手足の筋力や感覚が徐々に衰えていく…2つの難病と闘う“当事者”が手掛ける旅行に密着 モットーは「誰でも、好きな時に、好きな場所へ」

「誰もが楽しめる旅」を目指し、病気や障害がある人の旅行をサポートする男性がいます。櫻井純さん・35歳。実は自身も26歳の時突然病に倒れました。告げられたのは2つの神経難病。『慢性炎症性脱髄性多発神経炎』・『シャルコー・マリー・トゥース病』。手足の筋力や感覚が徐々に衰えていく進行性の病気です。2年もの入院を余儀なくされ、仕事も失い、今も月の半分を治療とリハビリに費やしています。「尖ったペンで突き刺されたような、針で刺されたような痛みが全身を…」2つの難病と闘いながらも、杖と車いすで旅に添乗する櫻井さん。「参加者」と「受け入れ先」の懸け橋に…櫻井さんが手がけた旅行に密着、伝えたい思いを取材しました。

【特集】2つの神経難病を抱えながら“誰もが楽しめる旅”の実現へ奮闘!病気や障害ある人たちに“オーダーメイド旅行”を手掛ける会社のツアーに密着 「『行きたいと思ったとき』が勝負」

モットーは「誰でも、好きな時に、好きな場所へ」

 病気や障害を抱える人のため、オーダーメイドで旅行を手配する会社があります。代表を務める櫻井純さん(35)は、自身も2つの難病と闘いながら、杖と車いすで旅に添乗します。

(「櫻スタートラベル」櫻井純さん)
「一番大事なのが、『行きたいと思ったとき』が勝負だと思っていて。私もそうですけど、残念ながら病気って、進行していく人が多いので」

 参加者と受け入れ先の懸け橋に…。病気・障害を持つ“当事者”として、目指すは「誰もが楽しめる旅」。活動を通して、伝えたい思いとは―。

突然告げられた「慢性炎症性脱髄性多発神経炎」・「シャルコー・マリー・トゥース病」 絶望の先に見つけた“光”

旅行前に現地に足を運び、受け入れ先と対話を重ねる

 この日、櫻井さんが車いすで訪れたのは、和歌山県白浜町。6年の付き合いがある「ホテルシーモア」に、下見に来ました。スタッフの富永博昭さんが、櫻井さんの車いすを押しながら、新しくできたプールなどを案内します。

「誰もが楽しめる旅」の実現を模索

 旅行を企画する際は現地に足を運び、対話を重ねることを大切にしています。障害を抱える当事者として、体が不自由な人も快適に過ごせる方法を、受け入れ先と一緒に模索してきました。その結果、櫻井さんと共に50人以上の病気や障害を抱える人が「ホテルシーモア」を訪れました。

(櫻井さん)
「みんなが温泉に行くときに、『自分だけ車いすだから入れない』という人がいて、富永さんにお手伝いしていただいたり、いろんな用具を持ち込ませてもらったりして、皆さんで温泉に浸かっていただいたことがありました」
(ホテルシーモア・富永博昭さん)
「その人が温泉から出てきたときの顔が桜色で、ポカポカと温かそうで、それが何とも言えなかったです」

「もう来られないかも」覚悟を決めて行った甑島での出会い

 櫻井さんは参加者の気持ちを代弁し、受け入れ先と一緒に“誰もが楽しめる旅”を実現するにはどうすれば良いかを考え、両者の懸け橋となって、さまざまな希望を叶えてきました。そして、新たに計画中なのが、鹿児島県の離島・甑島(こしきしま)への旅行。飛行機と船で1日かけて行くこの島は、櫻井さんの“活動の原点”になった「特別な場所」です。

 26歳の時、突然病に倒れた櫻井さん。告げられたのは、「慢性炎症性脱髄性多発神経炎」「シャルコー・マリー・トゥース病」という2つの神経難病でした。手足の筋力や感覚が徐々に衰えていく進行性の病気で、2年もの入院を余儀なくされ、仕事も失いました。「少しでも体が動くうちに、かつて仕事でお世話になった人に会いに行きたい」―甑島でガイド業を営む齊藤さん夫婦の元を訪ねたのは、そうした思いからでした。

島の人の言葉に感銘を受け、一念発起

(櫻井さん)
「そのときに、行く先々で島の人に助けてもらって、『もう来られないかもしれない』と思って覚悟を決めて行ったはずが、『担いであげるから、また来い』と言ってくれたことに、本当にびっくりしました。島の人の優しさに、うるうるして…」

 その後、島から戻った櫻井さんは、わずか1か月のうちに旅行会社「櫻スタートラベル」を立ち上げました。

(櫻井さん)
「『もしかしたら自分も、みんなにこういうふうな旅を楽しんでもらえるんじゃないかな』と思ったのが、きっかけでした」

歩行に障害のある参加者とのクルージングを計画中

 今回の甑島旅行は、歩行に障害のある参加者と共に訪れます。海が好きな参加者のためにクルージングを計画中ですが、足に障害がある人も何とか甲板の上で海を感じられないか、方法を模索している櫻井さん。今も付き合いを続ける地元のガイド・こしきツアーズの齊藤純子さんと電話を繋ぎ、移動方法や導線を細かく確認します。

(こしきツアーズ・齊藤純子さん)
「介助ベルトを、こっちで用意しようかなと思っています」
(櫻井さん)
「今回は貸し切りだから、ゆっくり、その人に集中して、誘導してという感じで」

今ではすっかり“旅仲間”

 齊藤さんから得た現地の情報は、旅の参加者に共有し、不安や疑問を事前に取り除きます。櫻井さんがテレビ電話で話していたのは、三重県から参加する藤田雅己さんです。脳卒中の後遺症で、左半身にまひが残っています。

(藤田雅己さん)
「僕の場合、まひの関係でトイレが急に来たりするので…クルージング船の中に、トイレはないですか?」
(櫻井さん)
「お調べしますね」

 藤田さんが櫻井さんと出会ったのは、2019年。櫻井さんの手掛ける旅行に魅了され、今ではすっかり“旅仲間”になりました。

(藤田さん)
「櫻井さんを知ることで、みんなで寄り添って、出来るところは助ける、出来ないところは助けてもらう、そういうのが自然とできる環境があるなと感じて。今、頻繁に旅をさせてもらっています」

 旅行者や受け入れ先と共に作る、“足に優しい旅”。どんな形に仕上がるのでしょうか―。

「尖ったペンで突き刺されたような痛み」 病と闘いながらも、見据える理想の社会「病気になっても諦めず、社会参加できる世の中へ」

月の半分は治療とリハビリへ

 忙しく働いている櫻井さんですが、病気の進行を少しでも食い止めるため、月の半分は治療とリハビリに費やしています。主治医の西中和人医師は、櫻井さんの膝に音叉を当て、反応を見ます。

(住友病院・脳神経内科 西中和人医師)
「これは?」
(櫻井さん)
「…わからない」

 西中医師は、音叉を当てる箇所を変え、もう一度。

(西中医師)
「これは?」
(櫻井さん)
「…何となく」

自身の治療中にも仕事をする

(西中医師)
「客観的に見たら、足のほうが弱くなっています。音叉を当てましたけど、あれを感じないというのは、かなり悪くなっています」

 それでも、旅を楽しみにしている人のため、病気をおして仕事を続ける櫻井さん。この日も点滴をつけたまま仕事の電話に出て、メモを取っていました。

(西中医師)
「確か2018年に、疲労が溜まって意識をなくして、救急車で運ばれたことがありました。負荷がかかっても、楽しければいいんでしょうけど…あんまり頑張りすぎると、そういうことが起こらないとは限らないので、少しはセーブしてもらったほうがいいかなと思いますけどね」

つらくても笑顔を忘れない

Q.今も、体に痛みを感じているんですか?
(櫻井さん)
「どんな感じって言ったらいいのかな。例えば、尖ったペンで突き刺されたような、針で刺されたような痛みが、全身に…(苦笑)」

 そこまでして仕事を続ける原動力は、何なのでしょうか?

(櫻井さん)
「一番は、こんな体・病気になったけど、出来ることで社会に貢献したいんだという気持ちと、難しい病気だと診断された人が諦めずに、みんなに助けを求めて、協力し合って、社会参加できるような世の中になればいいな、と強く願っているので、仕事はつらいですけど、頑張れています」

思い出の地・甑島のツアーへ 「櫻井さんとの出会いで、選択肢が広がった」

病気や障害を抱える“旅仲間”と甑島旅行へ

 いよいよ、鹿児島・甑島への旅の始まりです。左半身にまひが残る藤田さんを含め、体のまひや失語症などを抱える3人が参加します。脳梗塞で右半身にまひがある伊藤彩さん(仮名)は、3年ぶりの旅に喜びもひとしおです。

(伊藤彩さん(仮名))
「コロナ禍になってから、全然旅行に行けてなかったので、楽しみです。海が好きなので、海が見たいなと思っています。体が不自由なので、船に乗れるかどうか不安ですけど」

 甑島へは、鹿児島空港から車で1時間、さらに船で1時間かかります。期待と不安を抱えながらも、互いの体調を確認しつつ助け合い、ゆっくり安全に向かいます。

仲良さげに冗談を言い合う櫻井さんと斎藤さん

 丸一日かけて移動し、甑島に着いたのは夕方。こしきツアーズの齋藤さんご夫妻が出迎えてくれました。日中は小雨が降っていましたが…。

(こしきツアーズ・齊藤純子さん)
「ちょっと青空も見えているけど?さすが~(笑)」
(櫻井さん)
「プレッシャーかけないでくださいよ(笑)」

皆で支え合い、上った展望台

 足の負担を減らすため、段差が少ない観光場所を選びました。どうしても足場が悪い所は、みんなで支え合って乗り越えます。高台にある展望台に上り、甑島の雄大な自然を背景に、みんなで記念撮影。

(伊藤さん)
「やったー、上がれた!」

自分のペースで楽しめるよう工夫したクルージング

 足元の不安があったクルージングは、乗り込む際にはスロープを用意してもらい、貸し切りにしました。船員さんらの手を借りながら、それぞれが自分のペースで外のデッキへ出ます。

(伊藤さん)
「気持ち良い~!風も、気持ち良いです」

 デッキに出て、スマホで写真を撮ったり、ウミネコにエサをあげたり、おもいおもいの時を過ごします。

(櫻井さん)
「本当に何にもなかったときから比べると、回を重ねるにつれて、安全なように工夫が凝らされています。今回、車いすで船首のほうに来られたのも初めてで、すごく嬉しかったです」

こしきツアーズ・齊藤純子さん

(齊藤さん)
「健常者である私たちは、どこかで決めつけているところがあるじゃないですか。そこを変えさせていく力が、櫻井さんには、すごくあるんじゃないかなと思います」

櫻井さんの存在が、斎藤さんの思いを変えた

(斎藤さん)
「『無理だろう』とか『難しいだろう』とか、そういうことを飛び越えて、選択肢が広がる世界がそこにあって。櫻井さんとの出会いが、『どんな方にも楽しんでいただけるようにしていきたい』と思ったきっかけになりました」

人生を変えたひと言…『車いすになったときには、俺が担いであげるから、来ればいいがね』

思い出の店で食べる寿司

 旅のクライマックスは、櫻井さん思い出のお寿司屋さんへ。櫻井さんが、店を覗くと…。

(「寿し膳かのこ」大将・植村矢助さん)
「なんとかかんとか、やりよるんか?」

 笑顔で出迎えてくれたのは、大将の植村矢助さん。櫻井さんが会社を起こすきっかけとなった一言をくれた存在です。

大事なのは「普通に接して、普通にやって」

 植村さん自慢の寿司や料理に舌鼓を打つ“旅仲間”も、「おいしい」と大喜び。櫻井さんも「良かった」と、顔をほころばせます。

(植村さん)
「俺が、『車いすになったときには、俺が担いであげるから、来ればいいがね』って言ったら、櫻井くんが、それで喜んでしまって。でも、それが普通でしょ?どんなことでも人の手助けがあれば、何とかできるでしょ。それが大事なことかなと思います。普通に接して、普通にやって。それ以外、何も考えていないです」

人生を変えるきっかけをくれた大将に、想いがあふれる

 いよいよ、別れの時。店内での記念撮影を終えた櫻井さん、思わず植村さんを抱きしめます。

(植村さん)
「頑張れ!頑張れ!」

 涙をこらえながら、櫻井さんは力強く一つ頷きました。

大成功に終わった甑島旅行

 2泊3日の甑島旅行は、優しさが溢れる旅でした。

(旅に参加した梶彰子さん)
「人が本当に温かいし、ゆっくり気持ちが穏やかになれる旅でした」
(伊藤さん)
「手助けしてくれたおかげで、海だけではなく、船の外に出られました。助けてもらって来られたことが、すごく楽しかったです」

「旅の感動を全ての人に」挑戦は続く

(櫻井さん)
「周りのみんなが助けてくれれば、配慮が必要な人が、私がいなくても旅行が出来る状態…町が豊かになって、観光地の人々もいろんな病気や障害に対して配慮ができる、自然に配慮ができる状態になってくれたらいいなと思っています」

 旅の感動を、全ての人に―。対話を重ねることで、理解の輪は少しずつ広がっています。

(伊藤さん)
「ありがとう、さくちゃん。また、よろしく」

(「かんさい情報ネットten.」 2023年7月14日放送)

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