





今回の配達先は、スペイン。ここでパラグライダーガイドとして奮闘する佐藤友紀コロンべさん(48)へ、岩手県で暮らす父・敬人さん(80)、母・笑子さん(77)の想いを届ける。
この日、友紀さんの姿があったのは、ピレネー山脈のふもとに広がる街・アジェール。週末には世界中から愛好者が集う“パラグライダーの聖地”だ。「パラグライダーガイド」とは、すでにライセンスを持ち、1人で飛べる技術がある人に、より空の旅を楽しんでもらえるようサポートする仕事。今回、アジェールでガイドするのは、イギリスやアメリカから来た総勢14人。友紀さんの評判を聞いて集まった彼らを1週間、毎日ガイドする。
まずは、標高1600メートルもある離陸ポイントから、ふもとの着陸ポイントを目指す。友紀さんは、お客さんの離陸を見守ってから、最後尾で空へ飛び出す。友紀さんの強みは、上昇気流を見つけるのが得意なこと。上昇気流にうまく乗ることができれば、高度を上げて何時間でも飛べるのだという。
続いてのフライトは、30キロ先にある湖が目標。ガイドの最も大事な仕事は、目標地点までたどり着かせること。そのため、長い距離ほど上昇気流の見つけ方が重要となる。友紀さんは、お客さんと一緒に空を飛びながら、GPSで14人全員の位置を常に把握。安全性に配慮し、無線でそれぞれに指示を出して、上昇気流の発生している場所へ誘導する。一方、地上では車が並走し、うまく上昇気流に乗れず途中で降りてきた人を回収。こうして約2時間かけて、無事目標の湖に到着することができた。
幼い頃から活発だった友紀さんは、小学生の時にリレーで全国大会へ、高校時代は幅跳びでインターハイに出場。地面を蹴って体が進む感覚や、うまく踏み切れたときに体がフッと浮くような感じが楽しく、青春を陸上競技に捧げた。しかし、大学の陸上部では周囲の空気に馴染めず、競技を辞めてしまう。
目標を失い、からっぽになっていたそんなとき、運命的な出会いが。図書館でたまたまパラグライダーの本を見つけた友紀さんは、実家の近くにスクールがあると知り、体験することに。足が浮いた瞬間、幅跳びで追い求めていた感覚がここにあったと感じたという。
人生がパラグライダー一色になってはや四半世紀。夫でイギリス人のトビーさん(54)とは、パラグライダーを通じて知り合い、2人でガイドの会社を運営している。世界中のフライトポイントを知る2人には依頼が絶えず、スペインだけでなく世界各国でガイドを行っている。
実は、友紀さんには、国際レースに出場する選手としての顔もあった。ゴールまでのタイムを競うスピードレースでは、世界ランキング7位まで上り詰めた。しかし5年前、レース中に1300メートル上空から墜落。奇跡的に助かったものの、骨盤を複雑骨折し1か月寝たきりになった。普通なら確実に命を失う大事故。それでも飛ばない人生は考えられないという友紀さんだったが、トビーさんからレースを続けるなら離婚すると告げられ、危険の少ないガイドに専念することになったのだった。本音ではレースに心残りがあるものの、今は「好きなことを仕事にできて、自分が得た経験や知識で安全に楽しんでもらう助けができるのはうれしい」と友紀さんは語る。
事故後もパラグライダーをやめない娘に、「私たちより先にはいかないと約束してもらった」という両親。今回、初めて娘がガイドをしている姿を見た父・敬人さんは、「結構よくやっているなと思いました」と感心する。また、母・笑子さんも「パラグライダーの糸がそれぞれのお客さんとつながっているようで、象徴的に見えました」と笑顔を見せる。
九死に一生を得る経験を経てもなお空に生きると決めた娘へ、日本の家族からの届け物は、陸上部時代に使っていたスパイク。家計を考えて普段から親に何も望まなかった友紀さんが、唯一欲しがったものだった。懐かしい一足に、思わず感極まる友紀さん。そして両親へ、「感謝しているつもりなんですけど、それを超えて深く大事にされているんだなと改めて思いました。死なないように頑張ります」と、これからも安全に空を飛ぶことを誓うのだった。