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『道浦TIME』

新・読書日記 2017_063

『指揮棒は魔法の杖?~マエストロが語る「指揮棒」考』(エックハルト・レルケ編、野口剛夫訳、音楽之友社:2007、2、10)

合唱でもオーケストラでも、大抵の場合は「指揮者」がいる。その指揮者が、手に「指揮棒」を持っているケースと、持っていないケースがある。

聴いている方・見ている方は、それほどこだわらないが、当の指揮者にとって「指揮棒」に対する「こだわり」はどういったもの?ということを、多くの指揮者へのインタビューを通じて明らかにしようというドイツの本。興味深いじゃないですか!たまたま古本市で見つけた本で、ちょうど10年前に出た本ですね。定価2200円(税別)のところが、古本なので500円ポッキリでした。

私でも知っている巨匠もいれば、知らないマエストロもいますけど、それぞれの「指揮棒」に対する思いを語っています。中には「この指揮棒でないと、ダメなんだ」という人もいれば、「指揮棒は持たない」という人も(少数ですが)います。過去の巨匠では、ピエール・モントゥーはとても長い指揮棒(50cm!)を持っていたことで有名だそうです。(そして、ほとんど腕を動かさなかったそうです。)逆に、指揮棒を持たないことで有名なのは、過去にはストコフスキー、現在だとピエール・ブーレーズ、ニコラウス・アーノンクール。

普段のオーケストラでは指揮棒を持たない人でも、さすがに暗いオケピットで振らなくてはいけなくてステージ上の歌手にも指示を出さなきゃならない「オペラ」の指揮では、「棒を持つ」という人が多いようです。白い指揮棒は暗がりでも目立つのと、指揮棒を持った分、腕が長くなって(指揮棒は、腕の延長)少しの動きでも伝わるから。指揮棒を持たないと、腕を大きく動かさなくてはならないとのこと。

また多くの指揮者が、指揮棒を手に刺したり、指揮棒で手を切ったりというケガをしているという事実を初めて知った。楽譜に指揮棒を挟んで持っていて、指揮棒の先っちょが折れてしまったり。中でも一番面白いエピソードだったのはケント・ナガノ。ロサンゼルスのハリウッド・ボウル(野外音楽堂=35年前に行ったことがある!)で、ストラビンスキーの『春の祭典』を指揮した時のこと、棒が演奏中に滑って客席の20列目ぐらいの所まで飛んで行ってしまったのだが、そこから前の客へ前の客へと渡されて、なんと曲の演奏中にナガノの元に戻って来たというのだ!もう、客席との「一体感」と言ったら!!

この本で取り上げられた指揮者の名前を挙げると、

ベルナルト・ハイティンク、アシュケナージ、プロムシュテット(最近、あまり指揮棒を使わなくなっている)、シモーネ・ヤング、ギーレン、レヴァイン、スラトキン、ブーレーズ、ケント・ナガノ、ゲルト・アルブレヒト、インバル、ヤルヴィ、セミョン・ビシュコフ、サー・コリン・デービス、クルト・マズア、ハルトムート・ヘンシェン、エア=ベッカ・サロネン、クリストファ・エンシェンバッハ、マイケル・ティルソン・トーマスなどなど、錚々たる面々。

この中で、ハイティンクとマイケル・ティルソン・トーマスと、セミョン・ビシュコフと、サー・コリン・デービスの指揮棒は、「同じ人」が作っているのだ。それはアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の元・ステージマネジャー「ヘンク・ウンメルズ」という人物。この人は、それが「職業」というわけではないのに。他の指揮者は楽器店で買う人ももちろん多いのだが、特定の人に作ってもらっている(それもプロの指揮棒製作職人ではない人に)指揮者が、結構いるみたいなのだ。ハンドメイドのオリジナル作品。それに驚いた。もう一人、名前が出て来るプロではない「指揮棒製作職人」に、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のティンパニ奏者の「リチャード・ホロヴィッツ」がいる。この人は、カール・ベームやバーンスタイン、ジェームズ・レヴァイン等の指揮棒を作った人。すごいなあ。

また、エサ=ベッカ・サロネンと、クリストファ・エッシェンバッハは、日本の「村松商店」の指揮棒(K13)を使っているとのこと。サロネンは「グラスファイバーの指揮棒は、先が鋭くとがっていて危ない」と。

マイケル・ティルソン・トーマスは、13,5インチ(34cm)~14インチ(35cm)の指揮棒を使い、

「棒があったほうが、正確に指揮することが出来る」

と言います。一方、指揮棒を持たないブーレーズは、

「指揮棒は、権威とは何の関係もあってはいけません」

と言う。

ペーター・エトヴェスも、指揮棒を持つのをやめたと。

マリス・ヤンソンスは、1996年(53歳)のときまで指揮棒を持って演奏したが、右手の親指を2回手術してから、医者から「指揮棒を持つな」と警告を受けて、持たなくなった。

「指揮棒に権威があるのは、長い指揮棒を持っているからではなく、彼が良い指揮者、良い音楽家であるかだ」

と言う。ブーレーズと同じような考え。

サー・コリン・デイヴィスの指揮棒の長さは、16インチ(40cm)。

ヤルヴィは、34cmの日本製グラスファイバーの指揮棒を使う。

ハルトムート・ヘンヒェンは、室内楽や小さな編成のオーケストラでは指揮棒を使わないし、合唱曲や合唱付きの交響曲作品でも、棒を持たないそうだ。指揮棒が手の表現力を狭めるのは明白なので、基本的には手だけで演奏するという。アムステルダムでのワーグナーの『指環』を演奏した際「ラインの黄金」を真っ暗闇から演奏したかったので、指揮棒の握りの所を持つと「ダイオードで光る指揮棒」を使ったのだそうだ。「スター・ウォーズ」か!!

その一方で、ローター・ツァグロヴェスは、

「指揮棒は、ダンンサーにとってのシューズのようなもの」

と言う。つまり「欠かすことができないもの」だと。

ダニエル・ハーディングは、

「すばらしいのは、ヴァイオリンは600万ドル払わねばならないが、指揮棒なら4ポンド半で買うことができる。」

たしかに、ヴァイオリンに比べたら、指揮棒は安い。

私は4年前、コバケンこと小林研一郎先生の指揮である合唱曲を歌ったのですが、その練習の時にコバケンが、一旦、指揮棒を置いて、

「どうしようか・・・指揮棒なしで振ってみるかな。そういえば小澤(征爾)先生も、70歳を過ぎて棒を持たなくなったな・・・・」

と話されたのです。それで「棒なし」で振ってみたら、

「やっぱり、持ちます」

になったのですが。当時、小林先生は73歳でした。

合唱指揮でも、指揮棒を持つ人と持たない人がいるが、歌う方は、それほど気にならないような気がするのだだが・・・。


star4

(2017、3、6読了)

2017年6月 6日 21:17 | コメント (0)