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特 集

2019/03/23

特集01

東京マラソン初挑戦 なぜ山中教授は走る?研究は?


スタートを前にからだをほぐす山中。
表情を見ても少し緊張しているようだ。

<実況>
「雨の東京マラソン。戦いが今始まりました」

3月3日、午前9時10分。気温5度。
山中の42点195キロが始まった。

<京都大学iPS細胞研究所 所長 山中伸弥教授>
「ものすごく楽しいです~」

人類の未来を変えるiPS細胞を作り出しノーベル賞を受賞。
あれから7年。
最新の研究…課題は。

そして、なぜ走るのか…

<2月…京都大学iPS細胞研究所>

<山中伸弥教授>
「おはようございます」

山中の1日が始まった。
出勤早々、足早に向かったのは、会議。

そして、また次の会議へ。

会議が終わりやっと自分の部屋へ。
…エレベーターは使わない。

<記者>
「先生のお部屋何階ですか?」
<山中伸弥教授>
「4階です」

エレベーターを待つ時間さえ惜しいのだ。

<山中伸弥教授>
「僕以外の研究者にできるだけ専念してもらえるように心がけています」

現在、30以上の研究グループを束ねる、所長という立場。
よりよい研究環境を求め奔走しているのだ。


浅草・雷門、15キロ地点。

<山中伸弥教授>
「これまでのところはいいペースで…順調?…ハイ」

<2月…京都市内>

ランニングウェアに身を包んだ山中。
昼休みのトレーニング、鴨川を走る。
マラソンは10年近く前に始めた。
週末には20キロ走ることもある。
この日は、東京マラソンの前ということもあって軽めの走り。

研究とマラソン、共通点はあるのか…

<山中伸弥教授>
「結構似てますよね。両方とも地道な努力が必要で時間がかかって、
 でも頑張っていると成果として現れる。近道はないというか、
 地道に努力するしかない」

昼食はランニングを終えてから。
いつもは愛妻弁当だが、この日はテレビカメラを意識したのか、近所で買ったもの。

5分で済ませた。

山中自らが研究所を案内してくれた。

<山中伸弥教授>
「ここは私たちの研究所で患者さんに移植するためのiPS細胞を作って、
 日本中に出荷すると」

研究所の心臓部ともいえる細胞調整施設=FIT(フィット)。
ここで作られたiPS細胞が脳や心臓などの細胞に作り変えられ、
心臓病やパーキンソン病の患者に移植されるのだ。

一方、いま進んでいるのがiPSストックプロジェクト。
日本人のおよそ40%の人に適合する免疫の型を持つスーパードナーから作られた
iPS細胞を備蓄しているのだ。

<山中伸弥教授>
「ストックは普及につながりますが、患者さんや病状によっては
 ご自身のiPSを使う必要が出てくる」

目指しているのは、やはり究極のiPS=拒絶反応の心配がほとんどない
患者自身から作るiPS細胞を今よりも安く、早くつくること。

現在、最新の研究で、遺伝子を自在に改変するゲノム編集によって
他人の細胞から作ったiPS細胞であっても
拒絶反応を起こりにくくすることに成功している。

ベストを尽くすための歩みは止めない…。

東京マラソン。
21キロの折り返し地点。

山中は…。

<山中伸弥教授>
「快調、快調。マラソンはこれからです。ウォームアップ終了」

まさにこれからが勝負所。
研究はどうなのか…

<山中伸弥教授>
「まー良くて折り返し。折り返しは言い過ぎかもしれないですね」

つづいて山中が案内してくれたのがラボ、研究室だ。

<山中伸弥教授>
「壁をできるだけ無くしています。この1フロアで複数の研究室が研究していますが、  やっぱり研究者同士の交流の中からアイデアが浮かんだりするので、
 そういうことを促進するためにこういう構造にしてあります」

研究するには抜群の環境。
しかし山中は、意外なことも口にした。

<山中伸弥教授>
「ほとんどの人が数年単位の契約で頑張っていますので、
 腰を落ち着けてじっくり研究するという上では、
 ちょっと妨げになっていますね」

一体、どういうことなのか…。

山中は、アメリカサンフランシスコに居た。

グラッドストーン研究所。
山中はこの研究所の一研究員。
月に1度は通っている。

<山中伸弥教授>
「これ僕の部屋です。
 誰かが貼ってくれたのをそのまましているんです」
 
ネームプレートには、
ノーベル賞のメダルをかたどったチョコレートの包み紙。

<山中伸弥教授>
「山中ラボって書いてあります。
 僕はラボは小さくて。ここと…ここと…ここまで。3ブロックです」

研究室=ラボを見てみると…どこかで見た風景。
そう、京都大学iPS細胞研究所のモデルとなったのがここなのだ。

この研究所で山中が数十年来コツコツと取り組んでいる研究が
ナットワンと名付けた遺伝子。
いまだ謎に包まれ、そのメカニズムが詳しく分かれば大発見!とも言われている。

…どんな遺伝子なのか。

ところで、「研究に没頭できる環境がグラッドストーンにはある」と言う山中。
その理由は…

<グラッドストーンでの山中の秘書 カリーナさん>
「彼は心がとても広くってとても親切。一緒に仕事が出来て光栄だわ」

12年間、山中の秘書を務めるカリーナさん。

<山中伸弥教授>
「奥さんの次に付き合いが長いです。日本は秘書さんは5年以内でかわってしまうので。
 日米の違いのひとつです」

例えばアメリカなら研究員はもちろん、
秘書などスタッフに至るまで10年以上勤める人が数多くいる。
しかし、日本は研究員を含めその多くが有期雇用。
こういった点が山中が言う「じっくり研究する上での妨げ」なのだ。

そして、山中が取材班を連れ出した。
何があるのか…。

<山中伸弥教授>
「これがジェネンテックという、最初ベンチャーだったがのが今ものすごく
 大きな会社になってますが、この中にあるホールですね、講堂がありまして、
 そこを彼らが寄付をして…」

「かわいい作りになっているのが小児病院です。べ二オフさんという
 ITのセールスフォースの設立者が寄付で作られた…」

「こっちはガンの病院で。これはまたベイカーさんが…」

山中が見せたかったのは、寄付によって設立された多くの研究施設や病院。
アメリカには、国と自治体、そして民間企業が手を組み研究を支える土壌があるのだ。

<山中伸弥教授>
「アメリカも寄付がなかったら全然研究が成り立っていかない。
 むしろ日本の研究者はそういうの寄付が少ない状況で頑張っているというのが
 正直なところなんですけど、
 でも、このままじゃ続かない。10年後20年後に日本の科学の力が
 どんどん低下しちゃうんじゃないかなと非常に心配です」

<沿道からの声援>
「山中先生ファイト~」

快走を続けてきた山中は30キロ地点の銀座を通過。

そして、37キロ地点。


<記者>
「まもなく5キロ。ペースいかがですか?」
<山中伸弥教授>
「最後頑張ります」

最後の力を振り絞る山中…。

父のすすめで外科医になった。しかし、ジャマナカと呼ばれるほど手術が下手で挫折。
「自分にできる病気を治す方法はないのか…」
研究の道に進み生み出したiPS細胞。

<山中伸弥教授>
「人間万事塞翁が馬。一喜一憂しない。調子がいい時は用心する。
 調子が悪い時は、次にどんないいことが起きるだろうと楽しみにすると」

<沿道からの声援>
「山中さんファイト!」
<山中伸弥教授>
「ありがとうございます」

<フィニッシュまであと200メートル>
「はぁ…はぁ…はぁ」

<フィニッシュまであと100メートル>

<山中伸弥教授>
「iPS細胞が出来たら出来たでやはりどうやって患者さんに早く届けるかという競争。 そういう意味では常にプレッシャーがあるのですが、
 そのプレッシャーをエネルギーに転換すると。そんな風に心がけています」

<実況>
「京都大学の山中教授、3時間30分を切ると…いう中でのフィニッシュになりました」

一歩一歩進めてきた研究。
今後もゴールを見失うことなく山中の研究は続く。
      

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