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【独自解説】“ドーピング疑惑”のフィギュア・ROCワリエワ選手(15) 北京五輪「出場可能」に 背景には大きな政治的な力? ベテラン スポーツジャーナリストが解説
2022年2月15日 UP
フィギュアスケート女子にROC(ロシア・オリンピック委員会)の選手として出場しているカミラ・ワリエワ選手15歳が、ドーピング検査で陽性反応になったことが明らかとなった問題、2月14日午後、スポーツ仲裁裁判所で「個人戦出場可能」という裁定が下りました。この問題についてスポーツジャーナリストの二宮清純(にのみや・せいじゅん)さんが解説します。
ワリエワ選手“ドーピング問題”の経緯
圧倒的な強さでライバルの心を折ることからついた異名は“絶望”。2月7日に行われた北京五輪フィギュア団体でもその強さを見せつけ、ROCの金メダル獲得に大きく貢献したカミラ・ワリエワ選手。しかし、この団体戦の翌日に衝撃的なニュースが飛び込んできました。2021年12月25日に行われたロシア選手権大会で、ワリエワ選手がロシアの反ドーピング機関に提出した検体から「トリメタジジン」と言われる禁止薬物が検出されたことが明らかになったのです。
この結果を受け、ロシアの反ドーピング機関は2月8日、ワリエワ選手の選手資格を暫定的に停止。しかし2月9日、ワリエワ選手側から“異議”が申し立てられたことで一転、処分が解除され、オリンピックの出場が認められることになりました。すると、この決定を不服としたIOC(国際オリンピック委員会)などが、スポーツ仲裁裁判所に提訴しました。
ロシアの反ドーピング機関によると、コロナの感染拡大により検体を検査するスウェーデンの研究所のスタッフが自主隔離になったため約1か月半、検査判明までに時間がかかったということです。
一連の報道についてROCは「陽性となった検体はオリンピック期間のものではないことから、オリンピックでのワリエワ選手の実績とチーム競技の結果は見直しの対象にならない」とし、さらにROCの会長は「検体を採取してから陽性と判明するまでの期間が長すぎる」と、疑問を呈しました。
Q. 一体なぜ、約1か月半も前に採取された検体の結果がこのタイミングで明らかなったのでしょうか、この問題の背景には何があるのでしょうか?
(スポーツジャーナリスト 二宮清純さん)
「私は、やはり何か大きな政治的な背景がある気がします。ロシアは国家ぐるみでドーピングをしていたことで2018年平昌五輪から制裁処分中です。ところが習近平国家主席が今回はいわゆる特例として自ら、ロシアのプーチン大統領をメインゲストとして開会式に呼びました。この結果を開幕の2月4日までに出すと、『なぜプーチン大統領が開会式に出ているのか?』というふうになりかねないから、あえて検査の決定を遅らせたのではないかという疑念を持ちますね。」
Q. ワリエワ選手はROCの中では最も注目されている選手で、習近平国家主席が肝入りで呼んだプーチン大統領が来る意味がなくなるから?ということですか?
(二宮清純さん)
「ドーピングのことに関して、本当にプーチン大統領がメインゲストでふさわしいのかということを蒸し返される可能性がありますよね。それを避けたかったのではないかなという疑念を持っています。それと、ロシアのアンチドーピング機関はRUSADAという組織なんですけど、このRUSADAという組織は、最近は改善されたとはいわれていますけれども、ロシアがソチオリンピックの後、ドーピングに関して隠ぺい工作をしたときに、実はWADA(世界ドーピング防止機構)から資格停止を受けているんです。そして今回、ワリエワ選手異議申し立てをしたら『はい、分かりました』と、出場を認めているわけです。ワリエワ選手の異議に正当性がなかったとは言い切れませんが、私はそれ以上に、やっぱり何か大きな力が働いたとしか考えられないですね。」
裁定の結果は「出場可能」に…どんな判断があったのか
そして、2月14日午後、スポーツ仲裁裁判所は会見で、ワリエワ選手の北京五輪の出場を認めることを発表しました。その理由は、まず彼女が15歳で保護監督下であるということでした。将来に大きな影響を及ぼすことが懸念されるため、16歳未満への制裁の基準は低いということです。また、検体が採取から結果を出すまでの期間が長すぎたことについても言及し、オリンピックの競技が始まってから通知がされたことは本人のせいではないとしています。
Q. ロシアの反ドーピングの姿勢がどうなのかが問われると思うんですが、ワリエワ選手は15歳と若くて彼女が本人の意思でなく、体内に薬を入れてしまったとしたら大変気の毒である、それで出場停止になると将来も心配されます。一方で、オリンピックのみならずスポーツからはドーピングを絶対になくそうという流れ、この真ん中に彼女が立たされちゃったわけですよね?
(二宮清純さん)
「そうですね、おっしゃるとおりで、15歳だから保護対象であるということと、禁止薬物の使用が発覚したということは別問題で分けて考えるべきだと思います。私の取材体験から申し上げますと、1988年のソウルオリンピック、このときにロシアはソウルの近くにあるインチョンという港に慰安船を出したのですが、その船の中でドーピングやっていたことが後で発覚するんですね。国家ぐるみでやっているわけですよ。しかしこの国家ぐるみのドーピングはソ連が崩壊して以降なくなりつつあったのが、まだ地下水脈として残っていたということです。」
二宮さんによると、ドーピングは大きく分けると2種類あると言います。まず1つは、カナダやアメリカで行われた、特にカナダのベン・ジョンソン選手が典型の“一獲千金型”。ドーピングによって金メダルをとりスポンサーをつけてお金を儲けようという「資本主義型ドーピング」です。もう1つが、旧ソ連や東ドイツで行われた“国威発揚型”。選手は国威発揚の駒で、メダルをとったら年金の生活も保障される、勲章ももらえる、家も与えられる、車ももらえるという「共産主義型ドーピング」です。
(二宮清純さん)
「ロシアのスポーツに長年関わってきた人によると、『今は国家ぐるみができなくなりつつあるが、そのドーピングに手を染めた人たちが成果報酬をもらってチームに加わっている。裏のチームにいるんじゃないか』と。今回の禁止薬物は、今は遺伝子ドーピングとか非常に高度な巧妙なドーピングがある中においては、極めてアナログですよね。日本では、ほとんど使用されません。ある医師は「昭和の薬」と呼んでいました。この極めてアナログなドーピングに手を染めたっていうことは、身近なスタッフの中に、そういう人たちがいたんじゃないかなというふうに推察されますね。」
今回、ワリエワ選手の検体から検出された「トリメタジジン」は、血管を広げる作用を持つ薬物で、世界反ドーピング機構では心臓が動くエネルギーを作りだす機能・代謝に影響する薬として使用を禁止しています。
薬物は「特定物質」と「非特定物質」の2つに分かれていて、「特定物質」は間違えて飲むことも考えられるような薬、物質です。それに対して「非特定物質」は使用すると原則4年の停止になるというような非常に悪質性の高い物質で、「トリメタジジン」は「非特定物質」に当たります。
Q. ロシアでは、「大統領がこれだけ力入れてるんだから」というような、スポーツ関係者に対する圧力みたいなものは感じますか?
(二宮清純さん)
「そうですね。国威発揚がプーチン大統領になって強まったということは2014年のソチオリンピックが証明していると思いますね。言ってみれば『選手は駒なんだ』と。まさにフィギュアスケートの選手なんかからすれば、今回はドーピングの問題が議題になっていますけれども、体重制限の問題など本当に健康に悪いということが、たくさん指摘されているわけです。そもそもドーピングをやめないといけない一番の理由が、まず健康が保持できないことです。2つ目が競技の公正性ということです。こういうことを本当に国のトップが分かっているのかなと。むしろまた古い考えの国威発揚型、これがまだロシアで続いているような印象が否めないですね。」
(情報ライブ ミヤネ屋 2022年2月14日放送)


