十三の第七芸術劇場で映画を見て、引き続き原作者の長尾和宏さん(医師)と、「安楽死」をするためにスイスへ行ったが本当にギリギリで思い留まって帰国した、車いすに乗った「くらんけ」さん(「クランケ」はドイツ語で「患者」の意味)との対談もあって、この問題を深く考えるきっかけになった。「くらんけ」さんは、この映画の最後の「ドキュメンタリー部分」で、監督の髙橋伴明さんと対談しているシーンもある人物だ。
主演は、今注目の俳優・毎熊克哉。「安楽死」と「尊厳死」は全然違うのに、その違いも分かっていない人が国会議員でも多いと、原作の長尾さん。たしかにこの「死」の問題を、日本人は避ける傾向がある。アンタッチャブルな感じ。
「くらんけ」さんが「安楽死」をやめたのは、一緒に行った父が悲しむのを見て。毒物を飲みストローを吸いかけたところで、思い留まったと。そして「いつでも来ようと思ったら、またスイスに来られるんだから」と思ったのだそうだ。それって「大阪に住んでいれば、いつでも通天閣に上れるんだし」と思って、結局「通天閣に上ったことがない」というような感じか。そのまま死ぬまで「通天閣」に上らないこともあるのだろう。東京だと「東京タワー」や「スカイツリー」みたいなものかな。どちらも「天に近付く行為」ですね。「それ」を自ら「する」のか、「しない」のか、だ。
(2026、2、1読了)


