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#8365月17日(日) 10:25~放送
フランス

 今回の配達先は、フランス。陶芸家の倉松裕子さん(56)へ、東京都で暮らす母・伸子さん(82)の想いを届ける。
 パリから電車で1時間半、地方都市のポワティエにアトリエを構える裕子さん。「練り込み」と呼ばれる、日本で古くから用いられてきた技法で作品を制作している。練り込みは後から色をつける一般的な陶芸とは違い、粘土自体を着色して模様を作り出す。制作方法は金太郎飴や巻き寿司と似ており、まずは色の異なる粘土を重ねて棒状に伸ばし、切り分けていく。さらにそれらパーツをパズルのように組み合わせると、生地の断面に模様が生まれ、皿などの形に成形して焼き上げると完成する。裕子さんは10年前に陶芸家に転身し、独学で練り込みを習得。日本の伝統技術を取り入れた作品は注目を集め、フランス最大級の陶芸展覧会に招待されるまでになった。実は、練り込みは通常の陶器に比べて焼くときに割れやすく、成功率は5割ほど。効率が悪く、精神的に厳しい面もあるが、「それを払拭するためにも、自分は頑張る」と裕子さんは力を込める。
 幼い頃からかわいいものが大好きだった裕子さん。母の影響でハンドメイドに夢中になり、4歳のころには「マフラーを作りたい」と母にせがんで教えてもらったこともあった。こうして漠然とものづくりを仕事にしたいと思っていたものの、明確な目標は見つからず、大学進学後は小学校教師に内定。しかし、卒業旅行でフランスを訪れたことが大きな転機となる。この地に心を惹かれた裕子さんは内定を蹴って留学したいと両親に訴えるが、猛反対にあい、一度は教師の道へ進んだ。だがそれでも諦めきれず、両親を説得し、5年後に移住を果たした。その後、日本語教師として15年働いていたが、42歳のとき運命の出会いが。偶然見つけた陶芸教室に通うようになり、子どもの頃に抱いたものづくりへの思いが再びよみがえったのだ。やがてプロを志すようになるが、どんな作品で勝負していくのか、模索する中で出会ったのが「練り込み」という技法。そして陶芸教室の講師であり師匠でもあるダニーさんの後押しを受け、2016年、陶芸家に転身したのだった。
 陶芸家になり10年。ようやく生活に困らない程度の収入を得られるようになった。同時に、多くの芸術家がしのぎを削るフランスで陶芸家として認められるため、絶え間なく展示会に出品してきた。さらに、より個性を打ち出したいと、2年ほど前からは新たな取り組みも。練り込みで作った様々な柄のパーツを自由に切り貼りし、1枚の器に仕立てる「パッチワーク」という手法。今では裕子さんの代名詞となっている。一方で、陶芸家に転身して以降、日本には帰っていない。実家では高齢の母がひとりで暮らしている。会いたい気持ちは互いにあるものの、ひたむきに創作を続けるうちに、気づけば長い月日が過ぎていた。もうひとつ帰国できない理由が、別れ際のつらさ。毎回号泣してしまい、母に慰められることも。そのため次第に日本から足が遠のいていったという。
 最後に母子が会ったのは10年前。「今会ったら、お互いにびっくりすると思います。歳をとったなあ、って」と話す母の伸子さん。これまで娘が陶芸をしているところも見たことがなかったといい、今回初めて目にした制作の様子にも驚く。
 陶芸家としてさらなる高みを目指し、制作に打ち込む裕子さん。「自分の技術をもっと上げて、もっとすごい作品を作っていきたい。後世に残していきたいです」。日本の伝統技術「練り込み」を独自に進化させ、フランスで日々作品作りに励む娘へ、母からの届け物は、4歳のとき母と一緒に手編みしたマフラーと、母が手作りした小物入れ。母の存在を近くに感じてほしいとの想いがこめられていた。そんな気持ちを受け取り、裕子さんは「やっぱり日本には行った方がいいのかなとも思いますが、もしかしたら仕事で日本に行ければ母はうれしいのかもしれません。日本からお声がかかったときに、恥ずかしくない作品が出せる陶芸家になっていたいですね」と語り、改めて制作と向き合うのだった。