スイスで、
「自殺ほう助」
で亡くなったフランスの映画監督、
「ジャンリュック・ゴダール」
さん。その亡くなり方を、
「尊厳死」
と呼ばないのはなぜか?「安楽死」との違いは?と、辛坊さんからメールで質問を受けました。
詳しいことは分かりませんが、「尊厳死」というのは明らかに、
「『自殺ほう助による死』『自ら死ぬ権利』を認める人の言い方」
ですよね。ただ普通であれば、
「それなら自分で死ねばいい、自殺すればいい」
のに、「ほう助・助けてもらう」のは、
「自分では死ねない状態にあるので、手を貸してくれ(殺してくれ)」
ということですね。そうして、
「死ぬことによって、自らの生き方の価値を高めること」
を「是」とする「推進派」の言葉ですね。
それと、「自殺を認めない宗教」もある中で、「認める」という「哲学的」な呼び方でもあるのではないでしょうか?
それに対して、
「自殺ほう助」
という呼び方は「客観的」で、「死んだ本人の意識」ではなく、
「その人の死に方」
に焦点が当たっているのではないでしょうか?
「他人の力を借りて自殺する」
ということです。だから、
「法律的な呼び方」
なのではないでしょうか。
一方、
「安楽死」
はというと、
「自殺ほう助による『死に方の種類』」
に焦点を当てて、
「薬物などで、苦しまずに安楽に死ぬ方法」
で、必ずしも本人が「死にたい」と思っていなくても、
「安楽死させられた」
という表現もあるのではないでしょうか?また、
「精神的・身体的に、生きることが苦しい」
場合に、
「死ぬことで、安楽が得られる」
という考え方なのかもしれません。
ということで、それぞれ、全く同じ言葉ではなく、明らかに「異なる言葉」なので、使い方も変わってくるものだと思われます。
というようなことを答えたら、ラジオ番組のあとのYouTubeで、それをしゃべってました。そこで使うんかよ!
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