10395 「郵便書簡・ミニレター・文通・ペンフレンド・(呼)・コレクトコール」

2026 . 5 . 21

10395

 

 

5月13日のラジオ・ニッポン放送の「辛坊治郎ZOOM」を聞いていたら、

「郵便書簡」

で番組に届いたお便りの話をしていました。

「ミニレター」

とも呼ばれるものです。

「令和ことば事情10387電話帳・百科事典・書簡類は死語?」でも、ちょっと触れましたが、いまや、

「郵便書簡」「ミニレター」

と言っても、若い人は誰も知らないという話をしていたのです。

私は大学時代(40数年前ですが)、東京の下宿に、よく母から郵便書簡が届きました。

「ハガキと手紙の中間ぐらいの料金」

で、ハガキ大の紙が折り畳んで糊でとめるようになっていて、広げると、

「ハガキの3倍ぐらい、文章を書くスペースがある」

のです。私は使ったことはなかったですが、そこは、

「主婦のアイデア」(こんな言葉も、もう死語なのかな)

で「やり繰り」をしていたのだと思います。メールもLINEもないんですよ。

「文通」

というのも、もう「死語」でしょうね。雑誌の後ろのページに、

「ペンパル(ペンフレンド)募集」

なんてコーナーがあって、住所が公開されていました。

「ペンフレンド」

が唯一、生き残っているのは、「爆風スランプ」(サンプラザ中野くん)の名曲、

「大きな玉ねぎの下で」

の歌詞の冒頭の、

「ペンフレンドの 二人の恋は」

義頼かなあ。この間映画もやっていたけど「ペンフレンド」って、若い人に意味が通じるのかな?

話しが少しそれましたが、当時は、

「個人情報」

なんて概念は、まだなかったんでしょうね。漫画雑誌でも、

「○○先生に励ましのお手紙を出そう!」

とかって書かれていて、

「漫画家の先生の住所」

が書いてありましたしね。野球選手や歌手なんかの住所も。

単行本の奥付にも、

「著者の住所」

が書かれていました。でも、手紙などを出すのに「お金(切手代)がかかった」。それをホイホイと出せるほど、みんなお金もなかったのかな。

「電話」も自宅にはなくて、お隣の家の電話を借りたりしていましたね。50年以上前ですが。電話番号の前に、

(呼)

と書いてあったのは、

「呼び出し電話」

のことでした。これこそ「死語」かな。若い人は、わかんないだろうな。

そのお宅の廊下の突き当りか、居間にある電話の所まで行って、

「すみません・・・」

と恐縮しながら電話を受けて小声で話をする。そりゃあ「個人情報」ダダ漏れだよなあ。

「長距離電話代」

も高かったですよね。あ、そうだ、

「コレクトコール」

で、東京から大阪の実家に電話したなあ。その「コレクトコールの電話番号」も忘れちゃったなあ…。ネット検索したら、

「106番」

でした!そうそう、思い出した。あ、国内のコレクトコールが始まったのは、

「1980年8月1日」

だったのか!ちょうど、私が大学に入った年!ということは、

「最新のサービス」

だったのか!

それが、「1996年11月1日」に、

「108番」

の「自動コレクトコール」に替わったそうですが、その頃にはもう私は「コレクトコール」を使うことはなくなっていました、もう大人だったから。ですから「108番」という番号に記憶はありません。そしてその「自動コレクトコール」も、

「2015年7月31日にサービス終了」

していたのです!知らぬ間に「コレクトコール」も死語か・・・。

先日、日本郵便の社長が、

「大幅な値上げをしないと、やっていけない」

と、たしか2000億円ぐらいの赤字があると話していました。

そもそも「郵便」は、

「ユニバーサルサービス」

として始まった通信事業。「ユニバーサルサービス」というのは、

「日本という国に住んでいる人、どこに住んでいても、均一料金で同じサービスを享受できる」

というもので、

「平等=福祉」

の範疇ですから、

「自由・平等・友愛(博愛)」

と言えば「フランス革命のスローガン」で「民主主義」を表すフレーズですが、実はこの3つ、

「同じ方向を向いたベクトルではない」

のですね。だって「自由」と「平等」のベクトルの向きは「正反対」ですからね。そのバランスを取るのが「友愛(博愛)」なのではないでしょうか。ある種の、

「トリニティー」

ですね。

「平等」は本来、「資本主義」には合わないものです。でも、それがあってこそ、

「同じ国に住む国民」

という意識を持つことができて、

「国民国家」

が形成でき得るのですから、その意味では「資本主義にとっても必要なもの」なのです。

「安定した国家」の下でこそ、「資本主義も発展できる」のですから。

しかし、「資本主義の論理」から言えば、

「離島と都心部の料金に、差がついて当然」

ですが、「ユニバーサルサービス」としての郵便は、距離に関係なく、

「ハガキは85円、手紙は110円 ミニレター(郵便書簡)85円」

という格安の同一料金で届くのです。有難いことです。

でも、2年前の11月に、郵便料金は大分値上げされましたよね。

この流れは、実は20年以上前の小泉純一郎内閣による

「郵政民営化」

によって、すでに定まっていたものです。しかし、急激な変化は国民を刺激する(過度な影響を与える)ということで、ゆっくり先送りしてきた。それが20年経った今頃、ようやく、

「民営化の負担部分が回って来た」

と言えるでしょう。

そして20年の間に「郵便」は、あまり利用されなくなり「メール」「LINE」「SNS」といった手段にコミュニケーションツールは変化して来ました。ある意味「郵便事業」はその役目を終えつつあると言えるのではないでしょうか?(それでいいのか?という問題も別にして。)

でも、「メール」だって「LINE」だって何だって、

「電気がなければ、役に立たない」

のです。それに比べたら「手紙やハガキ」は、電気がなくても書くことができる。(届けられるかどうかは別問題ですが。)

「死語」にまつわる、いろんな問題がありそうですねえ。

 

(2026、5、20)