『僕はあと何回、満月を見るだろう』(坂本龍一、新潮社:2023、6、20・第3刷2023、7、10)

2024 . 9 . 19

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去年(2023)年3月28日に、71歳で亡くなった坂本龍一さんの遺稿。雑誌連載中に読んでいたが、本が出たら買って読もうと思っていたのに、気付くのが遅くなって今頃になってしまった。本は去年の夏ごろに出ていたのに1年以上、読むのが遅れてしまった。

タイトルのこの印象的な言葉は、ポール・ボウルズ原作で、坂本さんが敬愛するベルナルド・ベルトリッチ監督の映画で坂本さんも音楽に携わった「シェルタリング・スカイ」(1990年)の中のセリフから取ったものだそうだ。

改めて本の形でまとまって読むと、読みやすい。貴重な一冊である。いろいろ抜粋しますね。

・(20ページ)『時間の疑わしさ』

「ぼくの中でひとつはっきりとしたのは、ニュートンが唱えた『絶対時間』の概念は間違っているということです。彼は、絶対時間は観察者とは無関係に存在し、いかなる場所でも一定の速さで進んで行く超経験的なものだと主張したわけですが、そんなわけはない。時間は言ってみれば脳が作り出すイリュージョンだというのが、ぼくのいまのところの結論です。」

・(21~22ページ)「東北ユースオーケストラのために書き下ろした新曲には、『いま時間が傾いて』というタイトルを付けました。『時間が傾く』とは、ちょっと耳慣れない不思議な表現ですが、これはリルケの詩集『時禱集(じとうしゅう)』を同じく詩人である尾崎喜八が訳した、冒頭の一節から取りました。この部分を引用してみます。『時間は傾いて私に触れる、澄んだ、金属的な響きを立てて。私の感覚がふるえる。私は感じる、私にはできるとーーそして私は造形的な日をつかむ。』なかなか味わい深いですよね。普通に解釈すれば、教会の鐘が鳴り響く様子をリルケは描いたのだと思うけれど、尾崎喜八はそれを『時間が傾いて私に触れる』という日本語に置き換えました。言ってみれば、これは小林秀雄訳のランボーにも似た『超訳』かもしれない。でも、ぼくはこの独特の言語感覚が面白いなと思って、曲のタイトルに使わせてもらいました。」

・(24~25ページ)「既存の価値観を壊すだなんていうと、まるで60年代の前衛芸術のようで、それはそれで抵抗がある。前衛が新しく後衛が古い、あるいは知識人は進歩的で大衆は保守的だという二分法自体、とっくに時代遅れですから。」

・(32ページ)「母が亡くなって、ついに親子の中では自分だけになってしまった。家制度やお墓を守る文化にこだわる気はさらさらないけど、そう思うと、どこか寂しいものですね。」

・(34ページ)「人間の寿命が80歳や90歳まで延びたのは、せいぜいこの30~40年くらいのこと。20万年ともいわれる人類の長い歴史で医療などなかった時代のことを考えたら、果たして無理してまで命を延ばすのがいいことか、分かりません。」

「2021年1月の手術の直後に、ぼくは『これからは「ガンと生きる」ことになります。もう少しだけ音楽を作りたいと思っていますので、みなさまに見守っていただけたら幸いです』というコメントを発表しました。『ガンと闘う』のではなく『ガンと生きる』という表現を選んだのは、無理して闘ってもしょうがない、と、心のどこかで思っているからかもしれません。」

・(39ページ)「2009年のはじめに、その時点、57歳になった頃までの活動をまとめた自伝『音楽は自由にする』を刊行しました(中略)これはドイツのナチス政権がユダヤ人強制収容所の門に掲げた標語『Arbeit macht frei(労働は自由にする)』をもじって、あえて使った表現なんです。」

・(118~119ページ)『指揮者の流儀』

「指揮は面白いものです。手元に同じ譜面があり、同じオーケストラのメンバーが揃っていても、指揮者次第で音がまったく変わってくる。『ハーイ』という感じの合図を出すのと、『バン!』という感じで合図を出すのとでは、当然のことながら反応が異なります。指揮者が小指ひとつ動かしても何かしらの意味が生じてしまうし、もっと言うと、何気ない目つきすら演奏に関係してきます。なので一流の指揮者というのは、絶対に無駄な動きはしない。」

・(124~125ページ)「読む本の内容も高校に入って変化しました。高校の図書室で、尊敬する先輩から『これ読んでみたら』と、埴谷雄高の『虚空』を指し示され、父親が家でよく電話で喋っている相手として認識していた『ハニヤユタカ』とは、この作家のことかと思いました。音でだけ知っていた『ハニヤさん』と、その漢字が合致した瞬間でした。」

・(126ページ)「当時、札幌は弁護士出身のリベラルな上田文雄市長で、脱原発を含めて思想が一致していたからまだやりやすかったけど、安倍晋三首相のお膝元である山口ではいろいろ苦労しましたね。YCAMは山口市の持ち物だから、保守系の市議会議員からは、『坂本なんかをディレクターにするな』という反対意見が出たようです。」

そのほか映画「レヴェナント:蘇えりし者」(2015年)で音楽の仕事を一緒にしたメキシコ人の「アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督」」との話なども興味深い。

また「コロナ禍」での過ごし方、世の中をどう見ていたかなども書かれている。

最後に「メモ」として残されたものを記されている。

*(2021、12、27)みんなのエゴがなくなった時にいい演奏ができる

*(2022、1、29)夕焼けを見ていたら、雲のゆっくりした動きき気がついた。東京でいったい何人がこれを見ているだろう。雲の動きは音のない音楽のようだ。

*(2022、3、21)第九は野蛮で高貴だ。

 

 

(2024、9、8読了)