【ytvSDGs×地球研】
地球環境のエキスパートが贈る
「未来への提言」第二弾

気候正義(Climate Justice) 若者たちの訴えとは…
「ytvサステナビリティ・プロジェクト」では、「フードドライブ」を推進するPRを始めました。フードドライブは、企業や家庭に残る使い途のない食材を福祉団体などに寄付する国際的活動ですが、大量の廃棄食品「フードロス」を減らすことは地球温暖化にブレーキをかけることにもつながります。COP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)が11月6日、エジプトで開幕しました。気候変動は今、地球に何をもたらし、私たちに何ができるのか。今回は「気候正義(Climate Justice)」というキーワードから近未来の世界を考えてみましょう。
(サステナビリティ部長 山川友基)

一原雅子研究員(京都気候変動適応センター)の提言
『気候正義とは、地域間・世代間衡平を考える』

 総合地球環境学研究所の研究員をしている一原雅子です。「気候正義」の問題についてご説明します。気候正義は、人間社会の側面から見る地球温暖化というテーマです。
このテーマは特に近年の若者たちの動きが大きなきっかけになっていて、訴えているのは、Climate Justice(気候正義)という問題です。つまり現状では気候不正義が起きているということ。なぜ起きているのかを考えます。私たちは何が出来るのか。研究者としてのメッセージをお伝えしたいと思います。

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)
第6次報告書の中では、これからの気候を決める3つの要素が示されています。「気候システム」、「人間社会」、「生物多様性を含む生態系」です。つまり人間社会がこれからの気候を決める大きな要素になっている。人間社会と気候、生態系が相互に作用し合い、気候変動の進行緩和が進みます。人新世の時代、これからの在り方が重要になってくるのです。

 2021年COP26グラスゴー会議の際の若者のデモです。彼らがなぜこうした動きをしているのか、よく言われていることは、気候変動対策が国際的にも日本国内でも進んでいないということ。若者たちは大人が事態の深刻さに真剣に向き合っていないと考えています。
 色々な政策の中で緊急性や重要性が非常に高いにもかかわらず、適切な優先順位になっていない。将来には存在しない大人たちに任せていては、自分たちの世代には間に合わない、そんな意識を持った若者たちが立ち上がり始めています。気候変動問題の運動家・グレタ・トゥーンベリさん(スウェーデン出身)は、「私たちの家である地球が燃えているのに、大人はいつまでもカネの話しをしている」と言っている。まさに象徴していると思います。

 まず「気候正義」という言葉の定義は明確ではないが、地球温暖化を単なる自然環境の問題や、物理的性質の問題ではなく、倫理的、政治的な枠組みで捉え、環境正義、社会正義と気候正義を関連付けて考えること。その中には平等、人権、集団的権利、歴史的責任つまり過去の排出責任も含めて考えること。気候変動が人間にもたらすのはリスクの問題です。若者から見るとリスクが偏っているように見えています。リスクは「ハザード」と「曝露」と「脆弱性」に分かれています。人がいないところで温暖化が起きても、人がすぐに損害を受けるわけではない。人が曝露している状態があり、気候変動に脆弱である場合にリスクが高くなる。曝露は人がどれだけ多くいるかということにつながります。

 気候正義にはふたつの論点がある。「地域間」と「世代間」の問題です。曝露、つまり人がたくさんいるところは、何か外圧があると人はたくさんの影響を受ける。さらに気候変動に対して、インフラが整っていない。エアコンが使えないなどの場所は、さらにリスクが高くなる。これを「気候変動の脆弱性指標」として書かれた論文が近年話題になりました。これは人口密度がどれだけあるかと、現状の気候との人口密度の関係性を基盤にして、将来の気候変動予測と人口の将来予測を変数として加えた指標です。

 人は住みやすいところに集まりますが、そこの気候がだんだん悪くなる、しかし人口は増える予測の場合、リスクはぐっと上がります。それがこの図です。赤はリスクが高く、青は脆弱性が低い、つまりリスクに強い場所があります。発展途上国や経済的に豊かではない国が赤い。つまり、この地域は温室効果ガスの排出は少なく、あまりエネルギーを使ってないが、大きな影響を受けることがハッキリ出ています。

 別の図で表すと、このワイングラスの様な図の面積が、温室効果ガス排出の量を表している。横軸が収入によって世界の全人口を10%ずつに分類したものです。世界の人口の10%の人が、49%の温室効果ガスの排出を占めていることが分ります。貧困層はほぼ排出していないが、影響だけ大きく受けているということ。これが「気候正義」の地域間にある問題です。

 次が世代間の問題です。私たちは2022年に暮らしていて、将来は私たちの行動で変わるが、どんなに頑張っても今よりは上がっていくことは避けられません。これから生まれる世代は、温室効果ガスの排出にまったく寄与していないが、影響だけは受けてしまう。厳しい気候変動や、海面上昇で土地が減るなどといわれているが、ここにも不正義があるといわれている。では、なぜ気候不正義が起きているのか。その原因としてまずは、私たちの日常生活の中で感覚的に捉えにくいこと。例えば、車に乗ってCO2を排出しても、明日の気温をいくらか上げたとは考えません。もうひとつは、良かれと思って丁寧に包装するとか、お墓に供え物をするなど、良いと思われている習慣が気候変動を生み出すサイクルになっていることもあります。文化的なものは責められるものではないが、先祖を大切にしたり、客をもてなすことも突き詰めて考えると、この気候危機の中で維持すべきかを問い直す価値はあるかも知れない。さらには気候変動が起きる時間軸がとても長いこと。排出は累積していくので、過去の経済成長期の影響が今、出てきている。このタイムラグを人間が察知するのには長い時間がかかってしまうのです。たくさんの要因が重なると生活や社会を変えるという価値観の転換がおきにくくなります。

 しかし、安心の未来のための残された時間は限られている。IPCC第6次報告書では、2025年までに温室効果ガスの排出量を世界全体で減少に転じなければ、1.5℃目標は達成できないといわれている。2022年は分岐点になっている。危機は迫っているといわれています。

  • 出典:国連広報センターHPより

 国連財団はまず10の行動から始めることを提唱しています。普段の生活の中での行動が大切です。この中で特に大事だといえるのは「声を上げること」です。個人の生活を変えるも大事だが、もっと大事なことはシステムを変え、社会を変えることです。今は普通に生活していても排出してしまう仕組みになっている。スーパーに行くと、一回の買い物でたくさんのゴミが出ます。「声を上げる」ことで、政策にしたり、企業に対しサステナブル(持続可能)な商品を出してもらうとか、そうした行動をしていかなければ今から気温上昇を1.5℃に抑えることはとても難しい。個人でできる活動とシステムチェンジの両方をやっていくこと。世界の現状を伝えたり、市民の声を集約すること、討論の場などで考える機会を提供することも貴重です。メディアには、大きな役割があると思います。

プロフィール

一原 雅子(いちはら まさこ)
1978年大阪府生まれ。京都大学法学部、同大学法学研究科修了(法学修士)。その後、裁判所事務官Ⅰ種に任官し、最高裁判所事務総局総務局に勤務。退官後、東京大学法学政治学研究科法曹養成専攻修了(法務博士)、京都大学大学院地球環境学舎博士後期課程修了(地球環境学博士)を経て、現在、総合地球環境学研究所・研究員として、京都気候変動適応センターにて勤務。研究テーマは気候変動訴訟。


総合地球環境学研究所(Research Institute for Humanity and Nature)とは……

「地球研(ちきゅうけん)」。2001年に地球環境学の総合的研究を推進する研究所として設立され、2004年に大学共同利用機関・人間文化研究機構の一員になった。モットーは「地球環境問題の根源は、人間の文化の問題」。自然科学的なデータ基盤を前提にしつつ、人文・社会科学的な視野を幅広く取り入れた研究を実施することで、国際的評価が高い。

総合地球環境学研究所へのリンク

京都気候変動適応センター(Kyoto Climate Change Adaptation Center)とは……

2021年、京都府、京都市及び総合地球環境学研究所が、地域の自然と社会の状況に応じた気候変動適応の推進に資するため、地球研に設置した。京都という⻑い⽂化・歴史をもった地域から社会と⽂化のあり⽅を考え、気候変動問題を探っていくことをミッションとする。

京都気候変動適応センターへのリンク