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『道浦TIME』

新・ことば事情

7228「プッシュ型支援」

政府は、今回の「台風19号」の被災者に対して、

「プッシュ型支援」

を行うことを決めたと10月16日の夕刊各紙に載っていました。この、

「プッシュ型支援」

とは何でしょうか?聞き慣れない言葉です。

「プッシュ=押す」

ですから、逆は、

「プル(=引く)型支援」

ですかね。押してダメなら引いてみな。

記事を読むと、

「被災者の要望を聞く前に、生活必需品などを送りつける支援の形」

のようです。

要望を聞いてからだと、どうしても対応が遅れるので、とりあえず、必要と思われるものを送り付ける。それはそれで、重要なことだと思います。災害救助に「要望があるまで助けない」というのも、人道的におかしな話ですものね。

ただ、ちょっと「押し売り」的な感じですかね?「プッシュプッシュ」は小錦。

ネットの「デジタル大辞泉」では、

*「プッシュ型支援」=被災した自治体からの要請を待たずに、必要不可欠と見込まれる物資を調達し、被災地に緊急輸送する支援方法。

とあり、「反対語」として、

「プル型支援」

も載っていて、

*「プル型支援」=被災した自治体からの要請に応じて必要な物資を調達し、被災地に供給する支援方法。

また、内閣府のHPでは、

*「プッシュ型支援とは」=発災当初は、被災地方自治体において正確な情報把握に時間を要すること、民間供給能力が低下すること等から、被災地方自治体のみでは、必要な物資量を迅速に調達することは困難と想定されます。このため、国が被災府県からの具体的な要請を待たないで、避難所避難者への支援を中心に必要不可欠と見込まれる物資を調達し、被災地に物資を緊急輸送しており、これをプッシュ型支援と呼んでいます。

とありました。

グーグル検索では(10月17日)

「プッシュ型支援」=7万9000件

「プル型支援」  =  1010件

でした。

「プル型支援」という言葉は、ほとんど取り上げられていませんね。これは、要請があってから支援を行うのは「これまでの普通の形」なので、これを指して「プル型支援」を取り上げるケースは少ないのでしょう。

「新しい形(言葉)」として「積極的な国などの支援」が注目されていることから、「プッシュ型」に注目が集まり、「プル型」との検索件数の「非対称」が生じているのではないでしょうか。

ただ、その予算総額が7億1000万円というのは、少し少なすぎるのではないか?という気もしますが、緊急支援の額としては妥当なのでしょうか・・・。

2019年10月18日 18:55 | コメント (0)

新・ことば事情

7227「ハピクル」

サントリー「ほろよい」のCMを見ていたら。

「あ、あの味や」

という思わせぶりな台詞。最後には一言、黒木華さんが関西弁イントネーションで、

「好きっ。」

と言う、

「ハピクルサワー」

というお酒のコマーシャル。好きなCMです。

ところでこの、

「ハピクル」

というのは、

「ハッピーが来る」

ということかな?

コマーシャルにつられて、買ってしまいました。飲んでしまいました。

「あー、あの味ね!」

と思いました。美味しかったけど。

(2019、10、18)

2019年10月18日 18:52 | コメント (0)

新・ことば事情

7226「ポテチのアクセント2」

平成ことば事情3987「ポテチのアクセント」の続編。

2010年5月に書いてから9年。その後、2012年に「追記2」を書いていますが、久々です。もう9年も経ったのか・・・。

これを書いた後の2010年6月の「新聞用語懇談会放送分科会」で議題として出して、各社の意見を聞いたのですが、その時は、当時は放送分科会に所属していた「静岡放送」の委員から、

「アナウンス部では『ポ\テチ』(頭高)の方が多かったが、ラジオ・スポットCM『ストップ!温暖化』では『ポ/テチ』(平板)と言っていた。」

という意見が出ましたが、他局からは、特に意見は出ませんでしたが、

「放送では『ポテチ』という言葉は出て来ない」

という声も。

「そんなことはないだろう」

と私は思っていたのですが、きのう(10月14日)の日本テレビ『月曜から夜ふかし』で、この「ポテチ」が出て来ました。

「好きなポテチの味ランキングが発表された件」

というお題で、男性ナレーターは、

「ポ\テチ」

というように「頭高アクセント」で発音していました。

それを受けてスタジオで、マツコ・デラックスさんと村上信五も(なぜか村上信五と手越だけ、みんな呼び捨て)、やはり、

「ポ\テチ」

「頭高アクセント」でしゃべっていました。

(2019、10、15)

2019年10月15日 20:08 | コメント (0)

新・ことば事情

7225「『暴風』のアクセント」

約1年前の2018年の10月1日にメモ書きしました。そのまま、ほったらかしにしている間に、また「台風」の季節が来ました。

その時に書いたメモは、

『暴のつく二字熟語は、平板が本来?

暴言、暴論、暴投、暴騰は平板、

暴力は頭高。

風フーが後ろにつく二字熟語のアクセントは?

台風中高アクセント。

強風は平板アクセント。

暴風は?』

というものです。

問題は「暴風」のアクセントは、

  1. ボ/ーフ\ー(中高アクセント)

  1. ボ/ーフー(平板アクセント)

のどちらか?というもの。

『NHKのアクセント辞典』は、以前は、

  1. ボ/ーフ\ー(中高アクセント)

しか認めていなかったのですが、2016年5月に出た新しいアクセント辞典では、

  1. ボ/ーフ\ー(中高アクセント)

  2. ボ/ーフー(平板アクセント)

の両方を認めたのです。

実は最近「(2)ボ/ーフー(平板アクセント)」で読むアナウンサーが増えているように感じるのですが、その理由の一つは、

「中高アクセントの『(1)ボ/ーフ\ー』だと、『暴風雨(ボ/ーフ\ーウ)』と区別がつきにくい」

という理由によるものだそうです。

たしかに、それもわかるけど、「暴風」は「台風(タ/イフ\ー)」と同じ、

「(1)中高アクセント」

を私はお勧めしたいです。あ、もちろん「暴風」は来ないでほしいのですが。

(2019、10、15)

2019年10月15日 20:05 | コメント (0)

新・ことば事情

7224「在来線」

「ミヤネ屋」のOディレクターから質問を受けました。

「『在来線』というのは『JRだけ』でしょうか?『JR在来線』とすると重複でしょうか?」

あんまり考えたことはなかったけど、よく考えてみれば、答えは、

「YES」

ですね。「在来線」というのは、1964年「東京オリンピック」の際に、

「新幹線」

ができたことで、初めて出て来た(できた)できた言葉です、たぶん。何せ、

「新・幹線」

なのですから。線路の幅も、これまでよりも広いし。旧来の線は、

「従来からある線」

ということで、

「在来線」

と名付けられ、当時の「国鉄」から、現在の「JR」に至るまで使われていると考えられます。

ただ、もう普通名詞として使われているので、『広辞苑』を引いても、

「在来線=同一区間の新しくできた鉄道線に対して、それまであった線。特に、新幹線に対して昔からの線。」

と出ていますし、『新明解国語辞典』も、

「在来線=(新しく開通した新幹線などに対して)(ほぼ)同一の区間にあるそれまでの鉄道路線の称」

と、やはり「新幹線」に言及しているものの、それに限定はしていません。『精選日本国語大辞典』では、

「在来線=同一の区間に新しく別の鉄道線路が改行した場合、従来からの鉄道線路をさす呼称。たとえば、東海道、山陽などの新幹線に対して、従来の本線を呼称する。」

と、これも詳しく載っています。『新潮現代国語辞典』は、

「在来線=鉄道などで、新設の路線に対して、すでに敷設・運行されている路線」

と「新幹線」を使わずに説明。これだと「私鉄」でも使えるような感じです。

『三省堂国語辞典』は「見出し語」としては載っていませんでしたが、

「在来=今まで(あったこと)」

の用例として「在来線」が出ていますが、これは見出し語にした方が、いいのではないでしょうか?『現代国語例解辞典』『岩波国語辞典』も同様です。

『新選国語辞典』も「在来」しか見出しになく、用例も、

「在来線路の廃止」

というように「在来線」ではなく「在来線路」と、微妙に違う。

『三省堂現代新国語辞典』も「在来」しか見出しになく、用例も、

「在来線の廃止」

これは『新選国語辞典』の用例とは「線路」か「線」かの違い(「路」があるかどうか)ですが、どちらも「在来線(路)」は「廃止」という用例なのですね・・・。在来線も頑張っているのに!!そんなに「新しい」のが良いの?

といったことに注目していたら、10月14日のNHKのお昼のニュースで、仙台局からの台風19号の被害に関するニュースで、

「JR在来線」

とテロップが出ていました。「在来線」と「JR」は重複ではないのか?

ナレーションは「在来線」だけだったと思います。

(2019、10、15)

2019年10月15日 20:04 | コメント (0)

新・ことば事情

7223「カロート」

9月19日の「ミヤネ屋」で放送の「スズメバチ駆除」の原稿の下読みをしていたナレーターさんから、

「『カロート』という言葉が出て来るんですが、アクセントはどう読めばいいでしょうか?」と質問を受けました。

私も初めて聞いた言葉です。専門用語でしょう。何語かな?ネット検索してみると、出て来ました。

『カロートとは、お墓の中にご遺骨を納めるための場所のことです。多くの場合カロートはお墓の地下に設置されていて、拝石によって蓋がされています。納骨の際には拝石をずらすように移動させて骨壺を納めます。ですが近年、費用が安いことや雨水がたまらないなどのメリットがあることから地上にカロートが設置されているお墓も増えています。

そして、墓所の区画が狭い墓地・霊園ではほとんどの場合カロートは地上に設置されています。一見英語のようですが語源は日本語で「かろうと」「からうど」とされており漢字では「唐櫃(からひつ)」と書きます。』

え!日本語なの!そして何と「精選版日本国語大辞典」「大辞林・第四版」「広辞苑」「新明解国語辞典」には載っていました。特に「新明解国語辞典」にはアクセントも「2」と書いてありました。つまり、「第2音節(第2音)」にアクセントの山がある、

「カ/ロ\ート」

ですね。また一つ、勉強になりました。

(2019、9、19)

2019年10月15日 18:15 | コメント (0)

新・読書日記 2019_138

『名もなき家事~やってもやっても終わらない名もなき家事に名前をつけたらその多さに驚いた。』(梅田悟司、サンマーク出版:2019、9、20)

「名もなき家事」

何だか「ミスチル」の曲名みたい。その後がやたら長いけど。

別の場所でこの著者の名前を知って、どんなことを書いているか興味を持って読んだ。

結論から言うと、着目点は面白いけど、それほどの広がりがあるようには感じられなかった、という感じ。

著者は、電通勤務時代に「育児休暇」を取ってみて、「主婦」が行っている「家事」の大変さに改めて気付き、「炊事」「洗濯」「掃除」「ゴミ捨て」「育児」ぐらいの大まかな分類を、さらに細かい作業全部に名前を付けることで、家事の大変さ、それを文句ひとつ言わずに行っている主婦の素晴らしさを再評価していこう!という狙いは、とっても良いと思いました。


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(2019、9、26読了)

2019年10月14日 19:49 | コメント (0)

新・読書日記 2019_137

『架空通貨』(池井戸潤、講談社文庫:2003、3、15第1刷・2019、5、17第57刷)

池井戸潤で読んでいなかった一冊。もっとも、単行本で出たのは2000年。初期の作品で、タイトルも「M1」というものだった。「M1」と言っても漫才のトーナメントではない。日本銀行による「通貨供給量の指標」の一つ。漫才の「M1」は2001年スタートだから、この本が出た時には、まだ「お笑い」のイメージは全くついていなかったのだろうが、いまや「M1」は「お笑い」である。それもあって改題したのか?文庫本が出たのは2003年、「お笑い」の「M1」が定着してきた頃。でもこの「架空通貨」というほうが、現在出て来ている「仮想通貨」(「暗号資産」と言い換えられてきているが)と似ていて興味が湧いた。しかも話の中に「リチウムイオン電池」を巡る「リチウム鉱山」が出て来る。おお、ノーベル化学賞受賞決定の吉野彰先生の話とピッタンコ!期せずして何と時流に乗った一冊なのだろう!それを今読む私もビンゴですね!(何が?)

それにしてもこの文庫本、

「57刷」

ですよ!

16年以上にわたって売れ続けている、ものすごいロングセラーではないですか!

460ページもあるけど夢中になって読みました。疑問点は一つ、

「学校の先生なのに、夏休み中とはいえこんなに学校を休んで捜査のようなことをしていていいのか?」

という点ですね。

勉強になったのは、「私募債」。ちょうど、きょう(10月14日)辞任を発表した韓国の曺国(チョグク)法相にかかる疑惑の一つに、この「私募債」がありました。引用すると、

「社債には公募債と私募債という二つの種類があんだ。公募債というのは名前の通り、不特定多数の人たちから資金を集めるもの。これに対して私募債は別名"縁故債"とも言って、取引先や銀行のような特定の相手から資金を募る。」(82ページ)

「公募債のほとんどは、財務内容を公開している上場企業が発行するものだ。だから、公募債はいわゆる債権として株式と同じように証券市場で売買される。ところが田神亜鉛は上場も店頭登録もしていない未公開企業だ。つまり、財務内容を公開していないから、一般投資家に正確な業績はわからない。こうなると不特定多数の人たちから資金を集めるというのはほとんど無理なんだよ。投資家は未公開企業の社債なんか見向きもしない。だから私募債に頼るしかない。」(83ページ)

「これはーーーー少人数私募債だ」

「銀行や証券会社を通さないで発行する社債の一種さ。中小企業のような未公開企業の直接金融が可能になるんだ。取締役会決議だけで発行できる」

「たしか、資金の出し手が五十人未満、つまり四十九人までと限定されてるから少人数私募債と呼ぶんだ。利率などの発行条件は企業が独自に決められるが、その際、引受人に銀行や証券会社がいないことが前提になる」

「とくに中小企業経営者にとっては夢の社債さ。私募債は元来、銀行の手数料稼ぎという性格が強かったんだ。融資すれば済むところを銀行が提案して私募債の形を採る。すると、金利の他に幹事を務めることでばかにならない手数料が銀行に落ちるというわけだ。だが、田神亜鉛の社債は違う。まさに本物の直接金融と言っていいだろう。」(84ページ)

これを読んだら、よくわかりました。

それ以外のメモ。

・辛島はひとりごちた(28ページ)

・(黒沢真紀を)探すのは無理だし(29ページ)*〇「捜す」

・T字路になったその場所に立って辛島は(69ページ)*「T字路」

・窓一杯に広がっている黒雲の立ち籠めた空模様だ。(77ページ)*〇「垂れこめた」

・満天の星明りの下で(80ページ)*「満天の〇〇」

・「役席者が転勤になって、今日はその送別会だそうですよ。銀行というところは、いくら忙しくても宴会だけはきっちりやるところらしいですね」(113ページ)=*池井戸潤の銀行勤務時代の感想、そのままだろう。現実の話だな。それにあきれている。

・手提げ鞄からマニラ封筒を取り出した。(114ページ)*「マニラ封筒」??

・田神札をカルトンに置き、支配人を見る。緑色のカルトンはさんざん使われて中央付近が丸くすり減っていた。(123ページ)*「カルトン」=お札・お金を置く皿ですかね?銀行用語ですね。

・車のシャシーが揺れた(127ページ)*「シャシー」→「シャーシ」ではないのか?と思って『広辞苑』『新明解国語辞典』『精選版日本国語大辞典』を引いたら「シャーシー」。『新聞用語集2007年版』は「シャシー」。『デジタル大辞泉』は「シャーシー」が見出しだが、『「シャシー」「シャシ」とも』

と書いてあった。

・「お医者はなんて」「ノイローゼの症状だっていうんです」(128ページ)*「ノイローゼ」

・「東側に位置する最も急な坂道が男坂だ」(144ページ)*男坂・女坂

・「マネーロンダリング(マネロン)」が完了するまでには3つの段階がある。

(1)プレイスメント(隠匿)(2)レイヤリング(ろ過)(3)インテグレーション(同化)

(305~306ページ)

→あ!もしかしたら曺国(チョグク)法相の「私募債」も「マネーロンダリング」に関連しているのでは?

・辛島はあっと口を開いたまま、二の句を忘れた(330ページ)*「二の句が継げなかった」なら知っているが「二の句を忘れた」は初めて目にした表現。

・「やった方は忘れてもやられた方はずっと覚えているもんだ」(338ページ)*そうそう、何事も。韓国も、きっと。

・「報せようと思ったんだが」(338ページ)*「しらせよう」と読ませるのだろうな。ルビなし。

・男はマイクを投げ、両手で総務部長の胸ぐらを掴んだ。肉声は辛島のもとへも届いた(395ページ)*本来の「肉声」の使い方。

勉強になりました!


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(2019、10、10読了)

2019年10月14日 19:47 | コメント (0)

新・読書日記 2019_136

『ロベルトからの手紙』(内田洋子、文藝春秋:2016、8、10)

内田洋子さんのイタリアを舞台としたエッセイ、というか短編小説だと思います、もう。

ノンフィクションなのに、フィクションのような見事な仕上がりは、

「事実は小説より奇なり」

を地でいくお話。短編なのに、どんでん返しのような結末が見事。そんなお話が、13編載っています。

表紙の写真は「人間の右足」に「翼」がついている木彫りの彫刻。最初、何でこんな表紙なのか、気付かなかったが、「足」はそう、「イタリア」なのですね!それに「翼」が付いてはばたくけれども、「イタリアの足元」の話。うーん、しゃれてるなあ。

よく見ると、帯にちゃんと、

「イタリア半島じゅうを回り、まだ知られていないこの地の暮らしを見つけて皆に伝えていきたい。そう思いながら住み続けて集めた<イタリアの足元>の話です。」

と書かれているではないですか!

なんか、本当にこんなお話があるんだなあ、イタリア。


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(2019、10、1読了)

2019年10月14日 19:40 | コメント (0)

新・読書日記 2019_135

『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(大塚ひかり、草思社文庫:2016、12、8)

長くて面白そうなタイトルの割には、タイトルの答えが、思った以上にシンプルで当たり前だった。それなのに、読み進んでもそれの繰り返しのようなので、読んで行ってどんどん「それで?それで?」

というスピード感はない。最初の方で、もう目的地についてしまって、そこをぐるぐる回って「ほら、着いたでしょ」と言われているような冗長さを感じた。

言いたいことはつまり、

「昔も年寄を、それほど大切になどしていなかった。それどころか、役に立つ年寄は重宝したが、それ以外の年寄は平気で『姥捨て』していた」

ということですね・・・昔の方が残酷だったのかも。

そんな昔に、皆さん戻りたいですか?


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(2019、9、16読了)

2019年10月14日 19:39 | コメント (0)
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