#65
2013年7月13日 「車イスのパイロット」
飛行訓練のテストで最低点をとってしまった六太は、たったひとり、追試を受けていた。しかし、今回の六太は前と違った。『誰よりも早く月へ行き、シャロンの見たがっている小惑星の姿を見せる――!』その集中力は凄まじく、試験官も圧倒されるほどだったのだ。追試後――。飛行場へ向かう廊下で、六太は突如大きな物体に衝突されてしまう。「ワシがかわす方向によけてきたのはお前が初めてだ。ウハハ」その声の主は、なぜか電動車イスに乗ったデニール・ヤング、日々人に飛行訓練をした教官だった。六太と電動車イスのデニールが、ケンジたちが訓練を受けている格納庫に到着すると、そこには何台ものT―38が駐機していた。T―38ジェット練習機、通称ティーサンパチは、アメリカ空軍が訓練に使うジェット機である。だが、宇宙飛行士も必ずこの機体で訓練をするのだ。操縦はもちろん、天気の確認、地図の読み取り、管制とのやり取りなど、同時に色んな仕事をやることが、宇宙飛行士にとっても大切だからだ。飛行訓練では、成績優秀な訓練生には、優れた教官がつく。できる生徒に高いランクの教官をつけて、優先的に伸ばしていく方式なのだ。「ちなみにワシは最低ランクだ」そう言い、ウハハと笑うデニール。理由はデニールの操縦に耐えられる生徒がいないからだった。「ヒビトもテストで最低点を取ったからな! ワシが担当になった」滑走路につくと、デニールが自分専用のT―38に案内してくれた。こっそりジェットエンジンを改造したもので、推進力がほかの1・5倍あるという。「ターボ ジェットエンジン並みだぞ! ウハハッ!」そう笑うと、デニールは車イスからすっと立ち上がり、スタスタと歩き出した。足腰を悪くしたわけではなかったのだ。その元気な立ち姿に、驚く六太。デニールは襟を正すようにジャケットを着ると、二カッと笑った。「ワシについてこれるなら、他のヤツの1・5倍早く仕上げてやる」