『関西と関東』(宮本又次、文春学藝ライブラリー:2014、4、20)

2021 . 4 . 30

2021_039

 

 

「関西」と「近畿」の違いについて、時々質問を受けるが、なんとなくしかわからない。

会社に入ったときの読売テレビの夕方のローカルニュース番組名は、

「きんきTODAY」

だったが、それから37年経った今は、

「かんさい情報ネットten.

だ。「きんき(近畿)」から「かんさい(関西)」に変わっている。

「近畿大学」も「キンキ」という音が、英語の「kinky」(変態の)と似ているので、最近は、

Kindai University

に英語名称を変更したとか。世の中の流れは「近畿」→「関西」なのか?

でも、そもそも「近畿」と「関西」はどう違うのか?その辺りを解明すべく、「積ん読」だったこの本を紐解いた。

そのあたりの歴史は、第一章「関西と関東の概念と境界」が詳しかった。

歴史的に変遷があることと区分も一定ではないのだが、現在につながるあたりで言うと、「関西」は元来「不破・鈴鹿の二関」の西、だったが、その後「逢坂の関以西」となったと。そして大和川流域地域を中心として、「南」は紀伊、「北」は丹波を分水嶺として山陰地方、それを裏返して瀬戸内海に臨む播磨、淡路も含むようになった。だから、「関西」は、「狭義」では、

「近畿=畿内あるいは五畿内」

と一致するとのこと。そのため「近畿」と言ったり「関西」と言ったりするわけですね。

でも「近畿」は「畿内に近い」ということは「畿内ではない」ことになりはしまいか?

そもそも「畿」とは、「限界」のことだそうです。

「北山抄」には「畿内」は「宇治都久仁(ウチツクニ)」とあり、「宮処(ミヤコ)=みやどころ」である帝都があって「一国の文化の中心をなす土地」の意味になったそうです。

大化2年(646年)には、「東」は「名墾(なばり)の横河(よこがわ=伊賀国名張郡)」、「南」は「紀伊の兄山(にやま=紀伊国伊都郡)」、「西」は「赤石(あかし)の櫛淵(播磨国明石郡)」、「北」は「狭々波の合坂山(おおさかやま=近江国滋賀郡)」の範囲を「畿内」と定めたとのこと。

持統天皇のとき(在位690~697年)、「大和・河内・難波・山背(やましろ)」の「四国」に対して「四畿内」と言ったと「日本書紀」に記されているそうです。のちに、これに「和泉」を加えて「五畿内」に。帝都が山背(山城)に遷都してから、承和3年(837年)10月に「山城・大和・河内・和泉・摂津」が、京都に近接するということで「京畿」と呼ばれるようになり、これに伊賀・伊勢・近江並びに紀伊・播磨を加えて、広い意味で「近畿」と称するようになったそうです。「近畿」は「畿内とその周辺」という意味です。

これとは別に「上方」という呼称もあります。「上」は「皇居の置かれた都」を尊んで呼んだ言葉で、「地方凡例録」には「山城・大和・河内・和泉・摂津、外に近江・播磨・丹波」を入れて「上方」と呼び、「五畿内三州」というそうです。

また現在の「近畿地方」は、伊勢・志摩を管する「三重県」、近江を管する「滋賀県」、山城・丹波・丹後を管する「京都府」、大和を管する「奈良県」、河内・和泉・摂津を管する「大阪府」、摂津・丹後の一部・播磨・但馬・淡路を管する「兵庫県」の範囲と考えられると。

あれ?

紀伊を管する和歌山県」

が抜けているぞ。なんでだ???

そして「広義」と「狭義」の「関西」に関しては、歴史的に言うと「関西」は必ずしも「畿内・近畿」と一致していないが、「狭義」においては「大体、同じ範囲を指す」と。

今日の「関西経済」というときは「近畿」よりももっと広く、福井県や岡山県をも含める。そして「東日本」に対する「西日本」の意味でも「関西」は使われると。

そう言えば、2010年12月にできた「特別地方公共団体」である、

「関西広域連合」

に所属しているのは、

「滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県、鳥取県、徳島県、京都市、大阪市、堺市、神戸市」

で、ふだん私たちが「近畿地方」と呼んでいる、

「滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県」

と、同じ地域内の「政令指定都市」の、

「京都市・大阪市・堺市・神戸市」

以外に、

「鳥取県と徳島県」

が加わっていて「関西」だけど「広域」であると主張していますね。

この本では、このほか「関西」と「関東」を対比して、「食べ物」から「人の気質」から、様々な分野に関して歴史的に分析しつつ、事細かに披露していて、資料としての価値も十分でした。

特に気に入ったのは、この本の「軸足」は、あくまで、

「『関西』にある」

ということでした。タイトルも「関西」が先ですしね。それは最初に断言されていて、気持ちがいいです。(笑)

勉強になりました!

 

 

(2021、3、23読了)