6月2日(木)
出産年齢上昇に伴い増加する「ダブルケアラー」子どもの育児と親の介護、疲弊せず両立するために―
妻が35歳以上で出産した男女のうち半数が経験しているという、子どもの育児と親の介護の両立「ダブルケア」。中にはやむを得ず離職し、経済的な負担がのしかかっている人もいると言います。一方で、そんな「ダブルケアラー」たちが無理をしすぎず、日々の悩みを軽減できるよう支援する動きも―。出産年齢の上昇が進む中、誰もが直面する可能性のある「ダブルケア」の現状から見えた課題とは。
【特集】要介護の母、糖尿病を患う父、小学生の娘と息子、仕事はかけもち…誰にも頼れず抱え込む「ダブルケアラー」の現実と、彼女を救った“元ケアラー”の言葉

増加するダブルケアラー
育児と介護を同時に担う「ダブルケア」。その人数は全国で約25万3000人とも言われ、このうち男女共に8割を、30代から40代の働き盛りの世代が占めています。35歳以上で妻が出産した男女のうち、約半数が育児と介護の両立を経験しているとの調査もあり、経験者のうち10人に1人はやむを得ず離職するなど、経済的な負担ものしかかります。

ダブルケアラーの年齢割合
今後出産年齢の上昇が進む中、誰もが向き合うことになり得る「ダブルケア」の現状を追いました。
「もっとやってあげたいけどこれが限界…」ダブルケアの実情

“ダブルケアラー”の大谷佳代さん(広島・呉市)
広島県呉市に住む大谷佳代さん。長い一日のはじまりは、朝5時からです。
「夫がだいたい5時半くらいに出るので、簡単なお弁当を作って…」(大谷さん)
「早く熱測って」(夏凜ちゃん)
言い終わらないうちに、長女の夏凜(かりん)ちゃん(10)が口を挟んできます。大谷さんは、2人の子どもを育てています。姉の夏凜ちゃんは、3歳のときに脳に病気を患いました。その影響で、勉強が少し苦手です。弟の涼翔(すずと)くん(8)は、お姉ちゃんにかかりきりになるお母さんの気を引こうと、まだまだ甘えたがり。この日も、登校前に涼翔くんが、お姉ちゃんにちょっかいを出していました。

娘・夏凜ちゃんと息子・涼翔くん
「お母さん、すずくんが蹴ってきた!」(夏凜ちゃん)
「はいはい…」(大谷さん)
「いってきまーす!」(夏凜ちゃんと涼翔くん)
「いってらっしゃい」 (大谷さん)
あわただしい朝の時間ですが、これでも2人が幼稚園の頃に比べれば、見送りもなくなりだいぶ負担が減りました。
Q.いつもこんな感じですか?
「そう、もっと激しいケンカをしながら行くんですけど(笑)」(大谷さん)

子どもを送り出した後は両親のケア
午前8時に子どもたちの登校を見届けると、大谷さんはご飯を持って足早に家を出ます。行先はすぐ近くの、両親が二人で暮らす実家です。実の母親の久仁子さん(78)は要介護3に認定されていて、 今は自分で歩くことはできません。父親の隆繁さん(80)も、二年前に肺がんを患い、持病の糖尿病も悪化してインスリン注射が欠かせません。最近は物忘れも激しくなってきました。2人の身の回りの世話は、一人娘の大谷さんが担っています。久仁子さんをトイレに連れていけるのは、1日3回が限度です。
「母からすれば、生活の上で必要なことってもっといっぱいあると思うんですけど、実際はそこまではやってあげられないんです。やってあげたら、もっと快適だったり健康的になるのかなと思いますが、これが目いっぱいだなと思って…」(大谷さん)
両親とも、週に2~3回デイケアに通っていて、介護保険を使える限り使いながら、育児と介護のダブルケアを続けてきました。そして朝の介護を終えると、パート先のコンビニエンスストアに向かいます。子どもの将来のために、仕事もかけ持ちしているのです。
大谷さんが「ダブルケア」という言葉を知ったのは、つい去年のこと。それまでは、両立の大変さを誰に相談すればいいのか分からず、一人で抱え込んでいました。
「子育て中は、幼稚園の送り迎えとかでママ友と話しをするんですけど、あまり介護の話をすると重くなりそうな気がして、なるべく言わなかったんです。ケアマネさんに相談するのも違うかなとか、子育ての相談員さんに言うのも違うかなと思って…」(大谷さん)
気持ちが救われた支援団体との出会い

ダブルケア支援団体「君彩」のオンライン相談会(大阪)
4月下旬、大谷さんは、大阪のダブルケア支援団体「君彩(きみどり)」が開いたオンライン相談会に参加しました。相談に乗るのは、ダブルケアを経験した、”元ケアラー”の先輩たちです。
「まず自分で『わ、こんなにやってる』と思うのも大切だし、周りに『私こんなにやってるんだよ』と言うのも必要。ちょっとずつ出していく、『助けて』って出していくことが大切です」(講師)
「“ダブルケア”って言えるんだと思ったときに、『このもやもやが正当化された』じゃないですが、『いいんだ』って感じました」(大谷さん)
今では、同じ経験を持つ仲間と繋がって、日々の悩みを共有する時間が癒しになっています。
「今悩んでいる人のために」元ケアラーの思い

かつて“ダブルケアラー”だった荒井美紀さん
この日、相談会に参加していた荒井美紀さん。今年から支援活動に加わりました。末期がんで闘病していた父親の介護と、生まれてきたばかりの息子の育児に追われていた、元ダブルケアラーです。
「子どもの出産当日は、父は恐る恐る触って、『赤ちゃんや、嬉しいなぁ』という表情を見せてくれました」(荒井さん)
子どもが生まれてから、父親が亡くなるまでの3か月半、育児に専念できず、父親のことを疎ましく 思ってしまうこともありました。それから6年。息子の奏心くんは、この春小学校に入学しました。荒井さんは、時が経っても、当時のことを思い出すと言います。

「誰かと気持ちを共有したかった」と語る荒井さん
「『当時、もっとこうしたらよかったんじゃないか』という気持ちは、日を追うごとに増してくるというか…。誰かと話して気持ちを共有したい、という思いが消えなくて、『あなたの体験も立派なダブルケアだよ』と言ってもらえて、すごく気持ちが楽になったんです」(荒井さん)
荒井さんは、「自分も今悩んでいる人の力になりたい」と、今年2月にはパネル展を開きました。
「この活動を始めたときに、何人かの方から『ダブルケアにならないようにしないとね』と言われたんですが、そうではないんです。ダブルケアをしている人たちが、少しでもいろんな人と負担を分け合って軽くして、支援を整えられる社会をつくるというのが、大事なことかなと思います」(荒井さん)
ダブルケア支援、行政の課題

ダブルケアを研究 武蔵野大学・渡邉浩文教授
一部の自治体は支援に動き出してはいますが、ダブルケアの経験者のうち約7割が、行政などによる子育てや介護のサービスが十分ではないと答えています。専門家は、当事者自身がダブルケアだと自覚せず支援につながれずにいることや、行政側の分業体制に課題があると指摘します。
「子どもの支援、高齢者の支援、障害者の支援というかたちで縦割りでつくられてきて、それぞれに窓口があるという中で、ダブルケアのような複合的な問題に対応できない状態が生じてしまっている、というのはあると思います。育児と介護が一つの家族の中で繋がることで生活のしづらさが発生している、という見方で相談に乗っていくことが必要です」(ダブルケアを研究している武蔵野大学・渡邉 浩文教授)
娘としても、親としても、「今はできるだけ頑張りたい」とダブルケアの道を選んだ大谷さん。周りに支援を求めるなど、無理をしすぎない範囲を、日々探っています。

「できるだけ頑張りたい」と語る大谷さん
「この介護も、私は自分の考えで、出来るところまで両親が家に居られたらいいなと思いますが、両親が、施設への入所を納得するタイミングがくるのかもしれません。今は、このまま家でずっと過ごせたらいいよね、ということでやっている状態です」(大谷さん)
正解のない育児と介護の在り方。両立の道を選んだ人が、今より生きやすくなるように、支援の動きはまだ芽生えたばかりです。
(「かんさい情報ネットten.」 2022年6月2日放送)
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