





今回の配達先は、フランス。ここで自給自足の生活を送り、故郷の藍染を広めたいと奮闘する齋藤美和さん(37)へ、徳島県で暮らす父・勢也さん(68)、母・美穂さん(63)の想いを届ける。
美和さんが暮らすのは、スペインとの国境に近いベアルン地方の森の中にある、大きな石造りの建物。5年前、甲子園球場約2個分の土地とともに、「レウ城」という名前の古い城を購入した。レウはライオンの意味で、足の踏み場もないほど荒れていた城を家族で改装。この広大な土地と豊かな自然は、美和さん夫婦がやりたいことを実現するのにぴったりだったという。
夫のジュルさん(40)が行っているのは“食べられる森”づくり。近年、欧米などで注目されている「フードフォレスト」と呼ばれる取り組みで、土地に適した果物や野菜を植えて、まるで森のように共生させることで、年中自然に食料を収穫することが可能に。家族が毎日食べる野菜も、ここでまかなっている。
大学時代に日本でジュルさんと出会った美和さん。25歳で結婚して渡仏し、ジュルさんの実家で暮らし始めた。ただ最初の1年は言葉も話せず、辛く悶々とした日々を過ごしていたという。そんな頃、義母が読んでいた草木染めの本で紹介されていたのが、徳島県の藍染。美和さんが生まれ育った徳島県藍住町は、江戸時代から藍の産地として栄えた地域だった。そこで義母から「あなたの町なのに、なんでやらないの?」と言われたことをきっかけに、2016年頃から藍染を学ぶことに。そして、徳島に帰る度に藍染工房を訪ね、勉強を重ねた。今ではパリの展示会にも招かれ、作品も売れるようになってきたという。
現在暮らすレウ城の紋章は、青いライオン。そこで藍染の作品では、オリジナルのライオンのデザインをあしらっている。そんな藍染の出来を左右するのが、藍染液。藍の葉を発酵、熟成させた「すくも」という材料を使う。以前は徳島から取り寄せていたが、2年前からは藍の栽培を始め、今年は初めて育てた藍の葉から自分ですくもを作り、完全フランス産の藍染液を作ることに成功した。今回は、その自作の藍染液を使った初めての染めに挑む。この2年、研究を重ねてきた成果は…。
ある日、レウ城で行っていたのは藍染の体験会。故郷徳島の文化をフランスの人たちに伝えたいと、こうしたイベントを定期的に開催している。美和さんにはまだまだやりたいことがあるそうで、城の裏側の広い野原をキャンプ場にする計画も。誰もが集まれて、交流できるような場所づくりがしたいという。さらには、夏の楽しい思い出として強く心に残る阿波踊りも広めたいと考えている。いつか音楽祭やカーニバルでやってみたいといい、最近、笛の練習も始めた。
夢がどんどん広がる美和さんだが、決まった収入があるわけではなく、生活のためにはアルバイトも。何も言わないが、心配しているであろう日本の両親に、美和さんは「精一杯の時間と気力を使って毎日やってるみたいな感じで、実際休みもないですが、でもその充実感と、『幸せに生きてるよ』っていうのは伝えたいですね」と胸の内を語る。
そんな娘の日常を見た父・勢也さんは、「日本では考えにくい生活だと思いますが、自分がやりたいことをフルスピードでやってるっていうのがよくわかりました」と理解する。一方、母・美穂さんは「いろんなことをやりすぎて、体を壊さないか心配ですね」と率直な心境を明かす。
苦労しながらも、自分の理想とする暮らしの実現に向かって着実に歩みを進めている娘へ、両親からの届け物は「高張提灯(たかはりちょうちん)」。阿波踊りのときに家紋や屋号を入れて自分の居場所を知らせるもので、あえてまだ何も書かれていないものを父が選んだ。さらに、父と母からは手紙も。改めてそれぞれの想いを知り、「2人とも、私がこんな人だっていうのをわかっているからこそ、やらせてあげようとしてくれているのがわかります。ちゃんと見守ってくれてるんやなって…」と美和さん。受け取った高張提灯は後日、美和さんがライオンを藍で染め上げた和紙を貼り、完成した姿となったのだった。