精子がない“無精子症”100人に1人  利用者急増の海外精子バンクに望み託した日本人夫婦の思い

今、体外受精で生まれる子どもは年間6万人。14人に1人を数えます。不妊の原因は女性に限らず様々で、精子がない“無精子症”に直面する男性は今、100人に1人いるといわれています。精子の数が少なく、動きの悪いケースも含めれば日本人男性の4人に1人が不妊のリスクを抱えているのです。検査で初めて「無精子症」と分かり、「自分と血はつながっていなくても、妻と血がつながっていれば、子供がほしいと思えるようになった」と、第三者からの精子提供を決めた夫婦もいます。しかし、日本ではドナーが不足している上、匿名での精子提供が多く、身元が明らかなドナーが多い海外の“精子バンク”を利用する夫婦が増えています。利用者が急増す世界最大の精子バンク「クリオス」。その実態と、海外で精子提供を受ける道を選んだある夫婦の思いを取材しました。

「我が子が欲しい」無精子症と診断された夫 夫婦で選んだ精子提供の道

「自分たちのこどもがほしい」と、結婚して6年目を迎えた去年、待望の我が子を授かった夫婦。愛娘のおむつを替える父と子の間に、血のつながりはありません。夫は2年前、医師から精子がない「無精子症」と診断されました。

「精子の量がゼロなので、いませんよと。」(夫 41歳)

「子どもができないってこと?って、突然、未来が閉ざされた感じですよね。」
(妻 36歳)

それでも、わが子をあきらめることはできず、子どもを授かる方法はないのか模索を続け、夫婦は第三者から精子の提供を受ける道を決めました。しかし、国内では精子を提供するドナーが不足していて、すぐには治療を受けることができませんでした。そこで夫婦が利用したのが世界最大の精子バンク「クリオスインターナショナル」です。

「僕の希望として、彼女に生んでほしい、彼女の血縁を持った子を育てたい。」(夫)

ホームページ上に並ぶ100人以上のドナーの中で幼少期の写真を公開していた男性から提供を受けることにしました。

「それぞれが、それぞれ選んで、誰を選んだ?って、一緒に見せ合って決めました。」(妻)


「自分が介在してちゃんと選んで、“この子の親であるという認識”を確固たるものにしたかった。」(夫)

二人が選んだ精子は日本に届き、妻の卵子と体外受精を行い4度目の移植で妊娠。去年7月に無事、娘を出産しました。かかった費用は350万円に上ります。

「いろんな選択をして会えたんだなと思うと、すごいですね。奇跡ですね。」(妻)

海外精子バンクで精子提供を受けて子供を授かった夫婦

日本の利用者急増 世界最大の精子バンク「クリオス」とは?

世界最大の精子バンク、アメリカ・フロリダ州にある「クリオス」本社の取材が日本メディアで初めて許されました。新型コロナの影響で海外に渡り不妊治療を受ける事が困難な今、精子を空輸で届けるクリオスの利用者は急増し、2019年以降の日本の利用者は200人を超えています。提供された膨大な数の精子は、専用のタンクの中で凍結され、厳重に保管されていました。

クリオスインターナショナル本社(アメリカ・フロリダ州)

「これこそが我々のビジネスの核心です。理論上は数百万人もの子どもをつくる能力がここにはあります。白人、アフリカ系アメリカ人、アジア系、ヒスパニック系など、あらゆる人種の精子が揃っています。」(クリオス コリー・バーク氏)

バンクには、自らの精子を提供しにきたドナーの姿も見られました。採精用の小さなカップを手に、次々と個室へ入っていきます。

「自分の家族をつくりたいと思っていても、それが叶わない人がいるかもしれないので、
 そういう人たちにチャンスを提供したいと思いました。」(精子を提供しに来た男性)

提供された精子は、すぐに検査にかけられ、活発に動いているかなど、健康状態をチェックします。精子提供に採用されるのは、数や運動率などが一定の基準を満たした質の高い精子のみで、その割合はわずか5%ほど。ドナーに採用されると、1回の提供につき90ドル、日本円でおよそ1万円の報酬が支払われます。

様々な人種の精子が凍結保存されているタンク(クリオスインターナショナル)

「クリオス」の利用者は、ホームページ上で目や髪の色など、さまざまなドナー情報から希望にあった精子を購入できます。選ばれた精子は液体窒素が充填されたタンクに凍結された状態で発送され、届け先は100か国以上に上ります。その中には日本宛てのものも。

「日本で精子の提供を受けたいという人の数も増えている。日本には需要があるのです。」(コリー・バーク氏)

選ばれた精子は液体窒素で凍結保存され世界100か国以上に発送されている

ドナーの身元は明らかにすべきか? 生まれた子供の“出自を知る権利”

日本の医療機関では、精子の提供は多くが匿名で行われていますが、クリオスのドナーはおよそ半数が身元を開示していて、生まれた子どもは、18歳になるとドナーの情報を受け取ることができます。コリー・バーク氏は、全てのドナーが情報を開示することが理想とし、全ての子どもが、自分の出自、誰が遺伝上の親なのかを知る権利があると主張します。長年、民間の精子バンクが運営され、多くの命が育まれてきたアメリカ。ロサンゼルスに住むレイチェル・ホワイトさんは、8歳のとき、自らが精子提供で生まれたと知りました。

「自分の歴史がどんなものなのか、どうやって自分という存在が生まれてきたのか        知りたかった。」(レイチェル・ホワイトさん)

職業や年齢など、わずかな情報をもとにドナー番号「74」の男性を15年間探し続け、4年前、ついにドナーとみられる1人の男性にたどり着きました。SNSでメッセージを送ったところ、すぐに返事があり、男性がドナーだとわかったのです。以来、交流が続いている二人。レイチェルさんと、遺伝上の父であるピーターさんは、目の色や眉の形など外見は確かにそっくり。顔以外にも似ている部分がたくさんあるといいます。

「私たちの性格はとても似ていますし、芸術や音楽にとても興味を持っているところも似ています。彼の中に私自身を見ることができるのです。」(レイチェル・ホワイトさん)

ピーターさんが提供した精子で生まれた子どもは、今わかっているだけで、33人にのぼります。ピーターさんと、レイチェルさん。は、互いを親子でも友人でもない特別な存在だといいます。

「私たちの関係は言葉では表せないわ」(レイチェル・ホワイトさん)

「全く新しい関係だからね」(ピーターさん)

ピーターさん(左)とレイチェル・ホワイトさん(右)

身元開示でドナー激減 日本の精子提供の現状と課題

日本ではドナーのほとんどが匿名を希望するため、生まれた子どもは遺伝上の父親を   知ることはできません。第三者の精子を使う人工授精で国内最多の実績を持つ慶應大学病院では、ドナー情報が開示される可能性を意見書に記したところ、ドナーが激減。新規の受付を3年以上中止しています。海外の精子バンクを利用した日本の夫婦は、国内での人工授精も含めた選択肢の中から、子どもの「出自を知る権利」を守りたいと海外精子バンクで身元を開示しているドナーを選びました。
 
「僕たちが日本の人工授精を選択できなかった理由は、匿名性、つまり出自を知る権利が担保されていないという点。もう一つは、弟・妹がほしいとなったときに違うドナーさんになってしまう点。もう一つはドナー不足という点ですよね。」(夫)

「変わってほしいところだらけです。」(妻)

夫婦は、娘が幼いうちに精子提供で生まれた事実を伝えるつもりです。

「物心ついた時には彼女の中には当たり前にドナーさんという人の存在がある状態になっているといいなと思っています。」(妻)

精子提供を受けるという選択が広く知られていない中で、娘が生きやすい環境をどう築いていくか模索を続けています。

「自分が知らない世界の話に触れときに多くの人は“怖さ”とか、“嫌悪感”を抱いたり“反発心”を抱かれる方が多い。たぶん私自身もそういう側面はある、誰にでもある。その選択をした背景にはどういう思いがあって、どういう事情があって、というところまで知ろうとしてくれる人がもうちょっと増えてくれたら嬉しいって思います。」(妻)

わが子を望む夫婦の選択肢になりつつある精子提供。新しい家族のカタチが広がる中で、支援の在り方も問われています。

日本では、匿名の精子提供がほとんどで、生まれた子供はドナーの情報を知ることができないケースが多い。

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