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#092「アメリカ/ニューヨーク」 2月13日(土) 午前15:30〜16:00


今回の配達先は多くのミュージシャンを生んだ音楽の聖地ニューヨーク。ここで6年前からフリーのドラマーとして活動する北川勢(チカラ)さん(26)と、兵庫県宝塚市に住む父・茂さん(60)、母・浩子さん(50)をつなぐ。将棋の師範でもある厳格な父を「怖い父親だった」という勢さん。そんな父とはもう4年も連絡を取っていないそうで、母も「昔からとても疎遠な父子だった」と語る。だが父は「自分が納得できるパフォーマンスができているのか、三度三度きちんと食事を取っているのか…」と内心、勢さんをとても心配している。

 フリーのドラマーはその日暮らしのようなもの。朝、ドラムセット一式を自分で運んで電車に乗り、グランドセントラル駅へと向かう勢さん。実は駅の構内は厳しいオーディションをパスした者しか演奏を許されない、ミュージシャンを志す者にとって特別な場所なのだ。ここで77才の人気ミュージシャンら仲間と共にブルースを演奏。通勤時間にもかかわらず多くの人が足を止めて勢さんたちの音楽に聴き入る。この日のギャラ(チップ)は4時間演奏して一人約60ドル(5500円)。「金銭面は非常に苦しい。でもNYのミュージシャンはみんなそう」と勢さんは語る。

 勢さんがドラムの虜になったのは中学生のとき。その後、ドラムを極めるため6年前に渡米し、名門バークリー音楽大学に進学。その腕を認められてさまざまなバンドに誘われ、一時は月50本ものライブを抱える売れっ子のドラマーになった。だが今はその大半を断っているという。「自分の好きな音楽で楽しいドラムを叩いて生活できるのが理想です。でも理想と現実は違う…」。理想とするドラムを追求したいが、それだけでは食べていけない。勢さんは今、理想と現実の間で揺れ動いている。

 毎週日曜、勢さんはマンハッタンの黒人街にある教会で、初の日本人演奏者としてパーカッションを演奏している。ここでドラムを叩けるのは専属の黒人演奏者だけだからだ。教会で演奏するゴスペルは、奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人たちの苦難と共に育まれてきた音楽。中でもドラムは黒人にとって聖域ともいえるポジションなのだ。「最初は自分がドラムをやってやる…と思っていたましたが、今ではそれが当然だと思えるようになった。ここで演奏していると、これぞニューヨークという気がする」。勢さんにとってここでの演奏は、お金には替えがたい貴重な経験になっているのだ。

だが父には何も報告ができないままもう4年が過ぎた。勢さんは「父も職業として好きなことをやってきた人だから、親としてではなく、そういうものを積み重ねている人として聞いてみたいことはいっぱいある。でも今までそんな機会がなかった」と寂しそうに語る。現在は自分のドラムを追求しながら、この楽器を使った今までにない画期的なパフォーマンスのアイデアも温めており「僕がやっていることを父にも少しは興味を持ってもらえたらうれしい」と望むが…。

 そんな勢さんへ父から届けられたのは、勢さんが生まれたときに父がその名前の由来を記した書。そこには「いつまでも切磋琢磨を怠らず、まっすぐな気持ちで万人の礎となれ…」と、勢と名付けた意味が書かれていた。父は誕生当時と変らない息子への気持ちを伝えたかったのだ。さらに父が初めて息子に宛てた手紙には、勢さんの考える画期的なドラムパフォーマンスに対する惜しみない讃辞がしたためられており、勢さんは父の想いに思わず涙をこぼす…。