#36
2012年12月9日 「踊る宇宙飛行士」
せりかは伊東凜平の墓の前に立つと、備えられている日記を手に取り、子どもの頃を思い出していた。せりかの父・凛平は、細胞などを検査する病理医だった。そのため、せりかはよく顕微鏡を覗かせてもらい、そこに見える小宇宙に感動していたのだ。凛平の部屋には宇宙関連のポスターや本があり、『行けるものなら宇宙にも行ってみたい』と言っていた。せりかはそんな凛平に、大きく影響を受けていたのである。しかし、凛平は突然体調を崩してしまう。ダンスの発表会を見に来て欲しかったせりかは、早く退院してほしいと懇願する。凛平もそれまでには退院すると言っていたのだが――。退院は発表会には間に合わなかった。いまだ病床の凛平は、見舞いに来たせりかに頼みごとをする。『日記を書いてくれないか』退院するまでの間でいい、せりかにとって毎日がどんな日だったのか、それだけ知りたいということだった。せりかは約束を守り、日記を書き続けた。だが、凛平はなかなか退院することができなかった。原因がわからない難病――ALS(筋萎縮性側索硬化症)だったのだ。筋肉がやせて力がなくなり、最後は呼吸の筋肉も働かなくなる。大多数の人は、おおよそ2年から5年で亡くなってしまう病だという。せりかは凛平を助けたい一心で勉強をし、思いを決める。『宇宙飛行士になる――』宇宙には重力がなく、きれいなタンパク質の結晶を作ることができ、そのため脳の病気の原因も地上よりちゃんと研究できると知ったからだった。宇宙ならば治療法も見つかるかもしれない、凛平の病気も治せるかもしれない――と。墓に来る前、せりかはJAXAから自分が合格したことを聞いていた。『お父さん……! 私……宇宙に行けるんだよ――!』今日は父にそのことを報告しにきたのだ。せりかはダンスするようにステップを踏み、風を受けて思いっ切りジャンプした。その姿は、空の上の父に見てもらうかのようだった――。