているのではないか?

それに対して、私はそれまで、

「(局)アナウンサーは、『バッター』だ」

と思っていました。だから、「4番バッター」ばかり集めてもチームは勝てない。「1番バッター」から「9番バッター」までバランス良く、それぞれみんな個性が違い役割も違うバリエーションに富んだアナウンサーの集まりが「アナウンス部」という部署だと、考えていました。そこで、

「打順を組む」「守備位置を考える」

のが、アナウンス部の管理職の仕事だと考えていましたが、宮根さんは「投手」と考えていたのですね。これは「目からウロコ」が落ちる体験でした。

しかしそれは、「フリーのアナウンサー」と「局アナ」では違うのかもしれません。

「ピッチャー」

だと考えると、自分がどういったタイプのアナウンサーであるのかを、考えなければなりませんね。そして目指すのは、やはり、

「先発・完投型のエース」

なのでしょうね。

フリーのアナウンサーは、同じように考えているのか?

先輩のフリーアナウンサーである羽川英樹さんにこのことについて尋ねたことがあります。

「羽川さんは、アナウンサーの分類は『投手型』だと思っていますか?それとも『打者型』だと思っていますか?」

その際の羽川さんの答えは、

「僕は『打者型』だと思う」

でした。人それぞれ、考え方は違うのだなあと。

「フリー」か「局アナ」かで、絶対に区別されるという考えではないのだなと思いました。

(2017、7、21)

2017年7月22日 18:57 | コメント (0)

新・ことば事情

6398「警官か?警察官か?」

6月30日に開かれた「新聞用語懇談会 放送分科会」で、こんな質問を出しました。

「福岡・小郡市の母子3人殺害事件で逮捕された福岡県警の警察官・中田充容疑者。この事件に際して、NNN系列のFBS福岡放送に対して福岡県警から「『警官』というのは『蔑称』なので、『警察官』と呼んでくれ」という要請があったそうで、『ミヤネ屋』では、今回に関しては(「警官」という「通称」は使わずに)『警察官』を使っています。『警官』は『通称』ではありますが、『蔑称』ではないと思うのですが、各社にはそのような申し入れがありましたか? もし、あったとしたら、どのように対応されていますか?

ちなみに『広辞苑』には「警察官の『通称』」と書かれています。また『新明解国語辞典』には「狭義では『巡査』を指す」とあります。「巡査」は「一番下の階級」なので、もしかしたら警察の中では「警官」は「蔑称」として使われているのかもしれません。ただし、中田容疑者の階級は「巡査部長」。

(MBS)事前に『刑事弁護人のための隠語・俗語・実務用語辞典』などを資料としてお配りしたが、それらの記述も全部「警察官」だった。俗語・隠語では東京は「マッポ」、大阪は「ポリ(さん)」。また警察の現場では「警察官」と言う。

(テレビ東京)「警官」は「蔑称」という意識はある。過去の原稿(2004年~ )を検索したところ、「警官」=1324件、「警察官」=2264件だった。海外者の外信記事で「テロで警官が」などと「警官」がよく使われていた。「警官隊」は「警察官隊」とは言わず、そのまま「警官隊」。

(テレビ朝日)「警官」は「俗称」だから、ストレートニュースの原稿では使わない。サイドスーパーでは、文字数を減らすためにたまに「警官」が出る。ドラマのタイトルやセリフでは「警官殺し」などと出るが、改稿要請はしない。

(共同通信)決まりはないが、国内のニュースでは「警察官」としている。海外の事件は「警官」。例えば「パリで警官3人が撃たれ」など。「警官起訴」など、見出しでは(文字数が減るので)便利。ここ3か月での原稿データベース検索では、「警官」=230件、「警察官」=497件。「警官」は「外信記事」が多い。なぜ外信記事に「警官」が多いのかを考えてみたが、『リーダーズ英和辞典』(研究社)は「警察官」と書いてあるが、『ジーニアス英和辞典』(研究社)は「警官」としか書いていない。もしかしたら、英和辞典の日本語訳を見て記事を書くから「警官」になっているのではないか?(※『ランダムハウス英和大辞典』(小学館)も、日本語訳は「警官・巡査」だった。)

(日本テレビ)今回の事件では「警察官」だった。社会部に聞いたところ「今回、報道への申し入れはなかったが、基本的に『警察官』を使っている」とのことだった。「警官」が使われているのは「海外ニュース」や、「警官2人で巨大スッポンをつかまえた」などの「ヒマネタ」ニュース。しかし「警官」が「使用不可」ではない。

(フジテレビ)入社時に「『警察官』が正式名称だ」と教えられた。社会部の経験のある記者の原稿やタイトルは「警察官」。デスクに社会部記者経験がないと「警官」とすることもあるようだ。ただ「悪いことをした場合」は「警官」とすることも・・・。基本は、正式名称ではないので「警官」は使わない。

(ytv)直木賞作家・佐々木譲の推理小説で『笑う警官』というのがあったが・・・。

(テレビ朝日)佐々木譲の作品は、全て「警官」だ。(『警官の紋章』『警官の血』『警官の条件』)また、以前「獣医」と言ったら、名古屋の獣医から「正式名称は『獣医師』だ」とクレームが付いたこともあった。

(ytv)『獣医ドリトル』という漫画&ドラマもあったと思うが・・・(クレームはなかったのか?)

というようなやり取りがありました。

その後6月9日の「読売新聞」を確認したら、1面の記事の見出しは、

「警察官の夫を逮捕」

で「警察官」になっているのですが、社会面の見出しは、

「『まさか警官の夫が』住民ら逮捕に衝撃」

というように、「警官」が使われていました。

正式名称は「警察官」、略称・通称は「警官」は間違いないですが、その「警官」という言葉に対する意識は、警察内部と外部では違う事は間違いないようです。

(2017、7、21)

2017年7月22日 10:56 | コメント (0)

新・ことば事情

6397「パンダの数え方」

6月30日に開かれた「新聞用語懇談会 放送分科会」で、

「パンダの数え方は『匹』か?『頭』か?」

という議題がTBSの委員から出ました。

「上野動物園のパンダが赤ちゃんを出産したときのニュースで、助数詞をどうすればいいのか?一部で迷いが出ました。弊社では、動物の数え方は原則『匹』。ただ、抱えられないほどの大きな動物については『頭』で数えるとしていて、成獣のパンダを『頭』で数えるのは分かるが、生まれたばかりの100gそこそこで大人の手のひらに乗るほどの大きさの『赤ちゃんパンダ』に『1頭生まれました』と言うのには疑問が?『1匹生まれました』でいいのでは?結局は、『東京都の公式発表』に従い『1頭』にしましたが、各社はどうされましたか?』

さらに追加説明で、

「TBSは社会部が『頭』と決めた理由は、

  1. 東京都(上野動物園)の発表が『頭』

  2. 5年前(2012年)にパンダの赤ちゃんが生まれたときも『頭』で放送した

  3. NHKも『頭』で放送していた

観察したところ、他局も全て『頭』で、『匹』で放送した社はなかった。」

ということでした。これに対して各局からは、

(NHK)「頭」で放送した。原則は、抱えられないほどの大きさの動物は「頭」、抱えられる大きさまでは「匹」。大人のパンダは大きいので「頭」。赤ちゃんパンダは小さいので原則に照らすと「匹」だが、「頭」と「匹」が混在すると混乱するので、成獣の「頭」にそろえた。それと「盲導犬」や「警察犬」のように人間の役に立つ・人間にとってありがたい動物は「頭」で数えるので、珍獣で人気のある「パンダ」も「頭」では?しかし、NHK内でも番組によっては「匹」を使った番組はあると思う。

(テレビ朝日)弊社ハンドブックの「表記の決まり」では「動物は原則『匹』で数える。抱えられない大きさのものは『頭』」と記されている。今回「パンダの赤ちゃん」では「頭」も「匹」も使わなかった。

(フジテレビ)今回の上野動物園のパンダの赤ちゃんでは「匹」「頭」は使わなかった。「パンダ」は基本は「頭」。ただ、中国でパンダの赤ちゃんがウジャウジャいる様子を指して「23匹のパンダの赤ちゃん」と表現した原稿はあった。

(ytv)「1頭」は1回あった。上野動物園が「頭」で話していた。しかし母子あわせて「2頭」という表現になっていた。赤ちゃんだけを指して「1頭」と言うのは、ほとんどなかった。「パンダの赤ちゃん」という表現だった。

(TVO)和歌山・白浜のアドベンチャーワールドでは、パンダの赤ちゃんがたくさん生まれている。「パンダに赤ちゃんが生まれました。これで8頭のお母さんになりました」「16頭の父になりました」のように「頭」を使っている。また話は逸(そ)れるが、「オオカミ(狼)」は大きさから言えば「頭」だが、「一匹狼」のようにも使う。

(MBS)先日弊社では「カモが1匹」と放送してしまった・・・・。(鳥は「1羽、2羽・・・」なのに)日本ではもともと「匹」で動物を数えていたが、明治になって獣医学が日本に入って来た際に英語で「per head(パー・ヘッド=1頭当たり)」という言葉が入り、この「head」が直訳されて「頭」になった。今でも獣医師は「頭」を使う。上野動物園も、おそらく獣医がついていて「頭」を使っているのではないか?

(ytv)人間の役に立つ動物、という意味では「パンダ外交」などとも呼ばれる(そういうタイトルの本も出ている)し、「動物園」での「展示」で、人間の役に立っているので「頭」なのかもしれない。

(KTV)和歌山の「アドベンチャーワールド」のニュースで、パンダの赤ちゃんは「匹」で放送している。NHKさんが言うように「成長過程で『匹』と『頭』を使い分けるのは難しい」としても、あれだけ小さいパンダの赤ちゃんは「匹」で良いと思う。

(日本テレビ)今回、日本テレビは1度だけ「頭」で放送した。以前、「助数詞」について検討した際にNHKの委員だったSさんの話だと「人間の役に立つ動物は『頭』で数える。『コアラ』も、抱きかかえられる大きさだが、(観光・展示などで)人間の役に立つので『頭』」ということだった。

(新聞協会)話は変わるが「メスのパンダ」だとわかったということを指して「赤ちゃんは女の子」という見出しを「読売新聞」が付けていて仰天したが、放送ではどうか?

(各社)・・・・(「ワイドショーやフリートークの場面では使っている」という感じ。)

(共同通信)今回は「頭」「匹」は使わなかった。しかし、2014年12月に和歌山「アドベンチャーワールド」で双子の赤ちゃんパンダ(桜浜=オウヒン&桃浜=トウヒン)が生まれた際は「匹」だった。原稿は「良浜(ラウヒン)は1匹を抱えたまま、2匹目を出産」というもの。上野動物園では、パンダは「貴重」だから「頭」なのかも。

(ytv)関西にはパンダがたくさんいて、よく赤ちゃんが生まれるから「匹」なのか?たしかに関西でも、パンダの赤ちゃんが生まれてローカルニュースになるが、東京・上野のように全国的に大きなニュースにはならない。なぜ上野動物園のパンダの赤ちゃんだけ、あそこまで盛り上がるのか?関西人としては「和歌山にもおるやんけ!」と、ちょっと反発したくもなる。

と言ったところで、この議題は終了しました。おあとがよろしいようで・・・。

(2017、7、20)

2017年7月21日 21:54 | コメント (0)

新・ことば事情

6396「『依存』の読み方」

6月30日に開かれた「新聞用語懇談会 放送分科会」で、こんな質問を出しました。

「これまでも何回か出た話ですが、去年の『NHKアクセント新辞典』で、

『依存』

の読み方が、

『イゾン(許容・イソン)』

となってからちょうど1年が経ちますが、現在各社は『イソン』『イゾン』のどちらを使うように指導されていますか?また、現状はどうでしょうか?」

これに対して、各社どちらをメーンで読んでいるか聞いたところ、回答は、

【イソン】MBS、日本テレビ、テレビ朝日、ABC、NHK、フジテレビ、ytv

【イゾン】テレビ東京、関西テレビ、テレビ大阪

中でも、フジテレビの委員からは、

「FNNでは、ずっとハンドブックに『○イソン ×イゾン』としていたが、2年間討議の末に、『①イソン ②イゾン』に変更した。流れはどんどん『イゾン』と『濁る』ほうに・・・。ただ、『依存症』と『症』が付くと『イゾン』と濁りたくなる気持ち。」

とのことでした。たしかに、たしかに。

一応、系列キー局の「日本テレビアナウンス部」が、

「イソン」

と濁らない立場を取っていることが確認できたことから、読売テレビでも「イソン」をメーンにしていきたいと思います。

(2017、7、20)

2017年7月21日 17:51 | コメント (0)

新・ことば事情

6395「おウナちゃん」

今年は「7月25日」が「土用の丑」の日。言わずと知れた、

「ウナギの蒲焼き」

を食べる日ですよねー!!すっかり「平賀源内さん」の"思うツボ"なんですけど。

ここ数年、高値だった「ウナギ」が、今年は安いみたいで、うれしいです!!

台湾からのウナギの輸入もピークを迎えているというニュースを、きょう見ました。

で、私はこの「ウナギの焼き」のことを、親しみを込めて、

「おウナちゃん」

とか、

「おウナ」

と呼ぶのです。昔、読売テレビのアナウンス部の先輩はみんな、そう呼んでいました!

先日、久々の「ウナギの焼き」が夕食のテーブルに上ったので、

「お!きょうは『おウナちゃん』かあ!」

と言うと、中1の娘が、

「何それ?ヘン!」

と言うではないですか!妻まで

「そんな言い方、しない」

と言い放つ始末。

皆さん、言いますよね?「おウナちゃん」!

グーグル検索では(7月20日)、

「おウナちゃん」 = 449件

「おうなちゃん」 =3750件

「おうな・ウナギ」=2690件

「おウナ・ウナギ」= 152件

「おうな・うなぎ」=5720件

「おウナ・うなぎ」= 300件

でした。その中の、「うなぎ百撰」というサイトの「2014年正月号」の「目次」に、

「あの人もおうな好き◎高島政伸」

とあるではないですか!

だとすると「おうな」は、もしかしたら

「江戸語」

なのか?読売テレビのアナウンス部で、よくこの言葉を使っていた先輩のT山さんは、

「江戸っ子」

だったからなあ。

なお、「うなぎ百撰」というサイトには、こんな注釈が小さな字で書かれていました。

「『うなぎ百撰』は、昭和59年、とことん、うなぎにこだわる食味文化誌として創刊されました。以来、全国の蒲焼専門店にて配布いただいております。」

「『うなぎ百撰』は、本屋さんにはありません。 北は北海道から南は鹿児島まで、全国の名代のうなぎ店(うなぎ百撰会会員店)に置いていただいています。おいしいうなぎを食べて『うなひゃく』をもらってください。うなぎ百撰会員店を要チェック! 定期購読も受け付けていますので、編集部までお問い合わせください。」

そ、そうだったのか!

(2017、7、20)

2017年7月21日 11:03 | コメント (0)

新・ことば事情

6394「だそう」

6月30日に開かれた新聞用語懇談会で毎日放送のK委員から

「だそう」

という「伝聞表現」について、議題が出されました。

近年、放送番組のナレーションに、この「~だそう。」という伝聞表現が目立つと。

「~そう」には、「様態」を表すもの(例えば「笑いそう」「走りそう」「吐きそう」など)と、「伝聞」を表すものがありますが、「伝聞」を表現する場合は、

「~だそうです」「~だそうだ」

などあり、あるいは会話文であるなら、

「~だそうね」「~だそうよ」

という終助詞が付き、「古語風」に言うなら、

「~だそうな」

という表現もあります。

最近、NHKの一部の番組(ドキュメント『72時間』など)をはじめとして、民放の番組でも、「伝聞」の、

「~だそう。」

が目立つが、普段の会話にはありえない語法だし、「語尾を省略する伝聞表現」というものがあるのだろうか? 放送のナレーションにしかない表現ではないかと思う。

一体、どういう「意義」をもって使用しているのか?どういう「演出効果」を期待しているのか?各局の意見を聞きたいというのです。

これに対して各局の委員の意見は、

(NHK)この言葉に関しては、視聴者からも「違和感がある」という意見が来る。日常会話では、確かに使わない。ただ『三省堂国語辞典』には「ロールケーキも人気だそう」という用例(作例)が載っている。

(MBS)「容認派」はすぐに「辞書」を持ち出す。「助動詞」とか「形式名詞」とかいう文法的な話があるようだが、「一般の言葉の中での使用例」がないのではないか。ある調査によるとメディアの中でここ半年から1年の「だそうです:だそう」の使用割合は、「86:14」だそう(です)。

(MBS)使ってはいけないということではなく、あくまでバランスの問題だとは思うが。

(ytv)弊社でも、数年前に夕方のニュースの企画物のナレーション(女性ナレーター)で、この「だそう」が多用されて、ちょっと問題(話題)になったことがあった。その後、考えたのだが、女性向け雑誌のコラムなどに出て来る表現法ではないか?例えば「酒井順子さん」あたりのエッセイに。そう思って、最近の「酒井順子」のエッセイ集を読み返してみたのだが、見当たらなかった。しかし、少し昔だと「平野レミさん」あたりも、口にしていそうな感じがする。(「~のよう」「~なわけ」など。)

(日本テレビ)少し前まで販売ソフトの仕事をしていたのだが、そのソフトの中に「~だそう」という表現は多くあった。しかしうまく演出されていれば、気にならなかった。

(MBS)たしかに、うまく演出されていれば気にならないだろう。しかし、日常会話の中には出て来ない表現なので気になる。

(テレビ朝日)『あいつ今、何してる』という、芸能人の同級生を訪ねる番組で、「~だそう」がよく出て来る。番組のプロデューサーに聞いたところ、「『番組を通しての伝聞』『風の便り』のような雰囲気を出すために使っている。主人公(ナレーター?)が『12歳の女の子のタレント』なので『断定調』よりも、文末に余韻を残したほうが良いと考えた」ということだった。

(KTV)「~なんだとか」の多用も違和感がある。この表現を使っていたディレクターに聞くと「お店の人の話ではそうなのだが、自分は(その話の内容に)責任を取れないので」と話していた。責任を取り切れなくて、何となくごまかす口調なのではないか。

(NHK)NHKの番組では『72時間』『サラめし』や「街ブラ」もので、ナレーターがつぶやくような形式を取っている中で、よく出て来る表現。ハマると親しみが湧くのだが・・・。ハマらない「~だそう」についてチェックしたい。

(テレビ東京)表現がハマれば、何回も繰り返して使ってもOKだと思う。

(MBS)きょう、ご出席の委員の皆さん(約40人)は、この「~だそう」についてどういう風に思ってらっしゃるのか、全体の雰囲気を知りたいので、挙手をお願いします。

【違和感がある】16人

【使ったことがある】0人

【20年前に聞いたことがある】0人

【使いたい】0人

(日本テレビ)ここの委員はベテランが多いので、聞いてもあまり意味がないのでは?若い人、新人アナに聞いてみてはどうか。

(共同通信)「そうだ」について少し調べてきた。文法的に正しいとする根拠は、小学館の『現代国語例解辞典』の巻末にある「助詞・助動詞解説」によると、「様態の助動詞・そうだ」は、代表的な用例として夏目漱石の『坊っちゃん』から「山嵐は強そうだが知恵はあまりなさそうだ」などが載っていて、その中に「『もう泣き出しそう』『わりと難しそうね』『そろそろ出来そうよ』のように、語幹、またはそれに『ね』『よ』が付いた形で、主に女性の言葉として用いられる」とあった。また、「伝聞の助動詞・そうだ」では、代表的な用例で川端康成の『伊豆の踊子』から「全国から中風の療法を聞き、売薬を求めたのだそうだ」が載っており、また「『男の子がうまれたそうね』『ご主人にそっくりだそうよ』のように、語幹に助詞『ね」『よ』を付けて主に女性の言葉として用いられることもある」とあった。

というような意見が交わされました。

その後、たまたま別の会合で会った『三省堂国語辞典』編纂者の飯間浩明さんに聞いてみたところ、

「その用法は『あり』です」

と断言されました。同じ会合で会った作家の中川右介さんも、

「時代小説(「捕り物帳」など)で、見かけたことがある気がする」

と話してらっしゃいました。

私も、いろいろ考えてみたのですが、たとえば、

「夢のよう。」

という言い方がありますが、これを「だ」を付けて、

「夢のようだ。」

と言い切り「断定」すると、ちょっときつい言い方で「男性的」。それに対して、

「夢のよう。」

「女性的」で、「柔らかい表現」です。「体言止め」のほうが「柔かい」とは決まっていませんが、たとえば

「思ったのだ。」

という「断定」は「男性的」。これに対して、

「思ったわけ。」

とすると、「女性的」で「柔かい感じ」になりますね。

さらに、こんなことも思いつきました。

「『~だそう。』は『丸文字』の系譜なのではないか?」

と。「丸文字」は「書く」行為でしたが、「~だそう。」は「しゃべる形」での

「『カワイイ』の系譜」

なのではないか?と。

そして、きのう(7月19日)の読売テレビの夕方の関西ローカル番組『かんさい情報ネットten.』の「街角トレジャー」という人気名物コーナー(漫才師「ますだおかだ」の「ますだ」さんが"街ブラ"をするコーナー)で東大阪の布施を「街ブラ」した際のナレーションで、森若佐紀子アナウンサーが、

「急遽、お店を経営することになったんだそう」

というように「だそう。」を使った原稿を読んでいるのを耳にしました。

これこれ!これ、結構、耳にするんだ、「ten.」で!このコーナーだったかあ。

さらに、きょう(7月20日)発売の『週刊文春』7月27日号の、酒井順子さんのコラム『私の読書日記』に出て来る文末の表現を、

  1. 普通の「だ。」「である。」のような表現で締めくくっている

  2. 「体言止め」的用法

に分けて数えてみました。その結果は、

(1)=27か所(48、2%)

(2)=29か所(51、8%)

と、「ほぼ半々」で、しかも「体言止め的用法」の割合が非常に高いことがわかりました。やはり、このあたりの表現の流れの中に「~だそう。」もあるのではないかと感じました。

以下、酒井さんのコラムの「具体的な文末表現」を記しておきます。

(1)「目を細めたくなる。」「教えてくれた。」「読んでみる。」「記してあったのだろう。」「ゼロなのだった。」「軽いものではない。」「"出稼ぎ生活"に励むのだ。」「自らの世代の不安感、と記していた。」「くすぶっている。」「お年頃なのですねぇ。」「ビジネス書である。」「ロールモデルを求めるな。」「自分で決めよう。」「大黒柱である。」「重荷感は薄い。」「可能性を広げようとする。」「あり方の多様さだった。」「改めて気づかされる。」「お金を稼いでいる。」「摘んでいく。」「命は短い。」「息子の嫁・千萬子の登場で、崩れる。」「文豪のミューズとなっていく......。」「絡みついていく。」「女達の方なのか。」「谷崎の方なのか......。」「壮大な実験である。」

(2)「切羽詰まった顔で立ち読みを。」「ビジネス書なのかも。」「娘世代へのメッセージ。」「一人で立てるようにしておこう、というメッセージ。」「躊躇せずに『逃げろ』とも。」「一人ですっくと立っている絵。」「『るるらいらい 日豪往復 出稼ぎ日記』。」「という著書。」

「人生は思わぬ方向へ。」「ローリングストーンな人生。」「客観性と動体視力が感じられる一冊。」「著者は、四十代。」「中年女性の不安について。」「どうする四十女......。」「誰も進むべき道を教えてくれないのが中年。」「『どう生きてもいい』ということ。」「ちなみに私はこう決めてきた、と。」「その姿勢は革命的。」「『母親』から『母』の字を外してしまおうというのだから。」「町の本屋さんの書店員。」「『とにかく人が良く、おおらか』な人。」「と思う著者。」「必ずしもそれが『女性向けエッセイ』ではないことにも、また。」「従来型とは異なる家族形成も可能。」「『デンジャラス』。」「大黒柱とは、谷崎潤一郎。」「切り花のような女性。」「『細雪』のモデルと言われる姉妹。」「千萬子は現代娘。」

(2017、7、20)

2017年7月20日 22:08 | コメント (0)

新・ことば事情

6393「戦艦と軍艦の違い」

7月12日の読売新聞朝刊の片隅に出た「訂正・おわび」記事。そこには前日11日に出た記事について、こう書かれていました。

「11日【国際】『海自 米印軍と共同訓練』の記事で、「中国戦艦」とあるのは「中国軍艦」の誤りでした。確認が不十分でした。」

これを読んで思ったことは、

「戦艦と軍艦はどう違うのか?」

ということでした。早速、調べてみました。

『広辞苑』では、

*「戦艦」=船舶と軍艦。艦船。

*「軍艦」=(1)水上の戦闘に従事する艦艇。(2)旧海軍における艦艇の類別の一つ。戦艦・巡洋艦・航空母艦・潜水母艦・海防艦・砲艦などで、駆逐艦・潜水艦・特務艦などとは区別する。

ははあ、「戦艦」のほうが、範囲が広いですね。旧海軍の分類によると、で「軍艦」から漏れた「駆逐艦・潜水艦・特務艦」は、潜水艦はわかるから置いておいても、残りの「駆逐艦」と「特務艦」は調べなきゃいけませんね。

*「駆逐艦」=砲。魚雷などを主要兵器とし、敵の主力艦・潜水艦・航空艦を撃破するのを任務とする小型の軍艦。一般に高速。

*「特務艦」=海軍で、艦艇の活動に必要な助力をする艦船で、工作艦・運送艦・砕氷艦・標的艦・測量艦・給油艦などの総称。

とありました。あれ?「駆逐艦」は「小型の軍艦」って書いてあるけど...『広辞苑』さん、どういうこと?「軍艦」だけど、その特性・能力に配慮して特別に区別して「駆逐艦」と呼ぶ傾向がある、ということかな?

「特務艦」は、直接戦闘は行わない、「ロジ(ロジスティック)担」「後方支援」のような役割だから、「軍艦」ではなく、より広義の「戦艦」に含まれる気がしますね、この説明だと。しかし「空母(航空母艦)」である、

「戦艦大和」「戦艦武蔵」「戦艦長門」

等は、「戦闘に従事」するわけですから、その意味では、

「軍艦」

のはずで、

「軍艦大和「軍艦武蔵」「軍艦長門」

になるのかなと思いますが、なんか、なじみがありません。「大和」はやっぱり、

「戦艦」

でしょう!

実際のところは、どうなんだろうか?

(2017、7、19)

2017年7月20日 20:07 | コメント (0)

新・ことば事情

6392「直上」

2017年7月、東京出張の帰りの新幹線車内で見た電光掲示板ニュースで、

「名古屋駅JRゲートタワーホテル」

の広告が流れていました。その文言は、

「名古屋駅直上にあり」

でしたこの中の、

「直上」

という言葉。「屋上」ではありません、「直上」です。なんと読むのかな「ちょくじょう」?それとも、和語にひらいて、「すぐうえ」

『精選版日本国語大辞典』で、「ちょくじょう」で引くと、なんと載っていました!

*「直上」=(1)すぐ上

(2)まっすぐなさま

(3)ぐんぐんのぼること。まっすぐに上昇すること

と、3つの意味が載っていました。『広辞苑』にも2つの意味が載っていました。

*「直上」=(1)すぐうえ。まうえ。

(2)まっすぐに上ること。ひた上りに上ること。

載ってるんだなあ。『新明解国語辞典』にも載っていました。あんまり私は使ったことのない言葉でした。「直情的」とは言われますが。

「真上」

のほうが「口語的」ですよね。「直上」は「書き言葉」だな。

(2017、7、19)

2017年7月20日 18:04 | コメント (0)

新・ことば事情

6391「過半数超え」

7月2日の東京都議会選挙では、「都民ファースト」が躍進しましたが、その報道の際に見かけた言葉に、

「過半数超え」

がありました。これっておかしくないですか?

「半数を超える=過半数」

なのですから、その「過半数」をまた「超える」ことが、果たしてできるのか?

たとえば、全体が「100議席」とすると、「50議席=半数」なので、

「51議席"以上"=過半数」

になります。つまり「過半数」に「以上」は付かない。付けると、

「過半数以上=『51議席以上』以上」

となって「『以上』が重複する」ことになります。同じ理屈で「超え」「超」も付かないはずです。

しかし、なぜ「過半数超え」などという言葉が出て来るのか?というと、この言葉を使う人たちは、

「過半数=51議席(=過半数の最少数)」

だと思っているのでしょう。

これは、きっちりと正しておかないといけませんね。それと、以前も書いた、

「○○超え」

という表現がはびこっていることも、「過半数超え」出現に拍車をかけているような気がします。また、

「過半数割れ」

ならわかるのですが、もしかしたらこの「過半数割れ」が、影響を与えているのかもしれません。

(2017、7、19)

2017年7月19日 12:38 | コメント (0)

新・ことば事情

6390「青なじみ」

全国的には、

「青たん」

と呼ばれる、身体をどこかにぶつけた時の、

「青あざ」「内出血の痕」

これの呼び方が、結構、地方によって方言がバラバラです。ネット検索してみると、

https://ameblo.jp/tiakiazunyannmoe/entry-11284995193.html

「青たん」=北海道・青森・秋田・福島・東京・神奈川・静岡・京都・山口

「赤たん」=東京

「青なじみ」=茨城・千葉

「黒なじみ」=福島

「青じみ」=福岡・愛媛

「黒じみ」=三重

「しんでる」=新潟

「ぶんず色になった」=福島

「青あざ」=東京・神奈川

「青ぢ」=愛知・広島・山口

「黒ぢ」=岩手・宮城・愛知・三重・山口

「黒じに」=広島

「青じに」=広島

「青しに」=石川

「青じん」=福井

「しぬ」=兵庫

「つぐろ・つごろじん・つぐろじん・つぐるじん・ずぐろじん」=鹿児島

「おーる」=沖縄

「よった」=宮城

「ちーしんでる」=長野

「黒ね」=長野

「黒ずみ」=静岡

「青ずみ」=静岡

「黒ず」=静岡

「ちがしんだ」=静岡・愛知

「黒にえる」=愛知

「しんでる」=三重

「青じ(染)んだ」=京都

「しぬ」=兵庫

「にえる・にえた」→和歌山

「しにいる」=広島

「黒ちがよった」=佐賀

「青じんたん」=宮崎

国立国語研究所のサイトで「内出血」の呼び名(方言)は、

青森・岩手=ぶち・ぶっち・ぶずつ・くろじ

宮城・福島=くろなじみ・くろなじえい・ぶちる

が載っていました。

私が思ったのは、この中の「青なじみ」「黒なじみ」の、

「なじみ」

というのは、

「『にじみ』の転では?」

ということなのです。また、「黒ずみ」「青ずみ」や「黒じに」「青じに」の、

「ずみ」「じに」

という言葉も、

「『にじみ』の転」

なのではないかな?と思います。そしてさらに、

「しんでる」

というのは、

「『しゅんでる=浸みている』の転」

ではないかなと考えました。

そうすると、ここに出て来た「『青たん』の方言」は、ほぼ全部、

「語源的には、ほぼ同じではないか」

という気がしたのですが、いかがでしょうか?

ただ、和歌山の「にえる」系と、鹿児島の「つぐる」系は、ちょっと違うような気がしますけどね。

(2017、7、12)

2017年7月19日 10:59 | コメント (0)

新・ことば事情

6389「バレイシャオレンジ」

和歌山の妻の実家から、荷物を送ってくれました。それを知らせるLINEが届きました。

「バレイシャオレンジ 送りました」

この、

「バレイシャオレンジ」

一見すると、

「バレイショ(馬鈴薯)」

のようですが、もちろん、そんな

「おいもさんのようなミカン」

ではありません。

「バレンシアオレンジ」

です。表記は、ちょっとだけおかしいのですが、読んでみると

「『バレンシアオレンジ』も『バレイシャオレンジ』もほぼ同じ」

ですね!これは発見でした。「耳から入った外国語」と「目から入った外国語」の表記の違い、たとえば「ヘップバーン」と「ヘボン」、「ストライク」と「ストライキ」、「バー」と「バール」などと同じなのかなあ。「掘った芋、いじんな」と「What time is it now?」も同じかな??

(2017、7、17)

2017年7月18日 22:58 | コメント (0)

新・読書日記 2017_086

『国語辞典のゆくえ』(飯間浩明、NHK出版:2017、7、1)

NHKラジオ講座(カルチャーラジオ)「文学の世界」のテキスト。7月から9月までNHKラジオ第2放送で放送されるのですが、読み物として読んでも十二分に興味深い・面白い・勉強になりました。赤ペンを持ちながら感想なども書き込みながら読みました。

たしかに「紙の辞書」の時代は終わりを告げている。その中で電子メディアを使った辞書はどうあるべきか?そんなことを飯間さんは考えているのですね。すごいなあ。

33、45、97、104、105ページは、明らかにインクが濃く字が太いです。なんでやろ?

目次をご紹介すると、「検索サイトがすべてを変えた」「国語辞典はどのように生まれたか」「国語辞典が熱かった時代」「国語辞典と電子化の波」「さまざまな個性の国語辞典」「国語辞典を作る原動力とは」「シンプルに分かりやすく説明する」「身近な言葉を丁寧に説明する」「ことばの多様性を提示する」「インターネット上のデマを正す」「そのことばをどう使えばいいか」「電子版辞書の可能性」「相談相手になる国語辞典」。

そして最後に「辞書をもっとよく知るためのブックガイド」まで付いていて、お得です。私は、ブックガイドで紹介された32冊の内、24冊は読んだことがありました。

トータルの感想は、

「インターネットの時代に、国語辞典はいかに生き残るか?つまり、国語辞典の存在価値は何か?ということを、飯間さんは真剣に考えているんだな」

ということでした。たしかに「ネットがあれば、意味を知るのは事足りる時代」、そこに「紙の辞書」の必要性、「電子版辞書」の必要性は?と思ってしまいますよね。

しかしそれは、先日の安倍首相の「そもそも」の意味を辞書で調べたと言いながら、実はどうやらネットの辞書で検索していた、しかも調べたのは、安倍首相本人ではなかったという出来事に象徴されるように、「知識の安易な外付け」の持つ危うさ・いい加減さが、万人に(首相にまで)広がった現代だからこそ、紙の辞書の重要性さ・自らの脳みそに刻み込む知識の重要性が、裏付けられたのではないでしょうか?

「ネットの情報や知識」は、あくまで「フロー」です。今、必要なのは、

「ストックとしての知識」

なのではないのでしょうか?


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(2017、6、27読了)

2017年7月19日 20:56 | コメント (0)

新・読書日記 2017_085

『文庫解説ワンダーランド』(斎藤美奈子、岩波新書:2017、1、20)

久々に斎藤美奈子さんの本を読んだが、切れ味は変わってなかった。やはり中身が濃いので、最初、ペースに乗るまでは、なかなか入り込めなかったが「美奈子ワールド」に浸かってしまえば、もう気持ちよく読み進むことができました。

大体「書評」と言えば、「本」「物語」の「批評」をするのに、本編ではなく「おまけ」とも言える「解説文」を分析していくという、まあ「おたく」的な世界ですね。しかし、一度足を踏み入れると、そこはまさに「ワンダーランド」。「解説」を書いた人の人柄や、それを書いてもらった「本編の作家」の存在というものまでが輪郭を表す。「解説」の在り方が、作品そのものを読み解くカギになる!という視点は、まさに「目からウロコ」ですね。これで解説を書く方も、もう全然、気軽に書くことができなくなりました。「解説」までもが俎上に載せせられる、しかもあの「斎藤美奈子」が包丁を振るう・・・・全く、油断も隙もない時代になりましたね・・・。

でも、読者としては、大変おもしろうございました!


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(2017、6、24読了)

2017年7月19日 15:53 | コメント (0)

新・読書日記 2017_084

『ウソつきの国』(勢古浩爾、ミシマ社:2017、3、1)

タイトルが攻撃的。当然、これは我が国「日本」のこと。あまりにも世の中に「ウソ臭い言葉」が蔓延している。一体これは、何なのか?一体この事態は、何なのか?世の中が腐っているのか?というような素朴な疑問から始まって、「ウソ」の有用性や、「ウソ」にも「良いウソ」と「悪いウソ」があると言われるが、具体的にはどういうものが「良いウソ」で、どういうものが「悪いウソ」なのか?などの考察。書き下ろしだが、どちらかというと個々のコラムの集成といった感じなので、どこからでも読める感じ。

中でも「『私の責任です』の無責任」などは「そうそう!」と思いました。そして、最近たしかによく耳にする、

「誤解を与えたとしたら申し訳ない」

という言い方が、いわゆる「東大話法」(安冨歩=東京大学東洋文化研究所教授=の著書『原発危機と「東大話法」』2012年)で提唱している用語だと。「東大話法」に関する本は、私も読みましたが、コロッと忘れていました。そうか、これがあの・・・・。

「ウソも方便」だが、絶対ウソを言ってはいけないところで ウソをつく人は、やはりダメだ。


star4

(2017、7、15読了)

2017年7月19日 11:55 | コメント (0)

新・読書日記 2017_083

『正社員消滅』(竹信三恵子、朝日新書:2017、3、30)

衝撃的な、シンプルなタイトル。

そもそも「派遣社員」がこれだけ定着する前までは、「正社員」という言葉も、それほど一般的ではなかったのではあるまいか?普通に「社員」と言っていて、たまに「嘱託社員」の人がいるぐらいだったように思う。つまり「正社員」を減らしてそれ以外の「社員」を増やして来たここ20年ぐらいの歴史は、正しく「正社員を減らす」目的で行われたのだから、その行き着く先が「正社員消滅」なのは、当然の帰結とも言えるだろう。

なんで「正社員」を減らすのか?「正社員」は「終身雇用」と一体で、福利厚生や年金といった「ふだんは見えない部分の負担」が、会社にとって大きいから。しかも「年金」などは、これまでは「定年退職」後せいぜい10年かそこら払えば良かったのが、20年30年と続く重い負担になって来たから。働いてくれている間の分は払うけど、その後、働かなくなってからもずっと面倒なんて見てられない!という、会社側の悲鳴と共に本音が聞こえてくる・・・一理ある。でも、そんなことをされては、困る。

「正社員を消滅」させることは「終身雇用制度の解体」ということなのですね。

本書ではまず、すでに「正社員が消えた職場」として「大手スーパー」「郵便局」「メーカー」「公務職場」などの実例が挙げられている。そして「正社員を支えてきたもの」が何かを説明。現在、「正社員」を減らすために(「正社員なんかイヤだ」と思わせるために)高い拘束力とプレッシャーで「正社員ゼロ化」のための「正社員追い出しビジネス」が拡大していると。さらに「働き方改革」にひそむワナについても詳述している。

何か「ウソ臭さ」の漂う、お上主導の「働き方改革」。7月14日付「読売新聞」朝刊トップの見出し「『脱時間給』連合が合意」も、働く者の集まりのはずの「連合」が、経営者側と結託してしまったようにも見える。労使ともに納得のできる「働き方」について考えなくてはいけない。


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(2017、6、27読了)

2017年7月18日 21:51 | コメント (0)

新・ことば事情

6388「聖路加の読み方2」

平成ことば事情5154「聖路加の読み方」の続編です。

2017年7月18日午前6時半ごろ、聖路加病院の名誉院長・日野原重明さんが亡くなりました。105歳でした。

ちょうど10年前の秋にインタビューさせていただいたことがあります。その時は日野原先生、たしか「96歳」だったと思うのですが、

「僕はね、100歳までは死ねないんだ。だってスケジュールがそこまで埋まってるからね」

と、お話しされていたのを思い出します。謹んで哀悼の意を表します。

前回書いたのは「2013年」でしたが、その5年前の「2008年2月」の「新聞用語懇談会放送分科会」でこの話題について討議していたので、その様子をここに記しておきます。

*************************************

☆「聖路加病院」の読み方=2008年2月

(テレビ朝日)聖路加(せいろか)病院の呼称について、去年(2007年)の暮れに「今後、正式名称である『聖路加(せいルカ)病院』と呼んでほしい」との申し出がありました。ホームページなどでは、表題は「聖路加国際病院」、英字は「St.uke's」ですが、病院併設の教会には「聖ルカ国際病院礼拝堂」などの記述もあります。テレビ朝日の原則では「日本の固有名詞に関しては当事者が望めば、望む表記・読みとする」なのですが、視聴者には「聖路加(せいろか)病院」でないと「誤読」だと思われたり、伝わらなかったりの危惧があり悩んでいます。引き続き、発生のニュース原稿では「聖路加(せいろか)病院」で、日野原院長らのインタビューの場合などは「聖路加(せいルカ)病院」でいくかなどの腹づもりをしているのですが、各局におかれてはいかがでしょうか?同様の申し出はありましたでしょうか?

→(ytv・道浦)去年(2007年)秋に聖路加病院の日野原重明名誉院長にインタビューした際に、病院関係者からスタッフに「正式にはルカです」と言われたと聞いた。

(NHK)ニュース原稿では「ルカ」と読んでいる。テロップは漢字で「聖路加」。

(TBS)実際に聖路加病院で勤めていた人も「本当はルカだけど、それじゃわからないので、ロカでもしょうがない」と言っていた。

~用語委員の関係者も、何人か聖路加病院関係の人がいたが、誰も「ルカ」と言っているのを聞いたことがないとのこと。なお『大辞林・第2版』には大学の名前が載っているが、そこには「聖路加(ろか)看護大学」と載っていたと、新聞協会の金武・専門委員から報告があった。

*************************************それからもう、10年経ちました。月日が経つのは早いです。

それで、今回の日野原先生の訃報では「『路加』をどう読んでいるか?」を、テレビ・ウオッチしたところ、

(日本テレビ)「スッキリ!!」=「ルカ」

(日本テレビ)「昼ニュース」=「ルカ」

(TBS)「昼ニュース」=「ルカ」

(テレビ朝日)「昼ニュース」=「ルカ」

(NHK)「正午のニュース」=「ルカ」

と、見逃してしまったフジテレビ系列以外は全て、

「ルカ」

で読んでいました。この10年で「ルカ」に統一されたのでしょうかね。

(2017、7、18)

2017年7月18日 20:49 | コメント (0)

新・ことば事情

6387「能面のような」

「能面のような」というと「無表情」のことだが、意外といろいろある。

*************************************

と、「2011年11月27日」に1行だけメモして、ほったらかしになっていました。

で、6年経って『だめだし日本語論』(大田出版)という、橋本治氏と橋爪大三郎氏の対談本を読んでいたら「日本語の壊し方~室町以後」の項目(170ページ~)に、

「能」

に関する話が出て来て、6年ぶりにこの「能面のような」について考え付いたわけです、電車の中で。以下がその考察です。

*************************************

「能面のような」という比喩表現は、いわゆる「無表情」(表情がないの)ではなく

「表情が1つしかない」

ということではないか?だから「張り付いた笑顔」も「能面のよう」と表現されます。「無表情」は、

「"喜怒哀楽"のない『プラスマイナス・ゼロ』の表情」

ですが、

「喜怒哀楽"のうちの『1つしか表情がない』もの」

「無表情」と言えるのではないでしょうか。

そういう意味で、

「表情の"変化がない"のが"無表情"」=「能面のような」

と言えるのではないか。つまり、

「2つ以上の表情がない場合」=「『ゼロ』か『1』のどちらかしか表情がない場合」

を指して「無表情」と言えるのではないでしょうか?

6年間熟成して、突然、閃いた答えです。

で、ここで初めて辞書を引く、と。「能面のよう(な)」は、

・『広辞苑』=無表情なさま。また、顔の端麗なさまにいう。

・『明鏡国語辞典』=無表情な顔、端麗な顔のたとえにも使う。

・『精選版日本国語大辞典』=顔の端麗なさま、また表情に変化がないさまにいう。

・『デジタル大辞泉』=無表情、また、顔だちの端麗なさま。

・『現代国語例解辞典』(能面)=能楽に用いる仮面。おもて。端麗な顔、無表情な顔のたとえにもされる。

『新明解国語辞典』と『岩波国語辞典』には載っていませんでした。

『三省堂国語辞典』は、見出し語にはありませんでしたが、「能面」の用例として、

「能面のように無表情な人」

とありました。そして「無表情」には、

「表情(の変化)がないようす」

とありました。問題は「能面」ではなく「無表情」の意味だったのか!私は、

「無表情」=「表情がない」

だと思い込んでいましたが、「表情がない」のではなく、

「表情"の変化"がない」

だったのですね!目からウロコが落ちました!(去年は「ウロコ「」じゃなくて「網膜」が落ちましたが・・・)

(2017、7、18)

2017年7月18日 18:48 | コメント (0)

新・ことば事情

6386「コミュニケーター」

聞くとはなしに聞こえてきた「テレビショッピング」の音声。その中で、

「コミュニケーター」

という言葉が耳に留まりました。これって、

「電話オペレーター」

のことを指しているんですよね。「コミュニケーター」って呼ぶのか。知りませんでした。

その番組は「ジャパネット」のものだったんですが、これは、他の通販会社でも同じように呼んでいるのでしょうか?ちょっと気になりました。

グーグル検索では(7月17日)

「コミュニケーター」=349万0000件

その中の「コミュニケーターの仕事」というサイト(日本パーソナルビジネス)によると、

https://www.npb-net.com/call/faq02.html

「通信業界の総合受付やテクニカルサポート、販売促進、金融機関でのお客様向け応対業務、通信販売の受信業務など、私たちが生活する中で触れるあらゆるサービスの中に、コミュニケーターのお仕事は関わっています。」

とのことです。「通信業界」では、広く「コミュニケーター」という名前の仕事は定着しているようですね。

(2017、7、17)

2017年7月18日 16:44 | コメント (0)

新・ことば事情

6385「海鮮三味」

会社帰りに、会社の近くの大阪・京橋の繁華街をブラブラしていたら(実は、遅れて参加する「飲み会」のお店を捜していたのですが)、普段よく目にしているお店の看板に、目が留まりました。そこには、

「海鮮三味」

と書かれていました。

「かいせんざんまい」

と読むのでしょう。あれ?ちょっと待って、違うわ。

「三昧」

ではなくて、

「三味」

になっている。これでは、

「さんみ」

だよ。海鮮が「三種類」しかないのか?3つの味が合わさった菓子パンに、

「サンミー」

というのがありましたが。これを専門用語では、

「サンミー一体」

と言います。あ、脱線した。元に戻すと、看板屋さんかお店の人が「昧」という字を知らなかったか、「三味」と書いて「ざんまい」と読むと思い込んでいたのか?「海鮮」という料理の店だから、あえて「味」という字にしたのか?その辺りの事情は分かりませんが、これまでに何度も店の前を通ったことがあったのに、全然、気付かなかったなあ。証拠写真を載せます。

6385kaisen.jpg

そういえば、先日、「ミヤネ屋」のスタッフも、フリップを発注するときに、

「パチンコ三味」

と書いて発注していました。これは本人が「ざんまい」だと思っていたようです。そういうように間違って覚えている人は、結構、いるのかもしれませんね。

私も高校生の頃、

「完璧」

「璧」は、

「かべ(壁)」

だと思ってましたからね。つまり下の部分が、正しくは「玉」なのに、「土」だと思っていたのです。

「完壁」

です。カンペキに間違えていました。ありがちな間違いでしょう?問題は、

「間違いに、いつ気付くか」

ですね。看板の場合は「作る前」に気付いてほしかった気もします。

(2016、2、4)

2017年7月18日 10:32 | コメント (0)

新・ことば事情

6384「アイホ」

いやあ、ビックリしました。「スターバックスコーヒー」は略して「スタバ」、ハンバーガーの「マクドナルド」は東京では「マック」、大阪では「マクド」、コンビニエンスストアの「ファミリーマート」は「ファミマ」というように略すのは、もちろん知っていましたが、これは知らなかった!

6月28日の読売新聞夕刊では、「アイスホッケー」を、

「アイホ」

と略していたのです。

「アイホ女子日本代表」

初めて見ました。「アイフォーン」を略したのかと思いました、「アイホ」。

何でも略すなあ。

6384aiho.jpg

(2017、7、12)

2017年7月18日 10:26

新・ことば事情

6383「愛好家か?愛鳥家か?」

7月13日のNHK正午のニュースで、ことし5月に「メジロ」を違法飼育していた疑いで家宅捜索を受けた、

「メジロの愛好家」

たちを、書類送検したというニュースを放送していました。

このニュース、覚えています。家宅捜索やメジロの押収が「5月」だったので、

「あ、これは『愛鳥週間』(バードウイーク)に合わせた、ある意味パフォーマンス的な摘発だな」

と思ったからです。実際、この時期は「愛鳥週間」の期間でした。

5月10日付の『産経新聞』によると、

「野鳥の国産メジロを違法に飼育した疑いがあるとして、大阪府警は10日、鳥獣保護法違反容疑で、府内の50~80代の愛好家男性12人の自宅を家宅捜索し、メジロなど約170羽を押収した。府警は12人から任意で事情を聴いており、違法な飼育と判明すれば今後、書類送検する方針。」

とありました。さらに、

「府警保安課によると、2月下旬、堺市内でメジロの鳴き声の美しさを競う『鳴き合わせ会』が開催されているとの情報が寄せられ、捜査を開始。4月までに複数回開かれていたことを確認した。鳴き合わせ会では成績に応じて賞品などが受けられ、好成績を収めたメジロが高額で取引されるケースもあるという。」

それから2か月もたって「書類送検」というのは、遅すぎる気がするのですが、どうなんでしょうか?

それはさておき、言葉の問題で気になったのは、このニュースでは、

「愛好家」

という言葉を使っていたことです。「鳥の愛好家」のことは、普通は、

「愛鳥家」

と呼ぶのではないでしょうか?それをあえて「愛好家」を使ったのは、

「愛鳥家を逮捕」

と言うと、

「『愛鳥家』全体のイメージが悪くなるので、それを避けたのではないか?」

と推測されます。

実際、法律では禁止されているのに、違法に飼育して「愛でていた」のだから、この人たちは「愛鳥家」であるのは間違いのないところなんですけどね。

「弁護士ドットコム」というサイトで、弁護士の渋谷寛さんが、この件に関して2年前に書かれています。(2015年3月26日)

それによると、メジロの鳴き声を好む愛好家たちは古くから多く、鳴き声を競う「鳴き合わせ会」は江戸時代から開かれていたそうです。そして、愛知県警が2015年3月中旬に、愛知県内に住むメジロ愛好家の男性22人(59〜79歳)を「鳥獣保護法違反」の疑いで「書類送検」したと発表したケースについて考察しています。

疑問はやはり、

「『鳴き合わせ会』という風雅な伝統があるのに、なぜメジロの捕獲や飼育は「違法」とされてしまうのか?」

ですよね。それは、

「『鳥獣保護法(鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律)』は原則として、野鳥の捕獲を禁止しており、『メジロ』も野鳥だから、原則として捕獲できない」

ということ。「『原則』禁止」で、「捕獲が認められる場合」は、

「学術研究や、鳥による生活環境にかかわる被害防止などのために、環境大臣または都道府県知事が許可を与えれば、捕獲は認められる」

とのことです。そして、「愛玩目的の捕獲」については、環境省が告示した基本指針(『鳥獣の保護及び管理を図るための事業を実施するための基本的な指針、2014年12月最終改正』)により、

「密猟を助長するおそれがあるため、禁止するとの方向」

が打ち出されたのだそうです。また、負傷した野鳥を保護するというのも「違反」だそうで、これは「鳥インフルエンザ」などの『感染症』に罹患する危険性から、人間や社会を守るという意味合いもあるそうです。

また、許可を得ずにメジロの捕獲・飼育をした場合は、

「許可なく捕獲すると、1年以下の懲役または100万円以下の罰金。また、許可なく飼育すれば、6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金」

が科せられるそうです。

つまり、「メジロの愛好家」は、原則「罰せられる」、

「野鳥であるメジロを愛好してはいけない」

ということなのでしょうか?兵庫・加古川の富豪・滝野瓢水(ひょうすい)が、大阪の知人が遊女を身請けしようとした際に、いさめて詠んだという、

「手に取るな やはり野に置け 蓮華草」(三熊花顛『続近世奇人伝』)

なのかなあ。本当の「愛鳥家」は、

「メジロを家で飼育したりして、愛好はしない」

ということでしょうか。

(2017、7、16)

2017年7月17日 14:49 | コメント (0)

新・読書日記 2017_082

『あの会社はこうして潰れた』(藤森徹、日経プレミアムシリーズ新書:2017、4、10第1刷・2017、5、15第5刷)

著者は1963年生まれ、帝国データバンクの情報部で企業データに関する仕事を25年続けたプロ。「倒産・破産」した会社がどのような経緯・原因で潰れたのかを、つぶさに見て来た。それを記すことで、「なぜ、あの会社はつぶれたのか」を読み解き、「会社が潰れないためには、どうすればよいのか」(少なくとも「潰れた会社と同じようなことをすれば潰れる」ということ)を学ぶことができる、と思って読んだ。

読んでの感想は、大体「家族経営の3代目」ぐらいになって、創業者の精神が忘れられたり軽んじられたりして、「これまでの経営は、時代に合わない」と、新しいことをやり出して大失敗、というケースが目立つ気がする。(あ、サウジアラビアの新皇太子、「第三世代」に当たるそうだが、大丈夫かな?)

私は経営者ではないし、そういう意味では経営にあまり興味はないのだが、自分の会社がつぶれるのは困る。もしも、そういった兆し・傾向が見えたら、「ちょっと待った!!」と言えるようにと思って読みました。


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(2017、7、13読了)

2017年7月17日 19:11 | コメント (0)

新・読書日記 2017_081

『ある日うっかりPTA』(杉江松恋、角川書店:2017、4、28)

面白かったです。

一般の保護者が、急にPTAの会長になって戸惑うという。私も同じ経験を10年前にしたことがあるので、「そうそう!」と思いながら読みました。

著者の名前「杉江松恋」は「すぎえ・まつこい」と読むそうです。書評・評論家。いわゆる自由業。そうすると、昼間、家にいるので「ヒマ」だと思われて、こういう「役職」のお鉢が回って来ると。

実際にやって見ると、「地域社会」というのが分かります。ある学校の「PTA」は、自動的にその上部組織の「市のPTA組織」に組み込まれていて、それが「府(県)のPTA組織」に組み込まれていてという以外にも、地域社会の「青年部」に、PTAは組み込まれているので「自治会」などとも連携を取ります。すると、

「地域のこの辺りにはこんな人がいて、面倒を見てくれているのか」

というようなこともわかるし、

「市役所のこういう部署が、地域にこう関わっているのか」

ということもわかります。

また、なぜかわからないのに続いている理不尽な仕組みとか、何の役にも立っていないであろうことが連綿と続いているとか、なんでこんなことにPTA会費を使うのだ?というような、一般社会人の目から見ると、とても理解できないようなことが行われているのも、よく分かります。ある意味"魔界"ですね。わけのわからない人が牛耳っていたりね。理不尽ですよー。

あんまり長くやるもんじゃないけど、まあいっぺんぐらい、やってもいいかなと。

できれば、あまり近付きたくないなあと、私は思いましたけどね。

この著者は、積極的に関わって一定の成果もあったようで、良かったですけどね。でも結局やめて、もう一回やろうとは思わないと。その辺りを書いてほしかったけど、書けないようねえ。


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(2017、6、30読了)

2017年7月17日 12:09 | コメント (0)

新・読書日記 2017_080

『さらに悩ましい国語辞典』(神永暁、時事通信社:2017、7、10)

前作を読んで、大変勉強になった。続編が出るのは知らなかったが、たまたま行った書店で、たまたまちょっと時間があって覗いた「辞書コーナー」に「新刊」として出ているのを見つけて、即、購入しました。「縁」ですよねえ、こういう本との出会いも。

著者の神永さんはこの前の本を出した際には、まだ小学館の社員で辞書編集に携わってらっしゃったので、他の辞書に関して口出しできなかったけど、今回は定年を迎えられたので、ちょっと他社の辞書に対していい所や足りない所、割と好き放題に言えるということで、巻末にその辺りを書いてらっしゃいます。『三省堂国語辞典』(と、その編纂者・飯間浩明さん)については、「三国」の編集方針は合わないみたいで、かなり辛口の挑戦状のようなことも書かれていて、なかなかおもしろいです。

「辞書」のような体裁を取っていますが(表紙のオレンジ色は、『三省堂国語辞典』のカバーと全く同じ色です。)「言葉に関するコラムの集合体」と見て良いでしょう。読み応えがあります!!

また、マスコミ関係の用語の対応について、普通は『共同通信記者ハンドブック』を使うことが多いのに、どちらかというと珍しい「時事通信社」の記者ハンドブックを、たびたび引き合いに出すので「何でかなあ?」と思っていたら、この本の「出版元」が「時事通信社」だったのでした。


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(2017、7、7読了)

2017年7月17日 10:07 | コメント (0)

新・ことば事情

6382「『連れて行って』のアクセント」

「連れて行って」

という言葉の「標準語アクセント」は、次のうちどちらでしょうか?

(1)「ツ/レテイッテ」(平板アクセント)

(2)「ツ/レテイッ\テ」(中高アクセント)

若い人の中では、

(2)「ツ/レテイッ\テ」(中高アクセント)

が多いようなのです。

先日ニュース原稿を読んでいたYアナウンサー―(31歳)と、Kアナウンサー(24歳)は共に横浜出身ですが、(2)「ツ/レテイッ\テ」(中高アクセント)だったのです。

年に2回程教えに行っているアナウンス学校の生徒さん14人(19歳~21歳)に聞いてみたところ、

(1)「ツ/レテイッテ」:(2)「ツ/レテイッ\テ」=「6:8」

で、やはり(2)「ツ/レテイッ\テ」(中高アクセント)のほうが多かったです。

また読売テレビの新人アナウンサー2人に聞いたところ、

(1)「ツ/レテイッテ」(平板アクセント)=男性新人アナ(日大・高知出身)

(2)「ツ/レテイッ\テ」(中高アクセント)=女性新人アナ(神戸女学院・兵庫出身)

という結果になりました。

もしかしたら、「私をスキーに連れてって」の、

「連れてって」

という言葉のアクセントが

「ツ/レテッ\テ」

となるところから、「行」が脱落しない形の「連れて行って」も同じように、

「ツ/レテイッ\テ」(中高アクセント)

になってしまうのではないか?というのは、男性ベテランアナウンサー2人の共通した意見でした。そうかもしれません。

「連れて」「行って」

という2つの動詞の意味を対等に考えれば、

(1)「ツ/レテイッテ」(平板アクセント)になる(=従来のアクセンント)

だと思うのですが、「行く」を「補助動詞」のように考えると、その部分を立てる必要がなくなり、

(2)「ツ/レテイッ\テ」(中高アクセント)

になるのかもしれません。

いずれにせよ、アクセントが変わって来ているのは、間違いなさそうです。

(2017、7、14)

2017年7月16日 20:05 | コメント (0)

新・ことば事情

6381「横倉さんのアクセント」

「ミヤネ屋」のスタッフから質問を受けました。

「横倉」

という人の名字のアクセントは、

  1. ヨ/コ\クラ(中高アクセント)

  2. ヨ/コクラ(平板アクセント)

のどちらでしょうか?私は(1)の「中高アクセント」だと思うのですけど、ナレーターさんが(2)「平板アクセント」で読んで録音したのですが・・・・と言うのです。

実際に声出してみると・・・「どちらもありそう」なんです。

「横倉」を1字ずつに分解すると、

「横(ヨ/コ)」=「平板アクセント」

「倉(ク/ラ\)」=「尾高アクセント」

なんですね。「横」が最初に付く名字で、後ろに「倉(ク/ラ\)」と同じアクセントの2文字の言葉が来る名字と言えば、

「横山」

だありますが、この名字の場合は、

「ヨ/コ\ヤマ」

という「中高アクセント」しかなく、

「ヨ/コヤマ」

という「平板アクセント」は、ないように思います。それから言うと「横倉」も、

「ヨ/コ\クラ」

しかないように思いますが。うーん、名字のアクセントは難しい!結局、

「どちらでも良い」

にしました。答えをご存じの方、ご教示ください!お願いします。

(2017、7、14)

2017年7月16日 17:01 | コメント (0)

新・ことば事情

6380「『退社』か?『退所』か?2」

平成ことば事情6356「『退社』か?『退所』か?」で書いた件の続編。

6月30日に開かれた「新聞用語懇談会放送分科会」で、各社の委員にどう対応したのかを聞いてみました。

また、先日亡くなった、元NHKアナウンサーで女優の野際陽子さんが、NHKをやめたことを紹介するときに、「退局」という表現はなじまない気がして「退社」としたのですが、NHKに入るときは「入局」でもいいのかなと思ったのですが、アンバランスな感じで、これに関しても各社どのように対応したかも聞きました。結果は以下の通り。

(NHK)「退局」は原稿にはなかった。「入局」「退局」も「入った」「やめた」と和語で言い換える。SMAPの原稿は「ジャニーズ事務所を離れることに」で、スーパーは「契約終了」だった。

(テレビ東京)ここ20年の原稿で「ジャニーズ」は30数件しかなかったが、今回の件は「退社」で放送した。

(テレビ朝日)SMAPは「退社」で放送。「退所」だと、ニュアンスがハッキリしない。

(フジテレビ)SMAPは、「めざましテレビ」=「退所」、「昼のニュース」=「退社」で放送した。野際陽子さんは「女優に転身」という表現で「NHKをやめた」という関係の表現はなかった。

(TBS)調べ切れなかったが、芸能デスクが出演した番組では「退所」と言っていたが、それ以外は「契約終了」にしていたと記憶している。野際さんはNHKを離れた後は「TBS」の番組に来られたので、この場合は「TBSが抜擢」か。(笑)

(テレビ東京)野際陽子氏については、元NHKアナウンサーで民放(テレビ東京)に移ったという「経験者である私」から言わせてもらうと、外部から言われた表現は、全部、「退職」だった。

とのことでした。

各社それぞれ、ということで、表現がバラバラになったのですね。それがわかりました。どれが「正解」というのも、ないのかなあ。

(2017、7、14)

2017年7月16日 11:59 | コメント (0)

新・ことば事情

6379「ニカブ」

「ブルカとニカブは違う!」

という記事を、2009年6月24日の「読売新聞」朝刊で見つけました。

え?「ブルカ」は聞いたことがあるけど、「ニカブ」って何?

<2009年12月18日に2行だけメモしたまま、8年が経過しています>

2017年7月12日の「毎日新聞」夕刊に、今度は、

「欧州人権裁 ニカブ禁止」

という見出しを見つけたので、ここで書いておくか!と思いました。

この記事には、

「イスラム教徒女性の顔のほぼ全体を覆う『ニカブ』」

とありました。割と簡単な説明です。今はネット検索したり、事典類を引いたら、図解付きで出て来ますよね。イスラムについて、この8年で、少しは理解が(名前だけでも)進んだのかな?まあ、その理解の原因が、あまり「良い意味で、じゃない」のが、残念ですけどね。

一応、国語辞典で「ニカブ」の説明を記しておきます・・・と思ったら、国語辞典には、なかなか載っていない。『精選版日本国語大辞典』『デジタル大辞泉』『明鏡国語辞典』『広辞苑』『新明解国語辞典』『旺文社標準国語辞典』『岩波国語辞典』『新潮現代国語辞典』『現代国語例解辞典』には載っていませんでした。そして、新しい言葉をいち早く採用することで知られる『三省堂国語辞典』も、「ブルカ」は載せていましたが、「ニカブ」は載っていませんでした!新しく日本語の中に入って来た言葉のようですね。

『現代用語の基礎知識2017年版』は、さすがに載せていました。といっても「ブルカ着用禁止」という項目(366ページ)に、

「ブルカは、イスラム教徒の女性が目をのぞき顔や全身をすっぽりと覆い隠す衣装。目の部分が網になったニカブも含めて、ヨーロッパではブルカと総称されることが多い。(以下略)」

とあるだけなんですが。

ついでに、

「ヘジャブ」(ヒジャブ)

も、名前は聞きますが、よくわかりません。

ウィキペディアの「イスラム圏の女性の服装」などによりますと、以下の通り。

【アバヤ】アバヤはアラビア半島の伝統的な民族衣装で、黒い布で目と手足の先以外をすべて隠している。

【ヒジャブ(ヘジャブ)】ヒジャブはスカーフのような布で頭髪を隠すものである。もっとも一般的な服装である。

【ヒマール】ヒマールは、ヒジャブより隠す範囲が広がり、背中まで隠す。

【ブルカ】ブルカは、アフガニスタンで用いられている民族衣装で、目の部分も網状になっていて完全に隠れている。イスラム世界の都市で用いられた女性用のヴェール(ヘジャブ)の1種である。

【ニカーブ】ニカーブ(アラビア語版)は、目だけ見せるものである。色は黒が多い。

【チャドル】チャドルは、イランに多い服装である。顔だけ出して体全体を隠す。

【ブルキニ】ブルキニは、近代になってから登場したムスリム向けの水着である。イスラム教の戒律に合うように、全身を覆うタイプの水着になっている。

グーグル検索では(7月14日)

「アバヤ」 = 83万3000件

「ヒジャブ」= 41万8000件

「ヘジャブ」=  1万2800件

「ヒマール」=209万0000件

「ブルカ」 = 25万0000件

「ニカブ」 =  2万8600件

「ニカーブ」=    5450件

「チャドル」= 10万9000件

「ブルキニ」=  4万6800件

でした。とありました。イスラム教徒でない我々は、全部含めて「ああ、あれね」と、なんとなくしか認識していないのが現状です。

(2017、7、12)

2017年7月15日 18:55 | コメント (0)

新・読書日記 2017_079

『宇宙兄弟 31』(小山宙也、講談社:2017、6、23)

『コミック・モーニング』で連載中の漫画。これは5か月に1冊単行本が出る。

今は、弟のヒビトの話が中心。兄より先に宇宙飛行士になって、アメリカのNASAから月へ行ったヒビト。しかし、月での事故の後遺症で「宇宙恐怖症」になってしまう。

それを克服して、今度はロシアの宇宙船で宇宙飛行士として再起すべくトレーニングを続け、他のロシア人飛行士とのコミュニケーションを取ることに、必死に頑張っている。その様子が、泣けるんだよねえ。


star4

(2017、7、5読了)

2017年7月14日 21:22 | コメント (0)

新・読書日記 2017_078

『BLUE GIANT SUPREME 2』(石塚真一、小学館:2017、7、5)

「大」のドイツ武者修行編第2弾。4か月ごとに単行本、出るんですね。音楽漫画。

ついに見つけたパートナーの小柄な女性ベース奏者・ハンナを追って、ミュンヘンからハンブルグへ。

「言語」ではない、「音楽」という世界共通の「ことば」と「熱意・情熱」で「ともだちの和」を広げていく、主人公・大。大きな大きな「世界一のジャズプレーヤーになる」という目標を目指して一直線。パッション!!

自分を信じて、ひたすら一途に取り組む姿勢は、気高くさえあると思う。


star5

(2017、7、4読了)

2017年7月14日 15:19 | コメント (0)

新・ことば事情

6378「秘蔵っ子の読み方」

「ミヤネ屋」でナレーターが、「秘蔵っ子」を、

「ひぞうっこ」

と読んだところ、視聴者の方から、

「あれは『ひぞっこ』だ!」

というご指摘がありました。たしかに、

「ひぞっこ」

と、「う」を落として言ったほうが、「ツウ」な感じがしますね。

しかし、辞書では、

「ひぞうっこ」

で見出しが出ており、

「ひぞっこ」

のほうが「新しい呼び方」のようです。

『精選版日本国語大辞典』では、

*「ひぞうっこ(秘蔵子)」=「ひぞうご(秘蔵子)」の変化した言葉。

*「ひぞっこ(秘蔵子)」→ひぞうご(秘蔵子)

と「ひぞっこ」は「空見出し」です。

『広辞苑』は、逆に「ひぞっこ」に意味が書かれていて「ひぞうっこ」は「空見出し」。

『明鏡国語辞典』『三省堂国語辞典』も「ひぞっこ」に意味が書かれており、「ひぞうっこ」の見出しはありませんが、ともに「ひぞっこ」の語義説明の中に、

「ひぞうっこ」

も記されています。

ただ、『NHK日本語発音アクセント新辞典』には、見出しは「ひぞっこ」しかありませんでした。

このあたりから類推すると、「秘蔵子」の読み方は、

「ひぞうご」→「ひぞうっこ」→「ひぞっこ」

と変わって来たのではないでしょうか?

いずれにしても「ひぞうっこ」が「間違い」とまでは言えないと思います。

細かい所まで気にして見て・聞いてくださってありがとうございます。

(2017、7、13)

2017年7月15日 12:52 | コメント (0)

新・ことば事情

6377「お金を儲けるのは悪いことですか」

<2006年12月16日13:40に書き始めました。そんな記録が残っていることが、すごいなあ。>

*************************************

今年(2006年)の流行語大賞などには出てこなかったけど、元・村上ファンドの村上世彰氏の、

「お金を儲けるのは悪いことですか」

という言葉、これには当時、誰も答えられなかったような気がしました。ウグッと詰まってしまったような。

「でもやっぱり違う、おかしい」

と思いました。なぜ違うのか考えた時に、この村上氏の発言は、7~8年前に頻出した、

「なぜ、人を殺しちゃいけないの?」

という子どもの質問に似ているなと思いました。

「社会的常識に欠ける」

という点で。「ダメだ」ということが、あまりに当たり前なので、盲点を突かれた気もしましたが。

その仕事の「社会貢献度」に応じた額でなければ悪いこと。

「マネーゲーム」は、その額に比べ「社会貢献度が低い」ので良くない。

「社会貢献度」とはその仕事によって「幸せになる人の数」と「不幸せになる人の数」差。

****************************************

と、ここまでが「2006年12月」に書いたメモです。

ずっと気になっていた言葉なんです。

それで、11年経った「2017年6月27日」に、急に閃いたんです、これに対する「答え」が。テストだったら、時間がかかり過ぎて落第ですが、テストじゃないから別に時間制限はないもんね。それを書きます。

「小泉内閣の『自衛隊の行くところは"非戦闘地域"』発言から始まり、『2万%ない』と言っていたのに出馬した橋下・元大阪府知事などの"劇場型の政治家"と、それを支持した人たちによって形成された。『結果が良ければ、手段は何でもいい』という考え方。『結果が全て』と。『儲かればいい、手段は問わない』。村上ファンドが『お金を儲けることは悪いことですか?』にようやく答えられる。

『その手段が法的にも倫理的にも正当で、その結果が大きすぎなければ、お金を儲けることは悪いことではない。しかし、『限度を超えた金儲けは悪いこと』である。なぜなら、儲け過ぎる反対側には、損をする人がいる。限度を超える儲けには、法的か倫理的に、正当ではない手段が、必ず使われているからだ。』

いかがでしょうか?

なんだ、11年前とほとんど内容が変わってないじゃん!むしろ11年前のほうが、よく考えられているのでは?進歩が無いなあ、長い事考えた割りには・・・ちょっとがっかり。

一方、これは「たまたま」なんですが、この発言をした、

「村上世彰氏」

が、十数年ぶりに(?)再びマスコミに登場しました。本を出したみたいです。その宣伝のためでしょう、『週刊文春』の、阿川佐和子のインタビューコーナーにも登場しました。(『生涯投資家』。出版元は、やはり「文藝春秋社」。「フジテレビ&ニッポン放送買収問題」がらみのことも書かれているようなので、つい買ってしまいました。この本を買ってもらうことで彼が得られる「お金(儲け)」は、正当なものだと思います。)

写真を見て驚きました。あの欽ちゃん(萩本欽一さん)みたいな、年より少し若い感じの風貌(この本の「帯」に、当時の写真が使われています)から、髪が真っ白で、まるで別人!裏表紙の折り返しに載っている「著者近影」は年相応、いや年齢以上に老けた感じになっているではありませんか!「1959年8月生まれ」なのでまだ57歳なのに「10歳以上も上」に見える。まるで、玉手箱を開けた「浦島太郎」のように・・・。

そう、

「『玉手箱』は『加速器』」

だったのです。「時間を加速させるもの」です。そして、

「『限度を超える金儲け』もまた『加速器』」

なのではないでしょうか?村上氏は「玉手箱」を開けてしまった・・・。

(2017、7、14)

2017年7月14日 18:19 | コメント (0)

新・ことば事情

6376「ハーフバースデー」

今年5月、中1の娘が、

「十三詣り」

というのに行きました。兵庫県の「十三(じゅうそう)」は関係ありません。京都の嵐山のお寺でやっている(?)そうで、お参りに行きました。あ、「ウィキペディア」から転載。

<旧暦の3月13日前後 (新暦の3月13日から5月13日)に、男女とも数え年13歳でおこなう祝いである。子供の多福・開運を祈り、小学校を卒業して中学校に入学する春に寺社に詣でる形式が一般的。特に京都嵯峨の虚空蔵法輪寺における虚空蔵菩薩への「十三参り」は有名>

そうそう、京都嵯峨の虚空蔵(こうくうぞう)法輪寺!行ってきました。

その前に、家族の記念写真を撮りに、写真スタジオに行きました。そこにあった「スタジオアリス」の広告に、

「ハーフバースデー」

というのがありました。「バースデー=誕生日」は、

「1年に1回」

ですが、生まれてすぐの赤ちゃんの成長を考えると、

「生まれて半年経った『月誕生日』(?)」

のことを言うんでしょうかね?

少子化の中で、しかも「写真」はみんな、ケータイやスマホでめちゃくちゃ綺麗に撮れる時代に、こういった写真仕事をやっていくためには、色んなイベントを考えなきゃいけないんだなあ・・・というふうに感じました。

グーグル検索では(7月12日)、

「ハーフバーデー」=76万2000件

もありました。よく読んでみると、「ハーフバースデー」は、もともと英米で行われていた風習で、

「学校の長期休暇中に誕生日を迎える子は、友達にお祝いされずにかわいそうなので、誕生日の6か月前や6か月後に、学校のみんなでお祝いをしようというもの」

だったそうです。えー!全然違うじゃん!でもまあ、日本でも最近は、

「夏休み中の8月生まれの人のお誕生会」

「7月」か「9月」の人と一緒にやったりしますけどね、保育所とかでは。

そういったものが日本では、

「離乳食が始まる時期なので『離乳食ケーキ』を食べさせてあげたりもする」

ようです。赤ちゃんにとっては「ありがた迷惑」かも。絶対にそんなことしても、大きくなって覚えてないよね。それらは「親の我がまま」では?でも、

「お食い初め」

も同じか。また、お父さんお母さんにとっても、

「子育てを、半年間 頑張ってきたことへのねぎらい」

という意味で実施されることもあるそうなんですが、「子どもが生まれて半年」なんてまだ「ねぎらい」も何も、

「子育て・赤ちゃん育ての真っ只中」

ではないですか!そんな余裕、ありませんよ。あ、まだ「育児休暇中」だから、働き出すまでよりは余裕があるのかな?どうなのかなあ。やってもいいけど、やらなくてもいいかな。何事も、そうですけどね。

(2017、7、12)

2017年7月14日 12:18 | コメント (0)

新・ことば事情

6375「王室と王族・皇室と皇族の違いは?」

サウジアラビアのサルマン国王が、2017年3月12日から4日間の予定で来日しましたが、その同行者が何と1000人!ということや、高齢の国王が飛行機から降りる際に、タラップの代わりに専用のエスカレーターを用意していたことなどで注目を集めました。

ここで、質問が。

「王室」と「王族」の違いは?

『「王様」がいるのが「王国」。その支配者の中枢が「王室」。その周辺にいる"親戚"が「王族」。つまり、「王族」のほうが人数が多く、「王室」は少ない。』

と考えたのですが、どうでしょうか?

日本の場合は、「天皇」は「王様」ではなく「国民統合の象徴」なので、「王室」ではなく「皇室」

一方、「皇族」は、天皇を除く「皇統譜」に載っている人たちの総称。

「皇室」は「天皇&皇族」です。

という意味では「皇室」と「皇族」の違いはハッキリしていますが、「王室・王族」も、同じと考えていいのですかね?

ちなみにこれは、このへんまで書きかけたまま、4か月以上ほったらかしになっていたので、何となくタイムリー感がなくなってしまいましたが、そのうちまた、話題が回って来ることもあるでしょうから、書き残しておきますね。

(2017、7、12)

2017年7月13日 11:05 | コメント (0)

新・ことば事情

6374「地肩、自家発電」

ネットのニュースで、『日経エンタテインメント』7月号からの記事を見ていたら、最近、ワタナベエンターテイメント(いわゆる「ナベプロ」ですよね?)のタレントが活躍しているという記事が出ていました。(執筆:遠藤敏文、木村尚恵両氏の名前あり)

その中で気になった表現は、

「地肩(をつけさせる)」

という表現。2回出て来ました。これって、

「地力」

でいいんじゃない?「地肩」って。

「野球のピッチャーやキャッチャー・外野手などに使う言葉」

なのでは?(「内野手」には、あまり求められない気がします。「ショート」以外は。)

「地肩が強い」

というように。「地」ですから「もともと」ですよね。それが「強い・弱い」はあっても、「つけさせる」

ことができるのかなあ?「地力」は「基本となる力」なので、成長の余地はあるように思いますが。この「地肩」って、「エンタメ業界」ではよく使われる言葉なんでしょうか?それとも記事を書いた記者が、元は「スポーツ担当記者」だったのでしょうか?わかりませんが。

もう一つ、気になった表現は、

「いまは自家発電できる芸人でないと使ってもらえない」

という一文の中の、

「自家発電」

これの意味は、

「多くの芸人の中の一人として『賑やかし』で番組に出ているのではなくて、自らのネタで番組を盛り上げることができる」

というようなことだと思うのですが、これも結構、無理やり使っているような感じがしました。

(2017、7、12)

2017年7月12日 23:01 | コメント (0)

新・ことば事情

6373「辛(うま)い」

7月11日にツイッター経由で見た、グリコのインスタントカレー「LEE」のコマーシャル。ふだんは「×20(20倍)」の辛さまでのカレーしかないそうですが、期間限定で、

「×30」(30倍)

のカレーを出しているんだそうです。さて、そのCMの画面いっぱいに出て来た文字は、「辛い」の上にルビが「うま」と。つまり、

「辛(うま)い」

という表記でした。

なるほどね。「ルビ」にはこういう使い方もあるんだな、と改めて思いました。

これは、例えば「スイーツ」だと、

「甘(うま)い」

なんて応用も利きますね。

もし、これが「マトンカレー」だったら、

「羊辛(うま)い」

となって、

「『ヒツジ』なのに『ウマ』い」

・・・なんちゃって。

ああ、「×30」のカレーが食べくなってきたー!思うツボだあ!!!

(2017、7、12)

2017年7月12日 21:59 | コメント (0)

新・ことば事情 (2017、7、12)

6372「ひもとく」

7月12日の「読売新聞」朝刊の「編集手帳」で、前日の7月11日に「改正組織犯罪処罰法」が施行されたことについて、書いていました。

そのまとめ部分に、こんな一文がありました。

「警察創設史をひもといても無駄にはなるまい」

この中の、

「ひもといても」(「ひもとく」)

は、「紐解く」とも「繙く」とも書くようですが、

「本を開く・読む」

ことを指します。昔の本には紐が付いていた。今でも古い本・和書で、紐の付いたものを見かけることはあります。だから「本を読む・開く」ことを「ひもとく」と言うのですね。そして、

「歴史をひもとく」

は、よく使われる表現です。そこからの類推で、

「謎をひもとく」

等とも使われています。しかしこれは、本来は間違いです。

たぶん、「歴史」の場合は、

「歴史"書"をひもとく」

ことで「歴史が明らかになる」ので、「書」を省略して、

「歴史をひもとく」

と使われるのでしょう。これは「許容」でしょうね。

今回の「編集手帳」での「警察創設史」という「歴史」も、そこからの類推で「ひもとく」を竹内政明さんが使ったのだと思います。

その竹内さん、この間、7月6日の読売新聞に、うちの森若佐紀子アナウンサーとの対談が載っていました。というのは「編集手帳」の朗読を、関西では読売テレビのアナウンサーたちが、この6月から行っているからなんですね。お世話になっています!

2017年7月12日 20:58 | コメント (0)

新・ことば事情 (2017、7、12)

6371「囲碁は打つ、将棋は指す」

将棋の藤井聡太四段の話題で、将棋のルールもわからない人たちも巻き込んで、ちょっとしたブームになっていますよね。そこで、よく問題にされるのが、

「囲碁」=打つ

「将棋」=指す

ということなのです。特に今回は「将棋」なので、

「指す」

と言わないといけないのに、つい、

「打つ」

というとお叱りを受ける。

しかし、ちょっと待った!

本当に「将棋」は「指す」だけなのでしょうか?

将棋の記事を読んでいると、

「駒を打つ」

という表現が出て来ます。平成ことば事情6367「4一玉打」で書いたように、「玉」を

「打つ」のはあり得ませんが、きょう(7月12日)の読売新聞に載っていた、「第30期竜王戦 4組決勝 第7譜」の棋譜では、

「3三銀打」

と表現していました。相手から取った駒を、盤面に指す場合は、

「打つ」

と言うのですね。また、「持ち駒を打つ」だけではなく、きのう(7月11日)の読売新聞に載っていた、「第30期竜王戦 4組決勝 第6譜」の小暮克洋記者の記事でも、

「4二金と打つのが好手段」

というように「打つ」が出て来ました。「将棋」に「打つ」もあるのです!

「指す」と「打つ」の使い分けは、どうなんでしょうねえ?

あ、「好手段」も気になるな。

2017年7月12日 19:57 | コメント (0)

新・ことば事情

6370「流木が流れて来た」

九州の豪雨災害、お見舞い申し上げます。

「線状降雨帯」

聞き慣れない言葉ですが、2年前の栃木・鬼怒川の災害でも、こういった気象状況になったそうですね・・・。

7月7日の昼休みにたまたま食堂で一緒になった、九州・福岡出身のアナウンサー・M先輩が、

「九州豪雨のニュースを見ていて気になるのが、『流木が流れて来た』という表現。NHKも使っている。これって『重複』でしょ」

全然、気付きませんでした。しかしそれを聞いてから、よーく耳に神経を集中すると、確かにそうしゃべっている人もいます。「ミヤネ屋」で宮根さんも、

「大量の流木が山から流れて来て」

と言っていました。あまり気にならない・気付かないですが、当然、

「流木が流れて来る」

のではなく、

「山の木が流れたものが『流木』と呼ばれる」

のですよね。

今回は、山間の所で被害が大きくなり、木と共に大量の土砂が流れて来て被害を大きくしたということで、単なる「木」が「流れて来て」というよりは、流れた結果の、

「流木」

という「キーワード」を使いたくなるのですね。

「フリートーク」では、ある程度は仕方がないですが、「ナレーション原稿」では避けたい表現ですね。

(追記)

南極で巨大な氷山が割れたことで、周囲への環境の変化が懸念されるというニュースを、7月13日の午前10時のNHKニュースでやっていました。

それで思い出しました、というかその前の日に気付いたのですが、

「『流氷』は『流れ着く』」

と言いますねあ・・・・混乱。

これは、「流氷」のほうが「固有名詞的」に「一語意識」が強く、「流氷」の中の「流」の意味が薄れていると考えられます。

「犯罪を犯す」「犯罪」のような感じですね。重複だけど「許容」

「流木」は、まだそのレベルには達していない、ということではないでしょうか。

(2017、7、13)


(2017、7、7)

2017年7月12日 11:58 | コメント (0)

新・ことば事情

6369「記録を書き換えるか?塗り替えるか?」

6月26日、将棋の14歳・藤井聡太四段が、これまでに作られた連勝記録を30年ぶりに塗り替える、「29連勝」を達成しました。いやあ、すごい!

次の試合で佐々木勇気五段に敗れて「30連勝」はならなかったですが、プロ入り「初黒星」後も、7月11日現在「2連勝」です!

ところでこの場合、「記録」や「歴史」は

「塗り替える」

なのか?それとも、

「書き換える」

なのか?「29連勝達成」翌日の「ミヤネ屋」の放送では、

「塗り替える」

を使ったんですが、どう違うんでしょうね?と疑問に思いました。

なんか「陸上の記録」何かだと「書き換える」ような気がするんですが。

「データ」として書き残すのであれば、

「書き換える」

ですね、ただ、その記録更新よって、これまでの常識であるとか、見えていた世界をガラッと変えてしまう場合は、記録が書かれた壁ごと、色を、

「塗り替えてしまう」

ということなのかなあ。

そうすると、「記録の持つ意味の大きさ」によって、

「書き換える」<「塗り替える」

という使われ方をしているのでしょうかねえ。「頻繁に更新される記録」は「書き換える」、「滅多に更新されない記録が破られたとき」は「塗り替える」では?

『新明解国語辞典』では、

*「塗り替える」=前に塗ったものが はげたり 不要になったりして、その上に新しく塗り直す。(今までとは違ったものをそこに呈示する意にも用いる。例・「記録を塗り替えた(=「一新した」)」

とありました。『広辞苑』では、

*「塗り替える」=(1)塗ってあるものを改めて塗る。ぬりなおす。例・「壁を塗り替える」(2)すっかり変えて新しくする。例・「勢力地図を塗り替える」「大会記録を塗り替える」

とありました。そういえば「書き換える」と「塗り替える」では、「かえる」の漢字も違いますね。

(2017、7、11)

2017年7月11日 19:55 | コメント (0)

新・ことば事情

6368「住民と住人の使い分け」

九州の豪雨被害に遭われた皆様に、お見舞い申し上げます。

7月6日の「ミヤネ屋」で、九州の豪雨災害に関するニュースをお伝えした際に、被害に遭った地域の方へのインタビューのスーパーに、

「住人は」

と出ていました。しかし、これは、

「住民は」

に直しました。「住人」と「住民」の使い分けに関しては、

*「住人」=特定の建物に住んでいる人(火災・窃盗などの事件で出て来る)

*「住民」=その地域に住んでいる人。近所の人(自然災害など、地域の迷惑事件、事件があった家の近くに住んでいる人)。

のように考えています。

平成ことば事情1546「住民と住人」

平成ことば事情3616「住民と住人2」

平成ことば事情4881「住人と住民3」

平成ことば事情3980「地元住民も不安ですね」

平成ことば事情5795「近隣住民」

も、あわせてお読みください。

(2017、7、7)

2017年7月 9日 12:18 | コメント (0)

新・ことば事情

6367「4一玉打」

きょう(7月3日)の「ミヤネ屋」で、きのう30連勝を懸けた勝負に敗れた藤井聡太四段の将棋の様子をお伝えしました。途中で、

「棋譜」

も少し出て来ました。どこに指したかというのを、

「9七歩」「4二金」

のように、盤面の「横軸」は「洋数字」で、「縦軸」は「漢数字」で表しているのです。そんなテロップの中に、こんなものが。

「4一玉打」

ん?ちょっと待てよ。「打」というのは、

「手駒の中から指してくる場合」

に書かれるんですよね、ということは、

「『4一』の枠に『玉』を差した(打った)」

ということ?それって、手駒の中に「玉」があったら、

「もう、その将棋は勝っている(終わっている)」

ではないですか!それに気付かないのは、我々が子どもの頃にやっていたような、

「ヘボ将棋」

ですよね。藤井聡太四段のようなプロが、そんなミスを犯すはずがありません。

これは、単に「4一」の位置に「玉」を動かしただけのはず。

「持ち駒から打った(指した)わけではない」

はずです。確認したら、やはりそうでした。危ない、危ない!

こんな素人が、頑張って勉強して、VTRを作っています。

(2017、7、3)

2017年7月 8日 12:12 | コメント (0)

新・ことば事情

6366「こなれ感・抜け感」

いつもアラサー・アラフォー女性の目にする言葉(主に「女性誌」でよく見かける言葉)の情報を教えてくれるMアナウンサー。きょうは、昼ニュース前の準備をしている時間、ちょっとヒマがありそうだったので声を掛けたところ、

「こなれ感・抜け感」

という言葉を教えてくれました。

「こなれ感」

というのは、

「力いっぱい頑張ってオシャレしました!というのではなく、普通に着ていておしゃれな服装が身についている・着こなしている感じ」

のことを言うようです。はあ、なるほど。

「本当におしゃれな人が、自然と出せるもの」

のことだそうですが、そんなの、一朝一夕に身に付くものなのかなあ?

また「抜け感」の「抜け」というのは、Mアナウンナーが知り合いのモデルさんから聞いた話によると、

「素肌をさらしている」

ことのようで、「抜け感」は、

「袖を軽くロールアップするなど、さりげなく素肌を出した感じの服装」

のようです。知らんかったなあ。男には関係のない言葉のようだなあ。

Mアナウンサー曰く、

「女性の、魅力的な素肌の見せ所は『サンクビ』って言いますからね」

「???何?『サンクビ』って?」

「『手首、足首、首』です。それを綺麗に見せるのが女性の魅力アップにつながるんです」

「へえー、知らなかったなあ。あ、最近というかここ数年、ちょっと透けたスカートの下に、本当のスカートを穿いているようなファッションを見かけるけど、あれも『抜け感』なのかな?ほら、寒天の中に金魚が泳いでいるように見える羊羹、みたいな感じの」

「・・・金魚の羊羹?ああ『チュールスカート』ですか。あれは、去年かおととしぐらいがブームだったですけど、もう定着した感じですかね。あれも『抜け感』なのかなあ」

「そうなんだ!去年かおととしか。でも、肌は見せてないから『抜け感』ではないのかなあ。」

と、ひとしきり「抜け感談義」が続きました。あとで「少し透けたスカート」でネット検索したところ、「チュールスカート」は、

「透け感」

と表現されていました。そのままやがな!何でもかんでも「感」を付ければいいのか?

また、

「透けスカート」

とも言うようです。これも、そのままやがな!

その後「抜け感」を検索してみたらこんな説明がありました。(2014年10月30日)https://matome.naver.jp/odai/2141531931330654801

「きちんとしていながら、リラックス感があったり、ナチュラルな雰囲気がある着こなしを表現するときに使われる言葉。」

「ナチュラルテイストや着崩しを入れて、気取りがない肩の力を抜いた感じを出すスタイルのことです。」

あ、「肌を出す」とは関係なかったか。「リラックス」「着崩し」がキーワードのようで、つまり、「ドレスアップ」の反対の、

「ドレスダウン」

のことのようだな。

まとめて、グーグル検索の結果です。(7月7日)

「こなれ感」   =  52万6000件

「抜け感」    =  52万1000件

「透け感」    =1300万0000件

「少し透けたスカート」=      4件

「透けたスカート」=   1万7500件

「透けスカート」 =   8万7900件

「チュールスカート」=843万0000件

ちなみに「こなれ感」と「抜け感」に関しては、

「『こなれ感』『抜け感』・・・知らないとちょっと恥ずかしい春のおしゃれ用語」

https://cancam.jp/archives/130176

というサイトがありましたが、

「2015年4月4日」

にアップされていました。私は「ちょっと恥ずかしい」まま、2年以上経過していたのか・・・・全然、恥ずかしくないもん!

そう言えば、きょうは「七夕」。「織姫さま」の衣装は、

「透け感」

がありますね!

(2017、7、7)

2017年7月 7日 19:11 | コメント (0)

新・ことば事情

6365「勝つ気しかしない」

中学1年生の娘が、こんな言葉を使っていました。

「勝つ気しかしない」

最近、こういった表現を耳に知ることがありますが、よく考えると、ちょっと"違和感"があります。同じ事を普通なら、

「負ける気がしない」

と言うのではないでしょうか?「勝つ気しかしない」は、少なくとも私は、使いません。そういえば会社の先輩に、

「香月さん」

という人がいました。「かつき」さんです。

この「勝つ気しかしない」という言葉をメモしておいたところ、今日(6月29日)のNHKの『人名探究究バラエティー・日本人のおなまえっ!』という番組を見ていたら、「縁起のいい名前」の店員さんばかりが集まった「宝くじ売り場」を紹介していて、その映像の後ろに流れたナレーションと字幕スーパーが、

「当たる予感しかしない宝くじ売り場」

と紹介していました。あ、これも同じ用法だ!

これってもしかしたら「プロレス」かなんか、スポーツの世界から波及してきた言葉でしょうか?と思って検索したら、やっぱり出て来ました。

『減量から解放された川口は「自由になったこの開放感がたまらない。ご飯を食べたら勝つ気しかしない。」(「デイリースポーツ」2017年4月1日:ボクシング・東洋太平洋スーパーフライ級タイトルマッチの前日計量の記事)

『【プロレスリングWAVE6.4後楽園大会に向け会見!大畠が門倉(マーベラス)の勝ち上がりを要望!山下は「勝てる気しかしない!」と強気発言!』(「プロレスTODAY」というサイト、2017年5月29日)

グーグル検索では(6月29日)

「勝つ気しかしない」=    4710件

「当たる気しかしない」= 4万4480件

「~気しかしない」 = 47万1000件

でした。この言葉の使い方の"違和感の出処"は、どこでしょうかね?

(追記)

ツイッターで見かけた文章に。

「刺激しかありませんでした」

というものが。これは「勝つ気しかない」と同じ文章の構造ですよね。

「勝つ気しかない」は「勝つ気満々!」の意味。

「刺激しかない」は「ものすごく刺激された」の意味。

ということですね。

(2017、7、19)


(2017、6、29)

2017年7月 3日 21:52 | コメント (0)