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国民を苦しめる「新政策」と金総書記の狙いは…

【独自解説】「人間らしく生きたい…」北朝鮮住民が明かす飢餓の実情 背景にある金総書記の『新政策』、生活水準が高い地域でも“餓死者続出”のワケ

 食糧難で餓死者が相次いでいるとされる北朝鮮。住民からは「ただ人間らしく生きたい」と飢餓に苦しむ声が上がっています。こうした中、金正恩総書記は異例の頻度で党の総会を開き、対策を打ち出しているということですが、事態打開となるのでしょうか?現地住民に直接取材を行う「アジアプレス」の石丸次郎氏が北朝鮮の実情について解説します。

生活水準が高い地域でも“餓死者続出”

「北朝鮮で餓死者続出」報道

 2月6日、「聯合ニュース」は、国が直接管理する特別市で住民の生活水準が比較的高い開城(ケソン)市でさえ、毎日数十人が餓死しており、金正恩総書記が現地に側近を派遣し、食糧の支給を指示したとみられると報道しています。
 
 さらに、「東亜日韓」2月15日付けの報道によると、兵士への食糧支給も縮小され、支給量が一般市民水準に落ちているということです。これは2000年代で初めてのことで、韓国の政府高官筋は「優先対象である軍の食糧まで減ったことは、北朝鮮の食糧難が深刻なことを示す」としています。北朝鮮は主要都市の住民に軍の備蓄目的で2~3日に1回米を差し出すように促しているということです。

「アジアプレス」大阪事務所代表 石丸次郎氏

Q.開城市は北朝鮮でも比較的豊かなエリアですよね?
(「アジアプレス」大阪事務所代表 石丸次郎氏)
「開城工業団地自体は、核実験で2016年2月に一度止まっているのですが、その後、南北融和のムードの中で、これから再開させようという話合いが続いていました。そのために全国各地から足りない労働力を増やすために人を入れ、他の地域より待遇の良い人が入ってくるなど人が増えたことで、今ピンチに陥っています。かつては豊かな暮らしをしていたのですが、2020年1月のコロナパンデミック以降、ガラッと変わってしまいました」

Q.金正日政権は「先軍政治」といわれ“軍が一番”でしたが、金正恩総書記はそこまで至っていないにしろ、やはり軍を掌握することが一番大事なことだと思いますが、その軍にさえもなかなか食料が行きわたっていないのですか?
(石丸氏)
「北朝鮮の人民軍は100万人程度といわれていますが、これは多すぎるのです。朝鮮人民軍に入隊すると栄養失調になるというのは、20年ほど前からの社会常識のようになっています。それが今年、食糧事情が良くない上、さらに例年では春から悪くなるので、どうなるのだろうとみんなが心配し始めています」

餓死者続出の原因?「新・糧穀政策」とは

北朝鮮で餓死者発生のワケ

 2月21日の「朝鮮日報」によると、韓国・統一省の見解としては「慢性的な食糧不足、コロナによる国境封鎖に加え、『新・糧穀政策』が原因で、食料分配に問題が生じているのではないか」ということです。

Q.金日成氏や金正日氏の時にはチュチェ農業をしたり、山林を伐採して洪水が起きるなど、政策の効果が逆に出た時期もありましたね?
(石丸氏)
「はい。また、構造的に集団農業をしていますので、住民が自発的に自分達の創意工夫で生産量を増やすことができず、国がやれと言ったことしかできません。農民たちは取り分が少ないのでどうしても意欲がわかない、という構造的な矛盾もずっとありました」

「新・糧穀政策」とは (提供:アジアプレス)

 「アジアプレス」の取材によると、「新・糧穀政策」とは、金正恩総書記が食糧の国家専売制への移行を画策して始めた政策で、2003年に合法化された市場に販売抑制をかけ、国営の「糧穀販売所」に流通転換を起こす政策だということです。しかし、必要な食糧を国家が確保できず、先行き不安で市場の食糧も値上がりを起こし、機能不全状態に陥っているということです。石丸氏は「金正恩総書記は、主食を支配の道具として活用する『カロリー統治』を画策している」としています。

Q.2003年には、一般の人が物を売る市場は合法化されたのですか?
(石丸氏)
「そうです。もともと北朝鮮は90年代頭ぐらいまでは食糧配給制を実施していました。量が決まっていて、それを貰うために職場に通っていたのですが、大飢饉が起こって食糧配給制度が破綻しました。それで闇市場ができ、あまりに拡大してしまったので金正日政権が抑えることができなくなり、ついに2003年に合法化します。20年近く食糧配給がなくても食べられるようになっていたのです。どんどん市場経済が拡大して、みんな現金を稼いで、その現金で市場で買って食べることで、10数年前から都市住民の人口の半分くらいは3食白米が食べられるような状態になり、しんどいながらも飢えるということはかなり減っていました。今回、問題になっているのは、コロナを口実にして金正恩政権は市場を抑え込んでいることです。国営の糧穀販売所での専売制を導入して、『国の専売所で買いなさい』という大転換を行っていますが、専売所での販売では量が足りないのです。北朝鮮政府はコロナのために国を閉じたことで輸入が止まり、さらに国内の移動も制限したため、人々は“商売あがったり”の状態になってしまったのです。現金収入が無くなって、みんな買えなくなって飢えているのです。さらに北朝鮮国内には不安心理が広がっていて、買い占めが起こって、値上げも起こっています」

金正恩政権 異例の対策

 北朝鮮では2月26日~3月1日まで、労働党の中央委員会総会が開催されました。前回は2022年12月に開催されたため、異例の頻度だということです。中央委員会総会では農業政策について議論され、金正恩総書記は「今年の穀物生産目標を必ず達成すべし」とし、耕地面積の拡大や新たな農業機械の普及などに言及しました。

Q.中央委員会総会をこの頻度で開くのは異例なのですか?
(石丸氏)
「異例です。ここまでやるのは何か特別に意味があったのだと思います。労働新聞には一部発表されていましたが、詳しくは出ていないので何が討議されたのかはまだ分からないところがあります」

住民が激白、国内の悲惨な実情「1日2食、1食で…」

北朝鮮住民、電話取材に実情激白

 石丸氏の所属する「アジアプレス」は、2022年11月、北朝鮮北部に住む女性に直接通話取材することに成功しました。北朝鮮には中国の携帯電話を搬入し、アプリなどで協力者と連絡を取り合ったということです。

 「食糧が不足しているようだが、市場に食糧はあるか?」という質問に対し、北朝鮮北部に住む女性は「はい、あります。でもお金がない。市場で買いたくても買えない。お金がないから本当にしんどくて大変です」と話したということです。さらに「人々の暮らしは、どれほど苦しいのか?」という質問には、「1日3食を食べていた人が、稼ぎがダメになり、1日2食、1食で暮らしています。毎日どうすれば1食を食べられるか、晩に何を食べ、朝は何を食べるか、死ぬまで心配しなければなりません」と回答がありました。

Q.詳しい場所は言えないと思いますが、中国国境付近は中国から物は入ってきやすいのでしょうか?
(石丸氏)
「コロナ以前は中国からたくさん物が入ってきて、それを国境都市が全国に卸売をするような拠点でした。だからお金も回る、物も回るので、比較的豊かな場所でしたが、中国との貿易がストップしてしまって、例えば運送業や菓子を作ったり、加工をしたりという仕事もなくなってしまって、それで現金収入が減ってしまっているということです」

Q.北朝鮮の女性も働いていらっしゃるのですか?
(石丸氏)
「北朝鮮の成人男子は、基本的に国が配置した職場に必ず勤めなくてはなりません。これは義務で、そこで決められた給料と配給をもらうことになっているのですが、このシステムは90年代に壊れています。それでも成人男子はなかなか稼働しない工場や職場に勤めなければならないのです。それでは食べられないので、奥さんたちが市場で商売をして、現金収入を得て暮らしてきたという構造がほぼ一般的です。その現金収入が今、激減したがために、途端に皆さんが飢えるようになってしまったのです」

Q.中国などから、食糧も含めて支援はないのでしょうか?
(石丸氏)
「貿易統計上にはなかなか表れてきませんが、2019・20・21年の3年間は、中国は水面下で大量に食糧支援していました。2022年はその量が少し減ったようです。北朝鮮国内で必要な食糧には、金正恩政権が考える優先順位があります。それは軍隊であり、警察であり、労働党や役所の役人たち、軍需工場の労働者、そういう人たちのために優先的に確保したいわけです。それが金正恩政権としては足りないのです。庶民はその配給制からは除外された部分で暮らしていますから、日常的に現金を自分で作れるかどうかが大問題で、これは分けで考える必要があると思います」

Q.人道的な観点で、飢餓で餓死される方を救わなければいけないとは思いますが、核・ミサイル開発をするから経済制裁をしているわけです。これは経済制裁が効いた結果だという見立てではないのですか?
(石丸氏)
「経済制裁が一番効いているのは、北朝鮮の輸出に非常に障害が出て、外貨収入が減ってしまったという部分です。食糧を北朝鮮に送ることは制裁違反ではありませんからできるのですが、それを肝心の北朝鮮政府はアメリカや韓国が『食糧支援しますよ』と言っても今は受け付けていません。しかも最近になって『食糧支援は害毒だ。期待するな』ということを、国民に対しても主張し始めています」

Q.北朝鮮はサイバー攻撃によって多額の外貨を得たという話もあります。一方でウクライナに武器の供与をしたという話もありますが、これではとても足りないということですか?
(石丸氏)
「北朝鮮の飢餓の問題を解消するのは、そこまで難しい問題ではないんです。足りない分は輸入すればいい、国際社会に支援を求めればいい。『あげますよ』『売りますよ』ということは誰も止めないはずです。それを北朝鮮政府はやらない。莫大なお金を輸入に回さずに、ミサイル開発や核実験に使って、飢餓、餓死者まで発生している今の状況というのは、人災だと思います」

北朝鮮住民「ご飯さえ食べられれば…」

 北朝鮮北部に住む女性に「国際社会に伝えたいこと」を尋ねると、「私たちはただ人間らしく生きたい。多くの人はご飯さえ食べられれば良い暮らしだと思っています」「人が飢えて死んでいるのに、あんなこと(ミサイル発射)ばかりせず、そのお金で生活をよくしてくれたら、国に忠誠するのに」と話しました。

Q.1本国境があるだけで、全く違う世界が広がっていますね?
(石丸氏)
「そうですね。今の北朝鮮で飢えている人たちに、『単に食糧がないから、あげました』では解決もなかなか難しいと思います。もっと自律的な経済活動ができるようにしなくてはならないと思います。市場経済、つまり人の自由な経済活動を許せば、みんな創意工夫して食べられるようになるはずなんです。それを辞めさせているところが非常に大きな問題だと思います」

Q.北朝鮮国民の本音は、「ミサイルを発射するより、生活を良くしてほしい」ということなんですね?
(石丸氏)
「それはもちろんそうだと思います。北朝鮮国内で批判的なことを言うと捕まってしまうので、言えないですけど、『何に一体こんなにお金使っているのか、庶民はこんなに苦しんでいるのに』というのが本音だと思います」

「正常」アピールは国外向け?支援は“毒入りキャンディー”発言も

“正常な国家”アピールか

 そんな中、2月15日には平壌で住宅建設の着工式が行われました。2025年までに5万世帯分の住宅を建設予定だということです。さらに2月25日、平壌で新たな市街地建設の着工式も行われ、“生活向上”をアピールしているのではないかとみられています。

Q.平壌に住む方はエリートではないんですか?
(石丸氏)
「平壌は人口が大体200万人ぐらいだといわれています。その中で、いわゆるエリート・特権階級というのは、ごく一部、そのうちの10分の1ぐらいと見たほうがいいと思います。その周辺には庶民クラスの人がたくさん住んでいますが、現金収入が無くてしんどいのは平壌市民も同じです。ただし平壌だけは北朝鮮の中で住民対象の配給があるので、飢え死にする人はそんなに出ていないのではないかと思います」

Q.今は都市部の人たちが農村に移住させられているとも聞きますが?
(石丸氏)
「移住させられているというより、現金収入を失った都市住民が飢えていて、一方で農村は恒常的な労働力不足がずっと深刻なので、『都市で食えない人は農村に行ったらどうか』とキャンペーンをしているのです。強制移住ではなく応募して行く人が増えています」

Q.農村に行ったらご飯は食べられるのですか?
(石丸氏)
「農村では去年の収穫の残りがまだありますから、一応条件として『来たら3か月分の食糧すぐ渡しますよ。住居も保証しますよ』という好待遇で、都市のしんどい人たちを農村に送るということをやっています」

支援は“毒入りキャンディー”

 2月24日、韓国・統一省は、北朝鮮が最近発射した長距離1発・短距離2発の弾道ミサイルは、社会的弱者200~300万人の約5か月の食糧を購入できる金額だと指摘し、副報道官は「無謀な核、ミサイル挑発をやめ、住民の暮らしの改善にまい進すべきだ」としています。

 2月15日の国会で韓国・統一相は「(北朝鮮が)WFP(世界食糧計画)側に支援を要請したと聞いている」としていますが、2月22日付の「労働新聞」では、金総書記は「帝国主義者の援助は1を与え、10、100を奪い取るための略奪と隷属の罠。もらった“毒入りキャンディー”を食べて、経済を立て直そうとするのは間違いだ」としています。

Q.食糧支援は「監視すること」が前提条件で、それは受け入れられないから“毒入りキャンディー”だと言っているのでしょうか?
(石丸氏)
「まず国際機関の監視活動が嫌なのは、国際社会は一番しんどい人から順番に渡したいという優先順位ありますが、金正恩政権の順番は違います。それがバレたら嫌だということで監視をすごく嫌がるのです。それと“毒入りキャンディー”というのは、金正恩政権は自力更生、『我々は自分の力でやっていくんだ』ということをこの数年、非常に強調しています。ここで支援を入れると、民心が金正恩総書記ではなくて外に向いて、『救ってくれるのは外国だ、国際社会だ』ということになると、非常に困るということだと思います」

(「情報ライブ ミヤネ屋」 2023年3月3日放送)

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