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#85610月25日(日) 10:25~放送
フランス

今回の配達先は、フランス。ここでパティシエとして奮闘する後藤綾子さん(43)へ、大阪府で暮らす母・幸代さん(71)の想いを届ける。
元々は、幸代さんが営むケーキ店でパティシエをしていた綾子さん。だが、店をリニューアルするというタイミングでフランスへ渡ることに。一方、これを機に、幸代さんはケーキ店を閉めたという。
現在、綾子さんが働くのは、パリ郊外の小さな町・フォンテーヌブローにあるスイーツの工房。シェフパティシエとして、国籍も様々な8人のスタッフとともに、毎朝5時から13種類のケーキをはじめ、たくさんのパンや焼き菓子を作っている。すべて綾子さんが考案したオリジナルのレシピだ。
店の名前は「ラ・パティスリー」。隣にあるフレンチレストラン「ラクセル」のオーナーシェフ・後藤邦久さん(50)が作ったスイーツの専門店で、綾子さんは5年前に責任者として採用された。ミシュラン1つ星を13年連続で獲得する邦久さんがケーキに求めるのは、味はもちろん、見た目の美しさ。値段は少し高めだが、町では知らない人はいないほど評判を呼び、2年前には2店舗目をオープンした。
大阪の実家はケーキ店。だが、綾子さんは多忙すぎる両親を見て、パティシエという仕事が大嫌いになったという。その後、両親が離婚すると、母は自分のケーキ店を立ち上げ、2人の娘を育てるため休む間もなく働いた。すると、そんな姿を見ていた綾子さんの心境に変化が。母を助けたい一心で、あれだけ嫌っていたパティシエになる道を選んだのだ。
製菓学校を主席で卒業すると、神戸の有名パティシエに弟子入りし、ひたすら腕を磨いた。しかし4年が経った頃、母の店が人手不足で回らなくなり、修業を断念。25歳で母の店のシェフパティシエになった。とはいえ、まだまだ力不足の自分がトップになるという状況に納得できず、店で仕事をしながら、休日は師匠の下で修業。だが、それでも劣等感はふくらむ一方だった。そこで綾子さんは、誰も自分を知らない場所でもう1回成長し直したいと、33歳でフランスへ。パリで5年修業した後、今度は実力でシェフパティシエの座を勝ち取ったのだった。
ある日は、オーダーメイドで製作したウェディングケーキの納品作業。綾子さんは装飾に使う新鮮な果物を求めて、町のマルシェを訪ねた。同行するのは、「ラクセル」のオーナーシェフで、夫の邦久さん。出会った当初は上司と部下の関係だったが、2年後に夫婦となったのだ。2人でマルシェを見て回ると、この日一番おいしそうだった旬のいちごを購入し、結婚式が行われる会場で最後の仕上げ。秋の森をイメージし、5段のケーキにいちごとベリーを大量に敷き詰めた綾子さんオリジナルのウェディングケーキが完成した。
実は、ビザが切れる5年目のときに日本に帰ろうとした綾子さん。しかし母に電話すると、「まだフランスで何も成し遂げていない。帰ってきたらあかん」と言われてしまったという。その言葉が図星で、帰国を思いとどまった綾子さんはこの地で生きていく覚悟を決めたのだった。「みんなを引っ張っていけるシェフになりたい。そうなるには、人よりも3倍やって当たり前ぐらい」。毎日、深夜に家を出て、自分が思う最高のお菓子を作る生活。気づけば子どもの頃に嫌っていた両親と同じような日々をおくっている。
そんな多忙な娘の日常を見た母・幸代さんは、「やっぱり頑張ってるなって。成長してるなって感じました」と目を細める。また、実は幸代さんの言葉で綾子さんがフランスにとどまったおかげで、現在の店と出会ったことを明かす。
どこまでもストイックに自らの道を切り開く娘へ、母からの届け物は、かつて母のケーキ店で使っていたボウルとエプロン。懐かしそうに手に取った綾子さんは、「何であんなに温かかった場所を自分の手で終わりにしてしまったのかなって思った日もあったんですけど、その経験があったからフランスでも10年やってこれたんですよね…」と涙ながらに語る。そして「やっぱり、初心を忘れそうになるんですよね。なのであの頃は、私の中の大切なお守りみたいな思い出です」と、原点となった日々に思いを馳せるのだった。