





今回の配達先は、アメリカ・ニューヨーク。ダンサーの網永真夏さん(24)へ、山口県で暮らす父・義朗さん(45)、母・純子さん(45)の想いを届ける。
ブルックリンのダンボ地区は、マンハッタンの高層ビルが一望できるニューヨークでも屈指の人気観光地。ここでショーに出演するという真夏さんは、広場に現れると、ヘッドフォンを装着して踊り出した。その周りでは、同じヘッドフォンをした人たちが見守っている。実は周囲の人々は観客で、真夏さんが移動すると観客も移動。別の場所へ行くと、今度は男性とペアで踊り始めた。これは、ブルックリンの街を劇場に、移動しながらキャストのパフォーマンスを体験する「イマーシブシアター」と呼ばれる演劇。しかも、観客は音楽とセリフをヘッドフォンで聴くというニューヨークでも最先端の形式だ。ショーのタイトルは「サーキット(THE CIRCUIT)」。「ニューヨークをかけめぐる愛」をテーマに、路上や公園などをステージに仕立てて、様々な愛の形を表現。観客は、街をめぐりながら間近でショーを体験する。物語のクライマックスは、真夏さんのソロ。マンハッタンの夜景の前で圧巻のダンスを披露し、最後はブルックリンブリッジを背に幕を閉じた。
「サーキット」のキャストは11人。真夏さんの役柄は、物語の最初と最後に登場するキーパーソンで、約300人の中からオーディションで選ばれた。ショーは観客との距離が近く、ダンスはもちろん演技も重要。しかも表情や仕草など、細かい動きも意識しなければならない。これは真夏さんにとっても新たなチャレンジだったという。
2歳からクラシックバレエを習い始めた真夏さんは、ずっとバレエ三昧の日々をおくり、母は仕事をしながら毎日のように隣町のバレエ教室まで送り迎えをしてくれた。中学2年生のとき、短期のバレエ留学で初めてニューヨークに滞在。高校1年生のときにはドイツに留学する。しかしそのとき、身長147センチの真夏さんは周囲との体格差を痛感。プロのバレリーナになる夢を諦め、コンテンポラリーダンスに転向した。その後、国際的なコンクールで優勝したことがきっかけで、世界中からダンサーが集まるニューヨークの学校にスカウトされ、留学を決意する。しかし、母は猛反対。「今じゃない」と引き止められたが、真夏さんの強い想いは変わらず、高校卒業後にニューヨークへ渡ったのだった。
現在の夢は、30歳までにブロードウェイの舞台に立つこと。実現に向けて歌のレッスンも始め、条件が合うオーディションがあれば片っ端から応募している。
これまで両親にはたくさんサポートをしてもらった。それに感謝するからこそ、「本気でやらずに日本に帰るわけにはいかない」という真夏さん。仕事終わりにはよくブロードウェイを歩き、気持ちを高める。まずは観客側ではなく、働く側の扉から劇場に入ることが目標だ。そして「将来、舞台に立ったら、両親を招待して劇場に足を運んでもらいたい」 と、その先にあるもう1つの夢を語る。
当初、真夏さんの渡米には、先の見えない不安から反対していたという母・純子さん。だが、今の娘の姿を見て「言葉に力があって目が輝いているので、もう大丈夫だと思えました」と安堵する。
サーキットの公演は残り1か月。その後は、ミュージカルの出演が決まっている。憧れのニューヨークで、夢のブロードウェイに一歩ずつ歩みを進める真夏さんへ、母からの届け物は手作りのドレス。母と祖母が愛用していた着物を、「いつか晴れ舞台に立って欲しい」という願いを込めて母がリメイクしたものだ。そんな届け物に、真夏さんは「ブロードウェイに出た時に着る。それは絶対に約束。だから出ないとダメ」ときっぱり。そして、「家族が常にサポートしてくれたことは、本当に大きなもの。それがないと私は今こうやって踊れていないし、私の大きな財産ですね」と、改めて両親に感謝するのだった。