遺伝子操作で魚が肉厚に!食の未来を変える!?「ゲノム編集食品」最前線

「筋肉の成長を抑える遺伝子を切断し、通常よりも筋肉が多い肉厚の魚に」
遺伝子を操作して品種改良を行う「ゲノム編集食品」。成長速度が2倍のフグや、血圧を下げる効果が通常の5倍と言われるトマトなどが“新たな品種”として作られ、流通が開始されている。未来の食料危機を救う切り札として期待されるが、しかしその一方で、生態系への影響や安全性に対する不安が拭えない消費者の声も…。急速度で開発が進む「ゲノム編集食品」の可能性と課題を徹底取材しました。

【特集】食の未来の希望となるか!?「ゲノム編集食品」開発の最前線 安全性は?

遺伝子を操作する「ゲノム編集食品」の開発が進む

 生き物の設計図である遺伝子を操作して作る「ゲノム編集食品」。成長速度が通常の2倍のトラフグや、肉厚で、食べられる部分が2割増えたマダイ、さらに血圧を下げるとされる成分が通常の5倍あるトマトなど、これまでの品種改良では考えられないスピードで新たな食品が開発され、次々と実用化されています。気になるのは、その安全性。“ゲノム編集食品”は消費者に受け入れられ、食の未来を変えることができるのか?可能性と課題を取材した。

遺伝子を切り取る「ゲノム編集」技術とは?

マダイの受精卵に遺伝子を切断する特殊な酵素を注入 提供:リージョナルフィッシュ

 和歌山県白浜町にある近畿大学の水産研究所では世界最先端のゲノム編集を使った“魚”の養殖が研究されている。ここでゲノム編集により誕生したマダイは、通常のマダイより肉厚で食べられる部分が2割多い。しかし、餌を食べる量も普通のタイと変わらない。このマダイはどうやって開発されたのか?近畿大学水産研究所の家戸敬太郎教授にその過程を見せていただいた。

 家戸教授は顕微鏡の先端に、1ミリほどの太さの注射針をセットし、慎重に角度を調整する。注射針の先にあるのは専用の容器に一列に並べられたマダイの受精卵だ。家戸教授は顕微鏡をのぞきながら受精卵に注射針を差し、狙った遺伝子を切断する特殊な酵素を注入する。生き物の設計図となるゲノムの中で「筋肉の成長を抑える」遺伝子を、ハサミの役割を果たす特殊な酵素を使ってピンポイントで切断するのだという。これにより、成長後もその個体の切断された遺伝子は機能しない。筋肉の成長を抑えることができないため、通常の個体よりも筋肉が増え、肉厚なマダイが出来るのだ。この狙った遺伝子を切断する技術が“ゲノム編集”だ。

写真上段:(上)ゲノム編集のマダイ (下)通常のマダイ 写真下段:切り身を比較 (左)ゲノム編集で誕生したマダイ (右)通常のマダイ  提供:リージョナルフィッシュ

「ゲノム編集というと全体の設計図を描き変えるようなイメージがあるんですけれど、重要なポイントは特定の部位のDNA(遺伝子)を切断するということです。」(近畿大学水産研究所 家戸敬太郎教授)

 ゲノム編集は自然界で稀に起こる突然変異を狙って起こす技術のため、安全だとされている。これまで数十年かかっていた魚や農作物の品種改良を、数年に短縮することも可能だという。しかし、ゲノム編集された魚が海や川で自然の魚と交配すると生態系に影響を与える恐れがある。そのため、養殖は陸上の施設で行うなど細心の注意が払われている。

「自然におこる突然変異の確率から比べると、だいぶ高い確率で変異が特定の部位に起こるので、やはり自然界に出ない方法で飼う必要があると思います。」(近畿大学水産研究所 家戸敬太郎教授)

フグにトマト ネットで購入可能なゲノム編集食品

(上)ゲノム編集で成長速度を速めたトラフグ (下)通常の同年齢のトラフグ   提供:リージョナルフィッシュ

 開発が進む“ゲノム編集”された魚は、すでに私たちの暮らしの身近なものになりつつある。京都に本社を構えるベンチャー企業「リージョナルフィッシュ」は、去年12月、世界で初めて、ゲノム編集された魚の一般への販売を始めた。国内では現在、トマト、マダイ、トラフグの3つのゲノム編集食品を買うことができる。販売されているフグは、成長を抑える遺伝子を切り取り、成長速度を通常の2倍近くにしたもの。「22世紀ふぐ」と名付けられ、同じ2歳弱の通常のトラフグと比較すると、大きさが2倍ほどある。一体どのようなものなのか?リージョナルフィッシュの販売サイトから実際に購入してみた。

 届いたトロ箱の中には、美しく盛り付けられた「てっさ」や、切り身が入っていた。見た目ではその違いは全く分からない。切り身を「てっちり」にして食べてみると、身はしっかりしていて、とても美味しい。22世紀フグを販売するリージョナルフィッシュの塩見泰央マネジャーは、ゲノム編集でこのような生産効率の良い魚をつくることで、将来の食糧危機を乗り切る一助になりたいという。
 
 「“タンパク質クライシス”の解決、つまり、2050年、今後長いスパンで見たときに世界的に人口が増加して食生活や文化が変わっていくと、タンパク質の消費量が増えていく。それに対して供給量が追い付かなくなることを指しているんですが、この“タンパク質不足”に対して魚という良質なタンパク源をゲノム編集技術を活用した品種改良で提供していきたい」(塩見泰央マネジャー)

ゲノム編集“魚” 行政や大手回転ずしチェーンも注目!

京都府宮津市はゲノム編集技術で生まれた「22世紀ふぐ」をふるさと納税の返礼品に採用した(ふるさとチョイスのホームページ)

 ゲノム編集の技術に期待する動きも広がっている。ゲノム編集されたフグの陸上養殖が行われている京都府宮津市。このフグをふるさと納税の返礼品に採用し、新たな名産として地元を盛り上げたいという。

「新しい技術で陸上養殖をしていくことは、まさに地域ならではの地魚や、新しい産業として成り立つのではないかと思います。我々としても応援していきたい。」(宮津市 城ざき雅文市長)

 さらに、大手回転ずしチェーン「スシロー」を運営する「FOOD&LIFE COMPANIES」は、リージョナルフィッシュなどとゲノム編集の共同研究を始めると発表。水産資源の安定確保につなげたいとする。 

「地球の温暖化が進んでいく中で、我々の原料である水産資源の確保ということが非常に難しい状況になってきている。その課題を解決する方策のひとつとして、ゲノム編集という技術があると知りまして、その技術を持っている企業と手を組んで、我々の欲しい魚を作っていく。」(FOOD&LIFE COMPANIES 田中洋祐 執行役員)

ゲノム編集食品に審査や商品としての表示義務なし 気になる安全性は?

遺伝子組み換えとゲノム編集の違い

 少しずつ身近なものになり始めたゲノム編集食品。街の人はどのように受け止めているのだろうか。

「ゲノム食品?はじめて聞きました。まったく想像つかないです。」(50代男性)

「積極的に食べたいという感じはしない。そういうのって、そこまで踏み込んでいいものなのかなっていうのはしちゃいます。」(30代女性)

「遺伝子とか、その他いろんな科学的な操作をして作ったものは、基本的に信頼できない。歴史もないですし。」(70代男性)

 世間では知名度も低く、「安全性」に疑問を持つ人が少なくなかった。ゲノム編集食品について、厚生労働省は、従来の品種改良と安全性の面で差が無いと判断した場合は、届け出のみで流通販売できるとしている。遺伝子を新たに加える「遺伝子組み換え食品」は 安全性の審査や食品への表示義務が課せられるが、ゲノム編集食品は課せられていない。ゲノム編集食品の販売ルールの策定に関わった明治大学農学部の中島春紫教授によると、ゲノム編集はすでに生物の中に存在する遺伝子を切断するもので「遺伝子組み換え」のように新たな遺伝子を入れることはない。そのため、自然に起こる可能性がある変異しか起こらず、リスクは少ないため、安全性の審査や表示の義務がないというのだ。

「他の生物の遺伝子が本当に含まれていないかどうかの確認がまず最初。ゲノム編集は天然で採れる可能性のあるものしか採れない。『畑で偶然生えてきた』と言われたら、それを区別することは原理的には無理です。だけど、ゲノム編集食品が無制限に広がってもいいとも思えませんので、届け出が受理されて商売されるときには、自主的に表示してくださいね、とお願いする形になっています。」(中島春紫教授)

 日本で流通している3つのゲノム編集食品は「ゲノム編集」であることを自主的に表示している。

ゲノム編集食品であることを自主的に表示しているトマト 提供:パイオニアエコサイエンス

 一方、イギリスが2021年に行った意識調査(英国食品基準庁の調査)では、ゲノム編集食品の安全性について「安全」「やや安全」と答えた人は全体の4割。「安全でない」「分からない」と答えた人が5割以上を占めた。世界でも、消費者からはそれほど好意的に受け止められてはいないようだ。

北海道大学の石井哲也教授は、日本でも、厳しい“消費者の受け止め”を意識した規制の在り方を検討する必要があると指摘する。

「日本人にとって『食』は非常に高い基準を私たちは要求しますので、そういう国民性をよく踏まえたなかで、どういう食品かをもう少し位置付けるような合意は必要です。現状は問題なく進んでいても、どんどんゲノム編集食品が増えていって、例えばレストランで食事をして、それがゲノム編集食品だと知らされてなかったとなると、社会的な問題になるかもしれないですね。」(北海道大学 石井哲也教授)

 ゲノム編集食品を販売するベンチャー企業「リージョナルフィッシュ」の塩見泰央マネジャーも、安全性について消費者への情報提供が必要だと考える。

「まずは、これから消費者の皆様にどう受け入れていただけるかという所が大事だと思っております。ゲノム編集技術がどいういものかわからない、本当に安全なのかという疑問に対して、インターネットサイトなどを活用して、情報提供していくことで、少しずつ消費者の皆様にも受け入れていただけるという状況を作っていきたいと思っています。」(リージョナルフィッシュ 塩見泰央マネジャー)

 ゲノム編集食品は将来の食料不足を乗り切る“切り札”となるのか。消費者に受け入れられるには、情報の表示や規制のあり方など、さらなる議論が求められている。

 (読売テレビ「かんさい情報ネットten.」2月8日放送分)

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