【靴のまち・長田に支えられ】自分の足で歩きたい"靴難民”が集まる店… 職人が1足に込める思いとは

27年前の1月17日、壊滅的な被害を受けた「靴のまち・長田」。震災を乗り越え、ちょっと変わった靴を作り続ける“靴職人”の日々をノゾキミしました。

長田の“靴職人” 西田葉二さん

 “靴”があるから人々は自分の足で立ち、歩くことができる。「靴のまち」、兵庫県神戸市長田区。ここには、全国から“ある靴”を求めて人々が集うお店があります。「自分の足で歩きたい」。この思いに応えるのが、靴職人の西田葉二(にしだ・ようじ)さん、64歳。
 
 ある日、店を訪れたのは2歳半の時に左半身が麻痺したという女性。彼女のために作った靴は、足が倒れないようにと左足の靴の強度を増す“工夫”を凝らしたものでした。

(女性客)
「捻挫とか、しょっちゅうしていたんですけど、この靴に変えてからはないです。この靴に出会えてよかったな」

 靴職人としての西田さんの転機は、27年前の阪神・淡路大震災でした。周囲の人々に支えられてなんとか乗り越えることができたといいます。

(西田さん)
「長田に助けられたというのはありますよね。その分わたしは人を助けようか、と」

 足の悩みを“靴”を通じて救いたい。震災を乗り越えた、長田の靴職人が一足に込める思いを取材しました。

“靴難民”が集まる店 悩みに寄り添った“一足”を…

「シューズプラザ」の一角にある西田さんのアトリエ(神戸市長田区)

 兵庫県神戸市長田区にある、靴専門の商業施設「シューズプラザ」。その一角に、西田さんのアトリエがあります。この道45年、客の要望を聞いてイチから作る“オーダーメイド”スタイルで、1000足以上の靴を作ってきました。

 この日、アトリエにやってきたのは神戸市内に住む男性。2年前からこの店に通っています。糖尿病の合併症により、左足の指を切断。右足は骨が大きく変形し、既製品の靴が履けなくなってしまいました。変形した骨と靴がこすれると足の裏に傷ができ、感染症を引き起こします。「靴による足への負担をできるだけ軽くしたい」という希望がありました。

(男性客)
「病院の装具士さんにお願いして、靴を作ってもらって歩いたりしていましたが、全然合わなくて。痛くて歩けない。」

足への負担を軽減する工夫が施された オーダーメイドのスニーカー

 今回は普段着のジャージーに合わせて履く、白色のスニーカーを注文しました。左右それぞれの足の大きさに合わせてサイズを調整し、足の裏の傷ができやすい箇所には、インソールに穴をあけました。靴との圧迫を軽減するための一工夫です。早速、履いて歩いてもらうと…

完成したスニーカーを履いて歩く男性

(男性客)「いいですね」
(西田さん)「いい感じですか?問題なさそうですか?」
(男性客)「全然問題ないです。底がちょっと厚いんかな?」
(西田さん)「ちょっと厚いです。クッション性をきかせるように」
(男性客)「すごく歩きやすくなりましたね。やっと靴らしい靴ができたわ、と思って。靴が合わへんから、歩きたくないというのがありましたが、靴が出来て気兼ねなく歩けるというのが一番ですね。非常に良かったです。ありがとうございます」
(西田さん)「いえいえ、仕事なんで(笑)」

 人それぞれの要望に合わせて作る靴は、平均13万円と決して安くはありません。それでも、足に悩みを抱える“靴難民”が西田さんを頼って全国から訪れます。

「自分の足に合うパンプスが欲しい」と奈良から訪れた女性

 奈良県から西田さんのアトリエを訪ねてきたのは、「自分の足に合うパンプスを作ってほしい」という女性。

(女性客)
「足が薄いから、前にずれる。かかとがスカスカして22.5cmを履いてもスカスカするんですよ。何回も何回も失敗していて。私の足に靴が合わせてくれたら…今までは靴が偉そうにね、私が靴に足を合わせていたから。」

 西田さんには、お客さんからの依頼を受ける時に大切にしていることがあるといいます。

(西田さん)
「ここに来てくれたお客さんに対して、どれだけその人の身になって考えられるか。だいたい1時間程度お客さんの話を聞くんですよ。ほとんどお客さんのボヤきやけど。で、お客さん自身はなんとなくスーっとして。僕自身はストレス溜まるんだけど、まあそれはそれでいいかと思って。靴でどれだけ辛い人生を送って来たか…お客さんが納得するまで話して、『こういう靴を作りましょう』と言って。それがフィットすればするほどお客さんの人生が変わっていきますよね」

足に悩みを抱える人は多いと話す西田さん

 西田さんは元々、デザイン性の高い女性用の靴を専門にしていました。そこに偶然訪れたのがリウマチを患った女性。「足が変形して市販の靴が履けない」と打ち明けられました。

(西田さん)
「本心は、『なんで俺のところへ来たん?』みたいな。帰ってくれへんかなとかちょっと心の中で思っていたんやど、『まあ、いっぺんやってみよか』みたいな話で。いざやってみると、足に悩みを抱える人がめちゃくちゃおるやんとなって。作りがいもあるなと思いますよね」

愛知県から片道3時間かけ通う常連客の中村さん

 この日、西田さんのお店を訪れたのは、常連客の中村浩子さん。愛知県から片道3時間かけてやって来ました。

(中村さん)「新幹線に乗っちゃえばすぐだから。旅行も兼ねてみたいな感じで」
(西田さん)「主は旅行です。ここは“ついで”です(笑)」
(中村さん)「ここに来るのが目的なんだけど、1泊でいいのに、2泊3泊して遊んで帰りました(笑)」

 中村さんは生まれつき股関節が悪く、左脚が右脚より3cmほど短いのだといいます。

(中村さん)
「3cmで高さを合わせようと思ったら、左の悪いほうの脚だけ、つま先立ちのようになるから負担はかなり大きいです。普通の靴履いていたら歩けない、左に重心かけた時に倒れちゃいますもん」

 黒色のショートブーツが欲しいと注文した中村さんが、西田さんに靴を依頼するのは今回で4足目です。今ではどこへ行くにも西田さんの靴が欠かせないといいます。

(中村さん)
「この店の靴を履くと自分の足にも合っているし、高さもあっているし、疲れない。本当に靴は大事だなと思いますよ。なんでもない人には『たかが靴』なんだろうけど。いい人と知り合えたなみたいな感じです」

 採寸を終え、笑顔でお店を後にする中村さん…しかし、すぐに持ってきた杖を忘れたといって戻ってきました。

(中村さん)「この靴を履くと松葉杖がなくても歩けちゃうもんで、忘れていました(笑)」

靴作りのメインともいえる「靴型作り」

 依頼を受けると、まずは靴型作りから始めます。土台となる型に一枚ずつ皮を貼っていき、その人の足の形に近づけていきます。

(西田さん)
「これが靴作りのメインやね。これによって合う、合わないが決まってくるから。これが肝心。これが出来たら靴が作れる」

 中村さんの靴型は、障害のある左足に工夫をこらします。かかとからつま先の長さを少し短くし、皮を薄く重ねて甲の部分に高さを加えました。

阪神・淡路大震災で失望も…再起への誓い

阪神・淡路大震災(1995年1月17日)で壊滅的被害を受けた長田区の靴産業

 “靴職人”だった父親の影響を受け、18歳で靴の世界に飛び込んだ西田さん。一人前の職人になるべく、長田の会社を渡り歩き修行を重ねました。しかし1995年1月17日、長田を激震襲い、「靴のまち」の賑わいが一瞬にして奪われました。

(西田さん)
「今はもう全部マンションになっていますけど、全部、昔の古い町工場だった。地震でほぼ潰れました。こうして今は普通に通っていますけど、震災直後は通れないんですよ、家とかが潰れて。よけながら通っていったのを覚えていますよね。わたしは避難して路上で生活していましたから」

 震災が靴産業に与えた打撃はあまりにも大きいものでした。組合に加盟する約8割の企業が壊滅的被害を受け、被害総額は3000億円に及びました。

(西田さん)
「たぶん靴の業界、終わったなと思ってね。生活をしなくてはダメなんで、色んなことをやろうかと思ったけど靴に携わる仕事を何十年とやっているんで、他にすることも特にないし、できないし…」

 その後、独立を決意し2000年に自身の工房を構えました。ここから、オーダーメイドの靴づくりが始まりました。西田さんの靴づくりを陰で支えているのは、昔からの長田の職人仲間たちです。普段は、メーカー向けに靴の中底を量産している会社が、“一点モノ”ばかりの西田さんの依頼を二つ返事で引き受けました。他にも、縫製や裁断など多くの職人が手を差し伸べてくれました。

西田さんを支える、長田の職人仲間

(加藤裁断所・石原豊代表)
「30年くらい前から西田さんとの付き合いの中で、自分が独立して手作業の靴を作りたいということで、『それやったらやりますよ』という形でさせてもらった。僕が全くペーペーの時から、逆に教えてもらっていたんで、その付き合いを大事にさせてもらっています、今でも」

(西田さん)
「500足・1000足単位の仕事しかやらないところなんで、『1足やっといてくれ』というのはまず無理なんですね。それなのに、私の頼みを皆さんが聞いてくれるんです、嫌がらんと。長田に助けられたというのはありますよね。その分、わたしは人を助けようか、と思います」

 人々の支えのおかげで、震災を乗り越えてきました。世界に1つだけの西田さんの靴には、長田の職人たちの思いも込められています。

お客さんの“言葉”が背中を押してくれる…

完成した中村さんの靴、外からは左右の差がわからない“シークレットブーツ”

 注文から約2か月。中村さんの靴が完成しました。

(西田さん)「こんな感じで仕上がっております」
(中村さん)「履きやすそう」

 一見、シンプルなブーツですが、3cm短い左脚には、インソールに高さを加え、足りない分を補っています。外からは左右の差がわからない“シークレットブーツ”になっているのです。ブーツの履き心地はいかがでしょうか。

(中村さん)
「バッチリです。希望通りで。靴の調子が悪いとか、こんな靴が欲しいとか、また散々困らせながら…言いたい放題で、靴作ってもらうんじゃないかと思います。」
(西田さん)
「でまた、何でも『作る』って言うてしまうんでね、ハハハ(笑)」

お客さんの“ある言葉”が背中を押してくれる

 “靴職人”の道を歩んで45年…お客さんからの“ある言葉”が西田さんの背中を押してくれています。

(西田さん)
「『あんたに会えて良かったな』これしかないですよね。『5、6軒回ってあんたに辿り着いたわ』と言ってくれるお客さんが結構いるんですよ。頑張ろうか、という気持ちが出てくるんで、その言葉が一番大好きです」

(読売テレビ 「かんさい情報ネットten.」 2022年1月17日放送)

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