増加する凶悪犯罪…「不審者の自動判定」「犯罪発生予測マップ」未然犯罪を探し出す防犯テクノロジー最前線、北新地放火殺人は防げたのか検証

25人が亡くなった大阪・北新地放火殺人事件。いつ誰が巻き込まれるか分からない凶悪犯罪が増加する中、防犯のためのテクノロジーは日々進化している。カメラ映像から不審者を自動判定するソフト、犯罪発生率が高い場所を特定するAIなど、事件を未然に防ぐために開発されたシステムの、驚きの性能とは?そして運用面に残る課題とは?目に見えない敵と戦う最新防犯テクノロジーを、徹底取材した。

大阪・北新地ビル放火殺人事件(2021年12月17日 画像:視聴者提供)

 25人が亡くなった北新地の放火殺人事件は、犯行動機が不明のまま、2月17日に2か月を迎えた。事件の引き金となった可能性が指摘されているのが「拡大自殺」だ。大勢の人々を巻き込み、自殺を図るという歪んだ心理状態だが、専門家は「誰もが陥る恐れがある」と警鐘を鳴らす。

25人の命を奪い死亡した谷本茂雄容疑者(61)

(精神科医 片田珠美さん)
「(谷本容疑者は)ある時期までは、幸せな生活を営んでいた。ところが離婚や退職という“喪失体験”によって罪を犯した。そういう“喪失体験”に直面する機会は、誰にでもあるんです。こういう事件を起こすのは“頭のおかしい特殊な人”だという感覚は、捨て去らなければなりません」

 犯罪を実行しようとする人物が、私たちの近くにいないとは言い切れない。そんな、目に見えない敵から身を守るため、日々進化を続ける最新のテクノロジー、その可能性を取材した。

不審者を自動的に検知「ディフェンダーX」

わずかな震えを捉えて精神状態を分析(提供:エルシスジャパン)

 東京都内にある、屋内型ミニチュア・テーマパーク「スモールワールズTOKYO」。この施設の入り口には、不審者を自動的に見分ける最新の防犯システム「ディフェンダーX」がつけられている。これは、人間が緊張や不安を感じると身体に現れる、目に見えないほどのわずかな「震え」を捉えて人の精神状態を分析するシステムだ。

“不審者”を赤い枠で囲み警告(提供:エルシスジャパン)

 こちらは書店での、万引きの瞬間をとらえた映像。「震えが大きい」など、“異常”が見つかった人物について、“不審な動きをする可能性がある”として、赤い枠で囲んで警告する仕組みだという。

 システムを開発したのは、東京都内の企業「エルシスジャパン」。「ディフェンダーX」は、もともとロシアが旧ソ連時代に、犯罪者など約10万人分のデータを元に開発した軍事用のシステムを、民間用に改修したものだ。その威力が発揮されたのは、2014年のソチオリンピック。1日に約2600人を不審者として検知し、そのうち92%が、薬物や不正なチケットなどを所持していたという。

放火現場に向かう谷本容疑者とみられる男(画像:視聴者提供)

 では、このシステムがあれば、北新地の放火殺人事件は未然に防ぐことができたのだろうか。事件当日、自転車に乗って現場に向かう、谷本容疑者とみられる男の映像を分析してみると―。

男を“不審者”として検知(提供:エルシスジャパン)

 カメラの前を通りすぎる他の人には反応しないものの、谷本容疑者とみられる男には、赤い枠が表示された。

(エルシスジャパン技術部 新久雄部長)
「赤くつくということは、他の人に比べて感情が高まっているということがわかります」

 犯行の準備のため、事前に現場のクリニックに出入りしていた谷本容疑者。もしこのシステムがあれば、犯行を未然に防げたのだろうか。

エルシスジャパン技術部 新久雄部長

(エルシスジャパン技術部 新久雄部長)
「(犯行前に)何か感情の高ぶっている人が来る可能性が、事前に分かることによって、今までいなかった警備の人を頼むなどの、対応をすることができます。“完全に防げる”とは言えませんが、“防げる可能性があった”のは、事実だと思います」

設定の調整が課題

 このシステムは、すでに国内で約500か所の商業施設やコンビニなどで稼働しているほか、相次ぐ凶悪犯罪を受け、全国から引き合いが来ているという。しかし、運用面で課題も残されている。それは設定の難しさだ。設置する場所の状況に応じて正確な設定をしないと、検知する精度にばらつきが出る恐れがあるという。担当者によると、「警戒」の表示が出ても、実際は体調不良だったケースもあり、不審者を100%検出することは不可能だという。

(スモールワールズ 近藤正拡社長)
「チューニング(システムの設定)が難しいシステムだとは感じています。まだ我々も事例がそれほどたまっていないので、このシステムが導入される場所がもっと増えれば、どれくらいの調整をするのが適切なのかが分かってくると思います」

 現在このパークでは、“不審者”を検知しても入場制限などは行わず、困り事がないか?など、スタッフが声がけすることで防犯に繋げている。

(エルシスジャパン技術部 新久雄部長)
「最後は、人がどこかでフォローしないといけないですね。その人に対してどのように、『(犯行を)やめといた方が良いよ』というプレッシャーかけるか、そこが重要だと思います」

犯罪抑止に重要なのは「チャンス」をなくすこと

 一方、「犯罪者を近づけない」のではなく、「犯罪現場に近づかない」という考え方から、犯罪抑止を目指す研究も注目されている。

立正大学 犯罪社会学専門家 小宮信夫教授

(立正大学 小宮信夫教授)
「『不審者に気をつけなさい』とか言われるけれども見ただけで誰が不審者かわからないですよね。ところが危ない場所は見ただけで分かります」

 こう語るのは、犯罪社会学が専門の立正大学の小宮信夫教授だ。小宮教授によると、犯罪を引き起こすのは「動機」ではなく、「犯罪のチャンス=機会」だという。

(立正大学 小宮信夫教授)
「動機があれば犯罪が起こる、と思っていませんか?普通そうですよね。しかし、これは間違いなんです。本当は、動機がある人が『犯罪のチャンス』とめぐりあって、初めて犯罪は起こります。そして、『犯罪のチャンス』があるのは、 “危険な場所”や“危険な景色”です。これは一体どんな所なのか、研究で分かっている2つのキーワードがあります。一つは『入りやすい場所』、もう一つは『見えにくい場所』です」

 犯罪の機会が潜む危険な場所をなくす、あるいは近づかないことが、防犯上最も大切だと説く。 

危険な商店街はどっち?

 例えば、このイラストのAとBの商店街は、どちらが危険だろうか?

正解はA。犯罪者は、「商店街の関係者は、街の美観に関心がない」と判断し、「ここで怪しい動きをしても気づかれない」と考えるというのだ。

危険な公園はどっち?

 では、このイラストのAとBの公園で、危険なのはどちらだろうか?

危険なのはB。ベンチに座る親の目が“内向き”になっていると、犯罪者が、公園で遊ぶ子供を外から物色しやすいという。

北新地放火殺人が起こった「雑居ビル」

 今回、放火殺人事件が起きた現場のような雑居ビルは、不特定多数の人が出入りでき、外から内部が見えにくい。実は雑居ビルは海外では犯罪が起きる危険が高いとして、警戒を強化している建物だという。

(立正大学 小宮信夫教授)
「9・11(2001年のアメリカ同時多発テロ)が時代を変えましたね。それまでは雑居ビルは、結構フリーパスで入れたんですけど、9・11以降は、ほとんどのビルが勝手に中に入れないです。彼らは、神経質といっていいほど慎重に、雑居ビルの安全を守ろうとしています」

 その上で、日本も対策を急ぐべきだと指摘する。

(立正大学 小宮信夫教授)
「ビル全体の入り口を1か所に限定して、そこにゲートを設けてパスワードを知っている人しか入れないとか、第3者が入ってくる場合でも警備員がいるとか。日本でも、いつ同じような事件が起きてもおかしくないですからね。もう少し本格的に、雑居ビルの安全を考えた方がよいと思います」

犯罪発生場所をAIが予測「クライムナビ」

軽犯罪の発生予測

 このような「犯罪が発生しやすい場所」を地図上で見えるようにして、防犯に役立てようとする取り組みも始まっている。東京都にある「シンギュラーパータベーションズ」では、犯罪予測システム「クライムナビ」を開発。警視庁から配信されている痴漢・不審者・暴漢・窃盗の4種類の軽犯罪情報を100日間集め、翌日の犯罪発生予測を表示する。

犯罪発生確率が高い場所を濃い色で表示

 さらに、過去の犯罪データに加え、住民や建物など、その地域の環境に関する情報から、いつ・どこで犯罪が起こるかをAI=人工知能が予測し「犯罪予測マップ」としてまとめている。名古屋市や東京都足立区では、こうしたマップを基に犯罪の発生が予測される地点を、集中的にパトロール。実際、犯人検挙につながったケースもあるというが、マップが予測できるのは、現状では窃盗や痴漢などの軽犯罪に限られ、凶悪犯罪には対応できないという。

(シンギュラーパータベーションズ 梶田真実CEO)
「殺人事件とか非常にレアなものについては、予測が難しいことが多いです。北米などのケースだと、違法薬物所持や銃の発砲事件など、そういうデータからある程度予測することは可能になっています。ただ、国内で殺人の予測をするのは、データの件数が少ないので難しいところがあります」

 いつどこで起こるかわからない凶悪犯罪から身を守るために。犯罪を完全に防ぐことはできないが、テクノロジーの進化と模索は続く。

(読売テレビ 「かんさい情報ネットten.」 2022年2月16日放送)

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