関西

稲むらの火祭り 新型コロナで規模縮小

 この祭りは、1854年11月5日の安政南海地震による津波から、町の商人・濱口梧陵が稲の束に火をつけて、人々を高台の神社に導き、多くの命を救ったとされる故事にちなんだものである。
 祭りでは、防災意識を風化させないようにと、毎年、住民らが松明に火をともし、役場前から神社への約2キロの道のりを練り歩いている。
 今年は、濱口梧陵の生誕から200年という節目の年だったが、
新型コロナウイルスの感染防止のため、「採火式」だけが関係者のみで行われた。
 その後、神社へと運ばれた松明は1年間保管され、来年の祭りで
改めて用いられるという。