ウクライナの首都、
「キーウ」
が、それまでの「ロシア語読み」の、
「キエフ」
から「ウクライナ語読み」の「キーウ」に、ほぼ一斉に変わったのは、
「3月31日」
のことでした。昨今のロシアの「ウクライナへの侵攻」の様子から、
「ウクライナの地名が『ウクライナ語読み』になる」
のは分かりますが、「全てのウクライナの地名」が「ウクライナ語読み」になったかというと、新聞・テレビ・通信社、各社で微妙に違います。それはそれで、各社に事情があるのでしょう。
私が気になっていたのは、
「歴史上の出来事などの呼び名」
「芸術作品の名前やスポーツチームの名前」
に関して、これまで「キエフ」としてきたものが、全て「キーウ」に変わるのか?という点です。
例えば、「ウクライナ」というか「ロシアの元になった国」の名前は、
「キエフ公国」
と呼ばれてきました。これも、
「キーウ公国」
になるのか?
また、ムソルグスキー作曲の「展覧会の絵」の中に、
「キエフの大門(だいもん)」
という曲がありますが、これも、
「キーウの大門」
になるのか?また、ソ連時代にバロンドールを取った名選手「オレグ・ブロヒン」を擁した強豪サッカーチーム、
「ディナモ・キエフ」
も同様に、
「ディナモ・キーウ」
になるのか?まあ、「ディナモ・キエフ」の場合は、「現在のチーム名」は「ディナモ・キーウ」と呼ぶようになるでしょうけれど、「1970年代のチーム名」も遡って「ディナモ・キーウ」になるのか?という問題です。同じチームではあるのですが。
これに関しては、まず「5月6日」の「産経新聞・夕刊」(大阪版)に「共同通信」の配信で、
「スポーツ界 ロシア制裁で深まる分断」
というタイトルの記事の中で、
「強豪のディナモ・キーウやシャフタル・ドネツク」
ろ「ディナモ・キーウ」が出て来て、写真のキャプションにも、
「ドルトムントとディナモ・キーウの平和を求める親善試合を前に『STOP WAR(戦争をやめろ)』の横断幕を掲げる選手ら」
と記されていました。現在のサッカーチームの名前は、共同通信は「ディナモ・キーウ」に変えていました。

また、作家の中川右介さんが「5月11日」に聴きに行かれた「上原彩子ピアノリサイタル」のプログラムの「展覧会の絵」の解説で、
「第10曲 キーウの大門」
と記されているのをフェイスブックにアップされていました。
そして「5月14日」、「日本経済新聞」に連載されている佐藤賢一氏の「王の綽名(あだな)」というコラムの本文で、
「東スラヴ人の国家、キーウ公国」
見出しでは、
「『聖大公』キーウ大公ウォロディーミル1世」
というように、
「キーウ公国」「キーウ大公」
が出てきました。



