「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」極度の緊張で人前で話せず、動けなくなることも…「障害」と生きる14歳少女の「夢」とは―

緊張や不安によって、人前で話せなくなる…場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)という障害があるのをご存じでしょうか。滋賀県に住む14歳の少女は、場面緘黙症の重い症状がありながら、家族に支えられて「夢」を追っています。そんな「みいちゃん」と家族の日々を見つめました。

【特集】外で声が出せない…動けない…「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」と生きる14歳少女の夢

「場面緘黙症」の少女 杉之原みずきさん

 緊張や不安によって、人前で話せなくなる「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」と呼ばれる障害があるのをご存じでしょうか。滋賀県に住む14歳の少女は、家の中では家族と笑って話すことができても、一歩外へ出ると声が出せなくなり、体が硬直する症状も伴います。しかし、大好きな「お菓子作り」だけは自然と体を動かすことできます。家族は娘の将来のためにと、小さな工房をオープンしました。しかし、自立へむけて歩んでいたはずが、だんだんと大好きなお菓子作りが思うように進まなくなりました。障害がありながら、夢を追う14歳の少女と、家族の日々を取材しました。

家族以外と話せないみいちゃん。「場面緘黙症」小学生の500人に1人いるとも…

学校では、先生が身の回りのことをサポートする

 滋賀県近江八幡市の中学2年生、杉之原みずきさんは、6歳の時に「場面緘黙症」であることがわかりました。障害だとわかってから8年。今は特別支援学校に通い、みんなから“みいちゃん”と呼ばれています。学校では身の回りのことは、先生にやってもらいます。校舎についても、みいちゃんは固まったように、黙って立ち止まったまま。上履きに履き替えるのも、背中からリュックを下すのも、先生のサポートが必要です。「みいちゃん、ちょっと待っててね」と、先生がその場を離れました。みいちゃんは同じ姿勢のまま、一歩も動きません。席に着く時も、先生が椅子を引いて座るよう促します。

『頼んだよ、しっかり持ってや』(先生)

 工作の時間。授業ではみいちゃんに1人の先生がつきっきりで指導します。目線を落とすこともできず、隣で説明する先生の顔を見ることはありません。のりや紙など、必要な道具を手に取ることもできません。先生がみいちゃんにスティックのりを握らせようとしても、その手は机の上で固まったままで、のりは転がり落ちてしまいました。手を洗うことも、トイレに行くことも、ひとりではできないことが多いため、学校に行くのは週に1回だけです。

場面緘黙症の研究者 長野大学 高木潤野教授

 場面緘黙症は、極度の緊張や不安によって引き起こされる発達障害の一種。代表的な症状は、家では話すことができるのに、学校など人前では話せなくなってしまうというものです。主に2歳~5歳で発症し、小学生では500人に1人の割合でいるとされています。みいちゃんの場合は、体も動かせなくなるため、症状は重いと診断されています。長野大学の高木潤野教授は、日本では数少ない場面緘黙症の研究者です。高木教授のもとには全国各地から、助けを求めて子どもと親が相談に訪れます。この日カウンセリングに来ていたのは、8歳の場面緘黙症の男の子とその父親。

「生理的に声を出せないのか、それとも意地を張って出さないのかっていうのが、ちょっとわからなくて…。本人に聞いてもどっちかわからないという答えで…。」(父親)

「場面緘黙の症状は“話せなくなってしまう”という部分で、“動けなくなる”という部分は場面緘黙以外の社交不安症や、ほかの不安症が合併していると考えられます。話せないだけじゃなくて、その他にも、できなくなっちゃうとか体が固まってしまうことを併せ持っている人が多いですね。」(長野大学・高木潤野教授)

「家では普通にしゃべっている」 娘の障害分からなかった…

外で体を動かす訓練を受けるみいちゃん

 みいちゃんが、場面緘黙症だとわかったのは、小学校に入る前。家ではしゃべる姿を知っている母親の千里さんにとっては信じがたいものでした。

「家の世界しか知らないので、家では普通にしゃべっているし、小学校に入学したら急に給食が食べられなくなったり、体の動きが止まるのが今まで以上に多くなったり。これのことを言うてたんや…というのが、入学してからようやくわかった。」(母・千里さん)

 みいちゃんは3か月に1回、体を動かすために病院へ通っています。誰かが背中を押せば歩くことはできますが、治療は手探りなのが現状です。

「緊張を緩めるというか、人に慣れるリハビリにはなっているんですけれど、家族以外の人と一緒に歩くということを経験させるというのも大事かなと思って続けてるんですけど、これ以外に治療が見つからないというのが正直なところです。」(母・千里さん)

 買い物など、最低限の日常生活が送れるようになりたいと、週に2回はNPOの人が付き添い、外に出かける訓練も続けています。ベンチに腰掛け、少し休憩。隣でみいちゃんに話しかけるのは「NPOおうみはちまんすくすく」の橋本美穂さんです。

「頑張ってるね。気持ちいいな。あれなんやろ?むっちゃ飛んでる!ほら。」(橋本美穂さん)

 空を指さす橋本さんの横で、みいちゃんは前を向いたまま。返事も、目を合わすこともできません。去年9月、母親の千里さんとみいちゃんが障害者手帳の更新に児童相談所を訪れました。入り口の前で突然、みいちゃんの動きが止まります。その瞬間は、家族でも分かりません。それでも最後まで手を差し伸べないのは、できることを1つでも増やしてあげたいと願う親心です。2年前の更新では、発達段階が“5歳児レベル”と診断されました。状況は変わっていませんでした。

大好きな“お菓子作り”で才能発揮 自立に向けて工房オープン

家族と食卓を囲むみいちゃん (右)双子の兄・一樹さん

 家族とだけは話すことができます。誕生日、テーブルに並ぶごちそうを囲み、家族4人で過ごす平穏な時間。ゆっくりと食事を口に運ぶみいちゃんの隣に座るのは、双子の兄、杉之原一樹さん(14歳)です。

「普段は一緒にゲームしたりとか、一緒に怖い動画見たりとか。」(双子の兄・一樹さん)

Qその時、みいちゃんはどんな様子?(記者)

「普通の…普通の友達というか。普通の人です」(兄・一樹さん)

 笑顔で、はきはきと質問に答える一樹さん。小学校の6年間は、同じクラスで、妹を支え続けました。

工房で手際よくケーキを作るみいちゃん

みいちゃんには、自然と動けるもう1つの時間があります。それは、小学4年生で不登校になったときに始めたお菓子作り。夢中で作り続け、家族も驚く早さで上達しました。娘の隠れた才能に、両親は借金をしてでもサポートすることを決意。障害の克服につながればと、2年前、自宅近くに『みいちゃんのお菓子工房』をオープンしました。みいちゃんは、このお店の店長で、お母さんと2人で営んでいます。ただし、営業は月に2回だけ。みいちゃんの作業台の前には、すりガラスを貼りました。そこから見えるのはケーキを買いに来てくれたお客さんの姿です。これも、人に慣れるための工夫の一つです。

みいちゃんが作ったケーキ

 タルトが乗ったケーキ台をくるくると回し、手際よくジャムを塗るみいちゃん。続いて切り分けたガトーショコラにホイップクリームを絞って、チョコレートのスティックを飾り付けます。この日、ショーケースにはティラミスに、ショートケーキ、苺のムースなど、華やかに彩られた9種類のケーキが並びました。

かつて場面緘黙症だった少女、克服したきっかけとは?

場面緘黙症を克服した山藤央恵さん

 場面緘黙症の少女が作るケーキ。そんな話を聞いて、かつて同じ障害を持っていた女性がお店を訪れました。山藤央恵さんも、かつて場面緘黙症でした。夫と息子を連れ、笑顔で千里さんと会話する姿からは想像もつきません。

「お店に出ようとしはらへんわ。あかんわ。」(母・千里さん)

「年頃ですよねー」(山藤央恵さん)

 同じ障害を持つ人が来店しても、みいちゃんは工房から顔を出そうとはしませんでした。
 今は結婚もして、仕事もしているという山藤さんですが、学校生活では、うまく話せず、悔しい思いをしたと話します。

「同級生にからかわれて、『「あ」って言ってみろよ!』とか、『この言葉ちょっと言ってみろよ』って、指定をされると悔しいけどしゃべれるので、そういうことだけはしゃべって。毎朝、家で、おえってえずきながら、学校に行っていました。」(山藤央恵さん)

 障害の克服は、中学3年生にあがり、誰も知らないクラスで最初に席替えをしたときに訪れました。

「好きな人同士で組んでいいよって、先生が言ったんですね。でも、好きな人も何も、知ってる人がいないから、どうしようもない。ここで 班が組めなかったら、一人っきりになって、きっと目立つだろうと思ったんです。この30人近くの前で1人目立つことが、とてつもなく怖かったんですね。絶対に誰かと班を組まなければならないと思っときに、声がかけられたんです。初めて。」(山藤央恵さん)

 障害を克服した人がいる。きっかけさえあれば、みいちゃんもきっと…。でも、その日はいつ訪れるのだろうか。期待と不安が入り混じる日々を、家族は送っていました。

聖火ランナーを務め、走り切ったみいちゃんと兄・一樹さん

 去年8月に行われた東京パラリンピックで、みいちゃんは聖火ランナーに選ばれました。トーチに火をともし、共に走るのは双子の兄・一樹さんです。母・千里さんも応援に駆け付けます。沿道で声援を送る人々に手を振ってこたえる一樹さんとは対照的に、緊張した表情のみいちゃん。それでも、たくさんの期待を背負って走り切りました。

「ほんまにあの場に立ててるだけで、あの子には普通の人の10倍も20倍も不安と緊張がある。だから心臓バクバクやったと思うんですけど、何年か先を見据えたら、いろんな場所でケーキを作るということがひょっとしたら、これを機にできるかもしれない。」(母・千里さん)

みいちゃんの心に生じた異変…

深夜も工房で作業する母・千里さん

 開店から2年、みいちゃんのお菓子工房はSNSで話題となり、全国から人が訪れるようになっていました。予約は2か月待ちに。1日に150個以上のケーキを作ることもあります。みいちゃんの自立に向けて、今が正念場と、千里さんは夜中に作業することも。

「見た感じ、工房ではしっかりケーキも作れて、人よりもすごいと言われることも多くなってきましたけど、一方で“生活”がしていけるか。生活というのは金銭的なものじゃなくて、歩ける、呼吸する、座る、立つ、家から一歩出たら1人ではそれができないので、いかに、この5年、10年で、親がいなくても、生きていける環境を作ってあげるかというのは、すでに念頭に置いてやり始めています。」(母・千里さん)

 みいちゃんにとって、工房は自分を表現できる居場所。しかし、楽しいはずのケーキ作りが思うように進まなくなりました。作業を始める時間になっても、ベッドから起きてこなくなり、この頃から昼夜逆転の生活が始まりました。誰もいない夜の公園に出かけたいと言い始め、精神科を訪ねたところ、診断されたのは「うつ病」。障害を乗り越え、夢を叶えてあげたいという母親の願いと、娘の心に生じた異変。相談する相手を求めて場面緘黙症の専門家、長野大学の高木教授のもとを訪ねました。

周りの期待が心の負担に…

お母さんを待っている間も固まってしまったみいちゃん

 お母さんは、高木教授にみいちゃんの様子を伝えました。

「これから私は、あの子とどう接していったらいいのか。今のままでいいのか。どこをゴールにすればいいのかわからない。負荷を上げすぎて、そのせいで鬱になってるのか…。本人は何も言わないから、わからないんですよ。」(母・千里さん)

 一方のみいちゃんは、他のスタッフに連れられ、校舎を散歩することに。しかし、歩こうとはせず、廊下に立ったまま、窓の外をじっと見つめていました。

 高木教授は、お母さんの話に耳を傾け、一つ一つ、丁寧にメモを取ります。

「まず、もともとの見方として、“場面緘黙の子”という見方をしてしまうと、ちょっと理解を誤るのかなと思うんですね。場面緘黙の症状は、みずきさんに出ている1つの側面であって、やっぱり、色んな負担が大きく積み重なっているのは間違いないでしょう。これだけ人から注目されたり、お金をもらう仕事をする一方で、一般的な中学2年生の子が抱えている以上の負担がかかっていると考えるのが妥当でしょう。」(高木潤野教授)

 工房を始めたときは、ただただ、大好きなケーキ作りを楽しんでいたみいちゃん。高木教授は、家族や周りの期待が大きくなり、純粋に楽しめなくなっているのではと推測します。そして、本人と話し合って、みいちゃんが楽に過ごせる環境づくりを、時間をかけて立て直していくことが大切と指摘しました。

「ちょっと短い期間のうちに色々頑張りすぎちゃったっていう部分がありますよね。物事が進みすぎてしまったというか。」(高木潤野教授)

「そんな予定じゃなかったんですよね。細々としようと思っていたのがね…。改めて思うと、確にいろんなことを詰め込み過ぎていた気がします。先生としゃべると、ことが整理されて、課題が明確になりました。将来的にどこを目指すのか、どういうことをみずきと一緒に動いていくべきなのかが私の中で、すとんと落ちたかなって。」(母・千里さん)

 カウンセリングを一旦中断し、お母さんが部屋から出てきました。ずっと、その場を動かなかったみいちゃん。お母さんが背中に手をあてると、ゆっくりと歩き始めました。

できることから一つずつ 将来の夢は「ケーキでみんなを笑顔にすること」

母・千里さんと、大好きなケーキの話でほほ笑むみいちゃん

 高木教授のアドバイスを受け、去年12月、これまで1日10個作っていたクリスマスケーキは、3個に減らしました。まだ中学2年生の少女。今月、お母さんは、みいちゃんを連れて近くのケーキ屋さんを訪れました。お母さんの後ろをついて歩くみいちゃん。かごに商品を入れる…欲しいものを店の人に伝える…この日はできませんでした。でも、大好きなケーキだけは…しっかりと自分の手で持ち帰ることができました。できることを、1つずつ増やすことから始めています。

「きょうは、カゴも持ってくれなかった。でも最後は、自分が欲しいケーキやから、ちゃんと、自分で持てたので…。まあこんな感じです。いつもできたりできなかったり。これの繰り返しやね。できるときとできない時、色々なんで。」(母・千里さん)

 家族に支えられながら、障害と闘うみいちゃん。将来の夢は、『ケーキでみんなを笑顔にすること』です。

(読売テレビ 「かんさい情報ネットten.」2月9日放送分)

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