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北朝鮮・金正恩総書記

【独自解説】水道・ガス・電気なし…元“エリート党員”が激白した平壌の『高級住宅』の裏側 専門家が指摘する金正恩総書記の住宅政策の危うさとは

 脱北した元“エリート党員”決意の告発!先代の金正日総書記と金正恩総書記の経済政策の変化、その裏側にある「住宅崩壊」の恐怖とは?朝日新聞元ソウル支局長・牧野愛博氏が解説します。

「2LDK に2つの家族」金正日総書記時代の住宅事情

北朝鮮の元“エリート党員”李炫昇(リ・ヒョンスン)氏

 アメリカに住む李炫昇(リ・ヒョンスン)氏は、“党”最高幹部を父に持つ生まれながらのエリートでした。その父親・李正浩(リ・ジョンホ)氏は貿易会社の代表で金一族の外貨稼ぎなどを担当、日本への松茸やカニの輸出を独占し、巨額の利益を得ていたといいます。この家族が脱北するきっかけとなったのは2013年、父親が親しかった張成沢(チャン・ソンテク)・元国防副委員長の処刑です。その翌年に父や妹と共に、駐在していた中国・大連からアメリカに脱北したということです。そして今回、その李炫昇氏が明かしてくれたのが、「先代の金正日総書記と金正恩総書記で全く異なる住宅建設事情」でした。

金正日総書記時代の住宅事情

 まず先代の金正日総書記の場合は、住宅需要の急増によって建設が活発化したということです。そのきっかけとなったのが、“経済発展”注力の大号令。経済特区の設置や外資の受け入れなどで経済が活発化しました。李炫昇氏によると「2011年ごろから事業で海外に出る人が以前の10倍になった」ということです。

朝日新聞元ソウル支局長・牧野愛博氏

Q.金正日総書記は先軍政治で軍が第一と言いながら、中国との貿易も活発化させていましたね?
(朝日新聞元ソウル支局長・牧野愛博氏)
「金正日総書記は、2008年に倒れて息子に次の代を継がせるとなったときに、経済がちゃんとしていないと国が亡ぶと思い、中国との貿易などの経済の活性化を、中国と親しかった張成沢氏に行わせたのです」

「2LDKに2つの家族」当時の住宅事情

 経済発展で平壌の人口が増えたことで住宅の供給が追い付かなくなります。北朝鮮では、住宅は国家が提供するものなのですが、李氏によると「国家は平壌の市民証はくれても十分な家を供給できなかった」「2LDK に2つの家族がトイレと台所を共同で使って暮らしていた」といいます。

Q.平壌市民というとエリートだと思うのですが、実情はこんなものなのですか?
(牧野氏)
「みんな平壌に住みたいので人口が増えたのですが、当時の金正日総書記は大規模な記念建築物を造るのに夢中で住宅建築が疎かになっていたのです」

 そんな中、中国との貿易で荒稼ぎした新興富裕層の“金主(トンチュ)”がアパート建設に参入します。李氏によると「住宅はすべて国有で支給されるものだが、住戸の半数を市や中央政府に上納した“金主”の建設は黙認」されたということです。

(牧野氏)
「国からの住宅の支給を待っていると100年経っても回ってこないので、高いお金を払ってでも住みたい人はたくさんいました」

当時の平壌の住宅価格

 住宅の価格はどんどん高騰し、2014年には4LDKで約20万ドル(当時のレートで約2100万円)にまでなりました。当時の北朝鮮の平均年収は約14万円でした。

Q.こんなに高くて買う人がいるのですか?
(牧野氏)
「日本だと住宅を買うと水や電気、ガスは通っていますが、北朝鮮では通っていません。ひどいところだと水道管さえありません。しかし“金主”がつくったところだと水も電気もガスも心配しなくていいので、価格がどんどん上がったのです。しかし、経済の活性化で貧富の格差が広がっていったものの、お金を持っている人はいますので、商売は成り立ちました」

張成沢氏の失脚と経済の悪化

張成沢氏の失脚

 しかし、経済発展は長く続きませんでした。金正恩時代になると、張成沢氏が軍の嫉妬で失脚してしまいます。その背景には、金正日総書記が「先軍政治で肥大化した軍などの権限を縮小せよ」と張氏に命じていたことがあるといいます。張成沢氏に権力を削られた軍の関係者が総書記に「張氏が国を乗っ取ろうとしている」と耳打ちし、張氏は全役職を解任されて処刑されてしまいます。さらに、市場の営業時間は短縮され、“金主”の活動は制限され、軍の勢いは復活しました。

Q.金正日総書記でも、軍が力を持つことに危機感を持ったのですか?
(牧野氏)
「金正日総書記は『虎の上に乗っている』といわれていました。『虎に乗っているから誰からも襲われないけれど、自分も下りたら食われてしまう』ということです。ですから、息子のことを考えて、軍の力は削ぎたかったのだと思います」

Q.金正恩総書記は張氏に対しての危機感があったのですか?
(牧野氏)
「金正恩総書記は、友達がいないので周りは誰も知らない顔ばかりの状態で不安です。そういう時に『張成沢は国を乗っ取ろうとしている。中国のスパイだ』と告げ口され、信じてしまったのです」

北朝鮮経済は悪化の一途

 その後、北朝鮮は「核・ミサイル開発」を加速させた結果、安保理の経済制裁が強化。貿易量は減少、飢えも厳しくなり、経済は悪化の一途をたどりました。

Q.経済よりも「核・ミサイル開発」などを優先させているのは金正恩総書記の意向なのですか?軍部の意思なのですか?
(牧野氏)
「金正恩総書記は頭は悪くはないと思いますが、一貫したポリシーや哲学はありません。いまは軍の強硬派が力を持っているので、その人たちに従っているだけだと思います」

「絶対倒壊する」金正恩総書記の住宅政策の危うさ

学生や兵士が動員される住宅建設の大号令

 その金正恩総書記の住宅政策は、需要より保身のために活発化させているのではないかといわれています。平壌のエリート層に”アメ“として住宅を支給し、独裁を維持しようとしているというのです。金正恩総書記は2021年に平壌に5年間で5万世帯の新たな住宅を建設するように大号令を発し、2022年には1万戸が完成。2023年も4月までに1万戸が完成しているといわれ、北朝鮮の名物アナウンサー李春姫(リ・チュニ)氏にも住宅が支給されています。

しかし、李炫昇氏は「高級幹部は新しい住宅には入らない。なぜかというと、スピード重視で作られるので、専門家ではない学生や兵士が動員される。私も参加したことがあるが崩壊する恐れもあり危ない」と語っています。

(牧野氏)
「韓国からの情報によると、日本や韓国ではコンクリートが乾いてから次の階を作るのですが、平壌だと住宅を作るのを急ぎ過ぎていて、あれだと絶対倒壊するといっていました」

Q.金正恩は西側に留学しているのに経済発展を進めないのですか?
(牧野氏)
「西側で学んだからといって、西側のことをやろうという人ばかりではありません。カンボジアのポルポトもフランスに留学していますし、シリアのアサド大統領もイギリスで医師をしていました。金正恩総書記も自分は西側の生活をしたいけれど、一般の人にまでそれを味合わせてあげようとは思っていないようです」

Q.一般の人は立ち上がらないのですか?
(牧野氏)
「北朝鮮の人たちは教育水準が低くないので、『字が読めません。上の言っていることが納得できません』といって暴動にはならないのです。彼らなりに『家族を守らなければならない』とか、『近隣の住民に迷惑をかけられない』というブレーキがかかります。それが為政者たちにプラスに働く、それこそが悲劇だと思います」

(「情報ライブ ミヤネ屋」2023年7月6日放送)

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