網野善彦さんの『海民と日本社会』を読んでいたら、
「水手」
と書いて、
「かこ」
とルビが振ってありました。なんで、そんな読み方をするの?と思って調べたら、
「舵」=「か」
「漕ぐ人」=「こ」(子)
なのだそうです。ここで思い出したのは、兵庫県の、
「加古川」
です。もしかしたら、漢字は違うけど、
「加古川(かこがわ)の語源は『水手(かこ)』なのではないか?」
と思ったのです。そこでまた調べると、まず「水手(かこ)」について「コトバンク」では、
*「かこ(水手)」=水主・加子などとも記し「水手・水主(すいしゅ)」とも読む。本来は船乗りの総称であったが、のちに船頭・舵取りなどの上級船員に対して、配下の下級船員の呼称となった。
別のサイトだと、
*「かこ(水夫・水手)」=<「か」は「舵」、「こ」は「人」の意。>舟をこぐ人。また、船乗り。船頭。(例)月読(つくよみ)の光を清み夕なぎに水手の声呼び浦廻(うらみ)漕ぐかも」(万葉集・三六二二)
と載っていました。
また、
「民部卿為家」(=藤原為家(1198-1275))が歌合に詠んだ歌の中に、
「かこ河」
という表記で「加古川」が登場しているそうです。(「民部卿」というのは、古代から近代までの日本にあった官職で、民政を司どる「民部省の長官」、つまり「総理大臣」みたいな感じなのかな?)
「旅人の 駒うちわたず むさし鎧 たたなそかへる かこの河なみ」
ということで、「鎌倉時代中期」には「かこがわ」の名前が定着していたようです。
そして「加古川の由来」に関しては今はやりの「AIアシスタント」がこう答えてくれました。
「加古川は、古代の郡名『賀古郡』に由来。古代は、奈良時代に書かれた『播磨国風土記』によると、
『鹿子』『鹿児』『可古』
と書いて『かこ』と読んだ」
ようです。ということは「鹿児島」も「水手(かこ)」と関係あるのかな?
これは、日岡山周辺地域が、
「鹿児の郡」
と呼ばれたことに由来すると。川の河口に「鹿の子」が多くいたからという説も見かけました。
そして、いくつかある「語源説」挙げてみると、
- 景行天皇の命名説=日岡山から見た川の河口が、鹿の背中に似ていたため。
- 船乗り(水夫)説=加古川が播磨の国の内陸への重要な交通路であり、多くの船乗り(水夫=かこ)がいたため。
- 湾が湖のように“囲む”説=河口の湾が湖のように見えたため。
(4)「カハ(川)+コ(接尾語)」の転説
いろんな説があるということは、地名に「歴史がある」ということですね。その中に、
「水手(かこ)」
が含まれていて、うれしいです。


