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【独自解説】「伝統を守れ」から「血統を守れ」に―金総書記が軍事パレードで見せた“ファミリー独裁”への強い意思、一方街には餓死者凍死者も…北朝鮮はどこに向かうのか?
2023年2月15日 UP
2月8日、朝鮮人民軍・創建75年に合わせた軍事パレードが行われ、その様子が北朝鮮の国営テレビで放送されました。数々の兵器やミサイルが登場する中、注目を集めたのは金正恩(キム・ジョンウン)総書記の娘、“キム・ジュエ氏”とみられる人物でした。動画が公開されるのは初めてのことですが、ジュエ氏の登場を北朝鮮の人々はどう捉えたのでしょうか?現地住民に直接取材を行う「アジアプレス」の石丸次郎氏が、国民の本音や困窮する生活の実態を解説します。
“ジュエ氏”登場は「“新時代の指導者”の演出」
石丸氏ら「アジアプレス」は、北朝鮮の住民に中国製の携帯電話を渡して、通話・通信アプリ・国際電話の文字メッセージなどで連絡を取り合い、北朝鮮国内の実態を取材しています。現在、協力者は6人いるということです。
Q.北朝鮮当局には見つからないのですか?
(「アジアプレス」大阪事務所代表 石丸次郎氏)
「見つかると大変なことになりますから慎重にしています。北朝鮮国内に中国製のスマートフォンを密搬入しているのですが、中国の携帯電話の電波は2~3㎞北朝鮮に届くので、それで通話をしたり、メッセージのやり取りや写真を送ってもらうことをずっと続けています」
2月8日に行われた北朝鮮の軍事パレードは、朝鮮人民軍・創建75年の集大成ということで、今では使われないような「馬が引くタイプの大砲」が登場したり、「昔の軍の英雄たちの肖像」を掲げて行進する一方、新しい物として「火星17」や、新型とみられる大型のミサイルなども公開されたということです。
Q.「昔の軍の英雄たちの肖像」に、金日成氏や金正日氏は出ないのですね?
(石丸氏)
「はい。朝鮮自民軍は、北朝鮮人民共和国が創建される前の1948年2月8日にできていたのですが、その時からの英雄たちを見せています。朝鮮人民軍の最初の最高司令官は、金日成ではなく崔庸健(チェ・ヨンゴン)氏で、そういう英雄たちを登場させ、古い武器も見せて、絵巻物のようにパレードを演出したということです」
今回の軍事パレードの中で注目されたのは、金正恩総書記の娘“ジュエ氏”とされる人物で、今回初めて映像が公開されました。“ジュエ氏”は金総書記と手をつなぎ登場。控え室でもツーショットで談笑する姿や、“ジュエ氏”一人が際立つ映像もありました。さらに、航空ショーの際には金総書記の隣で観戦し、金総書記の頬を触る様子までみられました。
Q.公の場で金総書記の頬を触るというのは、他の人では考えられないですよね?
(石丸氏)
「そうですね。親と子が慈しみ合うムードがよく出ています。韓国語で親バカのことを『タルパポ=娘バカ』という言い方をするのですが、まさにその様子を見せたことについて、現地の人がどう思っているのか聞いたところ、一つは『“私たちも皆さんと同じ、親子の情を持っている人間ですよ”というアピールするため』という事と、二つ目は、金総書記の親の代までは家族構成や年齢も全く分からない隠匿主義でしたが、『これからは色んなことをオープンにする、“今までと違う新しい時代の指導者だ”という演出ではないか』と内部の人は解説していました。今回のパレード自体が、核ミサイルのお披露目と共に、この“ジュエ氏”にスポットを当てることが演出上明らかなので、世界に見せたかった事なのだと思います」
狙いは「聖家族化」と「ロイヤルファミリー独裁」
石丸氏は“ジュエ氏”の度重なる同行について、金ファミリーの狙いは“次の世代”を意識してのことだと言います。金日成氏・金正日氏体制は、朝鮮革命を実践・継承した世代だといわれ、金正恩氏は「この2人から継承した」という理屈で、三世代の世襲が正当化されるということですが、“ジュエ氏”世代をどう見てもらうのか、今から考える必要があるのだということです。
Q.四世代目も“金ファミリー”だということなのでしょうか?
(石丸氏)
「北朝鮮というのは今も革命中で、朝鮮革命をまだやっています。その実践を継承したのが、金正恩氏ですが、これは理屈では厳しいです。では、四代目は何を継承するのかと言うと、余計に厳しくなるため、今から徐々に徐々に、国民にも外に対しても慣れさせて、既定事実化して、“ジュエ氏”の世代に一家を『聖家族化』して、尊いものだというイメージを作りたいのではないかと思います」
さらに石丸氏が注目したのは、今回の軍事パレードで叫ばれた「白頭血統決死保衛」つまり、白頭の血統(=金ファミリー)支配を守るという言葉です。石丸氏は「これまでは“伝統を守れ”という言葉は出てきていたが、今回初めて“血統を守れ”という言葉が出てきた」と言います。
(石丸氏)
「これまでは『革命伝統を我々はずっと守っていく』ということだったのに、今回は『白頭の血統を命懸けで守れ』ということが軍隊のスローガンになった。軍隊の役割になりつつあるんじゃないかと思います」
Q.革命をしている、いわゆる社会主義といわれる国が言う事なのでしょうか?
(石丸氏)
「これは社会主義にあるまじき、恥ずべきことだと思います。一党独裁の共産党支配の国というのは世界中にたくさんあり、非常に権威主義で独裁的なのは間違いないですが、それでも世襲はさすがにやらなかった。“ロイヤルファミリー独裁”をさらに強化したいということが、ここから見えると思います。理念的にも社会主義の理念と全く合わないもので、社会主義の独裁の上に金一族支配を載せた二重構造になっていますが、それを永遠に続けるということは、北朝鮮の人たちからも、ものすごい反発があります」
「同名の国民に改名指示」の報道も…“ジュエ氏”への住民の反応
石丸氏の取材によると、北朝鮮の住人は“ジュエ氏”について「とにかく頭のいい秀才、一度見たことは全て覚える、すごい記憶力だというウワサが流れている」「金正恩も我々と同じ人間で『子どもを可愛がるのは同じなんだな』と言う人たちもいる」という意見がある一方で、「子どもを国の仕事に連れて行くなんて…。金正恩が出てきたときも『天才』と言っていたが、これもただの『だまくらかし』のようなものだ」という批判的な意見もありました。また「2022年11月は関心が高かったが、今回は特別な関心を示す人はいなかった」と答える住人もいたということです。石丸氏は「住民は怖くて批判を口にできないが、“ジュエ氏”を後継者と考える人はいない」としています。
Q.金ファミリーというのは、様々な伝説がありますね?
(石丸氏)
「『すごく優秀らしい』というウワサはあちこちで流れているそうです。『もうすでに金正恩氏を横で補佐しているらしい』という馬鹿馬鹿しいウワサも流れていますが、これは当局が伝説的なものを作るために、わざと流している情報ではないかと思います」
アメリカ政府系メディアの「自由アジア放送(RFA)」は、北朝鮮当局が北朝鮮に住む「ジュエ」という名前の一般住民に対し、“尊いお子様”の名前が「ジュエ」であるという理由で、名前を変えなさいと指示をしているのではないかと報じました。
Q.改名指示はこれまでもあったのですか?
(石丸氏)
「金正恩氏が初めて登場したのが2010年9月で、そのときは後継者で間違いないと思われました。このとき全国で一気に、『ジョンウン』という名前は年上であろうが赤ん坊であろうが、みんな改名させました。これは事実です。それで、そこまで今からやるかと思って、内部のパートナーたちに聞いたところ、『今のところ自分たちの周りでは改名はない』ということです」
餓死者に凍死者も…北朝鮮はどこに向かうのか?
華やかな軍事パレードが行われる一方で、住民たちの生活は限界だといいます。石丸氏の取材によると、住民は「率直に言って、韓国や中国を羨ましく思わない人はいない。一体、いつになったら食べる心配をせずに暮らせるようになるのか、そんなことばかり考えている」と言っているということです。
Q.北朝鮮には韓国の文化や情報がどんどん入ってきているので、皆さん分かりますよね?
(石丸氏)
「中国は隣の国で同じ社会主義で、豊かだという情報も入ってきます、物も入ってきます。それ以上に、韓国が豊かだということが、北朝鮮の常識で、みんな知っていることです」
Q.コロナもあり、食料も現金もないということで餓死者が続出している、さらに寒波が来て凍死した人が相当いるということですが?
(石丸氏)
「北朝鮮はもともと寒いのですが、寒波で北部地域はマイナス30℃~35℃ぐらいまで下がったそうです。寒いから凍死するのではなく、暖房あるいは家がないから凍死するんです。食べられない都市住民が、最後の手段で家を売ってホームレスになることがすごく増えていて、この人たちが一番しんどい状態です」
Q.色々な物が不足していて、住民の中には不満がたまっていますが、クーデターは起こらないのですね?
(石丸氏)
「それは起きないように、芽が少しでも出てきたら潰すということを徹底してやっていますし、何か謀反を起こすというのは誰かと相談しないとできませんが、密告をしなかった人も同罪になるので、『密告しなくてはならない』というシステムが出来ていますから、今はウワサにもならないです」
Q.経済的に厳しい中で“ジュエ氏”が出てきた北朝鮮は、どこに向かおうとしているのでしょうか?
(石丸氏)
「今これから、今年が勝負だと思います。90年代飢饉ほどではありませんが、住民がかなり命を落とすような状況になっている一方で、核開発・ミサイル開発に大金を使いました。世界的にコロナが緩む方向になりつつあるので、大きく経済を復活させたいはずですが、金正恩政権としては手詰まりなのではないかと思います。国際情勢もコロナも、自分たちの思うようには進んでくれなかったということです」
(「情報ライブ ミヤネ屋」 2023年2月13日放送)


