2022年11月26日付の「日経新聞」朝刊の最終面(文化欄)で、岩本文枝記者が、
「鴻池朋子さん」
という美術家の展覧会の様子を大きく取り上げていました。
その見出しに、
「他人の作品や『糞』…異例づくし」
と大きく出ていました。本文を読んでも同じように、
「異例づくしの展覧会で」
とありました。しかし、普通はこれ、
「異例ずくめ」
を使うのではないでしょうか?
あ、そうか、
*「ずくめ」=結果としてそうなった状態
*「づくし」=意図してそういう状態にした
という違いなのかな?この展覧会は「意図して」、意表を突くような作品ばかりを並べたと。
『三省堂国語辞典・第八版』を引くと、
*「ずくめ」
(1)そればかりでかためること。(例)規則ずくめ(2)そのものばかりを使うこと(例)黒ずくめの服装【由来】「すく(竦)める」(=もと、同類の多くのものでおおったりして、身動きできなくする)の連用形から。(表記)「尽っく」と関連させて「尽くめ」とも書かれてきた。
*「づくし(尽くし)」
同類のものを、ある限りならべること。(例)魚(うお)づくし、橋づくし
そうだったのか!
両方「尽くし」「尽くめ」と書くのに、「づ」「ず」の表記が違うのは、なぜだろう?とずっと思ってきましたが、そもそも「ずくめ」は「竦(すく)める」の連用形で、「ず」は「すくめ」の「す」が、
「竦(ずく)め」
と「連濁」しているんですね!謎が解けました!
しかし、「づくし(尽くし)」が「同類のものを、ある限りならべること」であるのならば、この展覧会の、
「異例づくし」
って少しおかしくないですか?「異例」とは「同類ではない」ということですよね。そればかり集めたら、
「異例という同類項」
で結んでしまうことになりませんか?その時点でその「異例」は、
「異例ではなくなる」
のではないか?とふと思ったのですが。このばあいの「異例」は、
「決して『唯一無二』ではない」
ということなんですかねえ?


