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#156「アメリカ/ニューヨーク」 7月10(日)午前10:25〜10:55


 今回の配達先はアメリカ・ニューヨーク。この街でクラブDJとして活躍する吉川純子さんと、兵庫・姫路に住む父・壮治さん(70)、母・勝美さん(67)をつなぐ。10年前に語学留学のため、両親の反対を押し切って渡米した純子さん。両親は「DJがどういう仕事か、クラブがどんな場所なのかも分からない。夜の仕事ということが一番心配…」と、娘の身を案じている。

 クラブDJは、クラブで踊るお客さんを盛り上げるために曲を選曲し、プレイする。曲をスムーズにつないだり、2つの曲をミックスしたり、時にはテクニックを駆使して新たな音楽を生み出すこともある。一昔前はレコードを使ってプレイしていたDJ。最近はパソコンに入った音源を使い、連動しているレコードプレーヤーを動かして音を出す。「元々、レコーディングエンジニアになりたくて渡米しました。日本にいるときは“DJなんて…”と思っていましたし、考えてもいなかった」と純子さんは振り返る。

 そんな彼女がDJになったのは、世界中のDJが来店するレコード店でのアルバイトがきっかけだった。「英語が喋れない代わりに、店にあるレコードを絶対に覚えようと思って、片っ端からノートに題名とアーティスト名を書いて覚えました」。数万枚もあるレコードをほとんど覚えた純子さんは、スタッフの中で一番音楽に詳しくなった。やがて店で流すBGMの選曲を任されるようになり、そのセンスがあるクラブのオーナーの耳にとまった。「うちの店でDJをしてほしいといわれ、最初は“無理だ”と断ったら、遊びがてらでいいからと言われて…。それまで店はガラガラでしたが、私がDJを始めて2,3週間後には行列ができるようになり、辞められなくなりました」と純子さんは話す。

 純子さんがプレイするクラブには、マライア・キャリーのバックダンサーや、今年グラミー賞を受賞したプロデューサーらが集まる。そんな大物たちも彼女の実力を認め、応援してくれているのだ。「この街でDJとして人気を得るのは難しい。でもそれを維持するのはもっと難しい」。ニューヨークでも一握りと言われる一流のDJを目指し、純子さんは他のDJのパーティーに行って、お客の反応を観察したり、常に新しい曲のチェックを欠かさないなど、努力を続けている。

 「両親には心配をかけて親不孝だと思う。でも今は自分のやりたいことが見つかって幸せです。みんなが踊ってくれているのを見るのが楽しくてDJをやっている。それが仕事になってラッキー。DJとしてやっていける限りは、ニューヨークでやりたい」。純子さんの言葉に両親は「日本で3人で暮らしたいが…日本にはもう帰ってこないという意味にも聞こえる…」と複雑な気持ちを覗かせる。

 そんな両親から届けられたのは、カメオのブローチ。添えられていた手紙には「できることなら日本で一緒に暮らしたいが、純子の人生はもう変えることはできない。これは25年前パパからママにプレゼントしたもの。このカメオが純子を守ってくれますように」と両親の想いが綴られていた。純子さんは、「これをもらわなくても(両親の気持ちは)十分分かっている。本当は一緒に住んで、親孝行したい…それは分かっているけど…」と、そうはできないもどかしさに、思わず涙が溢れる。