【特集】「客がいない…空気よりモノを運べ!」コロナ禍で鉄道・バスに広がる“貨客混載”の可能性とは?

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放送日2021.05.15

地元でその日の朝に収穫された野菜を路線バスに積み込む=兵庫県三田市2021年5月11日
地元でその日の朝に収穫された野菜を路線バスに積み込む=兵庫県三田市2021年5月11日

コロナ禍で鉄道やバスに荷物を載せる“貨客混載”が各地で広がりを見せている。旅客需要が急減する中、収入減を補う苦肉の策として旅客各社が着目し始めたためだ。一方、「既存の宅配便でも良いのでは?」との疑問も。果たして“のびしろ”はどこまで――。

■赤字路線バスと地域が「ウィン・ウィン」に

「よろしくお願いします」
今月10日、兵庫県三田市の市立高平小近くの停留所に停車した路線バス車内。椅子をたたみ、本来は車いすの客に使われるスペースに沢山のカゴが運び込まれた。中にはホウレンソウやキャベツなど、地元で獲れた野菜が並ぶ。
同地区から、約10キロ離れた市中心部のJA直売所まで運ぶ“貨客混載”の取り組みだ。今年1月に実証実験を開始し「採算あり」と判断。今月7日から本格運用となった。毎週火曜日と金曜日(祝日を除く)の午前中に1便、運行される。
恩恵を受けるのは、主に自動車の運転が難しい高齢の生産者だ。この日、ホウレンソウやラディッシュを出荷した女性(83)は、「友人が運転する車に野菜を積んで出荷していたが、友人も高齢化で運転をやめてしまった。出荷をやめようと思っていたので、バス便は助かる」と話した。
 送料は大きなカゴが1個250円。小さいものが同200円。運行する神姫バス(姫路市)によると、実証実験では運行1便あたり乗客2.4人分の収入が増えた。
この路線はもともと赤字で、行政からの補助金で維持されているため経営上の収支改善は見込めないが、同社の野田年洋・乗合子会社新サービス推進室長は「増収よりも、地域とバス会社が『ウィン・ウィン』の関係を築けたのが大きい。地域活性化に一役買い、ゆくゆくは乗客増につながる可能性もある」と願いを込める。

■新幹線で直送「速達便」の一角を占められるか

新幹線で運ばれてきた北海道の鮮魚など=東京・新橋2021年4月26日
新幹線で運ばれてきた北海道の鮮魚など=東京・新橋2021年4月26日

4月26日午後2時4分。緊急事態宣言の発令で閑散とする東京駅に新函館北斗駅を午前9時35分に出発した「はやぶさ22号」が定刻で到着した。乗客が下車を終えたあと、車内から運び出されたのは発泡スチロールの箱。その行方を追うと…。
午後3時すぎに行き着いたのは東京・新橋の居酒屋。箱の中身はその日の朝に函館港に水揚げされた鮮魚やアスパラガスなど、北海道産の食材だ。
「このホッケは刺身でもいけますね」
居酒屋「蟹喰楽舞」の店主、三戸聡人さんの顔がほころんだ。
利用したのは、同月15日からJR東日本、JR北海道などが始めた東北・北海道新幹線での“貨客混載”だ。
以前は函館空港と羽田空港を結ぶ航空便を使ってきたが、コロナ禍で欠航が相次ぎ利用不能に。取引先の業者の提案で新幹線輸送に切り替えた。
同店は緊急事態宣言で休業中だが、三戸さんは「これからも北海道から新鮮な食材が届く店でありたい。鉄道の定時性を考えると、新幹線を使っていくメリットはある」と話す。
 JR側も、新幹線輸送を拡大していきたい考えだ。東北・北海道新幹線「はやぶさ」に使用する「E5系・H5系」で車内販売準備室として使っていた空きスペースを活用。現状は北海道から東京方面への農林水産品が中心だが、将来的には逆方向で医薬品や精密機械などの受注を目指す。送料は非公表だが、「定時性や速達性という鉄道のメリットを踏まえれば、航空便とも勝負できる」(ジェイアール東日本物流・石戸谷隆敬常務)と自信をのぞかせる。
 JR北海道はこの事業に先立ち3月、新函館北斗と新青森駅の間で、北海道新幹線に佐川急便の荷物を載せる事業を始めた。同様の動きは他社にも広がり、JR西日本と九州は2月、山陽・九州新幹線を利用した“貨客混載”の実証実験を開始。近畿日本鉄道も今夏から大阪難波と名古屋を結ぶ特急に福山通運の貨物を載せる。
 背景にあるのは、コロナ禍による旅客需要の急減だ。JR各社の昨年度決算は、旅客6社すべてが最終赤字に転落。赤字総額は計1兆8500億円に上り、1987年の国鉄分割民営化以降で最大となった。
 テレワークなどの推進で、コロナ終息後もビジネス利用を中心に需要は戻らないとの悲観的な見方も広がる。JR西日本の長谷川一明社長は4月30日の会見で「お客様のご利用は行動変容によって質量ともに従前のような状況には戻らないとの認識だ」と危機感をにじませた。

■苦境の水産会社“高速バス”に活路

海鮮丼に使う魚を準備する嶋矢水産の従業員=愛媛県松山市2021年5月10日
海鮮丼に使う魚を準備する嶋矢水産の従業員=愛媛県松山市2021年5月10日

東京・新宿の路地裏に広がる屋外空間「バスあいのり3丁目テラス」。ここでランチに提供される海鮮丼は、愛媛・松山産の養殖タイやカンパチに、天然のイサキなど“旬”の食材が彩を添える。いずれも、前日夜に松山を出発した夜行高速バスで届いたものだ。
 荷主の水産業者「嶋矢水産」(松山市)は、出荷前の魚を3日間いけすで泳がせ、魚のストレスを無くす“ひと手間”をかけることで品質向上を図りブランド化。航空便で有名高級料亭などに卸してきた。しかし、コロナ禍で飲食店の休業や時短営業の影響を受け、売り上げは半減。コロナ前に1匹2000円だった養殖鯛の価格は1500円に。東京方面に7件あった取引先も2件に減少し、緊急事態宣言期間中は注文がゼロの日もあるという。去年6月には10人いたパート従業員のうち9人を解雇するなど、創業66年にして最大の経営危機に見舞われた。2代目の嶋矢信長社長は「今は我慢の時期」と唇をかむ。そんな中で着目したのが高速バス便だった。
 最大の魅力は、航空便の半額程度の送料だ。「取引先の経営も厳しく『良いものは高くても売れる』時代ではない。輸送コストの低減は重要な検討事項だ」(嶋矢社長)。
 生鮮品を運ぶ上で懸案となる輸送時間の長さは、同社にバス便を提案したマーケティング会社「アップクオリティ」(東京)が独自開発したクーラーボックスが解決してくれた。
 5月11日、嶋矢水産が鮮魚を初めてバスで出荷する日。「東京のお客様の反応を聞くのが怖いような嬉しいような」。松山市内のバス停まで自ら商品を運びこんだ嶋矢社長は複雑な表情を浮かべた。
 バスは淡路島を経由して陸路800キロ、12時間の道のりを経て「バスタ新宿」に到着。「あいのりテラス」に運び込まれ、10食限定の「海鮮丼」(税込み1500円)として販売された。「脂がしっかり乗っていておいしい」。常連客の男性が舌鼓を打つ。評判は上々のようだ。
 アップクオリティは2018年から高速バスによる“貨客混載”事業のマッチングに取り組み、北は青森県から南は宮崎県まで、全国25のバス事業者と提携し、独自のネットワークを構築。各地の特産品を三菱地所(東京)と共同で運営する「あいのりテラス」で販売するなどしている。輸送時間が長い分、鮮度管理の「見える化」が事業拡大の鍵を握るとみており、箱内の温度・湿度や経路情報はすべて、クーラーボックスにある端末を通じて荷主がリアルタイムで確認できる。冷凍モノの長時間輸送も可能で、泉川大社長は「地域の“道の駅”でしか売っていないようなアイスクリームを東京に届けることもできる」と語る。

■貨客混載“のびしろ”は?

流通経済大学の矢野教授
流通経済大学の矢野教授

 “貨客混載”が急拡大する一方で、「そもそも既存の宅配便で良いのでは?」との疑問も沸く。しかし、物流が専門の流通経済大学の矢野裕児教授は、「コロナが終わったからやめるということにはならないだろう」と話す。拡大の根本要因について「コロナ前からドライバー不足に悩まされてきた物流会社側の事情も一因にあり、今回のコロナ禍で新たな収入源を求める旅客会社と思惑が一致した」とみるためだ。そのうえで、「JR北海道や九州、西日本など経営環境が厳しい旅客会社ほど、“貨客混載”を積極的に推進していく」とみる。
 一方、矢野教授は「“のびしろ”は高速バスの方にある」と指摘。「鉄道は、どちらかと言えば輸送量を増やして『どれだけ運べるか』がポイントとなってくるが、増やしすぎると車両や駅設備の改良などの追加投資が必要になる。これに対して鉄道より“小回り”の利くバスは、追加投資をせずに荷主の近くで集荷・配送が可能だ。メリットを生かして新たなニーズを掘り起こせる余地がある」と語った。
コロナ禍によって急拡大する“貨客混載”。物流を大きく変える存在に成長するのかもしれない。
(読売テレビ「ウェークアップ」ディレクター高橋克哉、村上圭)