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#8447月19日(日) 10:25~放送
スペイン

 今回の配達先は、スペインの首都マドリード。日本食の料理人として奮闘する跡市理華さん(52)へ、兵庫県で暮らす父・正吉さん(82)、兄・吉広さん(58)の想いを届ける。
 理華さんの店があるのは、グスマン・エル・ブエノ市場という75年の歴史を持つ市営市場。フードコートに面した4畳半ほどの小さなスペースを借り、日本の家庭料理を提供する「Oh!Banzai(オーバンザイ)」を経営している。メニューはおにぎり、味噌汁、カツカレーなど20種類以上。新鮮な食材にこだわり、日本米は現地の気候に合わせて、ひと手間加え炊き上げる。現地の日本食ブームも追い風となり、常連客も増えてきているという。
 短大卒業後、神戸市にある大手フェリー会社の総務部で働いていた理華さんは、39歳でスペインへ渡り、数々の日本食レストランで修業。そして2024年、50歳で店を開いた。父の正吉さんは船の料理人で、大手海運会社の貨物船で世界を巡りながら船員の食事を作り続けた。定年退職後は、地元の明石市で夢だった居酒屋を経営。そんな父から譲り受けた何冊ものレシピノートは、理華さんの宝物だ。
 初めてスペインを訪れたのは、24歳のとき。テレビで見て憧れたバルセロナに着くと、たちまち青空と料理に魅了され、30歳で会社を辞め語学留学を計画した。しかし、出発の2週間前に母の照子さんが脳梗塞で倒れ、理華さんはビザをキャンセル。つきっきりで看病することに。やがて母が自力で歩けるまでに回復したのを見届け、39歳のときに念願の留学を果たした。
 スペインに渡った理華さんが日本の家庭料理を手がけることになったきっかけが、現地の人気俳優であるナジュワ・二ムリさん。彼女が日本食を作れる人を探していると聞いた知人が、料理が得意な理華さんを紹介。ナジュワさんの自宅で家庭料理を作ることになった。この運命的な出会いを通して、「日本食でやっていこう」と心に決めた理華さんは10年ほど現地の日本食レストランで経験を積み、2年前に自分の店をオープンしたのだった。
 ある日、店で作っていたのは母の得意料理だった鹿児島風の豚の角煮。母は料理上手で、理華さんもその味が大好きだったが、レシピを聞けぬまま母は6年前に他界した。豚の角煮も、同じ味を再現しようと何度も試作。ようやく最近になって隠し味がわかったといい、店でも提供するように。そして、そんな父と母から受け継いだ日本の味をこの店でもっと広めたい…それが50歳を過ぎて芽生えた新たな夢だという。
 とはいえ、毎日頭から離れないのは店の売上のこと。「もうすぐ2年で、まさしく今が踏んばりどき。ほんまに頑張るしかないし、必死のパッチですね」。そこで、1人でもお客さんを増やすため、毎週土曜日はイベントを行っている。この日はおにぎり教室を開き、集まった多くの人が理華さんの指導で生まれて初めておにぎりを握った。
 マドリードでの娘の日常を見て、父・正吉さんは「よく頑張っていて、お客さんもかなりいらっしゃってるんで、喜んでいます」と安心した様子。また、兄・吉広さんも「やっぱり“コミュ力”があるから、周りに可愛がってもらってうまいことやってるなと。ちょっと感動しました」とうれしそうに話す。
 両親から受け継いだ家庭料理をもっとスペインで広めたい…その一心で奮闘する娘へ、父からの届け物は塩サバの昆布巻き。亡き母がよく作ってくれた鹿児島の郷土料理で、今回は父が記憶を頼りに再現した。「食べたいなと思ったときには母親がいなかったので…」と感激する理華さんだったが、口にすると「お母さんの方が上手ですね」と思わず苦笑い。しかし、父が作ってくれたことがうれしいといい、「父親と母親のおかげでこうやって生活ができているので…頑張って日本に1回帰って、塩サバの昆布巻きをスペインでも出すよと父親に伝えたいなと思います」と想いを語るのだった。