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【独自解説】父は金日成主席の護衛・義父は“北の金庫番”…北朝鮮の元エリート外交官はなぜ脱北を決意したのか?知られざる北朝鮮の実態を激白
2025年12月27日 UP
かつて北朝鮮で外交官を務めていた劉現祐(リュ・ヒョヌ)氏(53)が、日本のテレビメディア取材に初めて答えました。食糧危機による凄絶な暮らしや、金一族の“最側近”である義父との関係、若かりし金正恩(キム・ジョンウン)総書記との出会い、そして脱北をせざるを得なかった衝撃の理由とは…。知られざる北朝鮮の実態に迫ります。
■恵まれた暮らしから一変 深刻な食糧危機…過酷な環境で盲腸が破裂
北朝鮮・元駐クウェート臨時代理大使のリュ・ヒョヌ氏は、2019年に韓国に亡命しました。2025年11月には、『金正恩の隠された秘密金庫』という本を出版しています。
1972年に平壌(ピョンヤン)市に生まれたリュ氏。父は金日成(キム・イルソン)主席を護衛する司令部に、43年間勤務していたといいます。父が高官で、母は『国家計画委員会』に勤務し、比較的裕福な家庭に育ったということです。1日当たりコメ1キロの配給や、1か月で豚肉が1人当たり5キロ配給されるなど、恵まれた環境だったと話します。
リュ氏は、ほんの一握りの子どもしか通うことのできないエリート校、『平壌外国語学院』へ進学しました。
(脱北した元外交官 リュ・ヒョヌ氏)
「入学しようとしたきっかけは、一言でいうと、勉強ができたからです。小学校から5人推薦されるのですが、その5人のうちの1人が私でした。平壌外国語学院に入学したから、これからはより広い世界、国際舞台に出て、外国語を使える場所であれば、外交官にならなければと考えたのです」
しかし、1990年代に入ると、経済政策の失敗などにより、北朝鮮の情勢に大きな変化が―。1994年から、深刻な食糧危機に陥った北朝鮮。“苦難の行軍”と呼ばれた時代で、大量の餓死者が発生しました。当時、大学を卒業したばかりのリュ氏も、地方に派遣され、労働を余儀なくされることに…。
(リュ氏)
「私が行ったのは、慈江道(チャガンド)の江界(カンゲ)市です。北海道よりも寒く、-40℃以下になります。地方にはコメどころか、何一つありませんでした。慈江道は軍需工場が多いため、国から配給がなければ、全員、飢え死にするしかない場所です。飢えた人が多すぎて、栄養不足になり、子ども・赤ちゃんが死にました」
このとき、あまりにも過酷な環境から、リュ氏自身も盲腸が破裂。生死をさまようほどの経験をしたといいます。
さらに…
(リュ氏)
「生まれて初めて(コメを)泥棒しました。なぜなら、コメを闇市場で売れば、お金になります。それぐらい大変でした」
こうした経験を乗り越え、その後、夢であった外交官となったリュ氏。2017年には駐クウェート臨時代理大使になるなど、北朝鮮外交の重要な役割を担う存在に。そんなリュ氏を語る上で欠かせないのが、義父である全日春(チョン・イルチュン)氏です。
2002年に結婚したリュ氏。妻となった女性の父親は、金一族の資金管理を行う、党『39号室』の元トップで、“金正恩の金庫番”と言われる存在でした。
(リュ氏)
「金正日氏と義父は中学・高校の同級生ですから、金正日氏が義父のことを、骨の髄まで知っています。(金正日氏が)自分のように信じてもいい人間だと思ったので、『39号室』室長に長く就かせたと思います」
しかし、義父が金一族に一生忠誠を捧げても、2019年に引退すると、家・家具・車などは返却させられ、待遇は6か月分のジャガイモ2キロのみとなったといいます。
Q.ここまで尽くしたなら老後も豊かに暮らせるものだと思ってしまいますが…
(朝日新聞元ソウル支局長・牧野愛博氏)
「ロイヤルファミリーの秘密を知ってしまうため、十字架を背負うわけです。秘密を口にしようものなら収容所に送られてしまうので、引退後はむしろ生活としては厳しいものがあると思います」
Q.このような処遇を受けると、逆に反発が起きそうですが?
(牧野氏)
「それは人を見て考えていると思います。元々、北朝鮮は超縦割り社会なので、徒党を組まないようにしていますし、監視もしっかりしています。たぶん義父が住んでいたアパートは、24時間電話などを盗聴されています。それらを全部判断した上で、『こいつは大丈夫だろう』ということで、このような処遇になっているのだと思います」
■若かりし金正恩総書記との出会い 好感を抱くも“ある事件”が…
結婚当初は、義父の存在があまりにも大きすぎたため、萎縮することもあったといいます。しかし、この結婚により、リュ氏は北朝鮮の最高幹部たちが暮らす地域へ移り、義父を通じて、多くの大物たちとつながることになります。その1人が、なんと、最高指導者を継承する前の若かりし金正恩総書記でした。
2011年に金正日氏が亡くなって以降、北朝鮮のトップとして君臨し続ける金正恩総書記ですが、最高指導者になる前の2009年に、義父のお見舞いに姿を見せたといいます。
(脱北した元外交官 リュ・ヒョヌ氏)
「私たちが面会している最中に、金正恩氏が入って来たんです。そのときは少しシャープだったんです。ベッドに座っていた私の義父が、お出迎えするために立ち上がろうとしたら、金正恩氏がスッと駆け寄って、義父の腕をつかんで、『室長おじさん(チョン氏)は座っていてください。足の手術をしたので大変でしょう、座ってください』と、話しているのを見ると、とても礼儀正しい、そんな青年でした」
当時の金正恩総書記について、好感を抱いていたリュ氏でしたが、いざ、後継者になることが明らかになると、党や国のために戦った功績もないことや、20代の若者が最高指導者になることについて、不安を抱くようになったといいます。その不安が的中したと考えたのが、北朝鮮の元幹部で、金正恩総書記の叔父に当たる張成沢(チャン・ソンテク)氏を巡る事件です。
2013年12月、チャン・ソンテク氏は“政変を企てた逆賊”として、特別軍事裁判にかけられ、即刻処刑されました。
(リュ氏)
「そのとき死んだ人だけでも、労働党行政部の副部長は全員死にました。みんな銃殺されて、その部下や、少しでも関係している人なら、100%全員殺され、その死んだ人の家族も100%、収容所に送られました。尊厳のある人が、何の司法手続きもなく裁判とか選挙とか、司法の判決もなく、その場ですぐ独裁者の一言によって処刑される。そんな悲劇的な事態が、北朝鮮ではよくあるのです」
金正恩総書記の“逆鱗”に触れた背景ですが、リュ氏が義父から聞いた話によると、金正日氏が亡くなった翌年の2012年に、国家元首でもないチャン・ソンテク氏は、中国で国賓級の待遇を受けたということです。その翌年(2013年)に習近平政権が誕生し、北朝鮮は3度目の核実験を行いました。その際、チャン・ソンテク氏は、「核実験は自滅行為。正面から中国を刺激すれば災いを招く」と発言し、これが逆鱗に触れたのではないかということです。
義父によると、2013年12月30日に、義父のチョン氏を含め、幹部7人が出席していた夕食会で、金正恩総書記が、チャン・ソンテク氏を処刑した理由について、「チャン・ソンテクは全く忠誠心がない。毎日の行いに我慢できず処刑した。銃弾も惜しい、骨を残すのも許せないと思い、火炎放射器で何もなくなるまで焼かせた」と話していたということです。
■エリート外交官がなぜ脱北を?きっかけは金総書記の肖像画?
(リュ氏)
「時々、北朝鮮のニュースを見ると、私が知っている外務省の友人たちが全員出てくるんですよ。そうしたら、この人がもう局長になったのかって。私も北朝鮮にいたなら、局長や次長になっていただろうに…とか、そんな考えも時々想像で思い描いています」
40年以上の時を過ごした母国に対して、今も想いを馳せることがあるというリュ氏ですが、なぜ、彼が脱北という最終手段に出なければならなかったのでしょうか?きっかけは金正日総書記が描かれた肖像画にありました。
2017年、駐クウェート臨時代理大使として、同僚の一等書記官と共に、大使館の引っ越し業務を行っていたリュ氏。その際、金正日総書記が描かれた肖像画が見当たらないことに気付いたため、あらゆる場所を探すも、見つかりませんでした。すると、同僚の一等書記官が、こう言ってきたといいます。
(リュ氏)
「『大使館の登録台帳にも登録されていない。だから、これをなくしたからといって、問題にはならないから、我々だけが口外しなければいい』と言われました」
北朝鮮では、金一族の肖像画などを失うことは、“死”を意味するため、リュ氏もこの意見に賛同しましたが、その後、先に帰国した一等書記官が、この事実を告白し、すべての罪をリュ氏になすりつけたといいます。
(リュ氏)
「帰国すると捕まるかもしれないと思ったと同時に、これは脱北すべきかどうかを、ずっと悩むようになりました。私の子どもは何の罪もないのに、北朝鮮に帰国すれば、ダメな父親のもとに生まれたせいで、一生、政治犯として生きていかなければならないじゃないですか。それで、子どものためにも、自分のためにも、脱北する道が正しいと思いました」
韓国大使館に駆け込み、2019年9月に、なんとか脱北に成功したリュ氏とその家族。現在は韓国で暮らしているものの、知り合いもほとんどおらず、フリーランスで働いているため、安定した収入もないといいます。
(リュ氏)
「北朝鮮についての未練や、こうならなかったら良い暮らしができたのにといったことより、北朝鮮を抜け出して脱出したという、それだけでも、私はよくやったと思います」
亡命後、韓国に残してきた義父や親族の状況は一切分かっていませんでしたが、2021年の金正日総書記の誕生日に、北朝鮮の国営メディアで放送された映像に、リュ氏の義父・チョン氏が映っていたため、無事を確認できたといいます。
Q.これは2021年の映像ですが、今現在はどうだと思いますか?
(牧野氏)
「普通はロイヤルファミリーの秘密を世間に知らせると、かなり危ないことになります。昔、金正日氏の甥っ子も、色々情報を漏らした結果、ソウル近郊で暗殺されましたから。彼もこれからは身辺に気をつけないといけません」
(「情報ライブミヤネ屋」2025年12月3日放送)


