【ytvSDGs×地球研】
地球環境のエキスパートが贈る
「未来への提言」第一弾

人類って奥が深くて、すごい!
鹿児島県屋久島の野生ニホンザルやアフリカ各地でゴリラの行動や生態を追い続ける山極先生に「地球環境とメディアの使命」というテーマで講演お願いしたのは、現場主義の科学者だからこそ見えている未来があると思ったからです。野生動物の世界から地球環境へ、そしてメディアの使命へとつないだのは、「共鳴」と「つなぐ」というキーワードでした。700万年もの人類の進化のプロセスを紐解きながら語られた「未来社会への提言」。20分に凝縮されたダイナミックな「知性の旅」をお楽しみください。
(サステナビリティ部長 山川友基)

山極壽一所長(総合地球環境学研究所)の提言
『地球環境とメディアの使命』

 私はゴリラの研究者で人間社会を一歩離れて、人間社会を長年見てきました。人間は「視覚優位」の動物だと思います。サル、ゴリラ、チンパンジーも同じ。我々にとってリアルな世界は目で見た世界、その次に耳で聞いた世界。知性の源は何か?皆さんは言葉だと思っています。それを記憶するために脳が大きくなってきたと思われてきました。しかし、それは間違いだと分ってきました。

 言葉はわずか7万年から10万年前に出てきました。人類の進化は700万年間あるので、99%の時間、人間は言葉を使ってなかった。「人間性」はその前に作られました。脳が増大し始めたのは200万年前、その頃、言葉はなかった。脳が大きくなった理由は、暮らしている集団の規模が大きければ大きいほど、脳が大きくなることが分った。つまり、相手と自分の関係、他の仲間との社会関係を記憶として脳に収める方が生きやすい、賢く生きられることが分ったのです。人間の脳も「社会脳」として大きくなった。そこに言葉は介在していない。現代人の脳の規模は150人くらいの規模で暮らすように出来ていることが分った。40万年前に脳が大きくなったが、それ以降、脳は大きくなってない。言葉は出来ても脳は大きくなってない。脳は未だに150人くらいで暮らすのに適しているのです。

 言葉の前にどんなコミュニケーションがあったのか、サルなど類人猿が教えてくれます。サルの場合は、視線を合わせるのは強い個体の特権なので、弱いサルは見つめられたら視線を外さないといけない。しかし、ゴリラは顔と顔をすごく近づけて対面することが多い。相手と一体化して自分の意図を相手に伝え、相手をコントロールしようとしている。人間もやっている。しかし、人間がゴリラやチンパンジーと違うのは距離を置くこと。なぜ対面し、距離をおいているかは、目の表情から相手の気持ちを読んでいるから。これは白目をもっている人間だけに生まれながらに備わった能力です。コミュニケーションにとって対面することはとても重要なこと。言葉が登場する前に様々な対面によるコミュニケーションができ、人間性を育てたと考えています。

 その中で重要なものは音楽です。まだ言葉になっていない歌、踊りを発達させて、人間は身体を「共鳴」させることを覚えた。共鳴は同調して、「共感力」を鍛えることにつながった。人間は共感力に基づいた協力する社会を作った。共感力の上で言葉が登場したことが、言葉が通用する大きな理由です。言葉はすごいです。重さがない、どこにでも持って行ける、遠くにあって見えないモノを言葉で伝える事ができる。過去に起きて体験できなかったことを言葉で再現できる。過去、現在、未来をつなぐことができる。現実に起きてないことすら、虚構として創り出すことができるのです。言葉がもつ大きな機能です。
 その上で、現代の科学技術の発展が急速に我々に影響を与えている。文字は5000年前、電話は150年前、インターネットは40年前にでき、いまはSNSの時代です。我々は地球上にあふれてしまった。人口は78億人、家畜も10億を超えている。野生動物は3割しか残ってない森林に住んでいる。地球が壊れ始めた。生物多様性が危険域に入っている。その結果起きているのが気候変動。そして戦争、東西冷戦が終わって平和が来ると思ったが、色々なところで内戦が起きている。今、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻という予想していなかった事態を迎えています。

 そしてこの3年間、新型コロナウイルスのパンデミックを経験した。これによって我々が社会を作っている基本的な自由である、動く自由、集まる自由、対話する自由が奪われてしまっている。これが閉塞感の理由です。コロナは共存していかないといけない。これまでの暮らしや地球破壊を根本から見直して、新しい暮らしを設計しないといけない。いま起きている科学技術は我々のコミュニケーションを根本的に変えている。脳から知識の部分が外に出されて情報になり、その情報を人工知能(AI)が分析する時代になった。しかし意識や感情の部分は情報にならないので、外だしできない。だんだん使う機会を失って「情緒的社会性」が希薄になっていることが私の懸念。考え直すべきことは、命と命のつながりを見定めて、新しい人間の暮らしを打ち立てないといけないと思います。

 現代は不安の時代です。科学技術は「安全」には貢献するが、「安心」は人間がもたらしてくれるものです。150人規模の信頼できる「共感力」を発揮できる人間社会でしか、我々は安心を感じることはできない。我々は人と人の付き合いの中で、情報探索に多くの時間を使っている。身体の共鳴ではなく、情報を介して脳でつながるということ。そういう社会になりつつある。メディアの役割と何か。昔から「公共圏」を作ること。信頼できる情報をいち早く伝えること。情報で人々をつなぐこと。いま人々はSNSで受信者だけではなく、発信者になった。情報が乱れ飛ぶ。フェイクやヘイトという情報がネット上にあふれている。その情報が人々を「分断」させている。これが今、直面している危機だと思う。今起きているのは言葉の空洞化。色々な出来事はそれぞれ、状況やその前後の出来事によって、様々な個性をもっているが、それをひとつの言葉で言い表してしまい、内容を問わない。数値は手段であって、目的ではない。数値を達成することが重要なことのような印象を与えている。これを今の社会に合わせて変えていかなければなりません。

 今世界でおきていることは地球環境が限界に達していること。世界中に張り巡らされたICTの文明によって、地域に密着した文化がどんどん無国籍化している。だから、メディアが果たす役割はとても重要です。いま個人と個人がバラバラになって、人と人が信頼し合うのではなく、制度やシステムを信頼して、ぶら下がる時代になっています。人のやっていることに関心がなくなって、自分のことだけに関心をもつようになっている。日本社会でいえばこれまで人をつないできた3つの縁、地縁、血縁、社縁が薄れている。我々が必要なのは、人々が信頼をもって、つながり合えるような新しい社交を再構築すること。
 メディアは小規模な信頼社会をつないで、もっと大規模な社会を作る。メディアは外の世界を伝えてくれるが、今考えるべきことは、その物語がいかに根を張って、信頼できるものであるかということ。メディアは虚構の世界が暴走することを止める使命を負っていることを忘れてはなりません。コロナ後の世界に必要なことは、我々が何百万年もかけて身体を共鳴させて培ってきた「共感社会」を新たに構築すること。顔の見える「信用社会」に結びつけることが必要なのです。

プロフィール

山極 壽一(やまぎわ じゅいち)
1952年生まれ、理学博士。(財)日本モンキーセンターリサーチフェロー、京都大学理学研究科教授、同大学理学部長、理学研究科長を経て、2020年9月まで京都大学総長を務める。日本霊長類学会会長、国際霊長類学会会長、国立大学協会会長、日本学術会議会長等を歴任。2020年4月より総合地球環境学研究所所長を務める。鹿児島県屋久島で野生ニホンザル、アフリカ各地でゴリラの行動や生態をもとに初期人類の生活を復元し、人類に特有な社会特徴の由来を探っている。著書に『家族進化論』(東京大学出版会)、『サルと歩いた屋久島』(山と渓谷社)など多数。


地球環境のプロに聞く! 1.5℃の約束って何ですか?
南太平洋にツバルという国があるのをご存知でしょうか?人口わずか1万1千人あまりのとても小さな島国です。2021年11月、イギリスで開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)の最終日、ツバル代表者は涙ながらにこう訴えました。「私たちの土地は急速に消えつつある。ツバルは本当に沈んでいる」と。気候変動は私たちの足もとにも静かに忍び寄っています。涙の訴えから1年、COP27がエジプトで開催されます。さあ、地球の声に耳を傾けましょう。
(サステナビリティ部長 山川友基)

安成哲三センター長(京都気候変動適応センター)の提言
『地球の気候はどう変化してきたか?21世紀末にはどうなるか?』

 「1.5℃の約束」の前提になる、IPCCの第6次報告書(2021)の、気候変動、地球温暖化の実態と2100年に向けての予測に関する問題をお話したいと思います。今すでに温暖化を皆さん感じておられるが、現在の温暖化は長い地球の気候の歴史の中でどう位置づけるべきか。特異な状態なのでしょうか。
 6000万年前、哺乳動物が現れた以降。現在より気温が高かった時代。新生代を通じて現在まで大きくいうと気温が下がってきている。ざっと100万年前から2万年前までは氷河期で、現在より寒かったという時代。その後、人類が出てきて、現在地球の気候を変えつつある。今、完新世という地質年代。人間が地球の気候を変えつつあるということで、ヒト新世などともいわれる。これからの人間活動によって将来の気候がどうなるのか?今後の人間活動によりますが、6000万年前ごろに匹敵するくらい高い気温になる可能性もある。そうなると大変です。

 19世紀後半産業革命以降、人間活動が活発になり気温が急激に上がってきました。陸上と海上いずれも、特に20世紀後半以降、急激に気温が上昇。産業革命のころを0とすると、+1.2℃くらいまで来ている。+1.5℃までに抑えるといっても、あと0.3℃しかないという状況です。特に北半球の陸域と、北極。海氷がとける、生態系も変わると北半球の気候も大きく変わりうるという状況にある。降水量はグローバルには大きな変動は見えないが、より重要なのは、CO2や温室効果ガスが増えることによって、地表面の70%を占める海を温めているということ。海水温が少し上がるだけで水の蒸発が増えるという法則がある。これが雨に悪さをする。特に集中豪雨などの激しい雨が増えています。一方で、雨が一か所に集中して増えることで、干ばつになるところも出る。地域による違いが大きくなっている。簡単にいえば、温室効果ガスが増えて温暖化することで、もともと雨の多いところはますます増える。もともと乾燥地域はますます干ばつになるといわれています。

 1950年代以降、世界の陸地をブロックに分けた図です。ブロックごとにみると、地球の大部分で極端な高温化がみられます。日本も含めてです。

 大雨はどうでしょうか。平均的に降水量が増えるというより、集中豪雨が増えている。モンスーン地域や北米の東海岸。アフリカのモンスーンなど全般的に増えている。一方干ばつ化はどうか。地中海性気候や西南アジア、アフリカサハラ周辺、北米のカリフォルニア。だいたい乾燥地域や地中海気候に集中して増えています。

 北極海は、海氷が現実に減っています。氷の厚さもどんどん薄くなっている。このまま放置すると、北極海の氷がなくなるのではと懸念されています。南極とグリーンランドの氷床も減ってきている。特にグリーンランド。南極はこれまで減り方は少なかったが最近大きくなっています。

 温暖化を引き起こしているのは温室効果ガスの増加によるものでしょうか?
 もう一度6000万年前の温かい時期をみてみると、やはりCO2濃度は高かった。そのため気温が非常に高かった。それがどんどん減ってきて氷河期。氷河期は10万年サイクルの変動があります。温室効果ガスであるCO2が気温の上下を加速させる方向に働いている。氷河期のあと約1万年前から産業革命くらいまでは安定したCO2濃度、280ppmを維持しています。それが産業革命以降、上昇し、特に1960年~から右肩上がりで、現在410ppm。2000万年前のCO2濃度と同じくらいになっています。
 これから先はどうなるでしょうか。人間活動、我々次第で変わりうる。放置すると、IPCCでも予測をしているいくつかのシナリオがありますが、放置すると1500ppmとなり、気温も4-5℃現在より高くなる。いろいろと大変なことになってきます。

 温室効果ガスが増えているのは厳然たる事実です。CO2増加による気温上昇の予測は、IPCCもうまく再現できていて、CO2を考慮に入れず、火山噴火、太陽活動だけだとあまり上がらない予測です。現在の気温上昇はほぼ、CO2によるものです。IPCCの第6次報告書は「疑いの余地がない」という強い言葉で断定しています。

 今も地球温暖化に対する懐疑論者はまだいますが、気温が下がる要素はないのかと考えると、エアロゾルがある。
 つまりこれは大気汚染物質です。北京、上海、インド…では晴れていても、太陽が見えません。これはエアロゾルが太陽光を反射しているから地面に来ないわけです。“大気汚染物質が増えているから地球を冷やす方向に働いている“それは確か。要するに、エアロゾルは、細かい粒子そのものが太陽光を反射するといことと、雲を作る核でもあることから水蒸気は増えるので、雲ができやすくなる。そして雲がますます太陽光を反射すると「大気を冷やすエアロゾルがあるじゃないか」という主張になります。実際に効果が大きいのはアジアで、中国、インド、東南アジアなどです。

 しかし、全体としてIPCCは、気温を上げる気温変動にもっとも関係しているのは、エアロゾルより温室効果ガスが上回っていると評価しています。人工的にエアロゾルを大気、成層圏にぶち込むと、「“日傘効果“でクーリングになるのでは?」という議論もありますが、どのくらいの副作用があるか全くわかっていないので、私はやるべきでないと思っています。

 どちらにしても放置することは、いけないことです。1850年くらいから気温は急激に上昇しはじめ、人間活動によるCO2の増加によるものとみてほぼ間違いありません。エアロゾルだけ考えれば冷やすこともできるが、全体で考えると、CO2排出量の方が大きいわけです。

 これから先は、どうするべきでしょうか?
 2100年に向けて、温室効果ガスと同時にエアロゾルも減らして、いかに生命にとって居心地の良い地球環境にするかが今、問われています。もっとも頑張ったシナリオでは、2100年に+1.5℃~+2℃くらいになんとか抑えられますが、放置すれば+5℃という予測です。

 なぜ1.5℃で、2℃ではだめなのでしょう?
 降水量や干ばつが大問題になります。海面の水位は気温が上がると上昇します。大きいのは海水温が上がると、温かい水は膨張するので、その分だけ水位が上がります。今のまま放置するシナリオでは、海面が1メートル上昇し、さらに恐ろしいことが南極の氷床への影響です。氷床がだんだん解けて小さくなる過程で、バラバラになる。よく言われるのが、南極の西の方でこれが起きて、氷床が大崩壊し、海に流れこむ可能性があるが、海面上昇モデルには、この可能性は考慮されていません。

 日本も約7000年前、水位が5-10メートル高かった。利根川流域はすべて海。霞ヶ浦も海でつながっていた。関西では京都は一応陸だったが、大山崎あたりまでは海だった。そうなるかもしれないという話です。

 CO2が増えると何がもう一つ問題か。海はCO2を吸収してくれている。人間が増やした分は大気中にも増えるが、海が70%程度吸収してくれています。しかし水温が上がると、CO2を吸収しなくなる。わかりやすい例がビールやサイダーで、放っておくと泡が出てくる。ビールの水温が上がるとCO2を含めなくなって出てくるわけですが、これがグローバルで起きる状況です。
 雨も多いところはますます増えます。+4℃だと、モンスーン地域は降水量が急増して、地中海気候と乾燥地域は激減します。

 なぜ+1.5℃に抑えるべきなのでしょうか?現在がすでに+1℃。10年に一度くらいの高温現象が、+1.5℃で今の4倍、+4℃だと9.4倍増える見込みです。大雨も、+1.5℃だと1.5倍くらい、+4℃だと2.7倍。干ばつも、+1.5度℃2倍、+4℃だと4倍。右肩上がりに頻度が増えます。すでに+1.2℃になっているので、現状維持は無理、せめて+1.5℃くらいを目標にしようという状況です。

 CO2の積算量と気温のグラフです。CO2の排出量と地球の平均気温は非常にきれいな直線関係にあることがわかっています。地球全体の気温上昇を、+1.5℃に抑えるためには、あと数百Gt(ギガトン)のCO2排出量しか余裕がない。+2℃だともう少し余裕があるが、その分気温が上がってしまいます。

 なんとか2050年までに排出量を0にする、という形でやっていますが、それでも気温はすぐには下がりません。海水温と南極の氷床の問題があり、海が温まると、氷河も解ける。これらはCO2を止めたからといってすぐ戻るわけではありません。リカバーするには数百年かかるといわれていて、0ミッションにしても、すぐなおるわけではない。気候変動に適応しながら人間は生きていかなければならないのです。

プロフィール

安成 哲三(やすなり てつぞう)
1947年生まれ、理学博士。京都気候変動適応センター長、総合地球環境学研究所 名誉教授・顧問。京都大学助手、筑波大学教授を経て、名古屋大学地球水循環研究センター教授、 総合地球環境学研究所所長などを歴任。
専門はアジア地域の気候変動、特に、アジアモンスーンの周期的変動の実態を観測的に解明したのが大きな業績である。その後、アジアモンスーンの気象学・気候学的過程と大陸スケールでの大気・陸面(生物圏)の相互作用との関係の解明に力を注ぎ、現在ではこの分野での国際的リーダーとなっている。IPCC-WG1 第5次、第6次報告査読編集者(Review Editor)。


総合地球環境学研究所(Research Institute for Humanity and Nature)とは……

「地球研(ちきゅうけん)」。2001年に地球環境学の総合的研究を推進する研究所として設立され、2004年に大学共同利用機関・人間文化研究機構の一員になった。モットーは「地球環境問題の根源は、人間の文化の問題」。自然科学的なデータ基盤を前提にしつつ、人文・社会科学的な視野を幅広く取り入れた研究を実施することで、国際的評価が高い。

総合地球環境学研究所へのリンク

京都気候変動適応センター(Kyoto Climate Change Adaptation Center)とは……

2021年、京都府、京都市及び総合地球環境学研究所が、地域の自然と社会の状況に応じた気候変動適応の推進に資するため、地球研に設置した。京都という⻑い⽂化・歴史をもった地域から社会と⽂化のあり⽅を考え、気候変動問題を探っていくことをミッションとする。

京都気候変動適応センターへのリンク