捨てられゆく着物を“現代ドレス”へ 宿る思いを後世に残すため・・・新たな価値を与え、よみがえらせる「アップサイクル」

さかのぼれば平安時代から1000年以上続く文化“着物”。かつては日本人の普段着でしたが今ではほとんど着られず、代々受け継がれてきた着物も捨てられる時代になりました。しかし、使われなくなった着物はいま、ドレスとして生まれ変わり息を吹き返そうとしています。それぞれの着物には、作られた時のストーリーがあります。新しく生まれ変わることで文化を残し、着物に宿る思いを後世に繋ぐことで、家族の絆が深まるきっかけになるかもしれません。

【特集】捨てられゆく着物を“現代ドレス”へ― 日本の伝統美と宿る思いを後世に伝える、「アップサイクル」に密着

「アップサイクル」で、着物をドレスに

 さかのぼれば、平安時代から1000年以上続く日本の艶やかな伝統文化、「着物」。洋服が主流になり、その着物は行き場を失くしつつあります。しかし、今、使われなくなった着物はドレスとして生まれ変わり、息を吹き返そうとしています。豪華絢爛、日本の美意識がつまった着物の今を追いました。

捨てられる着物を“現代ドレス”へ 大手企業も注目の「アップサイクル」

季縁 代表取締役社長 北川淑恵さん

 自転車で颯爽と街を走る、京都出身の北川淑恵(きたがわ・よしえ)さん。北川さんが京都市中京区、二条城近くで経営している「季縁」は、使われなくなった着物を現代の様式に合う洋服にアップサイクルする会社です。着物の刺繍や上質な素材を活かし、10種類の型から選んでワンピースやドレスなどを作ります。

「この町には、今は売れていないデッドストックの生地がたくさん眠っているという現実に直面して、それをもっと世の中に出していかないと、というのをきっかけに、アップサイクルという事業をスタートしました」(北川淑恵さん)

成人式で着る“着物ドレス”を作る

 この日、店を訪れていたのは、母親がイギリス人の女子学生、沙羽羅(さはら)さん。インスタグラムを見てドレスを作りに来ました。

「成人式で着物をドレスにして着たいなと思って、今回来ました」(沙羽羅さん)

完成した沙羽羅さんの“着物ドレス”

 沙羽羅さんのドレスは、緑色の着物から作りました。こうした若者が今、増えているそうです。

 ドレスを作るための生地選びも、北川さんの仕事です。訪れたのは、京都市中京区の「優彩」。売れ残りや捨てられる着物が数百万点集まります。

「廃業する呉服屋さんは、もはや売る手段がないので、これらの着物はここに来なければ、行く末は捨てられていたかもしれない」(北川淑恵さん)

売れ残りや、捨てられる大量の着物

「着物の売れ行きは…着物自体が着られないので、業界全体が落ちていっています」(優彩 営業 増谷祥人さん)

 着物は日本の民族衣装で、約1000年の間、日本の衣文化を支えてきました。子どもも着物を着て遊びに出かけたり、常日頃から着ている普段着でしたが、明治時代から洋服が主流となり、着物産業は衰退していきました。今では、着られなくなった着物があふれ、年間1兆円規模で捨てられているといいます。

着物の廃棄はブライダル企業でも

 着物を捨てざるを得ない。中にはそうした企業もあります。大手ブライダル企業「TAKAMI BRIDAL」では、着物の裾などに擦れや汚れがあると婚礼に使用できず、毎年数百着以上の着物を処分しているといいます。

「良い着物がこれだけ毎年廃棄されるというのはもったいないというときに、ちょうど季縁さんから話をいただいた」(TAKAMI BRIDAL マーケティングブランドマネジメント 武鑓紗代さん)

TAKAMI BRIDALの着物で作ったワンピース

 TAKAMI BRIDALは呉服卸商から始まった、着物には強いこだわりを持つ企業。本来捨てられるはずだった着物の上質な生地や刺繍はそのままに、着物としての魅力を伝えようとする北川さんに、期待を寄せています。

「本来であれば捨てられる着物が、お客様のもとにまた違う形で届いて、それを見た皆さんがやっぱり着物って良いなと思ってもらえたら嬉しいです」(武鑓さん)

母の思い出の着物を、匠の技で「ワンピース」に

母の着物を持ってやってきた、吉村さん

「黒留め袖が一着、母のものがあった。そんなに着ていないみたい」(吉村美瑤さん)

 岐阜県に住む吉村美瑤さんは、“母が着ていた着物をワンピースに作り直し、いつでも着られるように”という思いで、北川さんの店にやってきました。

「妹が1998年に結婚して、その時に母が仕立てて着たものです。その後も、私のいとこの結婚式で母が列席した時に着ていたりとか、やっぱり結婚式ですよね。それ以外には多分、着ていないんじゃないかな」(吉村さん)

縁起の良い鶴が描かれた「黒留め袖」

「黒留め袖」は、お祝い事に使われる着物の一つで、縁起の良い鶴などが描かれているのが特徴です。

「鶴の柄が上の方に飛んでいくのは、発展とか繁栄の意味があります。母がこの柄がきっと良いと言ってくれた」(吉村さん)

吉村さんの家紋“釘抜”

 この黒留め袖には、“釘抜(くぎぬき)”と呼ばれる、吉村さんの家紋がありました。

「家紋をつけようと思うと切り返しが必要ですが、どうしましょう?」(北川さん)
「やっぱり入れたいです。これは家紋ですって、日本の文化がそこで伝わって良いかな」(吉村さん)

 着物をワンピースにするのは、実は熟練の職人でさえ難しい作業だといいます。

「着物はもともと反物で、ほどくとバラバラなパーツができてしまう。それをもう一度、柄を合わせて洋服にするのは、簡単な作業ではありません」(北川さん)

反物に戻すため着物の糸をほどいていく

 着物をワンピースにするには、まず反物の姿に戻さなければなりません。着物を預かった北川さんが向かったのは、京都市中京区の「紀平張」。着物を反物にして綺麗にする作業、“洗い張り”などを手作業で100年以上、続けてきた老舗です。

職人の手作業を経て、着物を反物へ

 まずは、着物の糸をほどき全てのパーツを一枚の生地に縫い合わせ、丁寧に洗っていきます。そして、12メートルある生地を一気に広げ、しわを伸ばして自然乾燥させます。最後は、創業当時から使う機械で蒸気を当て、幅を均等にする"湯のし"で仕上げていきます。

「本当ならこうやってほどいて、色を染め変えたり、柄を変えたり色々な方法があるんです。そういうのが分からないからそのままにして、『もうあかんやんこれ』と洋服感覚でボツにしてしまう」(紀平張・紀平三惠子さん)

最終工程の縫製、丁寧に柄を合わせていく

 吉村さんのワンピースはいよいよ完成間近です。最終工程の縫製では、採寸した吉村さんの型紙を使って裁断。一つ一つの柄が合うよう、丁寧に縫いこまれていきます。袖を付け、背縫いをして完成しました。そして、着物から生まれ変わったワンピースが、北川さんのところに戻ってきました。絵柄やサイズを確認し、ワンピースは無事、岐阜の吉村さんの下に送り届けられました。

完成した吉村さんのワンピース

 迎えた、吉村さんが完成したワンピースをお母さんに見せる日。こだわりの家紋は、背中にあしらわれました。

「縫い合わせのところの柄もぴったり合っていて、細やかな手仕事をしてくれているなと思って感激しています」(吉村さん)

喜びの声があふれる吉村さんの母

そして…

「お母さん、どうぞ」(吉村さん)
「まぁ素敵…!二十数年間タンスで眠っていた黒留め袖なんですけど、大事なものだからこそ、こうして活かしてドレスにして娘が着てくれることが嬉しいですね」(吉村さんの母)

「着ていると母に守られている気持ちになれる」

「これを着ていると母に守られている気持ちにきっとなれると思うので、これを着て活躍できるように頑張りたいと思います」(吉村さん)

着物を「後世に繋いでいきたい」

「作った人が何かのシーンだったり、誰かが相手だったり、この時こうだったんだよねっていうストーリーを伝えていけるアイテムが着物。捨てられていっている、価値の高いものを救いたい、それを後世に繋いでいきたい、というのが一番強くあります」(北川淑恵さん)

 1000年以上、日本の文化を支え続けてきた着物。新しく生まれ変わることでその文化を残し、家族の絆を深めるきっかけになるのかもしれません。

(「かんさい情報ネットten.」 2022年8月5日放送)

ホームページ上に掲載された番組に関わる全ての情報は放送日現在のものです。あらかじめご了承ください。

過去の放送内容