北新地放火殺人で犠牲となったクリニック院長の妹 「患者のためにできることを…」兄の“遺志”を継ぎ、繋げる“思い”

26人の命が失われた大阪・北新地のビル放火殺人事件。犯人が火をつけたクリニックで院長をしていた西澤弘太郎さんも、その犠牲者の1人です。事件発生後、心の拠りどころにしていたクリニックを失った患者たちは今、どのように過ごしているのでしょうか。そして、被害者遺族となった西澤院長の妹…悲しみの中、兄の“遺志”を繋ぐため「自分にできることはないか」と行動を始めました。同じ悲しみを生まないために―、彼女が伝えたい思いとは。

【独自取材】北新地放火殺人の犠牲者・西澤院長の妹が心境激白、「言葉では表現できない感情が…」「残された患者さんのために」 兄の“遺志”を繋ぐ決意―

北新地・ビル放火殺人事件で犠牲になった西澤弘太郎院長

 大阪・北新地で起こった放火殺人事件。犯人が火を放ったクリニックでは、院長の西澤弘太郎さんをはじめ、患者ら26人が犠牲となりました。院長の妹さんは“心の拠りどころ”にしていたクリニックを失った患者のために「自分ができることはないか」と模索を続けています。彼女の“人と人とを繋ぐ”活動を追いました。

奪われた命…悲しみと同時に知った兄の“思い”

子どもの頃の写真を手に、亡くなった兄を偲ぶ妹

「兄が持っていた遺品の中から見つかりました。私が小学3年生くらいの時にグアムに行ったときの帰りの飛行機の中の写真になります」(亡くなった西澤弘太郎院長の妹)

 30年以上前に撮影された写真。写っているのは、大阪・北新地の「西梅田こころとからだのクリニック」で院長をしていた、西澤弘太郎さんとその妹さんです。

「兄は優しい人だったと思います。人の気持ちをよくわかってくれていた。両親に対しても、わたしに対しても、仕事柄というか…」(院長の妹)

26人の命が奪われた北新地・放火殺人事件

 2021年12月17日、大阪・北新地のクリニックが放火され、その場に居合わせた院長、スタッフ、患者の総勢26人の命が奪われました。

「両親も兄の妻もかなりショックを受けていました。火傷を負っていなかったことが本当に救いだった…そんなに苦しそうな顔もしていなかったので。私はもっと、わーって泣くかなと思ったんですけど…ちょっと言葉では表現できない感情ですかね」(院長の妹)

西澤院長の死を悼む患者らの声

 事件の後、ニュースやSNSには、西澤先生の死を悼む患者らの声であふれていました。妹さんは、クリニックが心の悩みを抱えた患者が前を向き、歩みを進めるための“心の拠りどころ”になっていたことを知ったといいます。

「兄が亡くなったことを悲しんでいる方もたくさんいたし、次の転院先のことを不安に思われている方もたくさんいらしたので、どうしたらいいかなと“自分で何かできないかな”とずっと思っていました」(院長の妹)

患者の新たな“心の支え”に…「オンライン集会」開催

オンラインで悩みや不安を語り合う集会

 自らができることを探す中で見つけたのが、クリニックに通っていた患者や支援者らがオンラインで悩みや不安を語り合う集会でした。

「西梅田のクリニックに4年くらい通っていて、リワークプログラムにも参加した経験があります。今回、同じような境遇の方々と、当事者ならではの痛みなどを共有して、癒しにつなげていけたらなと思って参加しました」(クリニックに通っていた患者)

 集会を企画した「障害者ドットコム」代表の川田祐一さんの元には、クリニックの患者から、社会や職場への復帰を目指す「リワークプログラム」が突然失われたことへの戸惑いの声が寄せられていました。

集会を企画した、障害者ドットコム 川田祐一代表

「事件のあった西梅田のリワークプログラムの“オンライン版”をやってもいいかな、と話を聞いていて思いました」(障害者ドットコム 川田祐一代表)

 クリニックのリワークプログラムには、気軽に日常の出来事を共有する時間がありました。オンライン集会でも、参加者がたわいもない会話で心を通わせていきます。

「これやってみたいなとか、今後やりたいことってありますか?」(院長の妹)
「富士山に登りたいです」(オンライン集会の参加者)
「おぉ~」(一同)
「ミスチルのコンサートチケットに落選したのですが、残りの席が当たるかどうか…それが当たれば僕はライブに行けるという、そんなのでいいですか?」(オンライン集会の参加者)
「楽しみにしている、いいです!全然いいです!」(院長の妹)

西澤院長のクリニックに通っていた男性

 オンラインでの集会を、クリニックに代わる“居場所”としている人も少なくありません。大阪府内に住む30代の男性は、身体に異変を感じながらも、西澤先生と出会うまでは仕事を続けていました。

「自分の場合は、涙が出るとか、片耳が聞こえなくなるとか、悪い考えが止まらなくなるとか。『これは、どうしようもないぞ』と自分で思ったとき、電話して事情を説明したら、西澤先生にすごく優しい声で『もう休みましょう、休んで休憩しましょう』って言われたのが、すごく印象的でした」(クリニックに通っていた男性)

 一度職場を離れ、復職に向けてクリニックに通っていた最中に、事件は起きました。

「もしかしたら、事件の日に行っていたかもしれない。4日前に西澤先生から『リワークにまた来てくださいね』と言われたところだったので。4日前に話していた人が突然いなくなる、そんなことがあるんだ、この世には…。“生きる、生きている”ということを感じさせられた出来事でした」(クリニックに通っていた男性)

 男性は、同じような悩みを抱える人たちが集う場を、新たな“心の支え”としています。

「オンラインサロンは、大袈裟な言い方をすると、社会との“かかわり・つながり”。ミーティングの場に入ったとき、西梅田でリワークを受けていたような安心感があるな、というのが一番印象的なところです」(クリニックに通っていた男性)

「みんな“孤立”はダメだという共通の思いがあって。容疑者も“孤立”していたということでしたし…“孤立”を防げれば事件は起きなかったのかな」(院長の妹)

「誰も一人にしない」 兄の“遺志”を繋ぐために―

集会に参加できない人のための新たな提案

 オンライン集会の回を重ねる中で“新たな気づき”がありました。西澤院長の妹さんは、ある思いを胸に、集会を主催する川田さんの元を訪ねました。

「支援という形でメンバーに入っているけど、集会に出られていない方がいるじゃないですか。そういう方には、お会いするのも難しいですし、メールやグループLINEのつぶやきのような形のほうが発しやすいのかなと思って。ご希望があれば、その方と繋がりたいと思っているんです」(院長の妹)

 体調や精神状態が不安定になり、集会に参加できていない患者はどうしているのか、気になっていたのです。「誰も一人にしない」、それは兄の思いでもありました。その思いは、形を変えながら人と人とを繋ぎます。

兄の思いを胸に活動を続ける

「兄は、オンラインサロンに出て来てくれている人よりも、出ていない人をすごく気にかけているんじゃないかなと思います。本当に声を出せていない人たちが手を挙げ、『自分がしんどい』ということを言ってほしいと、言っているのではないかなと思います。みんなが自分の周りの人たちを大切にして、困っている人に手助けできれば、孤立も起きにくい社会になります。個人個人が思いを変えてくれたら、こういう事件が起こりにくい社会になるのかなと思っているので、この話が少しでも伝われば、日々いろんなことが変わっていくのかなと思います」(院長の妹)

 妹さんは、孤立しない社会、互いに支えあえる社会になるよう、できることを続けていきます。

(「かんさい情報ネットten.」 2022年4月14日放送)

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