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【独自解説】「平壌は素晴らしい都市」と発信する北朝鮮の11歳少女ユーチューバー、総再生回数100万超の裏に見える金総書記の“子どもなら”戦略
2022年9月20日 UP
“北朝鮮のキッズユーチューバー”として、全世界から注目を集めている少女がいます。11歳にして流暢な英語を使いこなす彼女の動画は、総再生回数なんと100万回超え!彼女はいったい何者なのでしょうか?北朝鮮に詳しいジャーナリストの辺真一氏が解説します。
11歳の少女がYouTubeチャンネル開設、背景に何が?
この少女のYouTubeチャンネルが開設されたのは今年1月ですが、チャンネル登録者数はすでに約1万5000人です。チャンネルの概要欄には「私の名前はソンア、平壌出身です。11歳の小学校5年生です。私が住む平壌は、とても美しく素晴らしい都市です。皆さんを案内します。それではご期待下さい!」などと説明が書かれています。
北朝鮮では、当局の許可がないとインターネットで外部にアクセスすることはできず、国内のインターネット利用率は0.08%で、人口2597万人のうち約2万人しか使えないとされています。
そんな中、小学校の女の子が自分でスマートフォンを持って動画を撮るのというのは考えにくく、韓国の「聯合ニュース」によると、今回の発信は、朝鮮労働党宣伝扇動部などが主導しているとみられる、ということです。
Q.北朝鮮でインターネットを見ることができる人は、どんな人たちなのでしょう?
(辺真一氏)
「党の幹部や軍の要人、研究者などに限られています。一般の人がアクセスするのは、不可能だと思います」
では、果たしてこの少女は何者なのでしょうか?そのカギを握っているのは、彼女の曾祖父であり、「NKニュース」によると、朝鮮人民軍の李乙雪(リ・ウルソン)元帥だということです。金日成主席と共に日本からの独立運動を行い、功績を挙げたとされる人物で、1995年に、人民軍では最高位のポストにあたる「元帥」の称号を与えられています。2015年に死去した際には国葬が行われ、金正恩総書記が涙を流して見送ったということです。
そして、少女の父親はロンドン大使館で勤務していた外交官だったようですが、「BBC」によると、少女の母親、つまり李乙雪元帥の孫娘が、病気で視力が低下した際に、李元帥が金正恩総書記に「イギリスで治療を受けさせてほしい」と手紙で懇願したそうです。すると金正恩総書記は、「望みは何でも聞いてやる」と、ロンドン大使館勤務にしたということです。
Q. 金正恩総書記は粛清のイメージが大きいのですが、なぜ李乙雪氏は言うことを聞いてもらえたのでしょう?
(辺氏)
「この李乙雪氏は、金日成主席の護衛官だった人ですので、金日成主席を体を張って守って来た、というのが大きいです。そして、金日成主席と一緒に戦って来た革命一世でもあるのです」
「英語」「コロナ患者対応」「大型プール」少女の投稿動画に浮かぶ疑問
今年4月に投稿された、この少女「ソンアちゃん」の動画は、全て英語でした。動画内では「私が住む平壌は、美しく素晴らしい都市です。平壌に来たら、とても驚くでしょう。どこへ行っても娯楽施設があって、子どもが楽しめるものが無限にあり、大人も行きたくなるほどです」と語っています。
なぜ英語が得意になったのかについては、英国の大使館で育ったことには触れず、「私のママのおかげです。幼いころから英語を教えてくれました。今では自由に英語を話せます」と語っています。また、お気に入りの本として紹介しているのは「ハリー・ポッター」でした。しかしよく見ると、表紙には中国語が書かれているため、持っているのは中国版だと思われます。
Q.北朝鮮で「ハリー・ポッター」は手に入るのですか?
(辺氏)
「以前は、トルストイなどのロシアの文豪の作品や、中国の革命の書物などが翻訳されて出回っていました。西側の作品が、原本または翻訳本で書店に並んでいるという話は最近少し聞くようになりましたが、『ハリー・ポッター』が手に入るというのは、初めて知りました」
初回の投稿の後には、「次回は大型プールを紹介する」と予告していたのですが、プールの動画は出ませんでした。次の動画では「“新型コロナ”に感染して、隔離生活を送っています。熱は39度ありました。ママも体調が悪くなりました。私はものすごく心配になりました。薬がなくなってしまったからです。でも、ちょうどそのとき玄関ドアのベルが鳴ったのです。訪ねてきたのは、軍医だったのです。体調の悪い人に、薬を配布していたのです。その瞬間、私とママは大泣きしました。数日後に体調は回復し、それ以降彼らは、兄弟のような存在です。ありがとう軍医さん」と報告しています。
しかし、果たして全ての北朝鮮の国民が、同じような待遇を受けているのでしょうか?「朝鮮中央テレビ」は以前、発熱後に回復したとされる人たちが、治療法を説明する様子を放送していましたが、そこでは「“民間療法”が一番です」と言い、「塩水でうがい」「酢で消毒」「ヨモギを燃やした煙で消毒」「ショウガ湯を飲む」などを紹介していました。
Q.北朝鮮の新型コロナの実態はどうなんですか?
(辺氏)
「金総書記は“コロナ0宣言”をして、『この戦争に打ち勝った』と言いましたが、どうやって3か月で0にしたというのか、世紀の謎です。WHOに北朝鮮に入ってもらって、実態を解明してもらいたいと思っています」
他にも、近代的な病院の紹介や、近所でかき氷を楽しむ様子なども投稿されています。動画の中で少女は、「平壌に来たときには連絡を下さい。一番おいしいかき氷の店に連れて行ってあげます」などと呼び掛けていますが、残念ながらコメント欄は閉鎖されていて、連絡する術はないようです。
そしてその後、初回に予告していた大型プールの動画も投稿されました。この施設は「ムンスウォーターパーク」という大型プールで、金総書記肝いりの施設だということで、2週にわたって投稿されています。動画には、非常に大きなウォータースライダーや、大きな波を生み出すプール、そしてジムやボルダリングなども紹介されています。さらに夏休み明けには、マスクなしで登校する姿や生徒たちが会話する様子も紹介されていて、動画の最後には、「皆さんが私たちのように幸せな生活を楽しんで、困難な生活に打ち勝つことを願っています。世界からコロナをなくしましょう!」と呼び掛けています。
しかし脱北者によると、この大型プールは、軍や党の幹部であればタダ同然で利用できるそうですが、一般市民は平均月給の5~10倍の高額な“闇チケット”を入手しなければならないということです。一般市民の実情について脱北者は「そもそも北朝鮮で“避暑”という言葉すら耳にしない。夏は土木作業や農作業で忙しい。夏は扇風機とキュウリの冷や汁で暑さをしのぐしかない」と語っています。
Q.平壌以外の人でも、このような施設に行けるんですか?
(辺氏)
「娯楽施設は限られています。あちこちにあるわけではありません。こういった施設は、国家や党に功労があった人たちが、許可をもらって憧れの平壌に行ったときに、一度行ってみたいと思うところです。一生懸命にがんばったら、こういう楽しいところに行けるという宣伝でもあります」
チャンネル開設の裏にある北朝鮮の思惑
今回の動画は、国内向けというよりは、国外に向けてだと言われています。その理由として韓国メディアは、「金正恩総書記が外国に強硬な姿勢で発信しているので、やわらかい動画で“正常な国家”であることをアピールしたいのでは」と伝えています。
過去にも、北朝鮮が平壌の20代の女性を使って、YouTubeに平壌の良いところを紹介する動画を投稿したことがありましたが、規約違反ということでアカウントを停止させられています。辺氏によると「“子どものチャンネル”なら閉鎖されることはないと判断したのではないか」そして「“子どもはウソをつかない”というイメージを利用した体制宣伝ではないか」と語っています。
Q.この動画を信じる人はいるんですか?
(辺氏)
「以前の、成人女性を使った見え見えの体制宣伝は失敗したので、今度は子どもを使って『子どもの言うことだから大目に見よう』とか『子どもが言うのだから間違いない』と思ってくれたら、しめたものなんです。英語を使っていますので、英語圏の国に向けての動画になります。日本や韓国は騙されないのですが、あまり北朝鮮を知らない国の人たちは信じてしまうので、100万回の再生数になったんだと思います」
(情報ライブミヤネ屋2022年9月14日放送)


