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【独自解説】知床遊覧船・桂田社長会見から浮かぶ数々の疑問「安全管理規定」は曖昧?「条件付き運航」はあり得る?無線故障中でも出航できる?専門家が解説
2022年4月29日 UP
北海道・知床半島沖で消息を絶った観光船。その運航会社「知床遊覧船」の桂田精一社長が会見で語った内容について、様々な疑問の声が上がっています。海技士で一級小型船舶操縦士でもある神戸大学・若林伸和教授と、弁護士で海難事故の裁判に詳しい海事補佐人・青木理生さんが解説します。
疑問(1)「安全管理規定」に数値はない?
事故当日は、出航前から“強風波浪注意報”が出ていました。午後には波は3メートルを超えています。桂田社長は、知床遊覧船の欠航の基準を「波は1m以上、風速8m以上、視界が300m以下なら欠航します。ただ『安全管理規定』には数値はなく、各社の中で暗黙の了解になっています」と話しました。
Q.人を乗せる船なのに、「安全管理規定」は数値がなくて各社の暗黙の了解なんですか?
(神戸大学 若林伸和教授)
「会社ごとにその基準を明確に出して審査されますから、数値が明記されていないのはあり得えません。不十分だったらもう1度作り直すことになります。恐らく社長が理解していないかと思います」
疑問(2)天気予報を信じず目視で判断するもの?
桂田社長は「出航前の港は穏やかでした。遊覧船の航路に沿って車で走って見送りましたが、通常どおりで問題はありませんでした」と話しました。記者から「知床半島の先端まで行けば、戻れない状況になるとは考えなかったのか?」と聞かれると「そうですね、そのとき僕は考えなかったです」と返答しました。
Q.桂田社長は「天気予報は正確じゃない」とも言っていて、注意報が出ていて漁師が船を出さない中で、自分の目視で出航を許していますが…
(若林教授)
「天気図は実況なので、それが外れるかもしれないと言うのは理解がないと思います。運航管理規定のひな型には、『運航前日の21時、当日の朝7時に、テレビ・ラジオ・気象FAX等によって気象庁の情報を入手し判断する』と書いてあります。そういう運行管理規定にしないといけません。出航時に大丈夫だと判断するのはおかしいです」
また桂田社長は「このような先端(知床)まで来て、できればちょっとでも走ってほしいという(お客さんの)要望がすごくあります。ですので、体感していただければ、揺れて『帰ってくれ』みたいな気持ちになって、戻ることを納得していただく方法をなるべく取っていました」と話しました。
Q.今回遭難したKAZU1クラスの船だと、波が高いと観光どころじゃないのでは?
(若林教授)
「揺れて船酔いの人がいっぱいになると思います。また、海水が上から降ってくる感じになります」
疑問(3)“条件付き運航”はあり得る?
桂田社長は、「豊田船長から『午後の天気が荒れる可能性があるが、午前10時からの出航は可能』と報告があったので、海が荒れるなら引き返す“条件付き運航”を船長と打ち合わせ、出航を決定した」と話しています。「船長が天気などを見て社長に報告し、社長が判断したのか?」と聞かれると「そうです」と答えましたが、引き返す明確な基準については「船長の判断なのでございません」と話しました。「船長に責任を押しつけているのでは?」と質問されると「いや押しつけているということではなくて、ちょっと頼り過ぎていたというところです」と答えました。
Q.“条件付き運航”というのは?
(若林教授)
「我々は聞いたことのない言葉で、法令等にも出てこない言葉です。会見では、『どういう条件で、どれだけ返金します』というのを、『待合室に貼っていました』ということでしたので、全く営業上の話だと思います。航行中に運航基準を超えた場合は“必ず帰る”ということは『安全管理規定』に書いてあるはずです。」
(青木弁護士)
「海難事故の話の中で“条件付き運航”という言葉は出てこないです。今回のように、幼い子供も乗っている旅客船の運送人の、契約責任というところから考えても、“条件付き運航”ということで船長に全責任を負わせて、会社が責任を負わないというのは、考えられないと思います」
Q.出航判断は、船長が絶対的な権限を持っているのですか?
(青木弁護士)
「今回は“旅客船”ということもありまして、その会社自身が注意を尽くしたかということを厳しく問われます。もちろん、船長が経験に照らして現場で判断をするというのは尊重しなければならないんですが、今回のような、それほど事業規模が大きくない会社で、社長自体が現場に行っている中で、船長が判断していない場合は、社長の方で判断をしなければいけないと考えます」
疑問(4)“センスがある”で船長にしていい?
遭難した船に乗っていた豊田船長ですが、一昨年採用されて、昨年船長になりました。漁業関係者は「豊田船長は知床の海に精通していなかった」と話します。桂田社長は「なぜ短期間で豊田さんが船長になったのか?」と聞かれると、「通常およそ3年甲板員をします。ただ、ベテラン船長が『豊田さんは素晴らしいセンスがある。来年にも行ける可能性はある』と言っていました」と話しました。一方で、この遊覧船の元船長によりますと「豊田船長は、僕らがいた最後の年の夏ぐらいに雇用された。僕らが翌年いなくなったので、物事を教えるほど教えていない」と話しています。
Q.知床の海のような難しい海域では、“センス”ではなくて“経験”が重要では?
(若林教授)
「そうですね。観光船では、安全とサービスを天秤にかけるのではなくて、安全があってのサービスだと思います。ですから、現地をよく知っている人が運航しないといけないと考えます。知床は地形的にもかなり複雑なところですし、途中に“避難港”がないので、現地でどう避難するかという事も厳しい。気象の予想を見て、本当に出て行くかどうかを慎重に判断するべきだったと思います」
疑問(5)過去にも2度の事故、営業に影響は?
KAZU1は、去年の5月と6月に事故を起こしています。そして7月に、北海道運輸局から2度の事故に関する行政指導を受け、改善報告書を提出していたということです。
Q.過去に2回事故を起こしていますが、それでも運航できるのでしょうか?
(青木弁護士)
「営業を止めるというのは大きな判断になりますので、慎重に精査をしている最中だったのではないかと思います」
Q.営業許可の取り消しにはならないのでしょうか?
(若林教授)
「行政処分などが本来出ているべきです。許認可の事業なので、取り消しなども考えられると思います。また、“行政指導を受けている”というのは、かなり重たいものなので、このことが一般の方も分かれば危ない会社だと気づいたと思います」
Q.運航会社の安全性を調べる方法はあるのでしょうか?
(青木弁護士)
「運輸安全委員会の『船舶事故調査報告書』というものが、運輸安全委員会のウェブサイトに載っています。過去の事故に対して、船名などでリサーチできます。ただ、すべて載っているわけではなく、事故から公表までにタイムラグもあります」
疑問(6)無線アンテナ故障中でも出航可能?
事故当時、会社の無線アンテナが壊れたままでした。出航から約1時間半前に、他社からの指摘で初めて会社が知り、業者に修理を依頼していたそうです。桂田社長によると「携帯電話やほかの運航会社の無線でやり取りも可能だったので、出航停止の判断はしませんでした」と答えましたが、「他の運航会社に事前に話は通していたのか?」という質問には「私はしていないです」と返答しています。
Q.これはあり得ないことではないですか?
(若林教授)
「『船舶には無線を備えないといけない』という法律があります。“実情にそぐわない”であるとか“やむを得ない場合”はその限りではないのですが、その場合もほかの手段が必要です。この地域だと衛星電話などが考えられますが、それもなかったということで、普通は出航しないです。私なら怖くて出航できないです」
Q.通信連絡手段がない場合、船長が「出航できない」と判断するのではないでしょうか?
(青木弁護士)
仮に豊田船長が『出航できない』と言っていなかったとしても、海上は陸からの距離も離れていますし、気象条件の変化も激しいですし、漂流物など様々なトラブルがあるので、すぐに連絡できる体制は重要です。今回は安全意識の希薄さを感じます」
Q。今回の事故の場合、船長だけに責任を負わせるのではなく、会社や社長は罪に問えないのでしょうか?
(青木弁護士)
「一般論でいうと、“刑事責任”は会社や社長個人に対するのはなかなか難しいのですが、今回のような様々な事情があると、『業務上過失致死傷罪』というのを視野に入れて、捜査機関がしかるべき捜査を尽くすと思います」
(情報ライブ ミヤネ屋 2022年4月28日放送)


