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猿之助さんが単独インタビューで語っていたこととは…

【独自解説】猿之助さんが救急搬送10日前に語っていた「危機感」と「使命」 いろんな芸能の“良いとこ取り”歌舞伎の知られざる魅力とは

 救急搬送される10日前、「スポーツ報知」が猿之助さんに単独インタビューをしていました。そこで語られていたのは従兄弟・市川中車のこと、澤瀉屋のこと、さらに歌舞伎界への危機感でした。伝統と格式だけではなく、新しいことや流行りごとを取り入れてきた歌舞伎。スポーツ報知の高橋誠司氏、歌舞伎ライターの九龍ジョー氏のダブル解説です。

語っていた猿之助さんの歌舞伎への想い

スポーツ報知 高橋誠司氏

 「スポーツ報知」が行ったインタビューの内容は、「六月大歌舞伎 傾城反魂香(けいせいはんごんこう)」での市川中車さん・市川團子さんとの共演への意気込みなどがメインだったということです。中車さんと團子さんの芸に対し、猿之助さんは「2人共まだまだ経験不足。厳しい言い方に聞こえるだろうが、早く“使い物”になってほしい」と話していました。これを聞いた記者は、「あえて辛辣な言葉を選んだように見えた」ということです。

(スポーツ報知 高橋誠司氏)
「中車さんにとっても久々の大きな舞台で、かなり重要な仕事だという認識はあったと思いますが、猿之助さんは、中車さんに『ここが勝負だぞ』と、こういう厳しい言葉をおっしゃったのかなと思います」

 そして、歌舞伎と映像の仕事については、「映像で培ったことは歌舞伎では通用しない。僕も歌舞伎の演技が映像に役立っていると微塵も思っていない」と話しました。これを聞いた記者は、「頭が良い、全てが見出しになる言葉を選んでくれている」と思ったということです。

(高橋氏)
「猿之助さんはデビュー当時から、わりと『歌舞伎第一、映像は二の次』みたいな考えでおっしゃっていたような発言がありました。最近は猿之助さんもドラマなどに出られて、『ドラマに出ることで、多くの方に歌舞伎を知ってもらわなきゃいけない』というような考えには変わってきたように思いますが、根底にある歌舞伎に対する厳しい姿勢というのが垣間見えたと思います」

Q.記者の言う「頭が良い」というのは、記事になりやすいということですか?
(高橋氏)
「我々新聞業界の人間は、『見出しをどうするか』ということを第一に考えます。猿之助さんの言葉は一つ一つが本当に見出しになりますし、頭のキレ・回転の良さというのは、『この方は歌舞伎の中でもトップクラスだ』と取材記者もよく言っています」

 そして、「中車の役は、僕らにとってすぐにできて当たり前。遅くに飛び込んだ中車には大変だと思うが、彼にこの役は似合うはず。“適材適所”なんです」とも語りました。これを聞いた記者は、「澤瀉屋の未来を一心で背負う覚悟を感じた」といいます。さらに、「澤瀉屋にとって勝負の年ですね?」という質問には、「歌舞伎界の人気回復のためには、この状況で走り続けるしかない」と語りました。

Q.澤瀉屋はもちろん、歌舞伎界全体の人気回復のため、自分自身にも相当プレッシャーをかけていたということですか?
(高橋氏)
「コロナ禍のときにも“zoom歌舞伎”など新しい試みをされていて、『これから歌舞伎はどうなるんだろう』という危機感はあったようです。『澤瀉屋にとっても歌舞伎全体にとっても、今年が勝負なのだ』と、かなり強調されていたということです」

いろんな芸能の“良いとこ取り” 実は自由で面白い歌舞伎

歌舞伎を中心に取材 ライターの九龍ジョーさん

 歌舞伎の屋号は現在30~40ほどあり、「成田屋」と「音羽屋」が二枚看板と呼ばれています。成田屋には市川團十郎さんと息子の新之助さん、音羽屋には人間国宝の尾上菊五郎さんや尾上菊之助さん、そして尾上松也さんがいます。

(ライター 九龍ジョー氏)
「かつて成田屋と音羽屋には、とてつもなく歌舞伎に貢献した“歌舞伎の顔”のような役者がいたので、この2つの屋号が大きいようになっていますが、今は人間国宝になっている俳優の方やベテランたちが中心となっており、屋号もかつてほどハッキリ競っているような感じではありません」

主な「屋号」の格式

Q.特に集客力がある役者は、どなたなのでしょうか?
(九龍氏)
「『客観的な数字で見て、この人だろう』と思うのは、市川團十郎さんです。襲名披露公演も大盛況で、松竹の利益も上がったと報告が出るくらいですから、圧倒的な知名度も含めて集客力があると思います。あと、片岡仁左衛門さんと坂東玉三郎さんは、『絶対に目に焼きつけておきたい』と思う歌舞伎ファンが大勢います。そして、猿之助さんだと思います。『スーパー歌舞伎』や『ワンピース』などで普段は歌舞伎座に来ないような客層や、さらに猿之助さんが地上波に出て得た新しいファンもいますし、集客力はすごくあると思います」

Q.生き残るためには、他の家とは違う斬新なことをやっていく必要があるのですか?
(九龍氏)
「澤瀉屋はエンターテインメント性の高い演目をするのもありますが、いわゆる“名門の家”ではない、“門閥外”という言い方をしますが、そういった人々にも門戸を開き、チャンスを与えてきた家でもあります。コロナ禍以前は、澤瀉屋は歌舞伎座に出なくても、明治座で面白いことをやってすごく集客していました。コロナ禍になってから、猿之助さんが歌舞伎界全体に危機を抱き始め、逆に歌舞伎座にどんどん出るようになって、『歌舞伎座に力を貸す』ではないですが、そういったものが見えるようになりました」

澤瀉屋の特徴

 「異端にして文武両道」といわれる澤瀉屋は、立役と女形のどちらもできるだけではなく、複数の役をする“早替わり”でも全ての役でクオリティーが高いことが特徴だといいます。さらに、二代目猿翁さん、四代目段四郎さん、四代目猿之助さん全員が慶應義塾大学卒業という共通点があります。二代目猿翁さんへのリスペクトから同じ道に進み、歌舞伎に文学を取り入れることを大切にしているのではないかということです。

Q.澤瀉屋は、稽古も大事だけど、勉学も大事という考えなのですか?
(九龍氏)
「そうですね。『学業と芝居があれば、学業を取れ』と言われているなんて話もあるぐらいで、二代目の猿翁さんが確か、初めての“大卒歌舞伎役者”だと思います。『勉強してる時間あったら、稽古しろ』という時代だったと思いますので、そういう中で大学へ行って勉強していたのは、結局それが芸術や文学など舞台に生きるものだという考えがあったのだと思います」

初代猿翁さんは歌舞伎にロシアバレエを取り入れた

 学びを大切にする精神は、初代猿翁さんのときからあったといいます。歌舞伎役者が中学校に通うことは異例だった当時、初代猿翁さんは私立の中学校に通っていました。また、ロシアバレエで使う足の動きを歌舞伎に取り入れたともいわれており、新しいものを取り入れる、正に革新派だったということです。

Q.この時代にロシアバレエを取り入れるというのは、最初は批判もあったのでしょうか?
(九龍氏)
「日本の演劇には歌舞伎しかない時代もありましたが、明治は海外の演劇やバレエなどいろんなものが一斉に入ってきている時期でした。その中心にいたのは文学者や新しい芸術家たちだったのですが、そこに歌舞伎役者も入って、影響を受けました。実際にロシアを視察したときにバレエを見て、横の動きが中心の日本舞踊に、立体的に縦に動くバレエを取り入れて、踊りを作ったりしていました」

Q.どうしても「歌舞伎は伝統と格式」だと思ってしまうのですが、そういった“実験”をする場だったのですか?
(九龍氏)
「歌舞伎は、日本の伝統芸能の中でも、いろんな芸能の“良いとこ取り”で出来上がっています。“守ってきている”というよりは、そもそもが『能の良いところを取ろう』『文楽の良いところを取ろう』『何か事件が起きれば、それを取り上げよう』というように、常に新しいものや流行っているもの取り入れてきたので、『それが歌舞伎』というほうが実態に近いと思います」

Q.歌舞伎を見に行ったときにアドリブが結構入っていたのですが、そういうこともよくありますか?
(九龍氏)
「それこそワイドショーのネタや、流行っている一発ギャグを舞台上で取り入れたりなど、そういうことはあります。ですから、歌舞伎を見に行って、『あれ?歌舞伎俳優さんって、こんなに自由なんですね』みたいに思う人は、初めて見る人には多いみたいです。古典演目は形がハッキリあるので、逆に、それを使って遊べるんです。いつでも本線に戻れるので、いくら逸脱しても大丈夫というところも、歌舞伎の魅力の一つではあると思います」

(「情報ライブ ミヤネ屋」2023年5月24日放送)

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