Top

野村明大(ytvアナウンサー)『野村明大の徒然なる道』

徒然なる「検証」はすればよいが…

鉢呂発言の

「経緯」を、

検証するそうだ。


「検証」は、

いくらでも、すればいいと思うが、、、、


執行部や党幹部の発言の

「ニュアンス」には、

相も変わらず、


「政治家の発言」、「オフレコの場とは?」、

といったテーマについて、


きちんと「整理できていない」発言が多くて、


正直、心配だ。。。

どういう「論」を、

展開したいのか? されるつもりなのか??

繰り返しますが、

「検証」は、

納得いかれるまで、


とことん、されれば良いと思うが。。。。


鉢呂発言は、

「許される」類のレベルでは、ない。

検証したからといって、

違った結論が出てくると思っているなら、

それは、

「極めて甘い」と、思う。


もし仮に、


「報じられている内容」が、事実と大きく違う。。。。


ということなら、別ですが。。


そうであるなら、


その場合だけ、唯一、


状況や、結論は、

変わり得ると思いますし、

変わるべきだと思いますが。。

でも、

もしたとえそうならば、

辞任会見時に、

もう少し歯切れ良く、

「反論」すべき・・・ですよね。。。

いやしくも、

「言葉」を「生業」にする

政治家、、、なのだから。。。。


与えられた「反論の場」で、

なんら反論も説明もできず、


「検証」とか、いわれても、、、、ねぇ。。。。。


正直、、、


なんなんだろうか。。。。 と、思います。。


それとも本気で、


「発言内容は問題なかったが、

 マスコミ報道で、つぶされた」



考えているのでしょうか。。。。

そう考えているのだとすれば、、、、


きっと、、、、

再び、、、、

同じ大失敗を、

繰り返されるのでは。。。。と、


懸念いたします。。。。

投稿者: 野村明大 日時: 2011年09月11日(日) |

徒然なる「鉢呂大臣」辞任に思うこと…

鉢呂大臣。

原発に関し、省内人事も含む抜本改革に取り組もうと考えていたとされる。
それだけに辞任は残念。 

ただ、

思い切った改革に取り組む際には、
それ相応、あるいはそれ以上の
「慎重さ」「用心深さ」「戦略」も求められる。

だって、
人のやらなかったことをやろうとしているんだから当然。


残念ながら、そのあたりは、全くなかった。


そもそも、
「用心深さ」「戦略」とかいう以前に、

「放射能うつすぞ」的な発言をしてしまうことの
神経疑う。


公式とか非公式の場とか、
関係ない。


人として、
プライベートの場でも言ってはならない発言がある。

 テレビの「リハーサル用だった」としても、
「許されない」スーパーは「許されない」

それと一緒。


大体、

松本大臣辞任の時にも指摘させていただきましたが、


「非公式」「オフレコ」の場と
「公式」の場で、
発言を「切り替えている」「切り替えられる」と
考えているとすれば、

そもそも間違い。


人間はそんなに
器用でしょうか???


本音で思っていることは、
「オフレコ」の場でも「公式」の場でも
出てしまうし、

大臣ともなれば、
槍玉に上がるのは当然。

世間から許されない、
大臣としてあるまじき言動は、

公式、オフレコの場、関係ない。

今回、
明確な録音が残っていないのは、
オフレコの場だったからでしょう。


ただ、オフレコの場でも、
記者の脳裏には、発言は刻まれる。

大臣を務めようと思えば、
私生活から、より隙のない言動を求められるのは当然。

きのうの大臣辞任会見を見て感じたこと。

確かに、誠実な一面もみえたし、
真剣に改革も考えてもいらっしゃったのだろう。

でも、
自分の言動の何が悪かったのか?
どう説明・釈明すべきなのか?

すら整理できていないまま
会見に出てきているようにも見えた。


やはり、
大臣たる人物ではなかったのではないでしょうか。

でも、
他の大臣の皆様や、自民時代の大臣が、
皆、大臣たるべき大人物だったかといえば、

到底そうとも思えない。

他国でどうかは
明確には知りませんが、


少なくとも今の日本では、
大臣も政治家も、
尊敬されていないことだけは確かだ。


それを招いた最大の責任が、
大臣、政治家たち自身にあることも確かだ。

野田首相に、
鉢呂大臣の任命責任は、
ある。

ないわけは、
ない。

ただ、
首相が辞めるまでの責任は、
もちろんないと思っています。


「すみません。人を見る目がありませんでした」と率直に謝って、
次にはやく進むべきだと
思います。

「これでは、大臣が表向きのことしか言わなくなり、最悪の連鎖」という人もいる。

そもそも、「表向き」とか「本音」って、何なのでしょうか??

大臣たるもの、

24時間365日、
公人だ。

少なくとも、
そう心得て過ごすべきだ。

その覚悟ないなら、
大臣なんてしてもらわなくて結構。


私は、
そう思います。

大体、

「放射能うつすぞ」なんて、
超プライベートでも、言ってはいけない発言だ。

大臣でなくても、
人格を疑う。


子どもがそんなことを言っていれば、
注意したい。


そのレベルの発言だ。

「オフレコの場で…」とか、
「各社、微妙に『てにをは』が違う…」とか、

そういうレベルの問題ではない。


きのう、
鉢呂大臣会見で、
とんでもない振る舞いをする記者もいた。

多くの記者がまともでも、
一人、ああいった記者がいると、
国民全体のマスコミ不信を増幅する。


公務員も政治家も警察官もマスコミも一緒。
一人の不届き者が、
全体への不信を増幅する。

一人一人が、そのことを心しなければならない。


それにしても、
あの記者は、どこ所属の何という記者なのか??

名乗るように、最初のガイダンスでも言っていたはずだ。


名乗らずに横柄な態度をとるのは、
ネット上で匿名をいいことに、
言いたい放題、下品な言動を繰り返すことと、変わらない。


自分の振る舞いに自信があるなら、
まず堂々と
名乗るべきだ。

あの記者が名乗らないものだから、
どこの所属の記者なのか?
フリーなのか?記者クラブの記者なのか?

そもそも本当に記者なのか? 

それら全てが、
なーーんにも、分からない。 

公の会見で、

いやしくも、
国民の代表として
その場にいることを自覚しているならば、


記者にも、
「公人」としての振る舞い、
名を名乗ることが、

求められる。

それも、
当然だと、
思います。。。


大臣辞任会見をみて、

いろいろと、
思い浮かんだことを、

書き記しました。

投稿者: 野村明大 日時: 2011年09月11日(日) |

徒然なる「10年」。

あの日から、

10年です。

10年前のことなので、

記憶が、ところどころ、あいまいなのですが。。。

確か、

あの日も、

きょうと同じ「日曜日」だったと、

記憶しています。

少なくとも、

日本時間では、

日曜日だったと。。。。


なぜそんなことを

覚えているかといえば、、、、


私は、

当時、

「トラトラタイガース」という阪神の応援番組を

担当しており、

その放送は、

毎週日曜日の

深夜だったので、

その日も、

会社の

アナウンス部の部屋で、


きたるべき「放送」に備え、


もろもろの準備をしていたことを

記憶、、、しているからです。。。。

日曜の夜、、、でしたので、、、、、


アナウンス部には、

私以外に、


夜勤の萩原アナだけがいたと、

記憶しています。。。


アナウンス部内には、

テレビが10台近くあって、

全ての地上波チャンネルが、

同時に見られるように

なっています。

これは、

テレビ局内のどの部署でも、

仕事柄、大体、

部屋が、そういう仕様になっていると思いますが、、、、、

その日、

その瞬間も、

日曜夜の、

静寂に包まれた

アナウンス部室では、

音を消したテレビが

10台近く、


その時々の

それぞれの局・チャンネルの

オンエア映像を

映し出していました。。。


私は、

それらのテレビに相対面する形で

自分の席が、ありました。。。


萩原アナは、

それらのテレビに

背を向ける形で

座席があったと、


記憶しています。。。


私は、自分の作業をしながら、

ときどき、

顔を上げると、

自然と、テレビの映像が、目に飛び込んでくる状況、、、


だったのですが、、、、


そんな私の目に、


飛行機が、

ビルに突っ込んでいく映像や、

煙がもうもうと上がる映像が、


ある瞬間、

飛び込んできたのを、


はっきりと、

記憶しています。。。


ただ、

その瞬間の反応は、


びっくりして、

あわてふためいて、、、、、

というリアクションでは、

ありませんでした。。。。


私は、

自分の仕事・作業に没頭しながら、

なんとなく、

頭の片隅で、

「新しい映画の宣伝映像かなにかを、
 
 テレビでやっているんだな・・・」


と、

なんとなく、漠然と、

「整理」していた・・・・・ そんな、うっすらとした記憶が、残っています。。。。

その後も、

作業を続けていたのですが、

再び、頭をあげたとき、(最初の瞬間から、数十秒後だったか、数分後だったか、、、、)


相変わらず、

飛行機が、ビルに突っ込む映像を、

テレビが再生していることに、

気づきました。。。

最初の瞬間に、

無意識に、


「映画かなにかの…」

と整理した、そのことに対する「疑念」「違和感」が生じたのを、

なんとなく、記憶しています。。。。

そのとき、


私は、別の仕事・・・まもなくオンエアを迎える別の番組のことで頭が一杯で、

そちらに集中していたので、

最初の映像を見た瞬間の「情報の整理」は、

「はっきりと意識して自分自身が行った」というよりも、


「脳の『メイン』の部分は、

今からの自分の仕事のことを考えることに一杯一杯」で、


脳の『サブ』の部分で、

なんとなく、勝手に、


上記したような「判断」をしていた、、、、

それが、正確な表現、、、かも、、、、しれません。。。


2度目に、あの映像を見たとき、

脳の「サブ」で整理していた「情報」が、

「違う」と、

ようやく、「メイン」が、感じました。。。  (それでも「なんとなく」でしたが…)

なので、

脳の「メイン」の部分で、


「何が、今、自分の目の前で、映し出されているのか??」を、


分析・理解しようとする動きに、ようやく入った… 記憶が、あります。。

映画の宣伝映像だと当初思った

現実離れした映像が、


数十秒?数分?前と同様に、

テレビ画面に、

映し出されている。。。


「映画の宣伝映像だと思ったが、

 映画の本編そのものを、放送しているのだろうか??」

そんな風に、漠然と思った記憶が、あります。。


情報を整理しきれないまま、

居並ぶテレビの画面を見続けていた私、、、ですが、、、、

そのうち、あることに、気づきました。。。


「そのうち」というのが、


「数十秒」だったか、

「数分」だったか、


記憶が定かでは、ないのですが、、、

恐らく、


「数十秒」だったのだろうと、

思います。。。


ただ、

今残っている記憶では、

「数分」の感覚で、

記憶されているのです。。。

脳は、

自分の予測し得ないことに遭遇したとき、


その事柄を、丁寧に「理解」「解釈」しようとするため、

「スローモーション」状態で、

映像を、頭にやきつけると、聞きます。。。


恐らく、

そんな状態だったのだろうと、

思います。。

たぶん、

目の前に起こっている「映像」を、

必死で整理しようとした、私の脳。


脳が、

必死であがけばあがくほど、


「スローモーション」のような記憶だけが、

残ったのだと、思います。。。


次に私が気づいたのは、


居並ぶテレビの画面のうち、

その、映画かと当初思った、現実離れした映像が、


1局だけでなく、

2つの局で、映し出されている、、、ということでした。。。

より正確にいうと、

「この、映画か何かの映像は、何なんだろう??」と

ぼんやりと、頭が考えている矢先に、


いきなり、他局でも、

同じような映像が、

映し出された、、、


ということだったのだと、思います。

私の頭は混乱しました。

「なぜ、映画の映像が、

同時に、違うチャンネルで、映し出されているのだろう??」

と感じた、


その数秒後だったと、

記憶しています。

今度は、はっきりと、

「数秒後」だったと、

覚えています。


また別の違うチャンネルでも、


その「映像」が、


映し出されました。


その段になって、

ようやく、


私は、

「大変な映像」が、今、目の前に、

現実に、映し出されているということに、


気づいたのです。

恐らく、

最初に「映像」を目にしてから、


この「気づき」の瞬間までは、

実際には、

1分あるかないか、、、

くらいのラグだと、思うのですが、、、

私の「記憶」の中の整理では、

5~10分くらいの

「時間」があったと、


脳が整理、、、して、、、、 今も、記憶が、残っているのです。。。。

とにかく、


私は、

「気づいた」その瞬間に、

ようやく、声を、あげました。


「萩原さん!なんか、大変なことが起こっているみたいですよ。」

そこからは、

正直、よく、覚えていません。。。

萩原さんが、

報道フロアや、ご自宅と連絡をとったり、


私も、

自宅に電話したり、

番組スタッフに、「きょうの放送は、当然なくなるのか?」確認の電話をしたり、


もちろん、


その日の「トラトラ」の放映は、

確か、なくなったと、、、記憶しているのですが、、、、


その一連の動きの中で、


確か、当時、新人だった赤星選手から、

「きょうの放送は、なくなったんですか?」という問い合わせのメールがきた記憶も、

あります。


確かその日は、

新人の赤星選手が「大活躍した」ことを伝える特集の日で、


赤星選手も、私も、

その放送を、とても楽しみにしていた、、、


そんな日でも、ありました。

「大変なことが、起こっている」

それが分かってからは、

言い様のない「恐怖」に襲われた記憶が、あります。


当初、

「テロ」という言葉には、

私は、

思い至りませんでした。。

最初は、


「これが、日本のことなのかどうなのか?」

を確認するのにも、

若干の時間を、

要しましたし、、、


「アメリカでのこと」と分かってからも、


「テロ」というよりは、


「アメリカが、戦争状態に、突入した」

という認識が、

当初は、

私の頭の中の「整理」においては、

支配的でした。


少しずつ、

情報が整理されていく中でも、

「このあと、

日本は、世界は、

どうなっていくのだろう??」

という大きな不安がよぎったことを、

今でも、

はっきりと、


覚えています。。。

それから時間を追うごとに、

現地での、

悲惨な現実が伝えられたり、


少しずつ、

情報が、

整理され始めました。

情報が整理されていく中で感じた

なんともいえない「不条理」や「絶望感」、「無力感」については、

多くの人たちと、

思いを、共有するところ、、なんだろうとは、思います。。

先の戦争を知らない

私にとっては、


とことん不条理な世の中というものを教えられた

一つの大きな出来事、でもあります。

あの出来事以来、


以前にもまして、

人間の無力さ、愚かさというものを、

強く意識するようになったことも、

確かです。

世界中の人が、


あの出来事をきっかけに、

それぞれに、

様々なことに、


思いをめぐらせたのでしょうが、


いまだ、


「では、どうあるべきなのか??」


明確な正解をもたらし、提示してくれる人は、

いません。。

人類は、


相も変わらず、


迷いながら、


その一方で、

とてつもない制御不可能なエネルギーや兵器を生み出し続け、


その力を上手に使いこなし、コントロールできるまでに

自らが成熟するには、

程遠い状況です。


一体、


世界は、どこに向かっていこうとしているのか??

幸せな方向に向かおうと、しているのか??

そのあたりはあいまいなまま、


どの国の指導者も、

「こっちに進めば、間違いない!」と

声高に、、、、


「ない」正解を、

あたかも「ある」かのように、叫び続けながら、、、、

きょうも、

世界は、動いていきます。

投稿者: 野村明大 日時: 2011年09月11日(日) |

アナウンサー