【地震研究最前線】南海トラフ巨大地震の前兆はつかめるのか?注目の「スロースリップ」最新の観測研究に迫る

日々、最前線で取材を続ける報道記者たちが、注目ニュースのウラ側を徹底解説!現場を走り抜け、書き溜めてきた【取材メモ】から見えてきたものとはー。

埼玉で震度5強、福島・宮城で震度6強、和歌山で震度5弱など、今年も全国で相次いだ大きな地震。今後発生が懸念されている「南海トラフ巨大地震」は、これらをはるかに上回る規模の被害が予想されています。その前兆をつかむことはできないのか?海洋研究開発機構では、地震予測に関する新たな研究が進められています。キーワードは「スロースリップ」。地震のメカニズム解明に最前線で挑む研究者たちを追いました。

相次ぐ地震…巨大地震の前兆をつかむには?

発生確率が高まっている南海トラフ巨大地震

 2021年、福島・宮城で震度6強(2月)、東京・埼玉で震度5強(10月)など、最大震度5強以上が観測された地震は6回にのぼりました。さらに2022年1月には、日向灘を震源とする地震により大分・宮崎で最大震度5強を観測するなど、ここ数年、全国で大きな地震が相次いでいます。

 そして、このような地震の規模をはるかに上回ると予想されているのが、南海トラフ巨大地震です。想定される死者の数は、最大で約23万人とも言われるこの巨大地震、その前兆をつかむことはできないのでしょうか?

海洋研究開発機構・堀高峰さん

 国の研究機関・海洋研究開発機構の横浜研究所で、地震発生の予測研究を行っている堀高峰さんに話を伺ったところ、堀さんには忘れられない出来事があるとのことでした。10年前の3月9日、東日本大震災の2日前に発生した、マグニチュード7.3の“前震”です。

(海洋研究開発機構・堀高峰さん)
「あのときは、後にあのような地震(本震)が起こるとはもちろん分かりませんでした。次の地震のシミュレーションをしていかないといけないな、と思っていたところで、本震が発生したんです。地震が起こってから動いているのでは遅い、というのを本当に実感しました」

巨大地震の前兆?注目の現象「スロースリップ」

 巨大地震の前兆をつかむことはできないのか?地震の研究者たちは、東日本大震災の前に起きていた“ある現象”に注目しました。それが「スロースリップ(ゆっくりすべり)」です。

大地震の発生メカニズム

 「南海トラフ」は、フィリピン海プレートが陸のプレートに沈み込む溝のことです。陸のプレートは、海のプレートに引きずり込まれひずみを溜めていきます。これが限界に達すると、急激に跳ね上がり振動を起こします。これが巨大地震の原理です。

「スロースリップ」の発生メカニズム

 しかし、地震発生のメカニズムとは異なり、引きずり込まれていた陸のプレートが、ゆっくりと滑るようにして、ずれ動く場合もあります。これが「スロースリップ」と呼ばれる現象で、私たちが揺れを感じることもありません。この「スロースリップ」が、東日本大震災の前に起きていたことから、巨大地震の発生と関連があるのではないかと指摘されているのです。

「スロースリップ」と大地震の発生シミュレーション

 海洋研究開発機構の堀さんが、スーパーコンピューターで地震の発生をシミュレーションした結果、中には、「スロースリップ」が大地震につながるパターンもあることが分かりました。マグニチュード6クラスの地震が起こった場合に、その後「スロースリップ」の範囲が徐々に広がり、最終的に大地震が発生したのです。

(海洋研究開発機構・堀高峰さん)
「東日本大震災が発生する1か月前の2月ぐらいから、「スロースリップ」が起こり始めていたことが、後になって分かりました。「スロースリップ」と地震は、一連のものだと考える方が自然ではないかと思います」

南海トラフでも「スロースリップ」を観測

プレートの動きを観測する機器((C)JAMSTEC/IODP)

 では、南海トラフの近くで「スロースリップ」は起きているのでしょうか?その答えを知るために、ある研究が進められています。紀伊半島沖の海底に、深い穴を掘って観測機器を埋め込み、プレートの動きに関する高精度のデータをリアルタイムで観測するのです。研究チームを率いているのは、海洋研究開発機構の荒木英一郎さんです。

海洋研究開発機構・荒木英一郎さん

 荒木さんは、これまでに南海トラフ周辺の4か所で、地下に観測システムを設置。非常にゆっくりとした「スロースリップ」が繰り返し発生していることを突き止めました。さらに、2020年12月から2021年1月にかけて、観測開始以来最大の「スロースリップ」を捉えました。

南海トラフ周辺で捉えられた「スロースリップ」

(海洋研究開発機構・荒木英一郎さん)
「2020年の12月から、緑で示した『傾斜計』を入れた点の近くからスロースリップが始まって、赤で示している『掘削孔(穴)』がある領域まで広がるような現象を捉えました。この場所が、どのように巨大地震に向けて変動しているのかを、理解できるのではないかと期待しています」

世界各地で発生している「スロースリップ」

 「スロースリップ」は日本特有の現象ではなく、世界各地で発生しています。特にメキシコでは、「スロースリップ」に関する極めて珍しい現象が見つかりました。発見したのは、京都大学などでつくる研究チーム。海底地震計の設置や、陸上のGPS観測網の強化を進め、地下の変動データを解析しました。中心メンバーの1人である伊藤喜宏准教授に話を伺いました。

京都大学 防災研究所・伊藤喜宏准教授

(京都大学 防災研究所・伊藤喜宏准教授)
「まず、スロースリップが発生することで大地震を誘発して、誘発された大地震の強振動によってスロースリップがさらに誘発されて、そのスロースリップによって、もう一度別の地震が誘発されるという相互作用がメキシコで観測されました」

メキシコで発生した地震の“誘発”

 2017年9月8日、メキシコ南部の沖合でマグニチュード8.2の大地震が発生しました。これによって、西側で「スロースリップ」が進み、11日後、内陸で2つ目の地震を誘発します。するとその東側で「スロースリップ」が活発化し、約5か月後、3つ目の地震が発生したのです。

(伊藤准教授)
「スロースリップの時空間的な広がりを高精度で捉えることができたうえで、スロースリップが発生して巨大地震に至る手前、マグニチュード6クラスの地震などやや小さめの現象との連鎖が見えてくれば、将来の巨大地震発生予測に近づけるのではないかと考えています」

 「スロースリップ」と巨大地震の関連性を解明しようとする研究者たち。その原動力は何か、地震発生の予測研究を続ける堀さんに尋ねました。

(海洋研究開発機構・堀高峰さん)
「とにかく地震による被害を減らしたい。死者ゼロにしようと思ったら何をすればいいのだろうかと。『そんなことは無理だから、少しでも減らしましょう』と考えるのと、そもそも本当に死者ゼロを目指そうと思ったときに、考えることは違ってくると思います。」

巨大地震発生時に気象庁が発表する「臨時情報」とは?

過去9回発生 南海トラフ巨大地震の規則性

 南海トラフ巨大地震は、今後30年以内に70~80%の確率で発生する可能性があると言われています。この高い確率の根拠の一つとして、この巨大地震は過去に、約100~150年くらいの間隔で少なくとも9回発生しているのです。もうひとつの規則性は、南海トラフの想定震源域の東側で地震が起きた後に、続けて西側で起きるという連鎖性があります。例えば、江戸時代の1854年、東側で安政東海地震(M8.6)が発生し、その約32時間後に西側で安政南海地震(M8.7)が発生しました。また、1944年の昭和東南海地震(M8.2) も、東側で発生したその約2年後に、西側で昭和南海地震(M8.4)が発生しているのです。

「臨時情報」発表の流れ

 こうした歴史を踏まえ、気象庁は「臨時情報」を出すことにしています。その発表条件は2つです。一つは、「想定震源域またはその周辺で、M6.8以上の地震が発生した場合」、そしてもう一つは、「想定震源域のプレート境界面で、通常とは異なるスロースリップ(ゆっくりすべり)が発生した可能性が疑われる場合」です。この時点で、1回目の「調査中」という臨時情報が出ます。その後、気象庁と専門家による場合分けが行われます。

 一つ目は「半割れ」。南海トラフ想定震源域の半分が割れる(破壊される)ようなM8以上の大規模地震が発生したときで、この場合は、2回目の臨時情報である「巨大地震【警戒】」が発表されます。これは、南海トラフ地震の危険性が非常に高いため、発生後では間に合わない地域の住民などは、1週間、避難所などに逃げてください、というものです。

 二つ目が「一部割れ」です。半割れほど大きなものではないが、一部でM7以上8未満の地震が発生した場合で、東日本大震災がこのパターンにあたります。このときは、「巨大地震【注意】」という情報が発表されます。これは、避難の必要はありませんが、地震への備えを再確認し、必要に応じて自主的に避難しましょう、というものです。

 そして三つ目が「ゆっくりすべり(スロースリップ)」です。プレートの境界面で、「スロースリップの速度が通常より速い」、あるいは、「普段起こらない場所でスロースリップが起きている」などの異常が発生した場合で、このときも「巨大地震【注意】」が発表されます。スロースリップで私たちが揺れを感じることはないため、この場合の「巨大地震【注意】」は突然発表される可能性があります。

「臨時情報」が出なかったスロースリップ

 2020年12月6日~2021年1月下旬ごろ、紀伊半島沖合で観測史上最大のスロースリップが発生したにもかかわらず、「臨時情報」が出なかった事例があります。気象庁は、情報を出さなかった理由として「スロースリップはまだ十分な観測ではなく、局所的な変動の可能性もあるため、総合的な判断で発表に至らなかった」と説明しています。確かにスロースリップは判断が難しく、今は紀伊半島沖で観測を続けていますが、西側にもどんどん観測点を増やしてデータを蓄積していかないと、大地震の予兆として捉えるのは難しいのが現状です。

 ただ、海洋研究開発機構の堀さんは、「特別な時だけに出す『臨時情報』だと、いざ情報が出された時にパニックになる。数年に一度程度の現象が起きた場合は情報を出してもよいのではないか」と話していて、備えるためのきっかけとして「臨時情報」を使うべきだという考え方もあります。

 歴史的に見ても、将来、確実に起きるとされる南海トラフ巨大地震。実際に「臨時情報」が出た時にパニックにならないために、そして、家族や友人など大切な人を守るために、避難ルートや防災備蓄の確認など、今一度、地震への備えを見直して頂ければと思います。

◆取材・文/読売テレビ報道記者(防災士) 上馬場雄介

(「かんさい情報ネットten.」2021年12月27日放送)

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