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『道浦TIME』

新・読書日記 2018_061

『宰相A』(田中慎弥、新潮社:2015、2、25)

最初・・・あ「宰相」の駄洒落じゃないですよ、最初、この「宰相A」の「A」というのは、「少年A」のように「匿名化」するための「A」だと思ってたんですね。あの芥川賞作家の田中さんの作品ということで購入したものの、やはり純文学はとっつきにくいと思って(感じて)、買ってから3年間もほたらかしでしたでした。しかし、つい先日、

「あれ?もしかしてこの『A』というのは『安倍のA』ではないか?」

と思って、読み出すと「どうやら、そのようである」と思えたので、読み出しました。

つまりこの小説は、小説の形を借りて「2015年時点」(=小説発表の「2014年10月時点」)での「宰相・安倍」の描く日本社会の未来の不安を描いたものではないか?と思って読むと、そのように読めてしまうのです。まるでパラレル世界のような「日本」が未来に待っていると。それは私たち「日本人」(小説内では「旧日本人」と呼ばれる「原住民」)が思い描いてきたものではなく、ユートピアと反対の「ディストピア」で、「アメリカの属国」どころか、アメリカに乗っ取られた日本。なんせ「旧アメリカ人」たちが「真の日本人」を名乗っているのだから・・・。頭が狂いそうな未来こそ、今実現しつつある現実の世界のなのではないか?と著者が問いかけている気がしました。

記憶に残った表現をいくつかピックアップ。

・「我が国とアメリカによる戦争は世界各地で順調に展開されています。いつも申し上げる通り、戦争こそ平和の何よりの基盤であります。戦争という口から平和という歌が流れるのです。戦争の器でこそ平和が映えるのです。戦争は平和の偉大なる母であります。両者は切っても切れない血のつながりで結ばれています。健全な国家には健全な戦争が要であり、戦争が健全に行われてこそ平和も健全に保たれるのです・・・」(91ページ)

これは宰相Aのスピーチ。詭弁。言葉の羅列で、筋が通っているようで、実は全然、通っていないがそれらしく聞こえる。まさにどこかの国の首相ではないか。

・「(前略)信用できないかもしれない女の口から出たのであれ一応は意味の通る言葉を、理解してみようということだ。」母さん、これでいいよね?なんてったって言葉より大事なものなんか、言葉を並べ替えてできる面白いものより大事なものなんか、あるわけないよね?(125ページ)

・「この日本では、」と女は明らかな早口で、焦っている。「海外で戦争主義的世界平和主義のもとに戦い、国内で旧日本人を弾圧することで維持されてきました。我が国の存在の基盤なのですからこれまで滅ぼしはしませんでした。しかしわざわざ居住区を設けて旧日本人を甘やかすのは、もう終りです。」(166ページ)

・「それこそが、我が国の目差すべき、戦争主義的世界平和主義に基づく平和的民主主義的戦争の帰結たる、戦争および民主主義が支配する完全なる国家主義的国家たる我が国によってもたらされるところの、地球的平和を国家的平和として確立する人類史上初の試みであるところの、完全平和国家樹立へ向けての宇宙的第一歩なのであります・・・」

(191~192ページ)

これななんか、まるで安倍首相の演説的なわかりにくさと、リンカーンの「人民の人民による・・」演説のパロディーでもあり、学者や政治家を完全になめていて、「M1」とかで出てきそうなギャグになっていますね。

・「国は民主主義の否定であるところこの暴挙を鎮圧するため、民主的発動において軍を出動させて、国家転覆を狙う無法者たちを平定し」(198ページ)

ま、これは「シビリアン・コントロール」か?見せかけの。

また、

「万歩譲って」「億歩譲って」

という表現は、新しかった。普通は「百歩譲って」だもんね。現実世界では、北朝鮮が安倍首相に投げかけた、

「1億年、早い」

も、外交の世界の言葉としては新しかったが。「トミーズ」のギャグじゃないんだから。


star4

(2018、4、24読了)

2018年5月23日 15:03 | コメント (0)