「この作品の前に『天涯の船』(新潮文庫)という長編小説を書いた時のことです。主人公である川崎造船所初代社長の松方幸次郎が、松方コレクションといって、明治の初めに海外に流出した日本の国宝の美術品の買い戻しをしたり、美術館を建てられない日本のために名画を買う、というようなことを私財でやってのけるんですけれども、なにしろヨーロッパは第一次大戦中。アジア人に国宝級の美術品を売り渡すには、キャッシュに限る、と言われるんですね。その時に松方は『お金の事は鈴木に言え』と毎回言っているんです。鈴木って誰? そこで初めて鈴木商店の名に出会ったわけです。
なんでも、ロンドンに支店がある商社で、戦時中のいかなる緊急取引にも応じられるよう常に金庫にキャッシュを備えている。今のお金に直せば何千万という額です。イギリスやフランスといった国家相手のビジネスですからさもありなん、ですよね。それを、松方にたのまれると、何に使うかも聞かずに、ポンと信用貸しするんです。それってすごい絆ですよね。松方と金子は、どちらも神戸に拠点を置く事業家で、いわば盟友だった訳なんですけども、揺るがぬ志を同じくする男たちとは、いったいどういう仕事をし、何を目指していたのかに興味を持ったのがこの物語のスタート地点なんです。
そうして、私利私欲は度外視に、日本を豊かにするため、日本が一流の国になるために頑張った商人たちがいたとわかりました。しかも、そのトップにいたのが女性経営者だった。当時は女性が非常に権利を制限されていた時代なので、稀なことといえます。そこでその人物像に迫り、彼女の下で働いた大番頭であった金子直吉をはじめ、先人たちの生き様を書いてみようという気になったんです」
「男性が作り、後世に書き残してきたというのが日本の歴史、世界の歴史であると思うんです。けれども、歴史の表舞台に出てこない女性の目線になると、別なものが見えてくる。たとえば、業績を出すとビジネスマン当人が評価されますが、人材を存分に活かせるだけの場を用意した人こそが偉大なチャンスメーカーだったと思います。ところが彼の才能を見抜き、存分に働けるように応援をしたのが女性だった、というのは、上司イコール母だな、と思ったんですね。関西弁でいうところのおかあちゃんなんですけれども、そのおかあちゃんがいてこそ、子は褒めてもらおうと頑張るわけです。人を泣かす事もしないし、あこぎな事もしない。おかあちゃんが褒めてくれるのは決して成績や結果オンリーではなくて、すべてが円満にいったビジネスだからです。近江商人の言葉に、売り手よし、買い手よし、世間よしで『三方よし』というのがあるんです。独り勝ちしたらアカン、っていう考えを教えたのが、店の母であるお家さんでした。鈴木商店の成功は、女性がいてこそ成り立った円満なビジネスなのでは、と気が付いたんです」
「サムライの心を持った商人、というところでしょうか。まず、その志の高さです。国際貿易港神戸に拠点を置く商社だから、鈴木商店としては、注文を受けた品を期日までに集めて船に積み込み、相手に届ければいいわけですが、彼は、ただ品物を右から左へ流通させて利ざやを取るのが仕事のすべてと考えない。日本という国の貧しさや限界に気づき、資源の乏しいこの国が加工貿易を行うことで豊かになると気づくわけです。そのため、国家がやるべき殖産興業の事業に、赤字承知で乗り出していく。化学繊維、鉄鋼、船……。多くの子会社がこの時生まれますが、鈴木商店崩壊後もそれら優良企業は残って、現在も日本の経済界をささえています。神戸製鋼所、帝人、双日、日本製粉、など、実に五十数社にのぼります。鈴木商店を母体に、彼がみずから種を蒔いて育てたわけですから、やっぱりすごい男ですよね。
なのに彼はどこまでも清貧で、贅沢はせず、ひたすらお家さんに忠実で、店のため、国のために尽くした。人として高潔であろうとしたわけです。この国にはかつてどんな人にもサムライの魂が浸透していたはずですが、彼はそれを体現した男のように思えます。」
「儲けだけに縛られていないということですね。傘を安く買ったら、普通は得をしたと喜ぶんですけども、直吉は『こんないい品がこんな値段やったら経済回らんやろ』と考える。作っている人も豊かにならないといけないし、買った人も満足しないといけないという、大きな視野で見ていた。それは今の日本人が忘れていることじゃないかなという気がするんです。『おもてなし』『もったいない』に始まって、日本人が築き上げてきたすばらしい精神文化はいっぱいありますが、誰かのためにやる、皆のために国のためにやる、それがひいては自分のためになる、というのが彼のやり方。これが日本人本来の優れたところじゃないかと思いますし、直吉のでもあると考えました」
「お互いの優れた所を認め合い、敬い合う。日本人は感情の方にシフトしがちだと思うんですけれども、まずリスペクトがあって人間関係が築かれるということをこの2人が教えてくれた気がします。年齢も違いますし、立場も違う。でも、相手の優れた所を認めて、そこを伸ばしてやろうと考える。これは男女だからというわけではなく、人間と人間における基本の姿勢かなと思うんです。その距離を守ったままお互いにそれぞれの使命をなしとげた、人としての成功を勝ち取った。それが2人の絆の希有なところと感じます。」
「もう、びっくりすると同時に感激しました。ずっと宝塚のファンで、宝塚の本を書いたこともあるくらいで、天海さんを下級生の時からずっと見守ってきたという思い入れもありましたので、天海さんにやっていただけけるという時点で、よねがヴィヴィッドに動き出したような気がしました。小栗さんは私の書いた直吉からすると美し過ぎるんですけれども、逆に原作と違うイメージでパワフルな直吉を演じて頂けるなという事で、この2人のお顔が頭に浮かんだ瞬間、皆さんがドラマを見て元気をもらえるし、エネルギーをいただけるにちがいないと確信しました」
「そうですね。よねが直吉の才能、人柄を全面的に信じて『あんたがやりなはれ』と。そして自分が暖簾の裏からバックアップする、というこの揺るぎない信頼関係があったからこそだと思うんです。直吉にしてみれば、それだけの信頼を受ければ失敗はできない、いい仕事をしようという奮い立ったはずで、やっぱりリスペクトがあったからこそ相互作用が働いたと思うんですね。今、そこまで信頼し合える人間関係は、この殺伐とした日本では欠けているような気がします。ドラマから、私たちはいろんな刺激をもらいたいですね」