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北朝鮮のリアルな現実とは?

【独自取材】北朝鮮で2年間暮らした英・外交官の妻に直撃 金一族への絶対的崇拝・メディアの情報操作・男尊女卑、一方で若者には変化も…

2021年に出版された写真集『NORTH KOREA Like Nowhere Else(訳:北朝鮮 唯一無二の国)』。筆者は、イギリスの外交官の妻として、夫の北朝鮮赴任に同行したリンジー・ミラーさん(34・取材当時)。「拉致問題」や「ミサイル・核実験問題」を抱え、今も国際社会から厳しい制裁を受け続ける北朝鮮ですが、中国やロシアなど、162の国と国交を結んでいて、イギリスもそのひとつです。彼女は、2017年から約2年間を、平壌で過ごしました。

リンジー・ミラーさんが出版した写真集

 リンジーさんが暮らした地区には複数の大使館があり、平壌中心部から徒歩で20分の場所にあったといいます。その徹底した“監視社会”で、彼女に許された数少ない自由が“写真を撮ること”でした。撮った枚数は、実に1万2000枚以上。最も秘密のベールに包まれた国で、彼女が見た人々の“リアルな生活”と“ホンネ”とはー?

近代的なビルと暖房の無い家…“貧富の差”の現実

元イギリス外交官の妻 リンジー・ミラーさん

Q.最初にご主人の赴任が北朝鮮に決まって、住むことになったときは、どんな感想でしたか?
(リンジー・ミラーさん)
「一緒に行くべきか悩みました。他の人もきっとそうなったと思います。当時北朝鮮について私が知っていたことは、報道を通じて聞くような“政治的なこと”だけだったので…実際に自分が行くのだと言われると、危険な場所だろうし…と圧倒されました」

最初に撮った写真『未来科学者通り』(平壌 2017年6月)

 そんな不安な気持ちをかかえたリンジーさんが、北朝鮮に到着後、初めて撮ったのが『未来科学者通り』というタイトルの写真です。

(リンジー・ミラーさん)
「未来科学者通りでは、すごく風変わりな建物が目に飛び込んできました。イギリスでは全く見たことがないような、水色や黄緑色に塗られた、奇妙なビルに見えました」

『柳京ホテル』(平壌 2018年8月)

 その後も平壌市内で撮影したのは、『平壌スケートリンク』や『柳京ホテル』など、モダンで近代的な建物の数々です。

『郊外のアパート』(青年英雄道路 2018年8月)

 しかし、中心部を離れると、意外な光景に驚かされたといいます。電気やガス、水道などインフラ整備が不十分な建物が数多く存在していたのです。

郊外の家の冬の様子

(リンジー・ミラーさん)
「例えば、冬はほとんどの家が、窓にプラスチックシートをかぶせて寒さをしのぎます。暖房も、温水設備もないんですね。居間にテントを置いて、中で家族と暖を取っているという話もあって…」

目の当たりにした、“貧富の差”でした。この国の本当の姿は、どこにあるのか。リンジーさんは、さらに深く人々の日常を知るために、シャッターを切り続けました。

『トラックに積まれた子ども達』(平安北道 2018年5月)

 『トラックに積まれた子ども達』と題した写真に写っているのは、郊外で見かけた“乗合いトラック”。荷台に乗って仕事へ向かう幼い子どもは、道端でヒッチハイクをして車を捕まえるといいます。

『肉体労働の男性』(南浦 2018年9月)

 『肉体労働の男性』の職業は、農業。政府は農民を“自給自足の英雄”と称えますが、現実は、極度な貧困に喘ぐ暮らしをしています。

『新聞を読む男性』(平壌 2018年10月)

 『新聞を読む男性』が見ているのは、朝鮮労働党が発行する「労働新聞」。北朝鮮の人々にとっては、限られた情報源の一つです。ただし報じられるのは、党が認めた内容だけです。

Q. これだけの写真を撮っていて、危険な目にあうことはなかったのでしょうか?
(リンジー・ミラーさん)
「観光客や外国人訪問者だと、持ち込みできる物も厳しく制限されていました。カメラや電子機器は空港でチェックされますし、写真や動画を撮る際も、ルールを守り、命令されれば削除しなければなりません。しかし外交官の場合は、そのようなことは言われず、自由に写真を撮って良くて、空港で削除するよう命じられたりもしませんでした」

『長屋:通称“ハーモニカハウス”』(平壌 2018年8月)

(リンジー・ミラーさん)
「写真を撮ることで、自由を得られた気持ちはありますね。個人的な気持ちや感情の表現手段になったと思います」

外国人にも強いられる、金一族への“絶対的崇拝”

 一方、日常生活では、外国人が守るべき“徹底したルール”に頭を悩ませたと言います。それは、厳格な“行動制限”。電車やバスなど公共機関の利用は、原則禁止されており、移動手段のほとんどが、車と自転車でした。

(リンジー・ミラーさん)
「私が家の敷地を出ると、ドミノのように兵士たちがお互いに電話をかけて、私の居場所を、逐一管理しているんです」

Q. ずっと監視されていると、ストレスではなかったですか?
(リンジー・ミラーさん)
「つらかったし、不快感もありました。北朝鮮の人たちは、ずっとその環境で暮らさなければならないと思うと…私は幸運にも去ることができても、北朝鮮の人たちは選択の自由もなく、国内にとどまるしかない。いったいどんな気持ちなのだろうと、到底理解できませんでした」

厳しい監視の下で暮らす生活。さらにリンジーさんは、北朝鮮ならではの“あること”も強いられたといいます。それは、自動車運転の教習のときです。助手席には教官、後部座席には通訳を乗せていました。北朝鮮では、リンジーさんのような外国人が車に乗る時は、北朝鮮政府発行の運転免許を新しく取得しなければならなかったのです。

最初のうちは、車内は和やかな雰囲気でした。しかし、あるところに来ると空気が一変…教官が、急に車の速度を落とすことを求めてきます。リンジーさんは、車の速度も確かめましたが、問題はなし。しかし再び、減速を指示する教官。一体、なぜなのか?ふと外を見ると、そこには…

街に並ぶ金日成主席と金正日総書記の壁画

金日成主席と金正日総書記の壁画がー。

 教官が言うには、「金日成主席や金正日総書記が描かれた像や肖像画の前を通る時は、どんな時でも必ず速度を落として、敬意を払わなければいけません。金一族への崇拝は、北朝鮮の人だけでなく、もちろん外国人も、その規則に従うべきなのです」とのこと。教官が、車の速度を落とさせたわけは、街にある金一族の壁画の前を敬礼せずに通り過ぎるのを阻止するためだったのです。

『肖像画と学生』(平壌 2018年9月)

Q. 金一族への崇拝は、強いと感じましたか?
(リンジー・ミラーさん)
「やはり早期教育とか、子供の頃から“刷り込まれたもの”だと感じました。家族で銅像を拝みに行くときは、花を持ってきたりします。そういう習慣なんです。金一族への崇拝は若い歳から刷り込まれる絶対的なもので、そこに一切の選択の余地はないのです」

ミサイル発射を喜ぶ国民の映像、その裏にある事実

2017年、北朝鮮はミサイルを相次いで発射

 折しもリンジーさんが在住していた2017年は、北朝鮮がミサイルを相次いで発射していた最中でした。国際社会から制裁を受けるなど、国内外で緊張が高まる中、北朝鮮メディアは全世界へ向けて、ミサイルの発射実験の成功を祝う国民の姿を放送していました。

『ミサイル発射ニュース』(平壌 2017年11月)

 まさにその放送の瞬間に、現場にいたリンジーさんが撮影した写真が、『ミサイル発射ニュース』。モニターにはミサイル発射の成功を伝える映像、そしてそれを見つめる国民の姿が…

『ミサイル発射成功に沸く国民』(平壌 2017年11月)

 また、別の角度から撮った写真を見てみると、人々は報道を聞いて、一見喜んでいるようにも見えるのですが…実はこの写真の裏側には、海外メディアが報じなかった“ある一面”が隠されていたのです。

喜ぶ人々、その真実は…

(リンジー・ミラーさん)
「この写真では、政府のメディアが発信する情報と正反対のことが起きています。写真の右側に人々が集まっていますが、実は彼らの前にはテレビのディレクターがいて、カメラに映った集団に、花を振って喜ぶよう指示を出しているんです。現場には、喜んでいる人もいれば、そうでない人もいる。問題は、単純化されすぎていると言うことです」

リンジーさんがとらえた、これまで想像だにしなかった北朝鮮メディアの裏側と人々のリアルな反応。さらにリンジーさんが目撃したのは、北朝鮮の女性がおかれた、厳しい現状でした。

強く残る“男尊女卑”、若者に起こりつつある“変化”

『囲碁・将棋を楽しむ男性』(平壌 2019年8月)

 昼下がりの平壌、道端には囲碁や将棋を楽しむ男性たちの姿が。一見、何気ない日常に見えますが…

Q.ここには女性の姿がありませんが、女性は何をしているんですか?
(リンジー・ミラーさん)
「女性の友人に聞いたところ、家族の世話をしなければならないので、自分のやりたいことに時間を使えないそうです。『本当はもっと運動や趣味の時間をとりたいけど、家族の世話をしなければならないので、できない』と言っていました」

『ペンキ塗りをする女性たち』(南浦 2019年8月)

 男性が、趣味に興じているその裏側で、女性たちは家事に力仕事に大忙し。リンジーさんが見た女性の大半は、その日の生活に追われ「社会的地位」を得るのは容易ではないといいます。

『靴工場で働く女性』(平壌 2017年12月)

(リンジー・ミラーさん)
「北朝鮮では、私的な商売において、女性が稼ぎ手です。市場にいる売り子も、中国から商品を運んでくるのも女性です。一家の家計を支えているのは、女性であることが多いのです」

 いまだに強く残る、“男尊女卑”の思想。一方、若い世代に目を向けてみると、そこにはある変化がみえました。

『女子学生』(平壌 2018年8月)

Q. 『女子学生』という写真には、女子学生が何人かいますが、みんなお化粧をしていますよね?
(リンジー・ミラーさん)
「髪型に流行があると思いました。伝統的なロングヘアのまとめ髪に比べて、ショートヘアがモダンで、流行っているようでした」

 実は金正恩政権になって、北朝鮮は西洋文化の影響を受け始めています。それは、若い女性たちにも浸透していると言います。

Q. 彼女たちは、西洋文化の情報をどこから得ているのですか?
(リンジー・ミラーさん)
「外国人としてそこにいると、ファッションの情報源“インフルエンサー”だと思われるんです。新しい海外の情報をもたらしてくれる人だと見られます。私は毎日スニーカーだったので、『なんでそんなみっともない靴をはいているの?』ってよく言われました。彼女たちは、いつもハイヒールなんですよね。髪型にも、『どうやって切っているの?どうやってカールしてるの?』と興味を持っていました」

 若者の間に起きつつある“意識の変化”は、リンジーさんが撮った写真『手をつなぐカップル』にも表れています。

『手をつなぐカップル』(平壌 2018年8月)

 「労働新聞社」の前を手をつないで歩く、一組のカップル。ひと昔前であれば、男女が人前で手を繋ぐことは、タブーだったと言います。

(リンジー・ミラーさん)
「たくさんのカップルが、屋外でのデート中に手をつないで歩いているのを見ました。本当はダメなのですが、バーではカップルがお酒を飲んでキスしていたり…私もびっくりしました。」

『愛情は、きちんと伝えあいたい』。
リンジーさんが見たのは、従来の“古いしきたり”を変えようとする若者の姿でした。

いま、リンジーさんが伝えたいことー

 私たちの中にイメージづいた“北朝鮮”と、実際に自分の目で見る“北朝鮮”。リンジーさんが撮る写真には、ひとくくりにしてできた北朝鮮への偏見に対し、「“一人ひとりの人生”があることを分かってほしい」という思いが込められています。

Q. リンジーさんが写真を撮る上で、一番大事にしていることは何ですか?
(リンジー・ミラーさん)
「北朝鮮の日常生活が、いかに普通かということを伝えたい、という願いです。私自身も当初、先入観を持っていましたので…すごく世間知らずでした。『写真の中の人は、どんな人生を送っているんだろう?』と、読者に考えてもらえるような写真を撮ったつもりです」

2021年に写真集を出版

 リンジーさんは2021年、北朝鮮で撮影した1万2000枚以上の写真の中から選りすぐりを集めて写真集を作りました。なかでも、一番のお気に入りであり、世界中の人に見て欲しい1枚があるといいます。それは…

(リンジー・ミラーさん)
「一番気に入っているのは、北朝鮮の兵士たちがトラックに乗っている写真です」

『トラックに乗る軍人たち』(平壌 2018年8月)

(リンジー・ミラーさん)
「大半の人たちが、こう考えるでしょう。『兵士・軍隊、これが“北朝鮮”という国を表している』と。兵士たちはひとくくりに扱われて、個人は消えてしまいます。でも写真では、一人一人の顔を見ることができますし、私が手を振ったら彼らも手を振って、うち一人は投げキスをくれました。彼らは誰なのか、名前は何なのか、何を食べており、家族は?どういう性格なのか?彼らも一人の人間なのです。そういうことを考えてほしいのです」

(情報ライブ ミヤネ屋 2022年2月16日放送)

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