先日、元「ミヤネ屋」のデスクと飲んだ際に、私が言葉に興味を持ったきっかけについて話しました。
それは「6歳」の時で、愛知・名古屋の幼稚園から、大阪・堺の幼稚園に「転園」した際のこと。休み時間に「大縄跳び」の仲間に入れてもらおうと、
「入れて」
と言ったけど、声が小さかったからか、こちらを振り向いてももらえない。もう一度大きな声で、「入れて!!」と言ったけど、やはり気付いてもらえない。
その間にも、後から来た子がどんどん入って行く。よく気を付けて聞いていたら、あとから入った子たちは、
「よして」
と言っている。当時の6歳の私のボキャブラリーにある「よして」は、
「女の人が『やめて』という意味で使う言葉」
しかなかったので、それを使うのは恥ずかしい。でも勇気を出して、小さな声で、
「よして」
と言ったら、縄を回していた子がこっちを振り向いて、ニコッと笑って、
「うん、ええよ!」
と言って、入れてくれたのです。そこで、6歳の私は気付いたのです。
「ああ、これは転校生が差別されていたのではなく、名古屋と堺では『言葉が違う』のだ」
と。それが言葉(方言)に興味を持った「きっかけ」の原体験だという話をしたところ、その彼が、
「僕もそれ、あります!」
というではないですか。彼は、大阪から福岡・博多に引っ越した時に、やはり遊びの仲間に入れてもらおうと、
「まぜて!」
と言っても入れてもらえなかったと。そして博多では「遊びの仲間に入れる」ことを、当時、
「かたらして」
と言っていたそうです。
高校・大学時代を福岡で過ごした妻に聞いてみたところ、彼女は、
「かたして」
と言っていたそうです。
「かたらして」「かたして」
は、恐らく「かてて加えて」の、
「かてる」
が語源で、意味は
「加える」
だと思われます。
「子どもの言葉」は、「学校教育」で教わるものではなく、「地域の交流の中」で覚えていくものなのだということも、あわせてその時に感じたのでした。
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