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火炎放射は悪ふざけ?“パワハラ”を巡る訴訟の行方

【独自解説】制汗スプレー+ライターで“火炎放射”…被害男性が元上司による“パワハラ”を提訴 元上司は「悪ふざけの一つ」と主張 訴訟の行方は?

 男性に向けられた"火炎放射"…仕事の打ち上げ現場で撮影されたという動画には、当時の上司が若手社員に向けて火を放っている様子が収められていました。この危険行為が“パワハラ”に当たるかどうか、いま民事訴訟で争われています。「恐怖を感じた」という男性に対し、元上司は「悪ふざけだった」とパワハラを真っ向から否定。食い違う両者の主張に対し、どのような判断が下されるのでしょうか?大阪地検の元検事・亀井正貴(かめい・まさき)弁護士が解説します。

元上司が“火炎放射” 被害男性が“パワハラ”で提訴

“パワハラ”訴訟 元上司に損害賠償請求

 2021年5月、A氏は勤めていた首都圏のラジオ局の元上司、B氏から理不尽なパワハラを繰り返し受けたことにより精神的・肉体的な苦痛を被ったとして、B氏に対し損害賠償550万円を求め東京地裁に提訴、係争中です。原告のA氏は、入社した2018年以降、繰り返し受けたパワハラにより「非定型うつ病」や「睡眠障害」と診断され、2020年3月にラジオ局を退社しました。

職場のパワハラとはー

 職場のパワーハラスメント(パワハラ)とは、職場において行われる(1)優越的な関係を背景とした言動、(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの、(3)労働者の就業環境が害されるもの、であり(1)~(3)までの3つの要素全てを満たす必要があります。客観的に見て、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は職場のパワハラには該当しません。

大阪地検元検事 亀井正貴弁護士

Q.我々が思っているより、職場がパワハラを認めるのはハードルが高いのでしょうか?
(大阪地検元検事 亀井正貴弁護士)
「高いですね。現実問題として、指導の範囲内がレベルを超えたものなのか、適切なものなのかの判断が非常に難しいということがあります。録音や録画など物的証拠があれば別ですが、それがなければ『言った』・『言わない』の世界になってしまいます」

原告A氏が受けた“火炎放射”とは…

 訴状によると原告A氏は2019年7月、ラジオ局主催のイベントの後、ホテルの客室内で先輩たちに囲まれ、ズボンを半分脱がされながらビールを頭から浴びせかけられました。さらに、ずぶ濡れになったA氏に向かって、被告B氏が制汗スプレーを噴射してライターで火をつけ、“火炎放射器”のように火を放ったということです。これについてA氏は「ビールかけで済むなら、と諦めていたので我慢してやり過ごしていたが、火炎放射をやられてかなり怖かった。動画を撮られている以外のものがあったかどうかはパニック状態で覚えていない」と証言しています。

“火炎放射”について被告B氏の主張

 これに対し被告B氏は、「火炎放射は原告を狙ったものではなく、悪ふざけの一つとして行ったもので、原告に対する職場いじめ等には当たらない」と主張しています。この主張の証拠として一連の様子が分かる動画を提出したということです。

Q.火を放つという行為はパワハラというより傷害など別の問題になりそうですが?
(亀井弁護士)
「そうですね。暴行罪は成立し得る可能性があります。もし火事が発生していたら、下手すると放火を疑いかねない話にもなりますね」

“パワハラ”主張に対し ラジオ局の対応

 さらに、原告A氏によると被告B氏は「理由もなく日常的に平手や拳で殴ったり、小突く」「B氏の突き出した拳にA氏自ら頭突きをするように強要」「歓迎会で酒の弱いA氏にアルコールを強要」「A氏の飲み物に天ぷらを突っ込み、飲むように迫った」など、パワハラ行為が数多くあったということです。

 A氏の主張について、会社の賞罰審査会で審議が行われ、「日常的に頭を後ろなど死角から小突かれた」、「ホテルのユニットバス内で火炎放射をされた」など、A氏が申告した行為の一部をパワハラと認定しましたが、2020年2月に下されたB氏への処分は「出勤停止2日」でした。A氏は「出勤停止2日は軽いのではと思った。『会社の処分で3つ目に重い処分で覆るものではないから』と言われて、『変えられないのも理解はできますが、納得できないです』と話した」ということです。また、会社側は番組の取材に対し「個別具体的な社内処分やそれに関連する事柄についてはコメントを差し控える」としています。

被告B氏側の主張は

 被告B氏は、原告A氏が退職した理由について「仕事になじめなかったことと、母校で教職課程を履修するために退職したもので、パワハラ行為を原因とする退職ではなかった」と主張しています。そして日常的に平手やこぶしで殴ったり小突いたりしたことについては、「小突いたことは認めるが、パワハラ行為であるという主張は争う」とし、その他については否認しています。アルコールの強要についても、「飲酒を強要したことはない」と否認していて、B氏は原告の請求を棄却する判決を求めています。

Q.「小突いたことは認めるが、パワハラ行為であるという主張を争う」というのはどういうことなのですか?
(亀井弁護士)
「これは恐らく、指導の過程において小突いたものであって、そんなに強度は強くなかったので、適切の範囲内を超えていないという主張です」

Q.小突かれたと思う側がそれなりの痛みや強さを感じているのに、今の時代において指導の範ちゅうだという主張が通るのですか?
(亀井弁護士)
「数年前までは、パワハラ行為を認定するのは非常に難しかったのですが、時代はどんどん変わっていますのでパワハラと認定されやすくなっています。ただ、事実認定の問題があります。今回は客観的な行為はあるが、それは違法ではないと主張しています。恐らく、従前の2人の関係性を前提に、小突くという行為自体が犯罪とか違法性があるものではなかった、と主張しているのだろうと思います」

Q.例えば2人に信頼関係があって、この2人の人間関係が成立しているのであれば、パワハラではないということですね?
(亀井弁護士)
「そうですね。それプラス、正当な目的ということも付加していると思います」

被告B氏は始末書を提出

 被告B氏は「この度は私の不適切な言動により、原告A氏に不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。異論を唱えたり断ることができない弱い立場の相手に対する配慮が全くできていなかったと反省しています」と、会社が認定したパワハラを認め再発防止を心がけるような内容の始末書を提出しているということです。

 この件について、亀井弁護士の見解では「裁判でパワハラを認定することは難しいとされているが、『会社のパワハラ認定』と『被告が書いた始末書』、これらを総合的に判断してパワハラが認定される可能性はある」ということです。

Q.B氏がよかれと思って提出した映像も、逆に動かぬ証拠になっているのでは?
(亀井弁護士)
「客観的な行為としては、動かない証拠になっています。恐らくB氏の意向としては、もともとの企業風土を前提にした上で、こういうことは『みんな同意の上でやっているんだ』ということ、そして『A氏を特定して狙ったものではない』から特定の人へのいじめではないと主張しているのだと思います」

Q.セクハラは被害者がセクハラだと思った段階でセクハラだとされますが、パワハラの場合は被害者がどう思っているかということが、裁判上どのぐらい考慮の対象になるのでしょうか?
(亀井弁護士)
「もちろん考慮の対象にはなりますが、客観的な行為と、もともとの2人の関係性、企業風土などを合理的・客観的に判断しますから、セクハラの場合とはやはり違ってくると思います。指導なのかどうかで評価が変わってきます」

今年4月から中小企業に対しパワハラ防止措置を義務化

 2022年4月からは中小企業に対して、職場のパワーハラスメント防止措置が義務化されています。職場のパワハラを防ぐために(1)方針などの明確化および周知・啓発、(2)相談や適切な対応に必要な体制の整備、(3)事後の迅速かつ適切な対応を求められていますが、罰則はありません。

Q.今年の4月に義務化されたばかりなのですね?
(亀井弁護士)
「そうですね、大企業にはもともとありましたが、中小企業は今年、義務化されました。中小企業でこういうシステムをきちっとやるためには、いろんな難しい問題があります。パワハラは労務環境の問題なので、どうしても中小企業だと経営と労務管理というものが出てきます。パワハラ防止措置がしっかりした会社というのはそう多くはないです」

Q.パワハラ防止措置をとっていなくても罰則はないのですね?
(亀井弁護士)
「中小企業はものすごく膨大な数がありますよね。防止措置をしていないということを捉えて、罰則というのはやはり厳しいと思います」

(情報ライブ ミヤネ屋 2022年7月7日放送)

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